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3 337 雑歌,作者:山上憶良,罷宴,太宰府,福岡
[題詞]山上憶良臣罷宴歌一首
憶良等者 今者将罷 子将哭 其彼母毛 吾乎将待曽
憶良らは 今は罷らむ 子泣くらむ それその母も 我を待つらむぞ
おくららは いまはまからむ こなくらむ それそのははも わをまつらむぞ
・・・・・・・・・
憶良めは今失礼します
子供が泣いているのです
その母も私を待っているのです
・・・・・・・・・
<以下[暗号 山上億良]より転載。>
この歌では、【其彼母毛】の読み方が、難解とされる。これまでに行われている読み方には、ほかに、「その子の母も」「それその母も」「そもその母も」「そよその母も」「そを負ふ母も」などもある。
むろん、素直に読めぱ、【其彼母毛】は【そのかの母も】となる。だが、学者間には、「かの」は例から見て平安時代の言葉であるという共通の認識がある。それゆえ、学者は、【憶良】という実名入りのこの著名な歌に「かの」が使われていると考えたくないのである。だが、学者を悩ます【其彼母毛】は、平安時代になって『古事記』および『万葉集』に手を加えた証として作為した一句である。なぜなら、『古事記』で「モ」の発音を区別するために使っている二字「母・毛」と平安語「彼(かの)」が、「憶良」という実名入りの歌で同時に使われているのは偶然ではあり得ないからである。
『古事記』の撰者であることを「モ」の使い分けで示しているためか、憶良の歌の中には「も」の使用が目立つものがある。たとえば、巻五にある「子らを思へる歌」の反歌では、次のように「も(母)」が四回も使われている。
銀も 金も玉も 何せむに 勝れる宝 子に及かめやも(巻五、八〇三)
銀母 金母玉母 奈尓世武尓 麻佐礼留多可良 古尓斯迦米夜母
ここで「銀母金母玉母」と三回使われている「母」と、【其彼母毛】の「毛」は、同じ種類の助詞である。そして、『古事記』の用例によれば、この「毛」は「母」の方が正しい。しかし、「母も」の「も」に「母」を使えば「母母」となり、区別のない文字を区別して読まなければならない。このようなことになるのは、『万葉集』では歌を表記する際、一方では漢字の意昧を無視して音を表す仮名として用いながら、他方では漢字を意味にもとづいて和語として訓読みするという不自然なことをしているからである。
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