|
3901 天平12年12月9日作者:大伴書持,追和,梅花宴 [題詞]追和<大>宰之時梅花新歌六首 [左注](右十二年十<二>月九日大伴宿祢<書>持作) 民布由都藝 芳流波吉多礼登 烏梅能芳奈 君尓之安良祢婆 遠<久>人毛奈之 みふゆつぎ はるはきたれど うめのはな きみにしあらねば をくひともなし ・・・・・・・・・・・
寒い冬に継いで春は来たが 待ち焦がれたこの梅の花を あなた様以外には お招きしてお見せする人はおりません ・・・・・・・・・・・ 3902 天平12年12月9日作者:大伴書持,追和,梅花宴 [題詞](追和<大>宰之時梅花新歌六首) 烏梅乃花 美夜万等之美尓 安里登母也 如此乃未君波 見礼登安可尓勢牟 うめのはな みやまとしみに ありともや かくのみきみは みれどあかにせむ ・・・・・・・・・・・
この梅の花こそ 山一面にすきまなく咲いたとしても あなたはやはり 見飽きることはないでしょう ・・・・・・・・・・・ * 「しみ‐に」〔副〕繁く。すきまなく。しみみに。 3903 天平12年12月9日,作者:大伴書持,追和,梅花宴 [題詞](追和<大>宰之時梅花新歌六首) [左注](右十二年十<二>月九日大伴宿祢<書>持作) 春雨尓 毛延之楊奈疑可 烏梅乃花 登母尓於久礼奴 常乃物能香聞 はるさめに もえしやなぎか うめのはな ともにおくれぬ つねのものかも ・・・・・・・・・・・
春雨に萌え出る柳か 梅の花と共に後れじと 誘い誘われるように芽吹く いつもながらの有様であることよ ・・・・・・・・・・・ 3904 天平12年12月9日,作者:大伴書持,追和,梅花宴 [題詞](追和<大>宰之時梅花新歌六首) [左注](右十二年十<二>月九日大伴宿祢<書>持作) 宇梅能花 伊都波乎良自等 伊登波祢登 佐吉乃盛波 乎思吉物奈利 うめのはな いつはをらじと いとはねど さきのさかりは をしきものなり ・・・・・・・・・・・
梅の花は折る時をこだわって 選り好みするわけではないが 咲きにおうまっ盛りの時には とりわけ折ってしまうのが惜しいものだ ・・・・・・・・・・・ 3905 天平12年12月9日,作者:大伴書持,追和,梅花宴 [題詞](追和<大>宰之時梅花新歌六首) [左注](右十二年十<二>月九日大伴宿祢<書>持作) 遊内乃 多努之吉庭尓 梅柳 乎理加謝思底<婆> 意毛比奈美可毛 あそぶうちの たのしきにはに うめやなぎ をりかざしてば おもひなみかも ・・・・・・・・・・・
梅や柳をかざして遊んだあとなら 心残りもなく もう散ってしまってもかまわない などとおっしゃるのだろうか ・・・・・・・・・・・ 3906 天平12年12月9日,作者:大伴書持,追和,梅花宴 [題詞](追和<大>宰之時梅花新歌六首) [左注]右十二年十<二>月九日大伴宿祢<書>持作 御苑布能 百木乃宇梅乃 落花之 安米尓登妣安我里 雪等敷里家牟 みそのふの ももきのうめの ちるはなし あめにとびあがり ゆきとふりけむ ・・・・・・・・・・・
大宰府の父上の御庭園の 百本もの梅の木の花が散り 天に舞い上がって 雪のように降ってきたのでしょう ・・・・・・・・・・・ 3907 天平13年2月,作者:境部老麻呂,京都,儀礼歌,寿歌,恭仁京 [題詞]讃三香原新都歌一首[并短歌] ・・・・・・・・・・・
山背乃ー山背のー[やましろの]ー山背の国の 久<邇>能美夜古波ー久迩の都はーくにのみやこはー久邇の都は 春佐礼播ー春さればーはるさればー春になると 花<咲>乎々理ー花咲きををりーはなさきををりー花が咲き繁り 秋<左>礼婆ー秋さればーあきさればー秋になると 黄葉尓保<比>ー黄葉にほひーもみちばにほひー黄葉が色美しく映え 於婆勢流ー帯ばせるー[おばせる]ー帯のようにめぐり流れる 泉河乃ー泉の川のーいづみのかはのー泉川の 可美都瀬尓ー上つ瀬にーかみつせにー上の瀬に 宇知橋和多之ー打橋渡しーうちはしわたしー板の懸け橋を渡し 余登瀬尓波ー淀瀬にはーよどせにはー淀瀬には 宇枳橋和多之ー浮橋渡しーうきはしわたしー浮橋を渡し 安里我欲比ーあり通ひー[ありがよひ]ーいつも通って 都加倍麻都良武ー仕へまつらむーつかへまつらむーお仕え申上げよう 万代麻弖尓ー万代までにーよろづよまでにー万代まで ・・・・・・・・・・・ 3908 天平13年2月,作者:境部老麻呂,木津川,枕詞,寿歌,儀礼歌,京都,恭仁京 [題詞](讃三香原新都歌一首[并短歌])反歌 楯並而 伊豆美乃河波乃 水緒多要受 都可倍麻都良牟 大宮所 [たたなめて] いづみのかはの みをたえず] つかへまつらむ おほみやところ ・・・・・・・・・・・
泉の川の水脈の絶えないように 絶えることなく この大宮にお仕へ奉(まつ)り申し上げよう ・・・・・・・・・・・ 3909 天平13年4月2日,作者:大伴書持,贈答,大伴家持,恭仁京,京都 [題詞]詠霍公鳥歌二首 多知婆奈波 常花尓毛歟 保登等藝須 周無等来鳴者 伎可奴日奈家牟 たちばなは とこはなにもが ほととぎす すむときなかば きかぬひなけむ ・・・・・・・・・・・
橘が一年中咲いている花なら 霍公鳥が棲みついて その鳴き声をいつも聞けるのに ・・・・・・・・・・・ 3910 天平13年4月2日,作者:大伴書持,贈答,大伴家持,恭仁京,京都 [題詞](詠霍公鳥歌二首) [左注]右四月二日大伴宿祢書持従奈良宅贈兄家持 珠尓奴久 安布知乎宅尓 宇恵多良婆 夜麻霍公鳥 可礼受許武可聞 たまにぬく あふちをいへに うゑたらば やまほととぎす かれずこむかも ・・・・・・・・・・・
薬玉にして紐でつなぐ楝の その楝の木を家に植えたら 楝の花に誘われて 山ホトトギスが絶えることなく 来てくれるでしょうか ・・・・・・・・・・・ 橘と楝、共に香り高い花である。 香は一種の霊力の顕現とされ、霍公鳥を引き寄せると考えた。 橘は常世の国の樹木で、神霊が「たちあらわれる花」として信仰の対象であった。 楝もまた、邪気を払う霊力を持つとされ、菖蒲などと共に薬玉に用いられた。 ・
|
万葉集索引第十七巻
[ リスト ]



