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9 1704 雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,舎人皇子,献呈歌 [題詞]獻舎人皇子歌二首 ○手折 多武山霧 茂鴨 細川瀬 波驟祁留 ふさ手折り 多武の山霧 繁みかも 細川の瀬に 波の騒ける [ふさたをり] たむのやまきり しげみかも ほそかはのせに なみのさわける ・・・・・・・・・ 山霧は恋いの嘆き 波の騒けるは人々の噂がうるさい 激しい若い男女の恋 多武の山霧が深いからでしょうか 細川の瀬に波が騒いでいます
・・・・・・・・・
9 1705 雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,舎人皇子,献呈歌[題詞](獻舎人皇子歌二首) 冬木成 春部戀而 殖木 實成時 片待吾等叙 冬こもり 春へを恋ひて 植ゑし木の 実になる時を 片待つ我れぞ [ふゆこもり] はるへをこひて うゑしきの みになるときを かたまつわれぞ ・・・・・・・・・・ 春が来るのを恋い待ちにまって 植えた木に実がなる時を ひたすら待つ我れ ・・・・・・・・・・ * かた‐ま・つ【片待つ】[動タ四]ひたすら待つ。 1706 雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,舎人皇子 [題詞]舎人皇子御歌一首 黒玉 夜霧立 衣手 高屋於 霏*麻天尓 ぬばたまの 夜霧は立ちぬ 衣手を 高屋の上に たなびくまでに [ぬばたまの] よぎりはたちぬ [ころもでを] たかやのうへに たなびくまでに [左注](右柿本朝臣人麻呂之歌集所出) ・・・・・・・・・ 暗い夜霧が立ちこめてきた 我が邸の高楼のすぐ上にまで たなびくまでに ・・・・・・・・・ 弓削皇子(ゆげのみこ)は天武天皇の第六皇子で、正史には生没年が記載されていない不思議な皇子。天武天皇の皇孫である文武天皇擁立にからんで抹殺されたとの説もある。 舎人親王は天武の第三皇子。天平1年(729年)の皇族でない藤原光明子の皇后冊立(さくりつ)に寄与し、反対する長屋王を排除し、藤原政権側に立った。
この暗喩に満ちた六首を弓削、舎人両親王からの贈答歌と読むと、陰謀告発の史実かと見える。 https://blogs.yahoo.co.jp/rich036kit/16498800.html?vitality |
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【 記紀いっぱつ 】さん。
https://blogs.yahoo.co.jp/rich036kit/16498800.html?vitality
2018/12/17(月) 午後 2:54 [ ニキタマの万葉集 ]
> 弓削皇子の死、舎人皇子の生存及び出世。人麻呂は額面通りとるとどちらの皇子に対しても同情的な立場をとっていたようですね。
長屋王告発につながるところまでは考えが及びませんでした。
2018/12/17(月) 午後 3:44 [ 記紀いっぱつ ]
> 記紀いっぱつさん
ありがとうございます
これは生死択一恐怖
その時代の切羽暗喩ですね。
2018/12/17(月) 午後 4:10 [ ニキタマの万葉集 ]