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サ20 4482;作者:藤原執弓,難波,大阪,古歌,伝誦,大原今城,宴席,悲別,餞別,転用 [題詞] 保里延故要 等保伎佐刀麻弖 於久利家流 伎美我許己呂波 和須良由麻之<自> ほりえこえ とほきさとまで おくりける きみがこころは わすらゆましじ 堀江を越えて遠くの里まで送ってくださった
* 「心」 誠実な気配り。貴方のご厚情は 決して忘れることはないでしょう * 「ましじ」は上代語で、推量の助動詞「まし」に打消し推量の助動詞「じ」の付いたもの。 * 「堀江」は難波堀江。今城は当時兵部大丞で、防人交替などの事務のため、難波支庁に出張し、その際、難波を経て播磨へ向かう執弓と会う機会があり、「堀江を越えて」見送ったもの。 * 藤原朝臣執弓は仲麻呂の二男、久須麻呂の同母兄。当時の地位は六位以下。天平宝字二年八月従五位上にのぼり、父や兄弟とともに藤原恵美朝臣を賜姓される。同じ頃真先(まさき)と改名。参議・大宰帥などを経て、天平宝字八年九月父仲麻呂の謀反に加わり殺される。後、三月末、道祖王廃太子。四月、大炊王(後の淳仁天皇)立太子。家持は六月十六日兵部大輔(正五位下相当)に昇進。(出典等;大伴家持全集 訳注編 Vol.3 水垣 久 編訳) サ20 4483;作者:大伴家持,宴席,無常,悲嘆,三形王 [題詞]勝寶九歳六月廿三日於大監物三形王之宅宴歌一首 [左注]右兵部大輔大伴宿祢家持作 宇都里由久 時見其登尓 許己呂伊多久 牟可之能比等之 於毛保由流加母 うつりゆく ときみるごとに こころいたく むかしのひとし おもほゆるかも 時の移ろう様を見れば
* だい‐けんもつ【大監物】〔名〕令制で中務(なかつかさ)省の職員。監物のうちで上位のもの。大蔵省、内蔵寮などの倉の鍵を管理する責任者。従五位下相当で、定員二名。心痛み 昔の人が思われるのである http://www.asahi-net.or.jp/~sg2h-ymst/kawatugu.html サ20 4484;作者:大伴家持,枕詞,悲嘆,無常,寿歌,永遠 [題詞] 佐久波奈波 宇都呂布等伎安里 安之比奇乃 夜麻須我乃祢之 奈我久波安利家里 さくはなは うつろふときあり [あしひきの] やますがのねし ながくはありけり 美しく咲く花も
* 「菅」の細長いい地下茎は、強く切れにくい。地味だが、美しいが短命な花と対比している。いつか色あせて散る時が来る 山に生える菅の根は 切れることなく長く生き続ける サ20 4485;作者:大伴家持,天皇讃美,寿歌,永遠 [題詞] [左注]<右>大伴宿祢家持作之 時花 伊夜米豆良之母 <加>久之許曽 賣之安伎良米晩 阿伎多都其等尓 ときのはな いやめづらしも かくしこそ めしあきらめめ あきたつごとに 時を得て咲く花は
* 「かくしこそ」 は「かくこそ」に強調の副助詞「し」が入ったもの。ひとしお心ひかれるものです このようにして 季節の度ごとにご覧になって 御心をお晴らしください 秋が来る毎に * 「見(め)し」は、見るの尊敬語、主格は天皇(孝謙天皇)か。 * 「時の花」は臣下の暗喩か。 * (背景)橘・大伴・多治比氏らによる反仲麻呂クーデタ計画、橘奈良麻呂の乱あり。黄文王・道祖王・大伴古麻呂らが拷問を受けて死んでいる。 サ20 4486;作者:大炊王,肆宴,宴席,宮廷 [題詞]天平寶字元年十一月十八日於内裏肆宴歌二首 [左注]右一首皇太子御歌 大炊王(おほひのおほきみ)。舎人親王の第七子。この年(天平宝字元年)四月、孝謙天皇の推挙により皇太子に就く(二十五歳)。翌年八月、即位(淳仁天皇)。 天地乎 弖良須日月乃 極奈久 阿流倍伎母能乎 奈尓乎加於毛波牟 あめつちを てらすひつきの きはみなく あるべきものを なにをかおもはむ 天地を照らす太陽と月のように
皇位は極みなくあるものだ 何を物思いなどしようか サ20 4487;作者:藤原仲麻呂,肆宴,宮廷,宴席 [題詞] 伊射子等毛 多波和射奈世曽 天地能 加多米之久尓曽 夜麻登之麻祢波 いざこども たはわざなせそ あめつちの かためしくにぞ やまとしまねは これ 人々よ
* 橘奈良麻呂の乱をほのめかしている。たわけたことはしなさるな 天地の神々が造り堅めた この大和の国で * 「いざ」は勧誘の感動詞。 * 「子ども」は、若者や目下の人々に親しみ呼びかける語。 * 「戯業」は、たわけごと、ふざけたことの意。 * 「なせそ」は、副詞。禁止「な」+サ行変格活用動詞「す」の未然形「せ」+禁止の終助詞「そ」。 * 「夜麻登島根」は、「大和の国」。日本国の別称。「大養徳」国よも。 [題詞]十二月十八日於大監物三形王之宅宴歌三首 三雪布流 布由波祁布能未 鴬乃 奈加牟春敝波 安須尓之安流良之 みゆきふる ふゆはけふのみ うぐひすの なかむはるへは あすにしあるらし 雪降る冬は今日かぎりに
鴬の鳴く春は 立春の明日からでしょうよ 20 4489;作者:甘南備伊香,三形王,枕詞,叙景,宴席 [題詞] 宇知奈婢久 波流乎知可美加 奴婆玉乃 己与比能都久欲 可須美多流良牟 [うちなびく] はるをちかみか [ぬばたまの] こよひのつくよ かすみたるらむ 春が近いからでしょうか
今宵の月は 霞がかっていますね 20 4490;天平宝字1年12月18日,作者:大伴家持,枕詞,宴席,三形王 [題詞](十二月十八日於大監物三形王之宅宴歌三首) 安良多末能 等之由伎我敝理 波流多々婆 末豆和我夜度尓 宇具比須波奈家 [あらたまの] としゆきがへり はるたたば まづわがやどに うぐひすはなけ 年が行き変わり
立春を迎えたら 鴬よ どこより先にこの屋敷で鳴け サ20 4491;作者:藤原宿奈麻呂妻:石川女郎,藤原宿麻呂 [題詞] 於保吉宇美能 美奈曽己布可久 於毛比都々 毛婢伎奈良之思 須我波良能佐刀 [おほきうみの みなそこふかく] おもひつつ もびきならしし すがはらのさと 大海の水底のように深く
* 「平(なら)し」は、平らにするという意。通い来る夫を待ちきれずに行きつ戻りつ待ち侘びた。あなたのことを思いながら 裳裾を引いて道が平らになる位 通い続けた菅原の里よ * 藤原宿奈麻呂(藤原四卿のうち式家の頭領 宇合の第二子)の妻、石川女郎が愛が薄れて離別されたことを悲しみ恨みながらも、寵厚く幸せだった日々を、あの頃が懐かしいと追憶した歌。宴席で歌劇のように歌ったか。 |
万葉集(下書き)
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