ニキタマの万葉集

当て字の繭玉をほぐそう、枕詞で古代を解明しよう。

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村雨の 露もまだひぬ まきの葉に 霧たちのぼる 秋の夕ぐれ 
寂連法師

<五十首の歌奉りし時 新古今集・秋下>
<真木の葉の雫を見、同時に霧たち上る大自然の秋の夕ぐれを描きあげる>

◇五十首歌 
建仁元年(1201)二月、後鳥羽院主催の老若五十首歌合。作者を左方老・右方若とに分けた、未曾有の歌合であった。
作者は慈円・定家・家隆らと共に「老」の方人。掲出歌は百二十五番左勝。
建久九年(1198)、仁和寺の僧侶歌人グループに御子左家歌人(俊成・定家・寂蓮)や 六条藤家歌人(顕昭・季経・藤原有家)ら十七名を加えて五十首歌を詠進させ(守覚 法親王家五十首)、建仁元年(1201)にはこの五十首より選んで『御室撰歌合』を結番 した。

【歌意】
・・・・・・・・・・
秋の夕暮れどきに
俄雨が通り過ぎていった
木の葉にしずくがまだ見えるのを
隠してしまうかのように
山かげ一面の木々の間から
雲のような霧が
またたちのぼってゆくことよ
・・・・・・・・・・

【語句・文法】

* 村雨の 露もまだひぬ まきの葉に; 
「村雨」は秋から冬にかけて降る通り雨。にわか雨。
「の」は二つともに連体修飾語を作る格助詞。
「霧」は雨のしずく。
「も」は強意の係助詞。
「まだ」は副詞。
「ひぬ」の「ひ」は「自然に水分が蒸発する」意の上一段動詞。
「ひる」の未然形、乾く意。
「ぬ」は打消しの助動詞「ず」の連体形。
「まき」は真木で、杉・檜など良材の総称で柴の対語。
「に」は動作・作用の場所を示す格助詞。

* 霧たちのぼる 秋の夕ぐれ; 
「たちのぼる」は連体形として「夕ぐれ」を修飾し、終止形の四句切れ。
詠嘆的に終わる体言止め。 
自然と高いところへ上がってゆく 月・雲・煙などについて言うことが多い。
霧に用いる例は万葉集に見えるが、王朝和歌では稀。

【句切れ例】
《bannkohukyuuさん》

「鳳仙花ちりておつれば小き蟹鋏ささげて驚き走る 窪田空穂」句切れなし
「白鳥は哀しからずや空の青海のあをにもそまずただよふ 若山牧水」二句切れ,擬人法
「街をゆき子供の傍を通るとき蜜柑の香せり冬がまた来る 木下利玄」
四句切れ
「桜ばないのち一ぱいに咲くからに生命かけてわが眺めたり 岡本かの子」
句切れなし,擬人法
「ぞろぞろと鳥けだものを引きつれて秋晴の街に遊びいきたし 前川佐美雄」句切れなし
「はとばまであんずの花が散つて来て船といふ船は白く塗られぬ 斎藤史」
句切れなし
「新しき年のひかりの檻に射し象や駱駝はなに思ふらむ 宮柊二」
句切れなし,擬人法
「ジャージーの汗滲むボール横抱きに吾駆けぬけよ吾の男よ 佐々木幸綱」句切れなし,または,四句切れ
「白き霧ながるる夜の草の園に自転車はほそきつばさ濡れたり 高野公彦」句切れなし,隠喩
「土鳩はどどつぽどどつぽ茨咲く野はねむたくてどどつぽどどつぽ 河野裕子」句切れなし,擬音語,反復法
「観覧車回れよ回れ思ひ出は君には一日我には一生 栗木京子」
二句切れ,反復法,対句,体言止め


【参考歌】

 作者未詳「万葉集」
天の川 霧たちのぼる たなばたの 雲の衣の かへる袖かも
 道綱母「蜻蛉日記」「後拾遺集」
消えかへり 露もまだひぬ 袖のうへに 今朝は時雨るる 空もわりなし
 藤原俊成「続古今集」
いつしかと ふりそふ今朝の 時雨かな 露もまだひぬ 秋のなごりに
 良暹法師(りやうぜんほふし)
淋しさに 宿を立ち出でて ながむれば いづこも同じ 秋の夕ぐれ  
 藤原定家
見わたせば 花ももみじも なかりけり 浦のとまやの 秋の夕ぐれ
 西行法師
心なき 身にもあわれは 知られけり 鴫(しぎ)立つ沢の 秋の夕ぐれ



【主な派生歌】

春雨の 露もまだひぬ 梅が枝に うは毛しをれて 鶯ぞなく  
(源実朝)
五月雨の 露もまだひぬ 奥山の 槙の葉がくれ なくほととぎす  
(〃)
夕ぐれの 山もまがきと なりにけり 霧たちのぼる 峰の遠かた  
(飛鳥井雅世)


【作者や背景】

寂蓮 じゃくれん
生年未詳〜建仁二(1202)-1202年8月9日(建仁2年7月20日))
俗名:藤原定長 通称:少輔入道、
幼少に俊成の養子となり、中務少輔に至ったが、俊成に子定家が生まれたので、三十余歳で出家した。
「新古今集」の選者の一
平安時代末から鎌倉時代初期にかけての歌僧である。
僧俊海の子として生まれ、1150年(久安6年)頃叔父である藤原俊成の養子となり、長じて従五位下中務少輔となる。
しかし、俊成に実子定家が生まれたことから、それを機に30歳代で出家、歌道に精進した。御子左家の中心歌人として活躍し、「六百番歌合」での顕昭との「独鈷鎌首論争」は有名である。1201年(建仁元年)和歌所寄人となり、新古今和歌集の選者となるが、完成を待たず翌1202年(建仁2年)没した。
「千載和歌集」以下の勅撰和歌集などに、117首入集。家集に「寂蓮法師集」がある。



【出典・引用・転載元】
<三木幸信・中川浩文共著書本>・
<ブログ[北極星は北の空から〜ブログの中に] >・
<千人万首>・<Wikipedia>・
<小倉百人一首 注釈>・
<フリー引用句集『ウィキクォート(Wikiquote)>等から。

「百人一首81〜90」書庫の記事一覧

閉じる コメント(2)

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こんにちは。
まさにこのうたと同じ様な光景を
兵庫との県境の山々で見たことがあります。
雨上がりの後の山々の先から湯気の様に霧が立ち登り
空になる光景は偉大でした。

2015/8/24(月) 午後 5:02 [ 出すぎる杭は叩かれない ]

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> 出すぎる杭は叩かれないさん
こんばんは。
そうですか!
素晴らしい景観でしょうね。
目に浮かびます。
肌み感じます。
清浄幽遠の自然を。

2015/8/24(月) 午後 9:55 [ ニキタマの万葉集 ]


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