ニキタマの万葉集

当て字の繭玉をほぐそう、枕詞で古代を解明しよう。

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19 4233;作者:内蔵縄麻呂、天平勝宝3年1月3日,年紀,宴席,挨拶,引き留め,後朝,高岡

[題詞]于是諸人酒酣更深鶏鳴 因此主人内蔵伊美吉縄麻呂作歌一首

打羽振  鶏者鳴等母  如此許  零敷雪尓  君伊麻左米也母

うち羽振き 鶏は鳴くとも かくばかり 降り敷く雪に 君いまさめやも 

うちはぶき とりはなくとも かくばかり ふりしくゆきに きみいまさめやも

羽を打ち振って鶏は鳴くけれど
これほどにまでに降り積もった雪の中を
あなたがお帰りになることがありましょうか

* 「いまさめや」→「イマス」はこの場合「行く」意の尊敬語。
* 「うち‐はぶ・く」打ち羽振く [動カ四]羽ばたく



19 4234;作者:大伴家持,内蔵縄麻呂、天平勝宝3年1月3日,宴席,高岡

[題詞]守大伴宿祢家持和歌一首

鳴鶏者  弥及鳴杼  落雪之  千重尓積許曽  吾等立可○祢

鳴く鶏は いやしき鳴けど 降る雪の 千重に積めこそ 吾が立ちかてね 

なくとりは いやしきなけど ふるゆきの ちへにつめこそ わがたちかてね

いっそう頻りに鶏は鳴くけれど
降り続く雪が千重に積もるからこそ
吾らは立ち去りかねるのです

* 天武4年(676)に「牛、馬、犬、猿、鶏の宍(しし=肉)を食うこと莫(な)かれ」という詔が出された。牛や馬は農耕などに活用され、犬は家を守る。鶏は刻を告げる鳥として飼育されていた。これらの動物以外の鹿や猪など、野生動物を食べることは禁止されていない。



19 4235;作者:大伴家持、

[題詞]

足日木之  山黄葉尓  四頭久相而  将落山道乎  公之超麻久

あしひきの 山の紅葉に しづくあひて 散らむ山道を 君が越えまく 

[あしひきの] やまのもみちに しづくあひて] ちらむやまぢを きみがこえまく

[左注]右一首同月十六日餞之朝集使少目秦伊美吉石竹時守大伴宿祢家持作之
(右一首、同月十六日、朝集使少目秦忌寸石竹を餞せし時に、守大伴宿禰家持作る)

山の黄葉が
時雨のしずくとともに
ぬれて散る
その木陰の山の道を
貴方は越えてゆくのですね

* 少目(しょうさかん)という位の秦伊美吉石竹(はたのいみきいわたけ)という人が、朝集使(国々の政治や人事についての報告を都にする人)として奈良の都に旅立つのを送別する宴の時に、大伴家持が詠んだ歌。
* 「ま‐く」推量の助動詞「む」のク語法。上代語 …だろうこと。…しようとすること。



19 4236;天平勝宝3年1月3日,挽歌,悲別,亡妻挽歌,伝誦,古歌,遊行女婦蒲生,宴席,高岡

[題詞]悲傷死妻歌一首[并短歌] [作主未詳]

天地之ー天地のーあめつちのー天地に
神者<无>可礼也ー神はなかれやーかみはなかれやー神が無いことがあろうか
愛ー愛しきーうつくしきーいとしい
吾妻離流ー我が妻離るーわがつまさかるー妻は去ってしまった
光神ー光る神ー[ひかるかみ]ー
鳴波多*嬬ー鳴りはた娘子ーなりはたをとめー機織り娘
携手ー携はりーたづさはりー手に手を取って
共将有等ーともにあらむとー共に生きようと
念之尓ー思ひしにーおもひしにー思ったのに
情違奴ー心違ひぬーこころたがひぬー願いは適わなかった
将言為便ー言はむすべーいはむすべー言うべき言葉も
将作為便不知尓ー為むすべ知らにーせむすべしらにー為すすべも知らずに
木綿手次ー木綿たすきーゆふたすきー木綿襷を
肩尓取<挂>ー肩に取り懸けーかたにとりかけー肩に掛け
倭<文>幣乎ー倭文幣をーしつぬさをー倭織の幣を
手尓取持*ー手に取り持ちてーてにとりもちてー手に持って
勿令離等ーな放けそとーなさけそとー離れ離れにしないでと
和礼波雖祷ー我れは祈れどーわれはいのれどー私は祈ったけれども
巻而寐之ー枕きて寝しーまきてねしー抱いて寝た
妹之手本者ー妹が手本はーいもがたもとはー妻の腕(かいな)は
雲尓多奈妣久ー雲にたなびくーくもにたなびくー雲となって空にたなびいている

☆ 「光る神鳴りはた」は「機(はた)」を導く序。
☆ 「鳴神」は雷。


19 4237;天平勝宝3年1月3日,挽歌,悲別,亡妻挽歌,伝誦,古歌,遊行女婦蒲生,宴席,高岡

[題詞](悲傷死妻歌一首[并短歌] [作主未詳])反歌一首


寤尓等  念*之可毛  夢耳尓  手本巻<寐>等 見 者須便奈之

うつつにと 思ひてしかも 夢のみに 手本巻き寝と 見ればすべなし 

うつつにと おもひてしかも いめのみに たもとまきぬと みればすべなし

[左注]右二首傳誦遊行女婦蒲生是也

現実ではないのか
夢なのか
妻の腕を巻いて寝ていたのは

<旅人>http://blogs.yahoo.co.jp/chiyokokkk/24499894.html?type=folderlist
遊行女婦(うかれめ)は、技芸を伝える教養高い女性集団。
宴席に侍り、歌をつくり、また古歌を読誦した。
なんと、遊行女婦の蒲生は、宴席で挽歌をうたっている。
宴といえば、宴会。
昔は、お座敷でどんちゃん騒ぎ、今は、カラオケでどんちゃん騒ぎをイメージしてた私は、あれれ、
ナンカ違う。。。
そういえば、現代も、結婚の披露宴は、挨拶で始まり、どんちゃんして、最後は花束贈呈・花嫁の父の涙で、しんみりさせる設定になってる。

万葉の宴席には、式次第があるみたいです。
蒲生の伝誦歌、
♪天地の 神は無かれや 愛しき 我が妻離る 光る神 鳴りはた娘子 携はり 共にあらむと  思ひしに 心違ひぬ 言はむすべ 為むすべ知らに 木綿だすき 肩に取り掛け 倭文幣を 手に取り持ちて な離けそと 我は祈れど まきて寝し 妹が手本は 雲にたなびく (巻19・4236)
(天地の 神々などないものか いとしいわが妻は遠くへ去ってしまった 光る神 鳴りはた娘子と 手を取り合って 共に長生きしようと 思っていたのに 期待は外れた 言うすべも しようもないので 木綿だすきを 肩に取り掛け しずぬさを 手に取り持って 引き離し給うなと 私は祈ったが 交し合って寝た 妻の腕は 雲に包まれ天涯に去っていった)

♪現(うつつ)にと 思ひてしかも 夢のみに 手本枕き寝と 見るはすべ無し(万葉集・巻19・4237)
(現にそばにいるものと 思いたいものだ 夢にだけ 手枕を交わすと みるのはたまらない)

宴席は、最初はかなり信仰的なもので、神祭りの後の直会(なおらい)だった。
のちには、文化的香りの高い雅宴となった。
そこでうたわれる歌も、始まりの歌・終わりの歌と決められていたらしい。
とくに儀礼的な宴会では、なおのことで、宴席の進行につれて、歌が要請される折々も決まっていたらしい。
この歌の宴席は、天平勝宝 3年(751)正月 3日、介の内蔵忌寸縄麻呂の館で、催された。
まず、主賓の守の家持がうたう。
縄麻呂は、雪で重なる岩山をつくり、(雪ダルマじゃないよ)、造花のなでしこをあしらっておいた。
挨拶を、掾の久米広縄と蒲生がうたう。
やがて、宴たけなわに夜更けとなり、鶏が鳴くと、引きとめ歌を、縄麻呂がうたい、家持が和してうたう。
次いで、県犬養命婦の聖武天皇への献上歌を、広縄が伝誦する。
そこで、この場は回想の雰囲気になり、蒲生がこの挽歌を読誦した。
うまい!しみじみとした哀感をただよわせた。(蒲生の機転)
挽歌は、ぽつぽつと、切れがちで、そのためいっそう哀切です。(うっ、うっ、と嗚咽)
人麻呂の挽歌が、切れ目なく続くのは、人麻呂が天才だからです。(・ー・)ノ <転載終了>

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<旅人>http://blogs.yahoo.co.jp/chiyokokkk/24499894.html?type=folderlist

2017/2/20(月) 午後 8:43 [ ニキタマの万葉集 ]

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4235は4225でした。4235の解説おまちしています。
足日木之 山黄葉尓 四頭久相而 将落山道乎 公之超麻久(4225)
天雲乎 富呂尓布美安太之 鳴神毛 今日尓益而 可之古家米也母(4235)

2019/7/8(月) 午後 8:27 [ 雑草 ]


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