ニキタマの万葉集

当て字の繭玉をほぐそう、枕詞で古代を解明しよう。

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<個別再掲載>

サ20 4371;作者:占部廣方,防人歌

[題詞](天平勝寳七歳乙未二月相替遣筑紫諸國防人等歌)

[左注]右一首助丁(すけのよぼろ)占部廣方
( / 二月十四日常陸國部領防人使大目正七位上息長真人國嶋進歌數十七首 但拙劣歌者不取載之)

多知波奈乃  之多布久可是乃  可具波志伎  都久波能夜麻乎  古比須安良米可毛

橘の 下吹く風の かぐはしき 筑波の山を 恋ひずあらめかも

たちばなの したふくかぜの かぐはしき つくはのやまを こひずあらめかも

橘の木陰を吹く風がかぐわしかった

あの筑波山を恋い偲ばずにいられようか 

この時期にはとくに
* 「めかも」は、 推量の助動詞「む」の已然形「め」に付いて、反語の意をあらわす。「〜ものか」。
・・・・・・・・

歌枕紀行 筑波山
―つくばのやま― より(抜粋)

昔、筑波山は関東平野のどこからでもよく見えたらしい。海抜800メートル程度の山に過ぎないが、広大な平野が東北方向に尽きるあたり、平坦な台地の上にいきなりその秀麗な山容を顕しているからである。
 筑波はどこから見ても姿のよい山であるが、ことに常陸国府のあった石岡市方面から、すなわち山の東側から眺めるのが美しい。男山と女山、双つの嶺がぴったりと寄り添って見えるのである。それはまるで大地に横たわった巨大な女神の乳房のようだ。常陸の古老が、駿河の富士と比べた筑波山の情の篤さを讃美している(常陸国風土記)のも、尤もだと肯かれるのである。
 筑波はエロティックな饗宴の山であった。

鷲の棲む 筑波の山の 裳羽服津(もはきつ)の その津の上に
率(あども)ひて 未通女(をとめ)壮士(をとこ)の 行き集ひ かがふかがひに
人妻に 吾(あ)も交はらむ わが妻に 人も言問へ
この山を うしはく神の 昔より 禁(いさ)めぬわざぞ
今日のみは めぐしもな見そ 言(こと)もとがむな
   反歌
男神(をのかみ)に 雲立ちのぼり 時雨ふり 濡れとほるとも 吾帰らめや

「筑波嶺に登りてカガヒせし日に作れる歌」と題された、高橋連虫麻呂歌集出典の万葉歌である。カガヒは歌垣(うたがき)と同じことを指しているらしい。常陸国風土記の寒田郎子と安是嬢子の伝説にみられるように、未婚の男女が歌をやりとりすることで、求婚相手を見つける集いの場であった。気の合ったカップルは、そのまま歌垣の場を抜け出し、木陰などに隠れて共に一晩を過ごしたのである。上の虫麻呂歌集の歌からは乱婚パーティーのような印象も受けるが、そうした風聞もあったのだろうか。おそらくこれは、筑波のカガヒの噂だけ聞き知っていた都人士を娯しませるための、専門歌人によるサービス過剰な(?)誇張表現だったのではないかと思われるのだが。
万葉時代の都人にとって遥かな東国の果てであった筑波山が、すでに伝説の山であり、一種の名所となっていたことは確かである。たまたま常陸に赴任する機会を得た官人たちは、苦労を厭わず筑波に登り、その感懐をいくつかの歌に残している。(後略)
http://www.asahi-net.or.jp/~sg2h-ymst/yamatouta/utamaku/tukuba_u.html

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2016/7/16(土) 午後 8:43 [ ニキタマの万葉集 ]


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