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ー4− <万葉集・巻三・雑歌・に詞書として「山部の宿爾赤人の不尽の山を望める歌一首、短歌合わせたり」と出ているのが出典。> 駿河の田子の浦に出て
ひろびろと開けた眺めを楽しんでいると 山すそを雄大にひいて 天空にそびえ立つ富士は 白妙の衣のごとき一色の雪をかぶり くっきりと鮮やかに優雅である 田子の浦に; 田子の浦は、駿河湾内の、静岡県清水市興津長の東北から、由比・蒲原あたりへの浦。現在の田子の浦よりは西南。 「に」は到着場所を示す格助詞。 打ち出でてみれば; 「うちいで」は動詞「うちいづ」連用形で、他の所からその海辺に出る意。 「ば」は動詞已然形「「見れ」に接続して、偶然的関係を示す順接の確定条件(・・・と、・・・ところ)の接続助詞。 白妙の;「富士」の枕詞。 富士の高嶺に 雪は降りつつ; 富士山は静岡・山梨両県の境にある。 「高嶺」は高い峰。いただき。 「は」は、他と区別して、とりたてていう係助詞。 「ふり」はここでは降積もる意。 「つつ」は継続の意の接続助詞で、言いさしの表現となり、余韻・余情を残す。 新古今集では冬とするが、高嶺の雪であり、それへの感動なので、冬というより、時ならぬ時期の雪とするのが穏当だろう。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ この短歌は、 「天地の 分れし時ゆ 神さびて 高く貴き 駿河なる 布士の高嶺を 天の原 ふりさけみれば わたる日の 影も隠くらひ 照る月の 光も見えず 白雲も い行きはばかり 時じくぞ 雲はふりける 語り継ぎ 言ひ継ぎ行かん 不尽の高嶺は」 の長歌にあわせた反歌 「田子の浦ゆ うち出でて見れば 真白にぞ 不尽の高嶺に 雪はふりける」 という歌であったのでこの百人一首の歌をみれば、作者の山部赤人は、地下で苦笑していることだろう。 この長歌にあわせた反歌を、定家は調べの美しさを重視するあまりに、改竄してしまった。 私自身は万葉集の見たままを率直に詠った「・・真白にぞ・・・」の方が現場に立った感動の伝わり方が違うと思う。 万葉集の歌は現実直視の体験的内容を直線的な句切れなしの調べで、崇高壮大に詠じて、それは長歌の主題を反歌として詠み返したものである。 だが『新古今集』のは、反歌ではなく単独の歌として鑑賞したものであるから、その上で撰者の撰歌眼がそのような決定を下したのであろう。 万葉のは男性的だとすると、これは女性的である。 かれが古代的だとすると、これは近代的である。 かれが、神的、崇高、永遠、だとすれば、これは人間的、優美、昨今といった評語があてはまる。 昔から、もとの歌『万葉集』にのったほうが良かったのにと、惜しがられている。 昭和十年代の頃は、正岡子規の勇み足もあり、『古今・新古今集』の神聖性は地に落ちた。 時は軍国の世である。 柔媚・繊細といった情調はかいもく、かえりみられなかったのであった。 子規の勇み足によれば、 「貫之は下手な歌詠みにて古今集はくだらぬ集にこれあり候」と切っている。 かえす刀で、 「定家という人は上手か下手かわからぬ人にて新古今集の選定を見れば少しはわかっているのかと思えば自分の歌にはろくなものこれなく」 などさんざんである。 もっとも和歌千年の権威を一撃のもとに打ち倒して、革新の火の手をあげた彼の意気込みと功績は大きい。 しかし時は移り近年では、『古今』『新古今』の新たなる値打ちが見直されてきた。 自然と人間との融和のたたずまいの美が人々に好ましく写るようになってきたのである。 そして最近では『古今集』の歌の配列も、その背後に、それ自体巨大なクロスワードパズルが隠されているかもしれないという。 古典の神秘はまことに奥深いものといえよう。 『新古今集』の美学によれば、この歌は「白妙」「雪はふりつつ」でなくては、ギクシャクして美しくない、と思ったのであろう。 「少々意味が変わってきてもしょうがおまへん、しらべがなだらかなんが第一どす」 と京の公卿歌人らはうなずき合ったのかもしれない。 実際にこの歌を、カルタで読みあげてみるときは、 「雪はふりける」よりも「雪はふりつつ」 という方が耳に快く感じるだろう。 朗誦に耐える形になっている。 山部赤人は柿本人麻呂と並び称される『万葉集』の歌人。 清らかな静かな自然鑑賞の歌が多い。 高橋虫麻呂という歌人も 「日ノ本の 大和の国の 鎮めとも います神かも 宝とも なれる山かも」 と詠っている。 今は新幹線の車窓から見ると、工場の煙もくもくで、富士のお山もかすんでいるのは・・・ 美しき田子の浦と富士山は、やがて郷愁の中の絵になってしまうのであろうか。 【作者】 山部赤人、生没年未詳。聖武・持統天皇に仕えた宮廷歌人。万葉集第三期を代表する大歌人で その足跡は、広く東国から四国に及び、勅撰集入集歌四十九首、三十六歌仙の一人。 <出典・転載元等>
[北極星は北の空から〜ブログの中に] ・[千人万首]・[三木幸信・中川浩文著評解小倉百人一首]等より。 |
百人一首1〜10
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