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ー21ー <古今集巻十四(恋四)「題しらず そせいほうし」> 今すぐに来ようと(あなたが)言われたばかりに (陰暦九月の秋の夜長を今か今かと待つうちに) 明け方の月を(待ちもしないのに) 待っていて迎えるかっこうになってしまったことであるよ 今こむと いひしばかりに; 「いま」は副詞で、いますぐにの意。 「こ」はカ行変格活用「来」の未然形。 「む」は意志を表す助動詞終止形。 「と」は引用を示す格助詞。 「いひ」の主語は男。 「し」は過去の助動詞「き」の連体形。 「ばかり」は限定(ばっかり)の副助詞。 「に」は理由を示す格助詞。この句は第五句にかかる。 長月の 有明の月を 待ち出でつるかな; 「長月」は陰暦九月の異名。 「ありあけの月」は夜明けにまだ空に残る月。月の出の遅い二十日前後の月。 「を」は動作の対象を示す格助詞。 「待ちいで」は動詞「待ちいづ」の連用形で、待っていて会う意。 「つる」は完了の助動詞「つ」の連体形。 「かな」は詠嘆の終助詞。 ◇今こむ すぐ行こう。男が言ったこと。待つ女の立場から見て「来む」と言っている。男がこう言った状況については、後朝(きぬぎぬ)の別れの時に言い残して行ったと見る説、夕方に手紙を寄越したと見る説などがある。 ◇長月 陰暦九月。晩秋。掛詞というわけではないが、秋の夜が「長」い意が響く。 ◇有明の月 夜遅く出て、明け方の空にまで残っている月。おおよそ陰暦二十日以降の月を言うので、秋も残り少ないことが暗示される。30壬生忠岑も参照されたい。 ◇まちいでつるかな 待った挙句、月が出て来るのに会ってしまった、ということ。待ち人に会わずに月に会ってしまった、という面白みがある。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 【参考歌】作者不明「万葉集」巻十 長月の 有明の月夜 ありつつも 君が来まさば 吾恋ひめやも 遍昭「古今集」 今こむと いひてわかれし あしたより 思ひくらしの ねをのみぞなく 作者不詳「後撰集」 今こむと 言ひしばかりを 命にて 待つにけぬべし さくさめの刀自 【作者・配列】作者は12遍昭の子。清和天皇の時に殿上人となったが、若くして出家し、大和国石上の良因院に住んだ。昌泰元年(898)、大和国御幸に際し石上に立ち寄った宇多上皇に召され、行幸に供奉、諸所で和歌を奉る。死去の際には紀貫之・凡河内躬恒が追慕の歌を詠むなど、当時有数の歌人たちから敬愛されていた。古今集には36首入集し、歌数第4位。三十六歌仙の一人。定家は『近代秀歌』で遍昭・業平・小町と共に「余情妖艷体」の歌人として称揚し、『八代抄』にはその作を二十四首も採るなど、非常に高く評価していた。 百人秀歌では22番目に置かれ、21番の源宗于「山里は冬ぞさびしさ…」と合せられる。いずれも「待ち人来らず」の哀情を詠みつつ、表現技法に機知を凝らした歌として通い合うところがある。 【他の代表歌】 みわたせば柳桜をこきまぜて都ぞ春の錦なりける(古今集) いざけふは春の山辺にまじりなん暮れなばなげの花のかげかは(〃) おとにのみきくの白露よるはおきてひるは思ひにあへずけぬべし(〃) 【覚書】女が待たされた期間について、一夜だけと解釈する「一夜説」と、数ヶ月に渡るとする「月来(つきごろ)説」との対立が取り沙汰されるが、二者択一の問題とも思えないし、そもそも、「今こむ」と約束したのがいつだったのか、この歌自体から一義的に決定するのは不可能である。むしろ問題は、「今こむと言ひしばかりに」から、「長月の有明の月…」へと続けてみせた表現の機微ではないのか。女は「今こむ」と約束されて喜んだに違いない。その時から、どうやら裏切られたらしいと気づくに至るまで、長きにわたる感情の起伏が想像されるのだが、一見――つまり歌をさっと読んだ限りでは――あたかも「気がついたらもう有明の月が出ていた」と言っているように聞こえる。一心に信頼して待つ身には、「長月」の夜も決して長くは感じられなかった――女はそう言いたかったらしいのだ(「ばかりに」という詞遣いの絶妙さ)。ところが、そうして待たされた挙句の女の感情が――よく味わって読めば――しつこく恨みをちらつかせる、「くだくだしいばかり」(塚本邦雄『新撰小倉百人一首』)の調子で歌い上げられているところが「をかし」でありまた「あはれ」でもあるのだ。その辺の女心の機微を感じ取らずして、この歌を読んだことにはならないだろう。三十一文字という短い形式の詩が物語を内包する時の面白さを存分に感じさせてくれる歌である。定家を始め新古今歌人たちが好んだのは当然であろう。 【主な派生歌】 今こむと 頼めてかはる 秋の夜の あくるもしらぬ 松虫のこゑ (藤原家隆) 山の端に 月も待ちいでぬ 夜をかさね なほ雲のぼる 五月雨の空 (藤原定家) かはらずも 待ちいでつるかな 郭公 月にほのめく こぞのふる声 (〃) 忘れじと いひしばかりの なごりとて そのよの月は めぐりきにけり (藤原有家「新古今」) あぢきなく 頼めぬ月の 影もうし いひしばかりの 有明の空 (藤原忠良「新続古今」) 今こむと たのめやはせし 郭公 ふけぬる夜半を なに恨むらん (藤原良経) 長月の ありあけの月の あけがたを たれまつ人の ながめわぶらむ (〃) いはざりき いまこむまでの 空の雲 月日へだてて ものおもへとは (〃「新古今」) 今こむと 頼めやおきし 郭公 月ぞたちいづる 有明の声 (後鳥羽院) 今こむと たのめしことを 忘れずば この夕暮の 月や待つらむ (藤原秀能「新古今」) 今こむと 契りしことは 夢ながら 見し夜に似たる 有明の月 (源通具「新古今」) 今こんと 言はぬばかりぞ 子規 有明の月の むら雨の空 (順徳院「続後撰」) 長月の 有明の月を みてもまづ 今こむまでの 秋をこそまて (藤原為家) 頼めても むなしき空の いつはりに ふけゆく月を まちいでつるかな (道助法親王「続後撰」) 今こむと たのめし人の いつはりを いくあり明の 月に待つらん (宗尊親王「続拾遺」) <記事出典・転載元>
三木幸信・中川浩文共著・[千人万首]
[北極星は北の空から〜ブログの中に ]・等より。
<参照>https://www.rakuten.ne.jp/gold/ogurasansou/hyakunin/021.html |
百人一首21〜30
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