ニキタマの万葉集

当て字の繭玉をほぐそう、枕詞で古代を解明しよう。

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<再掲載>


6 1014;雑歌,作者:橘文成

[題詞](九年丁丑春正月橘少卿并諸大夫等集弾正尹門部王家宴歌二首)

前日毛  昨日毛<今>日毛  雖見  明日左倍見巻  欲寸君香聞

一昨日も 昨日も今日も 見つれども 明日さへ見まく 欲しき君かも 

をとつひも きのふもけふも みつれども あすさへみまく ほしききみかも

[左注]右一首橘宿祢文成 [即少卿之子也]
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おとといも昨日も今日も君に会ったけど

明日も君に会いたい
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20 4327 作者:物部古麻呂,防人歌,静岡

[題詞](天平勝寳七歳乙未二月相替遣筑紫諸國防人等歌)

和我都麻母  畫尓可伎等良無  伊豆麻母加  多<妣>由久阿礼<波>  美都々志努波牟

吾が妻も 絵に描き取らむ 暇もが 旅行く我れは 見つつ偲はむ 

わがつまも ゑにかきとらむ いつまもが たびゆくあれは みつつしのはむ

[左注]右一首長下郡物部古麻呂 / 二月六日防人部領使遠江國史生坂本朝臣人上進歌數十八首 但有拙劣歌十一首不取載之
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妻を絵に描きとる時間があったらなあ

旅先でそれを取り出しては妻を偲ぶよすがにしようものを
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<転載記事>
[月岡道晴]万葉恋の歌(13)
今回も防人の歌から恋歌を紹介します。
前回GPS付き携帯電話のお話をしたので、今回も携帯電話つながりの歌を。

(天平勝宝七歳乙未の二月に相替りて筑紫に遣はさるる諸国の防人等が歌)
わがつまも畫にかきとらむいつまもがたびゆくあれはみつつしのはむ
(巻20・4327)
我が妻も絵に描き取らむ暇もが旅行く吾れは見つつ偲はむ
 右の一首、長下郡の物部古麻呂
(二月六日に防人部領使遠江国史生坂本朝臣人上が進る歌の数十八首。但し、拙劣の歌十一首有るは取り載せず。)

 これは前々回に紹介した歌と同じ一連にある一首です。やはり同じように家持の厳しい選をくぐっていますから、秀歌であることは疑いがありません。
歌の内容は、妻を絵に描きとる時間があったらなあ――旅先でそれを取り出しては妻を偲ぶよすがにしようというもの。昔話にも「絵姿女房」という話があって、美人のお嫁さんから離れられなくなった聟がやはり同じように女房を絵に描き取り、農作業の合間にそれを見てはまた仕事に励んだということが話の発端になっています。
 これは現代のわれわれにもよくわかる心情です。携帯電話を取り出して待ち受け画面をごらんになってください。恋人やお子さんや家族、ペットなどがそこに写っているのではないですか? 
集中には
「前日〔をとつひ〕も昨日も今日も見つれども明日さへ見まく欲しき君かも」
(巻6・1014橘宿祢文成)という歌もあります。いつも肌身離さず愛しい人を見ていたいと思う心情は、いまも昔も変わりありません。
 ただ、万葉びとのことを充分に理解するためには、このような捉えかたでは不充分です。
前回、誓いの紐を結ぶのは、「結び目を保っておくことで、それを結んでくれた妻や家族に旅の安全を守ってもらえると考えてい」たからだと述べました。このような旅人と妻や家族との呪術的関係について、神野志隆光氏は新羅に使わされた使節とその妻の作、
「大船をあるみにいだしいます君つつむことなくはやかへりませ」
(巻15・3592)
「真幸くていもがいははばおきつなみちへにたつともさはりあらめやも」
(3583)を引用しながら次のように述べています。
「「つつむことなく早帰りませ」という家人に対して旅人は「妹がいははば(略)障りあらめやも」と応ずる。
旅人の無事な早い帰着の為に家人(妻)は〈いはふ〉のである。……家人の〈いはふ〉ことは旅する者の安全につながる不可欠のものなのであった。……その家人と旅人との共感関係は呪術的である。……「類感呪術」的と云えよう。」
 このような〈斎い〉を旅人が怠ったならば、どうなると考えられていたのでしょうか? 
「壱岐島に至りて、雪連宅満が忽ちに鬼病に遇ひて死去せし時に作る歌一首并せて短歌」と題する歌の冒頭では、
「すめろきのとほの朝庭と から國にわたるわがせは いへびとのいはひまたねか ただみかもあやまちしけむ……」(巻15・3688)とうたわれています。急な病に遇って死んでしまった原因は、何か誤りがあって家びとの斎いを充分に受けなかったことに求められたのでした。防人も実際、
あしがらのみさかたまはり かへりみずあれはくえゆく あらしをもたしやはばかる 不破のせきくえてわはゆく むまのつめつくしのさきに ちまりゐてあれはいははむ もろもろはさけくとまをす かへりくまでに
(足柄のみ坂賜はり かへり見ず我は越え行く 荒し男も立しやはばかる 不破の関越えて我は行く 馬の爪筑紫の崎に 留まり居て我は斎はむ 諸々は幸くと申す 帰り来までに)(巻20・4372倭文部可良麻呂)
のようにうたって、家びととの斎いを確認し自らの安全を祈っています。

 防人はやたらと歌に妻や父母を詠みこんでおり、それは防人自身の人間性の豊かさの表われだとして理解されることが専らなのですが、冒頭に掲げた今回の恋歌も、
いへにしてこひつつあらずはながはけるたちになりてもいはひてしかも
(家にして恋ひつつあらずは汝が佩ける大刀になりても斎ひてしかも)
(巻20・4347國造丁日下部使主三中之父)
のような作とともに読むと、やはり〈家びとの斎い〉を背景にする一首だと考えざるを得ません。防人がひたすら家族を思って歌に詠むのは、彼らがみな心弱かったからだとみるべきなのではなく、彼らが共通してもっていた信仰や習慣によるものだったと考えるのが適当なのです。

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2016/12/20(火) 午後 8:42 [ ニキタマの万葉集 ]


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