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4016高市黒人,羈旅,旅情,伝誦,三国五百国,漂泊,高岡
[題詞]高市連黒人歌一首 [年月不審]
賣比能野能 須々吉於之奈倍 布流由伎尓 夜度加流家敷之 可奈之久於毛倍遊
婦負の野の すすき押しなべ 降る雪に 宿借る今日し 悲しく思ほゆ
めひののの すすきおしなべ ふるゆきに やどかるけふし かなしくおもほゆ
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婦負の野の薄を押し靡かせて降る雪の
一夜の宿りをする今日は深々と悲しく思われる
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4017
[題詞]
東風伊多久布久良之 奈呉乃安麻能 都利須流乎夫祢 許藝可久流見由
あゆの風 いたく吹くらし 奈呉の海人の 釣する小船 漕ぎ隠る見ゆ
[越俗語東風謂<之>安由乃可是也][あゆのかぜ(越の方言では東風)]
あゆのかぜ いたくふくらし なごのあまの つりするをぶね こぎかくるみゆ
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あゆの風がえらい吹いているらしい
奈呉の海人の釣りする小舟の
漕いでいるのが
波間に見え隠れしている
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* 「隠(かく)る」は奈良時代には四段活用・下二段活用の両方が見られる。平安以後は下二段活用。
4018
[題詞]
美奈刀可是 佐牟久布久良之 奈呉乃江尓 都麻欲<妣>可波之 多豆左波尓奈久
港風 寒く吹くらし 奈呉の江に 妻呼び交し 鶴多に鳴く
[一云 多豆佐和久奈里][一云 鶴騒くなり]
みなとかぜ さむくふくらし なごのえに つまよびかはし たづさはになく[たづさわくなり]
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河口に吹く今朝の風は寒いらしい
奈呉の入江では連れ合いを呼んで
鶴の群れが盛んに鳴き交わしている
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4019
[題詞]
安麻射可流 比奈等毛之流久 許己太久母 之氣伎孤悲可毛 奈具流日毛奈久
天離る 鄙ともしるく ここだくも 繁き恋かも なぐる日もなく
[あまざかる] ひなともしるく ここだくも しげきこひかも なぐるひもなく
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遠く都を離れた地方の田舎にいるだけに
こんなにも募る恋しさよ
奈呉にいても
和むことはない
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「略体歌」という特異な表記形式の歌がある。「略体歌」は、助詞助動詞などの表記を最低限にとどめて、漢文風に歌を記している。この「略体歌」の最大文字数は16字である。
万葉仮名を使って、一字一音で、短歌(31音)を書き記すと、1行15字詰めの場合は、3行書きとなり、しかも最後の1行は、1字だけということになる。
安麻射可流比奈等毛之流久許己太
久母之気伎孤悲可毛奈具流日毛奈
久
「略体歌」は、やまと歌を漢詩風に記し、読み下すには最も難しいが、魅惑に満ちたもの。(通称「柿本朝臣人麻呂歌集」)
文字数を規定するものの一つに、書物の「形式」的側面があった。
中国文化圏では、仏教経典・儒教経典・道教経典・法典・歴史書など正式な書物が、1行17字詰めで書かれた。格の高い経典類との区別が意識されていることが窺える。
4020
[題詞]
故之能宇美能 信濃[濱名也]乃波麻乎 由伎久良之 奈我伎波流比毛 和須礼弖於毛倍也
越の海の 信濃[濱名也]の浜を 行き暮らし 長き春日も 忘れて思へや
こしのうみの しなぬのはまを ゆきくらし ながきはるひも わすれておもへや
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越の海に沿った信濃の浜を
一日歩き暮らしたが
この長い春の日
片時も都の妻を思わずにはいない
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4021天平20年春,作者:大伴家持,部内巡航,富山,叙景
[題詞]礪波郡雄神河邊作歌一首
乎加未河<泊> 久礼奈為尓保布 乎等賣良之 葦附[水松之類]等流登 湍尓多々須良之
雄神川 紅にほふ 娘子らし 葦付[水松之類]取ると 瀬に立たすらし
をかみがは くれなゐにほふ をとめらし あしつきとると せにたたすらし
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雄神川の川面に紅の色が映っていて美しい
乙女たちが川瀬に立って葦付を採っている
くれない色に照り映えて
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* 「雄神川」は、富山県西部を流れる庄川。
4022天平20年春,作者:大伴家持,部内巡航
[題詞]婦負郡渡鵜坂河邊時作一首
宇佐可河<泊> 和多流瀬於保美 許乃安我馬乃 安我枳乃美豆尓 伎<奴>々礼尓家里
鵜坂川 渡る瀬多み この吾が馬の 足掻きの水に 衣濡れにけり
うさかがは わたるせおほみ このあがまの あがきのみづに きぬぬれにけり
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めひ(婦負)の郡(こおり)の鵜坂川は
渡る瀬が多くて
私の乗る馬の足掻きのはね水で
着ている衣がすっかり濡れてしまったことだ
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* 「鵜坂川」は今の神通川。
4023天平20年春,作者:大伴家持,叙景,部内巡航
[題詞]見潜鵜人作歌一首
賣比河波能 波夜伎瀬其等尓 可我里佐之 夜蘇登毛乃乎波 宇加波多知家里
婦負川の 早き瀬ごとに 篝さし 八十伴の男は 鵜川立ちけり
めひがはの はやきせごとに かがりさし やそとものをは うかはたちけり
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婦負川の急流の瀬ごとに篝火を焚いて
連れ立つ大勢の官人たちは鵜飼をしていることだよ
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4024天平20年春,作者:大伴家持,部内巡航
[題詞]新川郡渡延槻河時作歌一首
多知夜麻乃 由吉之久良之毛 波比都奇能 可波能和多理瀬 安夫美都加須毛
立山の 雪し消らしも 延槻の 川の渡り瀬 鐙漬かすも
たちやまの ゆきしくらしも はひつきの かはのわたりせ あぶみつかすも
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立山の雪も融けはじめたらしい
水が滔々と押し寄せてくる
この早月川の渡り瀬で
馬の鐙が水に浸かってしまった
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* 「延槻川」は、現在の富山県滑川市と魚津市の間を流れる早月川。北アルプスを源流とする、全国屈指の急流河川。
4025天平20年春,作者:大伴家持,石川,部内巡航,能登,叙景,羽咋
[題詞]赴参<氣>太神宮行海邊之時作歌一首
之乎路可良 多太古要久礼婆 波久比能海 安佐奈藝思多理 船梶母我毛
志雄路から 直越え来れば 羽咋の海 朝なぎしたり 船楫もがも
しをぢから ただこえくれば はくひのうみ あさなぎしたり ふなかぢもがも
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氷見から宝達丘陵を越えて
志雄に至る山道を来ると
目の前に羽咋の海が広がる
いましも朝凪に鏡のような海面を見ると
舟と櫂が欲しくなるなあ
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* 「もがも」は、「もが」願望の終助詞、「〜がほしい」「〜でありたい」という願望をあらわす語に、詠嘆の助詞「も」が付いたもの。
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