ニキタマの万葉集

当て字の繭玉をほぐそう、枕詞で古代を解明しよう。

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6 1064;雑歌,作者:田辺福麻呂歌集,難波,新都讃美

[題詞]((難波宮作歌一首[并短歌])反歌二首)

[左注](右廿一首田邊福麻呂之歌集中出也)

塩干者 葦邊尓せ 白鶴乃 妻呼音者 宮毛動響二

潮干れば 葦辺に騒く 白鶴の 妻呼ぶ声は 宮もとどろに 

しほふれば あしへにさわく しらたづの つまよぶこゑは みやもとどろに

潮が引いたので葦の茂る岸辺に
白鶴がつれあいを呼ぶ声で
大宮も鳴り響くばかりだ

* 「とどろ」【×轟】[副]音が大きく鳴り響くさま。

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何時も拝見しております。
白鶴について、
白鶴 しろたづ
百鶴 ももたづ
葦鶴 あしたづ
の三種類が有りますが、評価とすればどれが良いと思いますか?

2018/7/19(木) 午後 0:21 [ 朝顔と露 ]

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> 朝顔と露さん
わたしはこれにします。
http://manyou.plabot.michikusa.jp/manyousyu4_575.html
この歌も先の巻四(五七四)の歌と同じく、筑紫の沙弥満誓(さみまんせい)が大伴旅人(おほとも)に贈った歌に、奈良の都の旅人が答えて贈った二首の歌のうちのひとつ。
「草香江(くさかえ)」は、現在の福岡県の大豪公園のあたり。
そんな「懐かしい筑紫の草香江の入江に餌を求める葦辺の鶴のように、ああ、たずたずしいことです。友が側にいないのは…」と、大宰府にいたころによく見た鶴を思い出しながら、同じく大宰府でいつも側にいてくれた満誓がいまは側に居ない心もとなさを詠っています。
「たづたづし」は「確かでないこころもとない様」のこと。
「鶴(たづ)」の「たづ」の響きから「たづたづし」に続けて詠んでいるわけですね。
技法に凝った言葉ではありますが、この満誓たちが側にいてくれない「たづたづし(こころもとない)」との思いは、都へ戻ってからの旅人の本心でもあったのでしょう。

2018/7/19(木) 午後 1:25 [ ニキタマの万葉集 ]


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