ニキタマの万葉集

当て字の繭玉をほぐそう、枕詞で古代を解明しよう。

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6 922;雑歌,作者:笠金村、吉野,行幸,宮廷讃美,神亀2年5月,序詞

[題詞]((神龜二年乙丑夏五月幸于芳野離宮時笠朝臣金村作歌一首[并短歌])反歌二首)

人皆乃 壽毛吾母 三<吉>野乃 多吉能床磐乃 常有沼鴨

皆人の 命も我れも み吉野の 滝の常磐の 常ならぬかも 

みなひとの いのちもわれも みよしのの たきのときはの つねならぬかも

皆々の人の命も
私の命も
吉野の滝の激流に打たれても
なお不動の岩のように
永久に不変であってくれないものか

* 「常磐」は〔「とこいは」の転〕で、「永久不変」の意。
* 「ぬかも」;「ぬ」は打消の助動詞「ず」の連体形。
  「か」疑問係助詞。
  「も」詠嘆終助詞、願望の意を表す。
 「〜ないかなあ。〜であってほしいなあ」。
・・・・・・・・・・
 
笠金村 かさのかなむら 生没年未詳
奈良時代の歌人。姓は朝臣であるが、出自等については不明である。

『万葉集』に45首を残し、そのうち作歌の年次がわかるものは715年(霊亀元年)の志貴皇子に対する挽歌から、733年(天平5年)の「贈入唐使歌」までの前後19年にわたるものである。
特に神亀年間(724年 - 729年)に長歌6首を詠み、車持千年(くりまもちのちとせ)・山部赤人と並んで歌人として活躍している。
『万葉集』の巻6は天武天皇朝を神代と詠う笠金村の歌を冒頭に据えている。

養老七年(723)五月の元正天皇の吉野離宮行幸、
神亀元年(724)十月の聖武天皇の紀伊行幸、
同二年三月の三香原行幸、
同年五月の吉野行幸、
同年十月の難波宮行幸、
同三年九月の播磨国行幸に従駕して歌を詠む。

以上はほぼ長歌に反歌二首を添えた整然たる形をとる。
万葉集には計三十首が載る(うち長歌八首)。
ほかに「笠朝臣金村歌集」出典の歌も見られる。

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