ニキタマの万葉集

当て字の繭玉をほぐそう、枕詞で古代を解明しよう。

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めぐりあひて 見しやそれとも わかぬまに 雲がくれにし 夜半の月かな 
紫式部
<はやくより童友だちに侍りける人の 年ごろ経て行きあひたる ほのかにて七月十日ごろ月にきほいてかへり侍りければ 新古今集・雑上>
(紫式部集の詞書では月日が「十月十日」。第五句「夜半の月かげ」)
新古今集・巻十六・雑上(1499)に「はやくもわらわはともだちに侍りける
人の年頃へて行きあたる、ほのかにて、七月十日(ふみずき)のころ、
月にきいほいて帰り侍りければ・紫式部」とあるのが出典。
『紫式部集』の巻頭にある歌で、日付が「十月十日のほど」とあるのは、ほぼ同様の詞書である。・・・早くから幼友達であった人で何年かして行き違いましたが、わずかな間逢いまして、月と競争するように帰ってしまいましたので・・・といった意味であろう。


【歌意】
・・・・・・・・・・
久々にめぐりあったおさな友だち
面差しをあの人かとも見わけぬまに
慌ただしく帰ってしまった
ほのかに見えた月が
たちまち雲に隠れるように
・・・・・・・・・・

【語句・文法】

*  めぐりあひて;
「めぐりあひ」は四段活用動詞「めぐりあふ」の連用形、対象は表面上は月、内に幼友だち。 時が巡り、再び出逢って。
「行きあふ」は偶然出会う意味だから路でであって、狭い貴族社会の牛飼い童や供人などは、お互いの主人が友人同士であることを熟知しており、相互に供人が気付いて、女主人の牛車を寄せ合わせたということも考えられるし、その情景も浮かんでこよう。

*  見しやそれとも わかぬまに;
「見」は上一段活用動詞連用形。
「し」は過去の助動詞「き」の連体形。
「や」は疑問の係助詞で、結びは省略の形式。
「それ」は指示代名詞で表は月、内に友だちを指示。月とともに昔馴染みの友人を指す。
「と」は対象を示す格助詞。
「も」は強意の係助詞。
「わか」は四段活用動詞「わく」の未然形、区別すると理解する。
「ぬ」は打消しの助動詞「ず」の連体形。
「に」は時の格助詞。見たのはそれだったのかも判らないうちに。 

*  雲がくれにし 夜半の月かな;
「雲がくれ」は下二段活用動詞「雲がくる」の連用形で、月が雲にかくれる意と、友が姿を消す意。
「に」は完了の助動詞「ぬ」の連用形。
「し」は上記に同じ。
「夜半」は夜中の意。
「月」わらわはともだちへの思いがこもる。
「かな」は詠嘆の終助詞。雲の中に隠れてしまった。
人の行方が判らなくなることの比喩表現。
あわただしく帰ってしまった幼馴染みの友人を、たちまち雲に隠れてしまった月に譬えて言う。
* 「めぐりあひ」「雲がくれ」は月の縁語。


【作者や背景】

紫式部 むらさきしきぶ 生没年未詳
生年は天禄元年(970)、天延元年(973)など諸説ある。
藤原兼輔の曾孫。雅正の孫。
正五位下越後守為時の次女。
母は摂津守藤原為信女。兄の惟規、娘の賢子(大弐三位)も勅撰歌人。

早く生母に死別、長徳二年(996)、越前守となった父の任国に同行する。
その後単身帰京し、同四年頃、山城守藤原宣孝の妻となる。
長保元年(999)、賢子を出産するが、二年後、夫と死別。この頃から『源氏物語』の執筆に着手した。
寛弘二年か三年(1006)頃、一条天皇の中宮彰子のもとに出仕する。
没年は長和三年(1014)、長元四年(1031)など諸説ある。

著書に『源氏物語』『紫式部日記』がある。
また自撰と思われる家集『紫式部集』がある。
後拾遺集初出。
勅撰入集62首。
中古三十六歌仙。女房三十六歌仙。

この歌は語る。
紫式部の家は、儒者であり受領(地方長官)である。いわゆる中流貴族であるから、この幼友達も恐らくは受領の娘であろうか。逢ってゆっくりと女同士の話も出来ない間に、別れてしまったのだろうか。
何年ぶりかしら、あなたに会ううなんて、ほんとにあなた?もっとお顔を見せてよ。幼顔が残っているような気もする。・・・
夢のような思いのうちに、あなたはもう雲にかくれる夜半の月のように帰ってしまったのね。
彼女は七月十日の、夜半に沈む月と競うように早々とかえってしまった。
折からの十日ころの月は夜半には雲に隠れて西山に没してしまう。美しい月光を惜しむ気持ちと、友との名残を惜しむ心とを重ねて詠んでいるのであろう。
七月十日は大陰暦でいえばもう初秋である。
今の太陽暦でいえば八月の半ば過ぎ、日中は暑いが、そろそろ夜の風がひややかになり初める。
この「わらは友だち」は女友達である。

紫式部は若いころ、同性の友人を多く持っていた。
これは他の王朝女流歌人と違う点であろう。
この「めぐりあひて」の歌には『紫式部集』によると、こう書かれている。「その人遠きところへいくなりけり。秋の果つる日来たるあかつき、虫の声あはれなりけり」とあって、

鳴き弱る まがきの虫も とめがたき 秋の別れや 悲しかるらむ

その女友達は遠い所へいく、恐らく地方長官に任じられた父に従って任国へ下るのであろう。

九月末の夜ふけに、式部に別れを告げにきた。
式部は友との別れを悲しんだのである。
未婚の娘時代、いろんな女友達を持ったことは、式部の情操を豊かにしたであろう。
これは現代でも同じであるが、大体いい女友達を作れない女に、たいした女はいないようである。
女の友情は当てにはならぬというのは、男性文化がつくりあげた迷妄と偏見であろう。それも家庭や係累に埋没してしまうような女ならば、友情を持つ能力はないだろうが、自我と個性が確立している女なら、女同士の能力をみとめ、嘉するもあるであろう。
男性の友人も尊重するが、プロ意識に徹した女性の友人の方も共に仕事をしていて楽しい。


【主な派生歌】

てる月の かくるるにつけて 思ふか 雲がくれにし よはのかなしさ  (源通親)
月影の それかあらぬか かげろふの ほのかにみえて 雲がくれにし
(源実朝)
めぐりあひて おなじ雲井に ながめばや あかで別れし 九重の月  
(尊良親王[新葉])
たづねても 人ぞたどらん 面影を みしや其とも おぼえざりせば  
(下冷泉持為)
あやしくも むすぼふれぬる 心かな みしやそれとも まだわかぬまに
(烏丸光広)
いかにして 思ひ出づらん 俤の みしやそれとも わかぬ契りを  
(武者小路実陰)
めぐりこし 月にとはばや こぞのけふ 雲がくれにし 人のゆくへを
(本居宣長)
めぐりあひて見し夜の空もみづぐきに月かげながらうつしとめけむ
(加納諸平)




【出典・引用・転載元】
<三木幸信・中川浩文共著書本>・
<ブログ[北極星は北の空から〜ブログの中に] >・
<千人万首>・
<小倉百人一首 注釈>・
<フリー引用句集『ウィキクォート(Wikiquote)>等から。

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