ニキタマの万葉集

当て字の繭玉をほぐそう、枕詞で古代を解明しよう。

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万葉集第四巻補記

万葉集 643・644・645


4 643;相聞,作者:紀郎女、河渡り,怨恨

[題詞]紀郎女怨恨歌三首 [鹿人大夫之女名曰小鹿也安貴王之妻也]

世間之  女尓思有者  吾渡  痛背乃河乎  渡金目八

世の中の 女にしあらば 我が渡る 痛背の川を 渡りかねめや 

よのなかの をみなにしあらば わがわたる あなせのかはを わたりかねめや
・・・・・・・・・・
普通のひとは見て見ぬふりで渡る恋の川かしら 

でも 私には出来ないことだわ
・・・・・・・・・・


4 644;相聞,作者:紀郎女、怨恨,離別

[題詞](紀郎女怨恨歌三首 [鹿人大夫之女名曰小鹿也安貴王之妻也])

今者吾羽  和備曽四二結類  氣乃緒尓  念師君乎  縦左<久>思者

今は我は わびぞしにける 息の緒に 思ひし君を ゆるさく思へば 

いまはわは わびぞしにける いきのをに おもひしきみを ゆるさくおもへば
・・・・・・・
気が抜けてしまった

わが命と思っていたあなたを

他の女にとられてしまうなんて
・・・・・・・・


4 645;相聞,作者:紀郎女、離別,枕詞

[題詞](紀郎女怨恨歌三首 [鹿人大夫之女名曰小鹿也安貴王之妻也])

白<細乃>  袖可別  日乎近見  心尓咽飯  哭耳四所泣

白栲の 袖別るべき 日を近み 心にむせひ 音のみし泣かゆ 

[しろたへの] そでわかるべき ひをちかみ こころにむせひ ねのみしなかゆ
・・・・・・・・・
貴方と袖を分つ日が近づいて 

胸が張り裂けそう 

私はただ泣くばかり
・・・・・・・・・
 

 紀女郎は紀朝臣鹿人の娘で、名を小鹿(おしか)という。
養老年間(717〜724年)に安貴王(志貴皇子の孫で春日王の子)に娶られたが、彼女が17歳の時に事件が起きた。

夫の安貴王が因幡の八上采女(やがみのうねめ)と契りを結び、その関係が世間の人に知られることとなった。

勅命によって采女は故郷に帰されたが、夫は妻の紀女郎に謝罪するどころか、引き離された愛人を思い続け、せっせと歌を書き送るというありさまだった。
 
 怒りに震える紀女郎は、

643で、夫を問い詰めるために痛背川を渡ろうとしつつ、足を踏み出せない。

川を渡るというのは、本来は恋を成就させる行為であるはずなのに、自分は何という悲しい思いで渡るのだろうかと心打ちひしがれている。

644では、もはや戻らぬ愛とあきらめ、心を鎮めていくようすがうかがえる。

 
* 「痛背川」は、三輪山の麓を流れる巻向川のこと。



万葉集 646
4 646;相聞,作者:大伴駿河麻呂、恋情

[題詞]大伴宿祢駿河麻呂歌一首

大夫之  思和備乍  遍多  嘆久嘆乎  不負物可聞

ますらをの 思ひわびつつ たびまねく 嘆く嘆きを 負はぬものかも 

ますらをの おもひわびつつ たびまねく なげくなげきを おはぬものかも
・・・・・・・・・
立派なおのこの思い侘び

幾度ものその嘆きを

あなたは全く身に負わないことだよ
・・・・・・・・・


大伴駿河麻呂 おおとものするがまろ 生年未詳〜宝亀七(?-776)

大伴御行の孫。父は不詳。家持の又従兄。坂上家の次女二嬢を娶るか。

天平十五年(743)、従五位下に叙され、
同十八年、越前守の地位にあった。
天平宝字元年(757)、橘奈良麻呂の乱に連座し、弾劾を受ける。その後復権し、
宝亀元年(770)、出雲守。
同三年には陸奥按察使に任ぜられたが、老衰により辞任した。
同四年、陸奥鎮守将軍。
同六年、参議。
同年十一月、蝦夷追討の功により正四位上勲三等。
同七年(776)、卒す。

万葉集巻三・四・八に計11首を残す。


万葉集 647 ・648・649・650・651・652・653・654・655・656・657・658・659・660・661
4 647;相聞,作者:坂上郎女、うわさ

[題詞]大伴坂上郎女歌一首

心者  忘日無久  雖念  人之事社  繁君尓阿礼

心には 忘るる日なく 思へども 人の言こそ 繁き君にあれ 

こころには わするるひなく おもへども ひとのことこそ しげききみにあれ
・・・・・・・・・
忘れる日はありません

いつも思っています でも

あなたのよくない噂でうるさいことです
・・・・・・・・・


4 648;相聞,作者:大伴駿河麻呂、

[題詞]大伴宿祢駿河麻呂歌一首

不相見而  氣長久成奴  比日者  奈何好去哉  言借吾妹

相見ずて 日長くなりぬ この頃は いかに幸くや いふかし我妹 

あひみずて けながくなりぬ このころは いかにさきくや いふかしわぎも
・・・・・・・
お逢いしない日々が長くなりました

この頃どうしておられましょうか

おかわりありませんか 

気がかりなあなた様よ
・・・・・・・


4 649;相聞,作者:坂上郎女、停滞,使い,不安,枕詞

[題詞]大伴坂上郎女歌一首

夏葛之  不絶使乃  不通<有>者  言下有如  念鶴鴨

夏葛の 絶えぬ使の よどめれば 事しもあるごと 思ひつるかも 

[なつくずの] たえぬつかひの よどめれば ことしもあるごと おもひつるかも

[左注]右坂上郎女者佐保大納言卿之女也 駿河麻呂此高市大卿之孫也 兩卿兄弟之家 女孫姑姪之族 是以題歌送答相問起居

右坂上郎女は佐保大納言卿の娘なり。駿河麻呂は高市大卿の孫なり。両卿は兄弟の家、女孫は姑姪の族なり。ここを以ちて歌を題し送り答へ、起居を相問ふ。
・・・・・・・・・
いつも絶えぬ使いが途絶え

何か起こったように思います
・・・・・・・・・


4 650;相聞,作者:大伴三依、恋愛

[題詞]大伴宿祢三依離復相歡歌一首
大伴三依、離れてまた逢ふを歓ぶる歌一首

吾妹兒者  常世國尓  住家<良>思  昔見従  變若益尓家利

我妹子は 常世の国に 住みけらし 昔見しより 変若ましにけり 

わぎもこは とこよのくにに すみけらし むかしみしより をちましにけり
・・・・・・
我が愛しい人よ 

常春の国に住んでいたのでしょうか 

昔よりも若返られて
・・・・・・・


4 651;相聞,作者:坂上郎女、枕詞

[題詞]大伴坂上郎女歌二首

久堅乃  天露霜  置二家里  宅有人毛  待戀奴濫

ひさかたの 天の露霜 置きにけり 家なる人も 待ち恋ひぬらむ 

[ひさかたの] あめのつゆしも おきにけり いへなるひとも まちこひぬらむ
・・・・・・・・
はるか天上からの露霜が
 
地上に降りしきっています 

家の人も心配して待ち焦がれているでしょう
・・・・・・・・
娘婿に与えた歌であろう。「人」は坂上郎女の娘、大嬢か二嬢。



4 652;相聞,作者:坂上郎女、比喩,諦念

[題詞](大伴坂上郎女歌二首)

玉主尓  珠者授而  勝且毛  枕与吾者  率二将宿

玉守に 玉は授けて かつがつも 枕と我れは いざふたり寝む 

たまもりに たまはさづけて かつがつも まくらとわれは いざふたりねむ
・・・・・・・
お婿さまに娘を授け 

ともかくも

私は枕と一緒に寝ることにしましょう
・・・・・・・

「玉守」は玉の番人。原文は「玉主」で、「たまぬし」と訓む本もある。娘を玉に、娘婿を玉守に喩えて言った。なお坂上郎女の娘は大嬢(おおおとめ)・二嬢(おとおとめ)の二人が知られ、その夫となったはそれぞれ大伴家持・大伴駿河麻呂である。



4 653;相聞,作者:大伴駿河麻呂、弁解

[題詞]大伴宿祢駿河麻呂歌三首


[原文] 情者  不忘物乎  <儻>  不見日數多  月曽經去来

心には 忘れぬものを たまさかに 見ぬ日さまねく 月ぞ経にける 

こころには わすれぬものを たまさかに みぬひさまねく つきぞへにける
・・・・・・・・・・
心では忘れてはいません
 
たまたま お会いしない日々が重なり 

月日が経ってしまいました
・・・・・・・・・・


4 654;相聞,作者:大伴駿河麻呂、恋愛

[題詞](大伴宿祢駿河麻呂歌三首)

相見者  月毛不經尓  戀云者  乎曽呂登吾乎  於毛保寒毳

相見ては 月も経なくに 恋ふと言はば をそろと我れを 思ほさむかも 

あひみては つきもへなくに こふといはば をそろとわれを おもほさむかも
・・・・・・・
お会いしてからまだ月も経たないのに 

恋しいと言ったら 私を軽いと思いますか
・・・・・・・


4 655;相聞,作者:大伴駿河麻呂、恋愛

[題詞](大伴宿祢駿河麻呂歌三首)

不念乎  思常云者  天地之  神祇毛知寒  邑礼左變

思はぬを 思ふと言はば 天地の 神も知らさむ 邑礼左変 

おもはぬを おもふといはば あめつちの かみもしらさむ ****
・・・・・・・・
思ってもいないのに 

思っていると言ったら

天地の神はお見通しです

たちどころに神罰が下るでしょう 
・・・・・・・・

「邑礼左変」

不念乎 思常云者 天地之 神祇毛知寒 邑礼左変

思はぬを 思ふと言はば 天地の 神も知らさむ 邑礼左変

「邑礼左変」を通常の万葉仮名の読み方に従い、「おほれさかはり」と訓むこととします。 この「おほれさかはり」は、「オホレレ・タカハ・リ」で、
「突然やって来る・嵐(または恐ろしい罠)に・捕まってしまう(神罰を受ける)」(「オホレレ」の反復語尾が脱落して「オホレ」となった) の転訛と解します。 したがって、この歌は「(あなたを)思わないのに思うと言ったら、天地の神もお見通しであろう、たちどころに神罰が下るに違いない。だから私は決して神罰を受けるようなことはしない。私があなたを思うのは神に誓って真のことなのだ」の意と解します。

<サ>http://blogs.yahoo.co.jp/kairouwait08/28785656.html



4 656;相聞,作者:坂上郎女、恋情

[題詞]大伴坂上郎女歌六首

吾耳曽  君尓者戀流  吾背子之  戀云事波  言乃名具左曽

我れのみぞ 君には恋ふる 我が背子が 恋ふといふことは 言のなぐさぞ 

あれのみぞ きみにはこふる わがせこが こふといふことは ことのなぐさぞ
・・・・・・・・・
わたしだけが一方的に貴方に恋しているの 

貴方が恋していると言うのは口先だけの慰めですよ
・・・・・・・・・


4 657;相聞,作者:坂上郎女、煩悶,枕詞

[題詞](大伴坂上郎女歌六首)

不念常  日手師物乎  翼酢色之  變安寸  吾意可聞

思はじと 言ひてしものを はねず色の うつろひやすき 吾が心かも 

おもはじと いひてしものを はねずいろの うつろひやすき あがこころかも
・・・・・・・
もう思わないと口に出したのに

はねずの花の色のように

変わりやすい私の心よ
・・・・・・・
* 「思はじ」; 思わないようにしよう。
 「思は」は、ハ行四段活用動詞「思ふ」の未然形。
 「じ」は、打消意志の助動詞終止形。
* 「言ひてしものを」;言霊に誓って言ったのに
 「言ひ」は、ハ行四段活用動詞「言ふ」の連用形。
 「て」は、完了の助動詞「つ」の連用形。
 「し」は、過去の助動詞「き」の連体形。
 「ものを」[接助・終助]活用語の連体形に付く。1 愚痴・恨み・不平・不満・反駁(はんばく)などの気持ちを込めて、逆接の確定条件を表す。…のに。…けれども。
* 「はねず色」は、「朱華」と呼ばれた「薄紅色」。時代が経って、朱華と称するのではなく、中国の例にならって黄丹と呼ぶようになった。という説が有力。
* 「かも」は詠嘆の終助詞。



4 658;相聞,作者:坂上郎女、恋情

[題詞](大伴坂上郎女歌六首)

雖念  知僧裳無跡  知物乎  奈何幾許  吾戀渡

思へども 験もなしと 知るものを 何かここだく 我が恋ひわたる 

おもへども しるしもなしと しるものを なにかここだく あがこひわたる
・・・・・・・
いくら恋しく思っても甲斐もないと

分かっているのに

どうして私は恋し続けているのだろう
・・・・・・・・


4 659;相聞,作者:坂上郎女、うわさ

[題詞](大伴坂上郎女歌六首)

豫  人事繁  如是有者  四恵也吾背子  奥裳何如荒海藻

あらかじめ 人言繁し かくしあらば しゑや我が背子 奥もいかにあらめ 

あらかじめ ひとごとしげし かくしあらば しゑやわがせこ おくもいかにあらめ
・・・・・・・
もう人の噂が飛び交っている 

こんな様子だと あなた

この先どうなるのでしょうか
・・・・・・・・


4 660;相聞,作者:坂上郎女、うわさ

[題詞](大伴坂上郎女歌六首)

汝乎与吾乎  人曽離奈流  乞吾君  人之中言  聞起名湯目

汝をと我を 人ぞ離くなる いで我が君 人の中言 聞きこすなゆめ 

なをとあを ひとぞさくなる いであがきみ ひとのなかごと ききこすなゆめ
・・・・・・・・
あなたと私の仲を人が引離そうとしています 

さああなた ゆめゆめ人の中傷を聞かないで
・・・・・・・・
 

4 661;相聞,作者:坂上郎女、恋情

[題詞](大伴坂上郎女歌六首)

戀々而  相有時谷  愛寸  事盡手四 長常念者

恋ひ恋ひて 逢へる時だに うるはしき 言尽してよ 長くと思はば 

こひこひて あへるときだに うるはしき ことつくしてよ ながくとおもはば
・・・・・・・・・・・
恋して恋してやっと逢えた時くらい

美しい情愛の言葉を言い尽して下さいな

二人の仲がいつまでもと思うなら 
・・・・・・・・・・・


万葉集 662
4 662;相聞,作者:市原王、恋情,三重県,夢、序詞
[題詞]市原王歌一首


[原文]網兒之山 五百重隠有 佐堤乃埼 左手蝿師子之 夢二四所見

網児の山 五百重隠せる 佐堤の崎 さで延へし子が 夢にし見ゆる 

[あごのやま いほへかくせる さでのさき] さではへしこが いめにしみゆる
・・・・・・・・・・
網児の山が幾重にも隠している佐堤の崎で

さで網を広げて漁をしていた

あの海人の娘が夢に見えるよ
・・・・・・・・・・

* 「網児の山」「佐堤の崎」いずれも所在未詳(三重県志摩半島の地名か)* 「小網はえし子」は、網をのばして漁業をする海女。
* 第三句までは「小網(さで)」を導く序とも。



市原王 いちはらのおおきみ 生没年未詳

天智天皇五世の孫。安貴王の子。志貴皇子または川島皇子の曾孫。春日王の孫。光仁天皇の皇女、能登内親王(733〜781)を妻とし、五百井女王・五百枝王の二人の子をもうけた。

大伴家持とは私的な宴で二度にわたり同席しており、親しい友人だったと推測される。

初め写経舎人として出仕し、
天平十一年(739)頃には写経舎人らの監督官的立場にあったかと思われる。間もなく造金光明寺造仏長官(後の造東大寺司長官)に任ぜられ、大仏造営の最高監督官を務めた。
同二十年、造東大寺司が設置されると、知事に就任する。
天平感宝に改元後の同年四月十四日、聖武天皇の東大寺行幸に際し従五位上に昇叙される。
天平勝宝二年十二月九日、孝謙天皇は藤原仲麻呂を派遣して造東大寺司官人に叙位を行ったが、この時市原王(玄蕃頭兼造東大寺司長官)は正五位下に昇叙された。
天平勝宝八年(756)、治部大輔に就任し、正四位下に昇叙される。
天平宝字七年(763)年正月、摂津大夫。
同年四月、恵美押勝暗殺未遂事件で解任された佐伯今毛人の後任として造東大寺長官に再任される。
同年五月、御執経所長官(造東大寺長官に同じか。大日本古文書)。以後は史料に見えず、
翌天平宝字八年正月には吉備真備が造東大寺司長官となっていることから、これ以前に引退または死去したかと推測される。
しかし年齢はおそらく四十代だったことを考えれば、何らかの科により官界から追放されたのではないかとも疑われる。
恵美押勝の乱に連座したかとも考えられる。
万葉集に八首の歌を残す。佳作が多く、万葉後期の代表的歌人の一人に数えられる。以下には八首全てを掲載する。
(千人万首)


万葉集 663
663;相聞,作者:安都年足(あとのとしたり)、恋情,序詞

[題詞]安<都>宿祢年足歌一首

佐穂度  吾家之上二  鳴鳥之 音夏可思吉 愛妻之兒

佐保渡り 我家の上に 鳴く鳥の 声なつかしき はしき妻の子 

[さほわたり わぎへのうへに なくとりの] こゑなつかしき はしきつまのこ
・・・・・・
佐保のみ空に鳥鳴けば

心をみたす妻の面影
・・・・・・
* 佐保は、現在の奈良市法蓮町〜法華寺町あたりとか。

* 「なつかしき」は、心ひかれる意。


万葉集 664
4 664;相聞,作者:大伴像見、枕詞,恋情

[題詞]大伴宿祢像見(かたみ)歌一首

石上  零十方雨二  将關哉  妹似相武登  言義之鬼尾

石上 降るとも雨に つつま(さはら)めや 妹に逢はむと 言ひてしものを 

[いそのかみ] ふるともあめに つつま(さはら)めや いもにあはむと いひてしものを
・・・・・・・・・
どんな雨にも妨げられようか 

あの子に会うと 約束したのだから
・・・・・・・・・
* 「石上」は「降る」「古る」「振る」を言い出す枕詞。
* 「つつむ・さはる」障む・る[動マ四]病気になる。また、災難にあう。
* 「さはらめや」;妨げられようか、いやありません。
 「さはら」は、ラ行四段活用「さはる」の未然形。
 「め」は、推量の助動詞「む」の連体形。
 「や」は、反語の係助詞。阻まれることがありましょうか。
石上(いそのかみ)は、奈良県天理市の石上神宮(いそのかみじんぐう)周辺から西の広い地域をさし、布留(ふる)は、石上の中でも、石上神宮周辺を言う。現在は、天理市布留町となっている。

石上(いそのかみ)神社が鎮座する大和国布留(ふる)一帯(奈良県天理市石上)の地名で、地名の「ふる」(3-422。ーふるの山なる杉群の思ひすぐべき君ならなくに)、同音の「降る・振る・旧る」(4-664。ー降るとも雨につつまめや妹にあはむと言ひてしものを)にかかる枕詞とされる。

 この「いそのかみ」は、

「イト・ノ・カミ」は「征服した・(敵から分捕ったもの)の・戦利品(戦利品を所蔵している倉庫。その倉庫がある神社。その神社がある地域)」 の転訛と解される。




万葉集 665
4 665;相聞,作者:安倍蟲麻呂

[題詞]安倍朝臣蟲麻呂歌一首

向座而  雖見不飽  吾妹子二  立離徃六  田付不知毛

向ひ居て 見れども飽かぬ 我妹子に 立ち別れ行かむ たづき知らずも 

むかひゐて みれどもあかぬ わぎもこに たちわかれゆかむ たづきしらずも

・・・・・・・
いつまで見つめ合っても

飽きることはない愛しい人 

生きながら別れるなんて

もうどうしていいか分りません
・・・・・・・・
☆ 生木を裂くみたいだなあ。


 み空行く 雲も使と 人は言へど 家づと(土産)遣らむ たづき知らずも
  大伴家持   

 世間の 繁き假廬に 住み住みて 至らむ國の たづき知らずも
  作者未詳  


万葉集 666・667
4 666;相聞,作者:坂上郎女、恋情

[題詞]大伴坂上郎女歌二首

不相見者  幾久毛  不有國  幾許吾者  戀乍裳荒鹿

相見ぬは 幾久さにも あらなくに ここだく我れは 恋ひつつもあるか 

あひみぬは いくひささにも あらなくに ここだくあれは こひつつもあるか

[左注](右大伴坂上郎女之母石川内命婦与安<陪>朝臣蟲満之母安曇外命婦同居姉妹 同氣之親焉 縁此郎女蟲満相見不踈相談既密 聊作戯歌以為問答也)
・・・・・・・・・・
逢わない日がそれほど久しい間でもないのに

こんなにも私は恋い焦れていますよ
・・・・・・・・・・


4 667;相聞,作者:坂上郎女、引き留め

[題詞](大伴坂上郎女歌二首)

戀々而  相有物乎  月四有者  夜波隠良武  須臾羽蟻待

恋ひ恋ひて 逢ひたるものを 月しあれば 夜は隠るらむ しましはあり待て 

こひこひて あひたるものを つきしあれば よはこもるらむ しましはありまて

[左注]右大伴坂上郎女之母石川内命婦与安<陪>朝臣蟲満之母安曇外命婦同居姉妹 同氣之親焉 縁此郎女蟲満相見不踈相談既密 聊作戯歌以為問答也
(右、大伴坂上郎女の母石川内命婦と安倍朝臣虫満の母安雲外命婦とは、同居の姉妹、同気の親なり。
これによりて郎女と虫満と相見ること疎からず、相談ふこと既に密なり。聊か戯れの歌を作りて問答をなすなり。)
・・・・・・・・・
恋して恋してやっとお逢いできたものを

月が出ているのでまだ夜は深いわ

もうちょっとだけこのままでいてくださいな
・・・・・・・・・・
* 「恋」; 逢っていない時に恋しく思う状態のこと。


万葉集 668・669・670・671・672
http://blogs.yahoo.co.jp/kairouwait08/7409026.html

万葉集 673・674
4 673;相聞,作者:坂上郎女、枕詞,後悔

[題詞]大伴坂上郎女歌二首

真十鏡  磨師心乎  縦者  後尓雖云  驗将在八方

まそ鏡 磨ぎし心を ゆるしてば 後に言ふとも 験あらめやも 

[まそかがみ] とぎしこころを ゆるしてば のちにいふとも しるしあらめやも
・・・・・・・・・・
磨きあげた鋭い心をゆるめてしまったら

後で悔やんでみても甲斐があるでしょうか
・・・・・・・・・・
* [まそかがみ] 枕詞。 清らかな鏡。



4 674;相聞,作者:坂上郎女、後悔,枕詞

[題詞](大伴坂上郎女歌二首)

真玉付  彼此兼手  言齒五十戸<常>  相而後社  悔二破有跡五十戸

真玉つく をちこち兼ねて 言は言へど 逢ひて後こそ 悔にはありといへ 

[またまつく] をちこちかねて ことはいへど あひてのちこそ くいにはありといへ
・・・・・・・・・・
末永くとは言うけれど

一旦契った後では後悔する

そおいうものだといわれていますよ
・・・・・・・・・・
* [またまつく] 枕詞。美しい玉のような言葉で


万葉集 675・676・677・678・679
4 675;相聞,作者:中臣女郎,大伴家持、恋情,奈良,序詞,贈答
<個別へ>
http://blogs.yahoo.co.jp/kairouwait08/31884931.html
http://blogs.yahoo.co.jp/kairouwait08/31884931.html?type=folderlist
[題詞]中臣女郎贈大伴宿祢家持歌五首

娘子部四  咲澤二生流  花勝見  都毛不知  戀裳摺可聞

をみなへし 佐紀沢に生ふる 花かつみ かつても知らぬ 恋もするかも 

[をみなへし] さきさはにおふる [はなかつみ] かつてもしらぬ こひもするかも
・・・・・・・
かつて思い知らない恋

そんな恋をすることになってしまった
・・・・・・・


4 676;相聞,作者:中臣女郎,大伴家持、恋情,枕詞,贈答

[題詞](中臣女郎贈大伴宿祢家持歌五首)

海底  奥乎深目手  吾念有  君二波将相  年者經十方

海の底 奥を深めて 我が思へる 君には逢はむ 年は経ぬとも 

[わたのそこ] おくをふかめて あがおもへる きみにはあはむ としはへぬとも
・・・・・・・
海の底の奥深いように 

私が思う貴方に会いたい 

時は経ってもいつかきっと
・・・・・・・


4 677;相聞,作者:中臣女郎,大伴家持、恨み,奈良,序詞,贈答

[題詞](中臣女郎贈大伴宿祢家持歌五首)

春日山 朝居雲乃 欝 不知人尓毛 戀物香聞

春日山 朝居る雲の おほほしく 知らぬ人にも 恋ふるものかも 

[かすがやま あさゐるくもの おほほしく] しらぬひとにも こふるものかも
・・・・・・・・・・・
春日山に朝かかっていた雲のように

ぼんやりと

心がはっきり分らない人にも恋するものかしら
・・・・・・・・・・・
* 春日山       
 歌枕  春日野 (かすがの) は大和国の歌枕。春日山・若草山の麓の台地。
* おほほしく  (形シク)おぼおぼしの略。
 おぼろげ・心が晴れない・ゆううつである。
* 「居る」は「(雲・霞などが)かかる。「置く」の意。
* 「おほゝし」は「はっきりしない。心が晴れない」の意。
* 「ぬ」は打消の助動詞「ず」の連体形。
* 「かも」は詠嘆の終助詞。



4 678;相聞,作者:中臣女郎,大伴家持、枕詞,贈答
<個別へ>
http://blogs.yahoo.co.jp/kairouwait08/31888956.html

[題詞](中臣女郎贈大伴宿祢家持歌五首)

直相而  見而者耳社  霊剋  命向  吾戀止眼

直に逢ひて 見てばのみこそ たまきはる 命に向ふ 我が恋やまめ 

ただにあひて みてばのみこそ [たまきはる] いのちにむかふ あがこひやまめ
・・・・・・・・
あなたにじかに逢えた

その時こそ

命をかけた私の恋はやむのでしょう
・・・・・・・・・
*  [たまきはる] 魂極る。 命・世・うち・吾などにかかる。
* 「恋」と「おもふ」(下記)

【主な派生歌】

夜もすがら 月にうれへて ねをぞなく いのちにむかふ 物おもふとて
 (藤原定家[続古今])

かはれただ わかるる道の 野べの露 命にむかふ 物も思はじ 
 (定家)



4 679;相聞,作者:中臣女郎,大伴家持、恋情,枕詞,贈答

[題詞](中臣女郎贈大伴宿祢家持歌五首)

不欲常云者  将強哉吾背  菅根之  念乱而  戀管母将有

いなと言はば 強ひめや我が背 菅の根の 思ひ乱れて 恋ひつつもあらむ 

いなといはば しひめやわがせ [すがのねの] おもひみだれて こひつつもあらむ
・・・・・・・・・
いやなら無理強いはしません 

あなた

菅の根のように思い乱れて

私は恋い焦れるばかりなのね
・・・・・・・・・・
中臣女郎 なかとみのいらつめ 生没年未詳伝不詳。
「中臣女郎」は中臣氏出身の令嬢に対する敬称。
万葉集巻四に五首掲載。いずれも大伴家持に贈った歌。


万葉集 680・681・682
4 680;相聞,作者:大伴家持、交遊,怨恨,うわさ

[題詞]大伴宿祢家持与交遊(とも)別歌三首
  (大伴宿祢家持が、友と別れた歌三首)

盖毛  人之中言  聞可毛  幾許雖待  君之不来益

けだしくも 人の中言 聞かせかも ここだく待てど 君が来まさぬ 

けだしくも ひとのなかごと きかせかも ここだくまてど きみがきまさぬ
・・・・・・・・・・
たぶん 他人の中傷を 聞かれたからだろう 

こんなに 待っても 貴方はおいでにならない
・・・・・・・・・・


4 681;相聞,作者:大伴家持、交遊,恋情

[題詞](大伴宿祢家持与交遊別歌三首)

中々尓  絶年云者  如此許  氣緒尓四而  吾将戀八方

なかなかに 絶ゆとし言はば かくばかり 息の緒にして 我れ恋ひめやも 

なかなかに たゆとしいはば かくばかり いきのをにして あれこひめやも
・・・・・・・・・・・・・・
いっそ 仲を断つというのなら 

このように 命を賭して 私が慕うことなどあろうか
・・・・・・・・・・・・・・


4 682;相聞,作者:大伴家持、交遊,恋情

[題詞](大伴宿祢家持与交遊別歌三首)

将念  人尓有莫國  懃  情盡而  戀流吾毳

思ふらむ 人にあらなくに ねもころに 心尽して 恋ふる我れかも 

おもふらむ ひとにあらなくに ねもころに こころつくして こふるあれかも
・・・・・・・・・
思って下さる 人でもないのに 

真心を尽くして慕う私であることよ
・・・・・・・・・


万葉集 683・684・685・686・687・688・689
http://blogs.yahoo.co.jp/kairouwait08/8060490.html


万葉集 690
4 690;相聞,作者:大伴三依、離別,悲別

[題詞]大伴宿祢三依悲別歌一首
   大伴宿祢三依が、別れを悲しんだ歌一首

照<月>乎  闇尓見成而  哭涙  衣<沾>津  干人無二

照る月を 闇に見なして 泣く涙 衣濡らしつ 干す人なしに 

てるつきを やみにみなして なくなみだ ころもぬらしつ ほすひとなしに
・・・・・・
照る月も闇と泣く涙は

衣を濡らす

乾かしてくれる人もなくて
・・・・・・


万葉集 691・692
4 691;相聞,作者:大伴家持,娘子、恋情,枕詞,贈答

[題詞]大伴宿祢家持贈娘子歌二首

百礒城之  大宮人者  雖多有  情尓乗而  所念妹

ももしきの 大宮人は 多かれど 心に乗りて 思ほゆる妹

[ももしきの] おほみやひとは おほかれど こころにのりて おもほゆるいも
・・・・・・・・・・
立派な大宮仕えの官女はたくさんいるけれど

心をとらえて離さないあなたであることよ
・・・・・・・・・・・


4 692;相聞,作者:大伴家持、娘子,怨恨,贈答

[題詞](大伴宿祢家持贈娘子歌二首)

得羽重無  妹二毛有鴨  如此許  人情乎  令盡念者

うはへなき 妹にもあるかも かくばかり 人の心を 尽さく思へば 

うはへなき いもにもあるかも かくばかり ひとのこころを つくさくおもへば
・・・・・・・・・
薄情なあなたであることだなあ

これほどあれこれ思い尽させるんだから
・・・・・・・・・


万葉集 693
4 693;相聞,作者:大伴千室、吉野,序詞,恋情

[題詞]大伴宿祢千室歌一首 [未詳]

如此耳  戀哉将度  秋津野尓  多奈引雲能  過跡者無二

かくのみし 恋ひやわたらむ 秋津野に たなびく雲の 過ぐとはなしに 

[かくのみし こひやわたらむ あきづのに] たなびくくもの すぐとはなしに
・・・・・・・・・・
いつまでもこんなに 恋い続けていくのだろうか

秋津野にたなびく雲も いつか過ぎ去るのに

この恋の想いが消えることはないのだ
・・・・・・・・・・・


万葉集 694 ・695
694;相聞,作者:廣河女王、恋情,比喩

[題詞]廣河女王歌二首 [穂積皇子之孫女上道王之女也]

戀草呼  力車二  七車  積而戀良苦  吾心柄

恋草を 力車に 七車 積みて恋ふらく 我が心から 

こひくさを ちからくるまに ななくるま つみてこふらく わがこころから
・・・・・・・・
恋草を刈り取って

力車七台にも積んで曳くように

そんな苦しい思いをするのも

かってに自分の心のなせるわざなのに
・・・・・・・・・
* 「恋草」 草が繁るさまに譬える恋情のつのり。
* 「力車」 力夫の引く車。
* 「らく」は、体言化の接尾語とする説もある。「あく」が上の活用語の語尾「る」と結合した「るあく」が変化したもの。(く)。  ・・すること、・・するところ。・・するとき、など。
* 「我が心から」は、 自業自得である、といった気持。
* 「から」は、体言に付いて、原因・理由などを示す。〜ゆえに、〜によって、〜のせいで。


【主な派生歌】

七車 積むともつきじ 思ふにも 言ふにもあまる わが恋草は 
 ([狭衣物語])

七車 つむ恋草の おもければ うしとみれども やるかたもなし
 (大江匡房)

人しれぬ わが恋草の 七車 思ひみだれて やる方もなし
 (後村上院[新葉])

恋草の ちから車を 引く牛の くるしむいきを 我がむねにして
 (肖柏)



695;相聞,作者:廣河女王、自嘲

[題詞](廣河女王歌二首 [穂積皇子之孫女上道王之女也])

戀者今葉  不有常吾羽  念乎  何處戀其  附見繋有

恋は今は あらじと我れは 思へるを いづくの恋ぞ つかみかかれる 

こひはいまは あらじとわれは おもへるを いづくのこひぞ つかみかかれる
・・・・・・・・
もう恋なんかしたくない

縁がないと思っていたのに

どこにひそんでいたのか

恋がこの胸をつかんで放さない
・・・・・・・・
* 「れ」は、助動詞「り」の已然形(命令形)。
* 「る」は、助動詞下二、受身の意を表す。


広河女王 ひろかわのおおきみ
上道王の息女。穂積皇子の孫。
天平宝字七年(763)一月、従五位下に初叙されている。
万葉集巻四に2首載る。


万葉集 696
4 696;相聞,作者:石川廣成、京都,恋情

[題詞]石川朝臣廣成歌一首 [後賜<姓>高圓朝臣氏也]

家人尓 戀過目八方 川津鳴 泉之里尓 年之歴去者

家人に 恋過ぎめやも かはづ鳴く 泉の里に 年の経ぬれば 

いへびとに こひすぎめやも かはづなく いづみのさとに としのへぬれば
・・・・・・
家で待つ人を恋しく思わないことなどあろうか

河鹿の鳴くこの里で

年がまた過ぎてしまう
・・・・・・・
* 「泉の里」  山城国相楽郡、泉川(京都府相楽郡の木津川沿いの地域)
  恭仁京(くにきょう)の所在地。

* 平城京に家族をおいて、単身赴任をしている。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
石川広成 いしかわのひろなり 生没年未詳
父母等は未詳。
天平十五年(743)頃、内舎人の地位にあった(万葉集巻八)。
天平宝字二年(758)八月、従六位上より従五位下。この頃但馬介。
同四年二月、高円朝臣を賜姓される(万葉巻四所載歌の左注にも「後賜姓高円朝臣氏也」とある)。
同月、文部少輔。
万葉集には三首、巻四の696番、巻八の1600・1601番。


万葉集 697・698・699
http://blogs.yahoo.co.jp/kairouwait08/8836367.html
4 697;相聞,作者:大伴像見、恋情,枕詞

[題詞]大伴宿祢像見歌三首

吾聞尓  繋莫言  苅薦之  乱而念  君之直香曽

吾が聞きに 懸けてな言ひそ 刈り薦の 乱れて思ふ 君が直香ぞ 

わがききに かけてないひそ [かりこもの] みだれておもふ きみがただかぞ
・・・・・・・・
私に聞こえる様に言わないでください

噂を聞くだけでも心が乱れる

慕わしいあの方のお姿よ
・・・・・・・・・


4 698;相聞,作者:大伴像見、恋情,奈良,序詞

[題詞](大伴宿祢像見歌三首)

春日野尓  朝居雲之  敷布二  吾者戀益  月二日二異二

春日野に 朝居る雲の しくしくに 我れは恋ひ増す 月に日に異に 

かすがのに あさゐるくもの しくしくに あれはこひます つきにひにけに
・・・・・・・・・・
春日野の朝たなびく雲が幾重にも重なっているように

日毎月毎に幾重にも重なって増してゆく 私の恋は
・・・・・・・・・・


4 699;相聞,作者:大伴像見、序詞,恋愛


[題詞](大伴宿祢像見歌三首)

一瀬二波  千遍障良比  逝水之  後毛将相  今尓不有十方

一瀬には 千たび障らひ 行く水の 後にも逢はむ 今にあらずとも 

ひとせには ちたびさはらひ ゆくみづの のちにもあはむ いまにあらずとも
・・・・・・・
川の瀬では障害物だらけの流れでも

後にはかならず合流しよう

今は逢えずとも
・・・・・・・・
* 「には」は、場所、状況の格助詞「に」に、強調の係助詞「は」がついて、ただ一つの瀬において
* 「逢ひなむ」;きっと出会うだろう。


万葉集 700・701・702
4 700;相聞,作者:大伴家持,娘子、怨恨

[題詞]大伴宿祢家持到娘子之門作歌一首
  (大伴家持、娘子の門に至りて作る歌一首)

如此為而哉  猶八将退  不近  道之間乎  煩参来而

かくしてや なほや罷らむ 近からぬ 道の間を なづみ参ゐ来て 

かくしてや なほやまからむ ちかからぬ みちのあひだを なづみまゐきて
・・・・・・・・
このように門前から

やはり帰るのでしょうか

遠い道のりを難儀してやっと来たのに
・・・・・・・・・


4 701;相聞,作者:河内百枝娘子,大伴家持、恋情

[題詞]河内百枝娘子贈大伴宿祢家持歌二首
  (河内百枝(かふちのももえ)娘子、大伴家持に贈る歌二首)

波都波都尓  人乎相見而  何将有  何日二箇  又外二将見

はつはつに 人を相見て いかにあらむ いづれの日にか また外に見む 

はつはつに ひとをあひみて いかにあらむ いづれのひにか またよそにみむ
・・・・・・・・・
ほんのわずかしか貴方を見ることが出来ず残念です

いつの日にかどこかで

またお逢いできるのでしょうか
・・・・・・・・・


4 702;相聞,作者:河内百枝娘子,大伴家持、恋情,枕詞

[題詞](河内百枝娘子贈大伴宿祢家持歌二首)

夜干玉之 其夜乃月夜 至于今日 吾者不忘 無間苦思念者

ぬばたまの その夜の月夜 今日までに 我れは忘れず 間なくし思へば 

[ぬばたまの] そのよのつくよ けふまでに われはわすれず まなくしおもへば
・・・・・・・・・
あなたを照らしたあの夜の月か
 
絶え間なくあなたを思いつづけているわたし
・・・・・・・・・
 「逢ひ」は、ハ行四段活用動詞「逢ふ」の連用形。
 「な」は、確定の助動詞「ぬ」の未然形。
 「む」は、推量の助動詞終止形。


万葉集 703・704
703;相聞,作者:巫部麻蘇娘子

[題詞]巫部(かむなぎべ)麻蘇娘子(まそをとめ)歌二首


[原文] 吾背子乎  相見之其日  至于今日  吾衣手者  乾時毛奈志

我が背子を 相見しその日 今日までに 我が衣手は 干る時もなし 
[仮名] わがせこを あひみしそのひ けふまでに わがころもでは ふるときもなし

恋情,涙

・・・・・・・・・・・
あなたにお逢いしたその日から今日まで

私の衣の袖は乾く時はありません
・・・・・・・・・・・



704;相聞,作者:巫部麻蘇娘子、恋情,枕詞

[題詞](巫部麻蘇娘子歌二首)

栲縄之  永命乎  欲苦波  不絶而人乎  欲見社

栲縄の 長き命を 欲りしくは 絶えずて人を 見まく欲りこそ 

[たくなはの] ながきいのちを ほりしくは たえずてひとを みまくほりこそ

・・・・・・・・
たく縄のような長い命を望むのは
 
いつまでも貴方を見ていたいから
・・・・・・・・


巫部麻蘇娘子 かんなぎべのまそおとめ   生没年 未詳

巫部が氏で麻蘇は字(あざな。通称)か。または巫部麻蘇で一つの氏名(うじな)だったか。
巫部氏は祭祀氏族の一つで、姓ははじめ連、のち宿禰。
神に仕え、音楽や舞で神の心を和らげる役割を負ったことからの氏名かと言われる。
『新撰姓氏録』によれば、平安右京・山城・摂津・和泉の諸国に居住。なおマソは麻のことで、特に神祭の際用いられた麻を言う。
名からすると、神子(みこ)だったか。


万葉集 705・706
4 705;相聞,作者:大伴家持,童女、恋情,夢,贈答

[題詞]大伴宿祢家持贈童女(をとめ)歌一首

葉根蘰  今為妹乎  夢見而  情内二  戀度<渡>鴨

はねかづら 今する妹を 夢に見て 心のうちに 恋ひわたるかも 

はねかづら いまするいもを いめにみて こころのうちに こひわたるかも
・・・・・・・・・
まさしく羽縵を頭に飾るお年頃

なんと初々しく可愛いいことよ

そんなあなたを夢に見て

ひそかに想い続けているわたしです
・・・・・・・・・
* 「羽蘰今する」 年頃の娘について言う、常套的な修飾句。
  可愛らしさを誇張。



4 706;相聞,作者:童女,大伴家持、掛け合い,贈答

[題詞]童女来報謌一首(「来報」は歌を贈り返す意。)
    童女の来報(こた)ふる歌一首  

葉根蘰  今為妹者  無四呼  何妹其  幾許戀多類

はねかづら 今する妹は なかりしを いづれの妹ぞ ここだ恋ひたる 

はねかづら いまするいもは なかりしを いづれのいもぞ ここだこひたる
・・・・・・・・・・・・
羽縵を新たにつける乙女はいないのに

どこの女性を貴方は恋い慕っているというのでしょう
・・・・・・・・・・・・
*「私なら、もうとっくの昔に一人前の女になっていますよ」

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