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萩=豆科の低木。秋に紅紫や白色の小さな花を咲かす。 萩寺=東京江東区にある竜眼寺。萩の名所。名前の由来は、昔、辺鄙な所であったので追剥がよく出るのでそれで竜眼寺は剥寺と呼ばれいた。住職は機転を利かせて萩を植えて萩寺と呼んだといわらている。 ばや 終助詞 希望 【主な機能】 動詞・助動詞の未然形に付く。もとは接続助詞「ば」に係助詞「や」の付いたもので、話し手が自らの行為につき仮想し、その実現を希望していることをあらわす。「〜できたらなあ」「〜したいなあ」。 恋ひわびぬしばしも寝ばや夢のうちに見ゆれば逢ひぬ見ねば忘れぬ(新千載集、小野小町) あたら夜の月と花とを同じくはあはれ知れらむ人に見せばや(後撰集、源信明) は 終助詞 詠嘆 【主な機能】 「はも」 「はや」 「やは」 「かは」などのように、「は」は他の助詞と共に文末に置かれて詠嘆の意をあらわすことがある。平安時代には単独でも詠嘆の終助詞として使われたが、和歌での用例は少ない。 さねさし相模の小野に燃ゆる火の火中に立ちて問ひし君はも(古事記、弟橘姫)
命やは何ぞは露のあだものを逢ふにしかへば惜しからなくに(古今集、紀友則)
なお、下のような例は、「我は…指して行く」の倒置と見え、「は」を終助詞とみとめることはできない。天地の神を祈りて猟矢(さつや)ぬき筑紫の島を指して行く我は(万葉集、大田部荒耳) 【他の機能】 係助詞としてもはたらく。 ばかり 副助詞 【主な機能】 語源は動詞「計る」。この程度であると見積もる意。体言や動詞・副詞など様々な語に付く。用法によって接続する活用語の活用形が異なるので注意が必要。 1.「〜ほど」の意味。おおよその度合・時・場所などをあらわす。活用語の場合、終止形に付く。 かくばかり恋ひつつあらずは高山の磐根しまきて死なましものを(万葉集、磐之媛)
我が屋戸の萩が花咲けり見に来ませいま二日ばかりあらば散りなむ(万葉集、巫部麻蘇娘子)
2.否定表現を伴ってそれ以上はないという限定をあらわす。「〜ばかり〜なし」の形を取り、「〜ほど〜はない」の意に用いることが多い。活用語の場合、連体形に付く。命あらば逢ふよもあらん世の中になど死ぬばかりおもふ心ぞ(金葉集、藤原惟茂) 鶉なく交野にたてるはじ紅葉散りぬばかりに秋風ぞ吹く(新古今集、藤原親隆) 有明のつれなく見えし別れより暁ばかり憂きものはなし(古今集、壬生忠岑) かぞふれば年の残りもなかりけり老いぬるばかり悲しきはなし(新古今集、和泉式部) 3.「〜だけ」と範囲を限定する。主に平安時代以降に見られる用法。活用語の場合、連体形に付く。 今来んと言ひしばかりに長月のありあけの月を待ちいでつるかな(古今集、素性) わが恋はゆくへもしらず果てもなし逢ふを限りと思ふばかりぞ(古今集、凡河内躬恒) 暮れてゆく 春のみなとは 知らねども 霞に落つる 宇治の柴舟
寂連法師
霞がかかり長閑な宇治川の柴舟に、去り行く春の寂しさを詠んだ。暮れてゆく=春がだんだん終わりに近づいていく。 春のみなと=春の行き着く所。 宇治の柴舟=宇治川を下る、柴を積んだ舟。 は 係助詞 【主な機能】 種々の語を承け、それを話題として提示して、それについての説明・叙述を導くはたらきをする。「は」を承けて結ぶ活用語は通常終止形をとるとされるが、命令形をとったり、連用形で中断したり、体言で言いさしたりと、実際は様々な形をとる。 なお、現代口語では、既知の(古い)情報を「は」で、未知の(新しい)情報を「が」で示すというように、「は」と「が」が対(つい)をなしているが、文語では既知の確実な情報を「は」で、未知の不確実な情報を「も」で示すというように、「は」と「も」が対をなしている(次項「も」参照)。 倭は 国のまほろば たたなづく 青垣 山隠れる 倭しうるはし(古事記、倭建命)
葦辺ゆく鴨の羽がひに霜降りて寒き夕へは大和し思ほゆ(万葉集、志貴皇子)
【他の機能】古里となりにし奈良の都にも色はかはらず花は咲きけり(古今集、平城天皇) 鈴鹿川波と花との道すがら八十瀬をわけし春は忘れず(秋篠月清集、藤原良経) 終助詞としてもはたらく。 【助動詞との結合例】 •ずは(ずば) 打消の助動詞「ず」と結び付き、条件句を作る。この「は(ば)」については接続助詞・係助詞の両説がある。接続助詞「ば」参照。
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キーワード・備忘ハ行
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