ヤエムグラ(八重葎) アカネ科
学名:Galium spurium var. echinospermon
花期:春
「八重」というのは,葉が輪生する様子を指しています。
「葎(ムグラ)」というのは繁茂してやぶを作る蔓草の総称と辞書に書いてありましたが,この八重葎は蔓性ではありません他に,ムグラという名前が付く植物としては,カナムグラがあります。
百人一首に「やへむぐら しげれる宿の さびしきに 人こそ見えね あきは来にけり」恵慶法師 というのがありますが,八重葎は秋には枯れてしまうので,この歌の中の「やへむぐら」というのは,カナムグラであろうともいわれています。
葉や茎に小さな棘があり,皮膚を刺激します。香川県ではこれを「ヒサカキ」と呼んでいたようですが,「膝を掻く雑草」という意味なのでしょう。
(植物園へようこそ!)より転載。
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やへむぐら しげれる宿の さびしきに 人こそ見えね 秋はきにけり
恵慶法師
<拾遺集巻三(秋)「河原院にて、荒れたる宿に秋来たるといふ心を人々よみ侍りけるに 恵慶法師」>
【歌意】
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生い茂った葎などの雑草がはびこっている
さびしい住まいに人の姿こそ見えないが
秋だけはやって来たのだなあ
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【語句・文法】
* 「やへむぐら」;
幾重にも生い茂った葎が。
* しげれる宿の さびしきに ;
「しげれ」は四段活用動詞「しげる」の已然形・命令形両説あり。
「る」は存続の助動詞「り」の連体形。
「宿のさびしきに」は、住まいで、さびしい所にの意で、現代ならさびしい住まいにとなる。
「宿」は住まい。
「の」は同格関係(「宿」と「さびしき」)を示す格助詞。
「さびしき」は形容詞「さびし」の連体形で、体言(同格の『宿」・「所」など)を補って解する。
「に」は場所を示す格助詞。(「の」を主格、「に」を接続とする説あり)
* 人こそ見えね 秋はきにけり;
「「こそ」は強意の係助詞で、結びは打消の助動詞「ず」の已然形「ね」。一応終結するが、已然形の働きから逆説的気分が現れる。
「は」は係助詞。
「に」は完了の助動詞「ぬ」の連用形。
「けり」は詠嘆の助動詞終止形。
◇やへむぐら 八重葎。幾重にも生い茂った葎。葎とは、荒れ地や野原にむさ苦しく生い茂る雑草。荒廃した家の形容によく使われた。
◇さびしきに さびしき所に。「に」を接続助詞と見て「淋しいのに」の意とする説もある。
◇人こそ見えね… 訪れる人はないが、秋だけはやって来た。
◇「見えね」の「ね」は、打消の助動詞「ず」が係助詞「こそ」との係り結びによって已然形をとったもの。
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【作者や背景】
恵慶 えぎょう 生没年未詳
出自・経歴などは不明。応和二年(962)、安法法師主催の河原院歌合に参加。安和二年(969)、源高明の筑紫左遷直後に西宮家で詠歌。また寛和二年(986)、出家した花山院の熊野参詣に供奉。講師として播磨に下ったこともあったらしい(続詞花集)。
能宣・元輔・重之・兼盛ら同時代の歌人の多くと交流をもった。
自撰と推測される家集『恵慶法師集』がある(群書類従二六七・私家集大成一・新編国歌大観三などに所収。以下「恵慶集」と略)。
拾遺集の十八首を初めとして、勅撰入集は計五十五首。中古三十六歌仙。
その昔河原左大臣源融が住んでいた河原院で詠まれた歌である。
河原院は風流を好んだ融が贅を尽くした庭園で名高く、海水を運び入れて陸奥の歌枕塩釜を模したという。
『伊勢物語』八十一段は、惟喬親王や業平を思わせる人物がこの邸を訪れて紅葉などを愛でたとの話を載せているし、紀貫之は融の死後この庭を見物にやって来て「君まさで煙たえにし塩釜のうらさびしくも見え渡るかな」と詠み、亡き左大臣を偲んでいる(古今集)。
その後河原院は荒れるに委されたが、この歌が作られた頃には寺となっていて、融の子孫である安法法師が住んでいた。
恵慶法師ら歌人たちはそこを溜まり場として風雅の交わりを楽しんだのだった。
そうした背景においてこの歌を読めば、かつて栄華を誇った屋敷を寂れた庭にやつしてゆく否応ない時の流れと、それとかかわりなく巡り来ることをやめない季節と――言わば歴史と四季という二つの《時の流れ》への感慨がこもごもに籠ることとなる。
それゆえ「人こそ見えね」の句には、風雅の庭に四季折々の情趣を楽しんだ古人の姿が、しみじみと偲ばれるのである。
拾遺集の詞書を離れても、例えば源氏物語「蓬生」などに描かれた葎這う荒廃した家屋敷が髣髴され、侘しい恋の風趣もほのかに香って、それはそれで情趣の深い一首となろう。
この歌は藤原公任の撰とされる撰歌歌合「後十五番歌合」に採られるなど古くから恵慶法師の代表歌と見なされた。定家も『定家八代抄』・『秀歌大躰』・『近代秀歌(自筆本)』・『詠歌大概』・『八代集秀逸』など主な秀歌選の殆ど全てに撰入し、非常に高く評価していた。
【参考歌】紀貫之「貫之集」「新撰和歌」他
とふ人も なき宿なれど 来る春は 八重葎にも さはらざりけり
よみ人しらず「後撰集」
やへむぐら しげき宿には 夏虫の 声より外に 問ふ人もなし
曾禰好忠「好忠集」
けぶりたえ ものさびしかる 庵には 人こそ見えね 冬は来にけり
【主な派生歌】
八重葎しげれる宿のつれづれと問ふ人もなきながめをぞする(藤原定頼[風雅])
八重葎しげれる宿は人もなしまばらに月のかげぞすみける(大江匡房[新古今])
八重葎しげれる宿は夜もすがら虫の音聞くぞとり所なる(永源[詞花])
八重葎さしこもりにし蓬生にいかでか秋の分けて来つらん(*藤原俊成[千載])
秋こそあれ人は尋ねぬ松の戸を幾重もとぢよ蔦の紅葉葉(式子内親王[新勅撰])
八重葎とぢける宿のかひもなしふるさととはぬ花にしあらねば(定家)
月かげをむぐらの門にさしそへて秋こそきたれとふ人はなし(〃[風雅])
月影もおもひあらばともり初めてむぐらの宿に秋は来にけり(俊成卿女)
人とはぬむぐらの宿の月かげに露こそ見えね秋風ぞふく(宗尊親王[続古今])
八重葎とぢこもりてし宿をしも先づとひけりな秋のはつ風(三条西実隆)
おきそむる露をよすがに秋は今朝むぐらの門を先づぞ問ひける(村田春海)
【出典・引用・転載元】
<三木幸信・中川浩文共著書本>・
<ブログ[北極星は北の空から〜ブログの中に] >・
<千人万首>・
<小倉百人一首 注釈>等から。
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ご無沙汰しております。
この短歌は、私に芭蕉の俳句を連想させます。
「石山の石より白し秋の風」
秋というのは何もないのでしょうか。
花も、人も、色も。
涙が流れてきました。
2015/7/18(土) 午後 6:53 [ やまとねこ ]
> やまとねこさん
こんばんは。
お久しぶりで嬉しいです!。
また
おもしろいご記事が見られると楽しみにしています。
宜しくお願いします。
<人生の移り変わりを青春・朱夏・白秋・玄冬というそうですね>
五行思想ですね。季節も木(春=青)・火(夏=赤=朱)・土(黄=?)・金(秋=白)・水(冬=黒=玄)だそうで、土が余りますのでそれぞれの季節の終わり十八日間を「土用」と呼ぶとか!。
芭蕉の俳句「石山の石より白し秋の風」に、あなた様は深く全てを感じて涙されるのですね。
2015/7/18(土) 午後 8:45 [ ニキタマの万葉集 ]