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<個別再掲載> 4 678;相聞,作者:中臣女郎,大伴家持、枕詞,贈答 [題詞](中臣女郎贈大伴宿祢家持歌五首) 直相而 見而者耳社 霊剋 命向 吾戀止眼 ただにあひて みてばのみこそ [たまきはる] いのちにむかふ あがこひやまめ ・・・・・・・・・・・・・・・・・
* [たまきはる] 魂極る。 命・世・うち・吾などにかかる。あなたにじかに逢えた その時こそ 命をかけた私の恋はやむのでしょう ・・・・・・・・・・・・・・・・・ * 「恋」と「おもふ」(下記) 【主な派生歌】 夜もすがら 月にうれへて ねをぞなく いのちにむかふ 物おもふとて (藤原定家[続古今]) かはれただ わかるる道の 野べの露 命にむかふ 物も思はじ (定家) ・・・・・・・・・・・・・・・・ 娘子部四 咲澤二生流 花勝見 都毛不知 戀裳摺可聞 [をみなへし] さきさはにおふる [はなかつみ] かつてもしらぬ こひもするかも おみなえしよ
* 「中臣女郎」伝不詳。「中臣女郎」は中臣氏出身の令嬢に対する敬称。佐紀沢に人知れず咲く 花かつみのような恋もありましたよ 季節は移り 花もかわり そして いま 咲いた君を見てしまった いまだかつて知らなかった恋のおもい そんな恋に わたしは落ちてしまったことです でも・・・ * この相聞,作者:中臣女郎,大伴家持、恋情,奈良,序詞,贈答歌は 675から676・677・678・679 と続く。 * [をみなへし]「佐紀沢」に掛かる枕詞。奈良の佐紀の沢。 * [はなかつみ] 水地に生える草の名。野生のはなしょうぶとも諸説。 歌では、「かつ」「かつて」にかかる序となる。第三句までは「かつて」を導く序とすれば、思いは ただ「かつても知らぬ 恋もするかも」になろうか。 * [をみなへし]を枕詞とせず、[をみなへしよ]と呼びかけにしたらどうなるだろう? 「花勝見」に掛けているものを思わないわけにはいかない。 《咲澤二生流 の 5文字 から「二」を「二人」と連想すれば、》 「をみなへし」「はなかつみ]共に「縁語」・「掛詞」・「比喩」・「寓意」・「漢文教養」など奥がありそうだ。(古代の文化びとに太刀打ちできそうもないが。) 世界中の多種多様な無数の民族、人々が渡来し集まり、定住し、融合して出来たこの国。情操豊かな意思疎通方法の確立は想像を絶する努力や知恵が必要であったろう。 * 「佐紀沢」平城京北一帯の水上池あたりが湿地帯であったのでこのように呼ばれていた 。 * 「かも」終助詞「か」に、詠嘆の終助詞「も」のついたもの。疑問を含んだ詠嘆・感動に意を表す。体言または活用語の連体形を承ける。 「〜だろうか」「〜なのかなあ」。 * 疑問を含まない単なる詠嘆(感動)をあらわす。「〜なのだなあ」「〜ことだ」。 * この歌は「実らぬ恋」と承知の作歌なのだと思う。 直に逢ひて見てばのみこそ玉きはる命に向かふ我が恋やまめ(678)*「命に向かふ」命を相手にする。命も失せるほど強く恋していることを言う。あなたにじかに逢えたその時こそ、命をかけた私の恋(魂)の思いは安らかに消え去るのです。* 「〜見てばのみこそ〜わが恋やまめ」 〜大君の辺にこそしなめ・・・(連想) * <宮司の論文より。>「恋」と「おもふ」 「おもふ」の「おも」は、「重い」の 「おも」であり、心の中に重いものを感じとることが「思ふ」の意味です。「あの人を思ふ」「国の行く末を思ふ」とは、大切なものの重みを心の中に感じながら、あれこれと憂い考えることであり、「恋ふ」とは次元の違いを感じます。 http://turumi-jinjya.blog.so-net.ne.jp/2010-09-17 いなと言はば 強ひめや我が背 菅の根の 思ひ乱れて 恋ひつつもあらむ(679)いやなら無理強いはしません あなた 菅の根のように思いは乱れて 私は恋い焦れるばかりでいることでしょう(「らむ」は、完了の助動詞「り」の未然形に、推量の助動詞「む」のついたもの。・・・ているであろう。「あり」などラ行変格活用の用言に続く場合、「らむ」と同じ現在推量・原因推量の意を表す ことがある。 ... これは助動詞「らむ」がそもそも「あら-む」から来た語であるため、「あら- む」で「ある-らむ」の意を代用し得たものと思われる)* 中臣女郎の想いは遂げられた様子はなく、片思い相聞にみえる・・・。 |
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2016/6/5(日) 午後 4:35 [ ニキタマの万葉集 ]