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・・・・・・・・・・ <出典・記事転載元>
以下全巻の基本的な構成は著作、Title: Manyoshu [Book 1]
http://etext.lib.virginia.edu/japanese/manyoshu/AnoMany.html〜Title: Manyoshu [Book 20] http://etext.virginia.edu/japanese/manyoshu/Man20Yo.html を教科書として作成しました。 ・・・・・・・・・・ <転載元YouTube> 三輪山を しかも隠すか 雲だにも 心あらなも 隠さふべしや 万葉集 https://www.youtube.com/watch?v=MwTNvmBuMh0&list=PL0DCA64B3C699DAE2&index=2 yahoo《秋流カエル》さんのブログ《なし−つぼ 【梨壺】名詞平安京内裏(だいり)の五舎の一つ「昭陽舎(せうやうしや)」の別名。中庭に梨の木が植えてあるところからいう。女官の詰め所であるが、東宮の在所ともされる。》 <抜粋>梨壷の五人(枕草子) https://blogs.yahoo.co.jp/oirakanimo/35395467.html 五一年、村上天皇が「万葉集」を訓読するように大中臣能宣・源順・清原元輔・坂上望城・紀時文の5人に命じます。 昭陽舎という後宮の一つに集まって「万葉集」の訓読を始めます。 この昭陽舎には梨の木が植えてあったので「梨壷」と呼ばれていました。 そこで「梨壷の五人」と言われるようになったのです。 何年かかったのかわかりませんが、「万葉集」4500首のうち、4000首ほどを読み解いたそうです。 この時の読み方を「古点」といいますが、残念なことにこれの書かれた本は残っていません。 その後、長い年月何人もの人が訓読します。この時、三百数十首の歌が訓読されます。この時の訓読を次点というそうです。それから1246年、仙覚が鎌倉将軍藤原頼経の命により、難解と言われた152首に訓読が施されます。これは新点と言われます。この152首を訓読するのに7年の歳月がかかっています。 このことから考えると、「梨壷の五人」が4000首の歌を訓読するのには相当の年数がかかったと思われます。 清少納言たちの時代、万葉集は古いものだありながら、実は初めて日の目を見た新しいものだったのですね。 だから、分類の中には「万葉集」にかかわる地名が出てきます。 わたしたち現代人から見ると、万葉も古今和歌集も枕草子も源氏物語も十把一絡げの「古典」ですが、万葉集は、平安時代の人にとってはすごい古典だったのです。<抜粋完了> /////////////////////////
yahoo《swe*tba*il*007》さんのブログ 【コメントへのお返事】 https://blogs.yahoo.co.jp/kairouwait08/35252827.html ///////////////////////// |
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