ニキタマの万葉集

当て字の繭玉をほぐそう、枕詞で古代を解明しよう。

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万葉集巻19 4142・4143・4144・4145・4146・4147・4148・4149・4150


19 4151;天平勝宝2年3月3日,作者:大伴家持,

[題詞]三日守大伴宿祢家持之舘宴歌三首
  (三日、守大伴宿禰家持の館に宴する歌三首)

今日之為等  思標之  足引乃  峯上之櫻  如此開尓家里

今日のためと 思ひて標し あしひきの 峰の上の桜 かく咲きにけり 

けふのためと おもひてしめし [あしひきの] をのへのさくら かくさきにけり

今日の為にと標しをつけておいた
あの山の尾根の桜です
かくみごとに咲きましたよ

* 山から手折って来た満開の桜の枝を示しながら。


19 4152;天平勝宝2年3月3日,作者:大伴家持,宴席,上巳,序詞,高岡

[題詞](三日守大伴宿祢家持之舘宴歌三首)

奥山之  八峯乃海石榴  都婆良可尓  今日者久良佐祢  大夫之徒

奥山の 八つ峰の椿 つばらかに 今日は暮らさね 大夫の伴 

[おくやまの やつをのつばき] つばらかに けふはくらさね ますらをのとも

山深く重なる尾根に生える椿ではないが
円やかに心連ねて
今日一日すごしましょう
ますらおの方々よ




19 4153;天平勝宝2年3月3日,作者:大伴家持,宴席,上巳,曲水宴,高岡

[題詞](三日守大伴宿祢家持之舘宴歌三首)

漢人毛 筏浮而 遊云 今日曽和我勢故 花縵世奈

漢人も 筏浮かべて 遊ぶといふ 今日ぞ吾が背子 花かづらせな 

からひとも いかだうかべて あそぶといふ けふぞわがせこ はなかづらせな

漢人も舟を浮かべて遊ぶという日です
さあ我が友よ
今日は桜のかづらを着けてください

* 「花かづら」  花を糸で編んで作った頭に飾るもの。
* 「曲水の宴」  この日三月三日、庭園の流水に酒盃を浮かべ、
 それが流れ過ぎないうちに詩歌を作っては盃をほす慣わしの催事。
 「筏」は盃(または盃を載せた盆など)をこう呼んだ。
 


19 4154;天平勝宝2年3月8日,作者:大伴家持,枕詞,富山,鷹狩り

[題詞]八日詠白<大>鷹歌一首[并短歌]

・・・・・・・・・・・・
↓[原文]ー[訓読]ー[仮名]ー 
安志比奇<乃>ー[あしひきの] 
山坂<超>而ー山坂越えてーやまさかこえてー山坂を越えて 
去更ー行きかはるー[ゆきかはる] 
年緒奈我久ー年の緒長くーとしのをながくー長の年月
科坂在ー[しなざかる] 
故志尓之須米婆ー越にし住めばーこしにしすめばー越の地に住んで   
大王之ー大君のーおほきみのー大君の  
敷座國者ー敷きます国はーしきますくにはー支配なされる国としては  
京師乎母ー都をもーみやこをもー都も  
此間毛於夜自等ーここも同じとーここもおやじとーここも変わりはないと
心尓波ー心にはーこころにはー心では  
念毛能可良ー思ふものからーおもふものからー思うものの    
語左氣ー語り放けーかたりさけー思うままに語り合って心の憂さを晴らす  
見左久流人眼ー見放くる人目ーみさくるひとめー顔を合わせて気を晴らす人が  
乏等ー乏しみとーともしみとー少ないために  
於毛比志繁ー思ひし繁しーおもひししげしー物思いの種は尽きない  
曽己由恵尓ーそこゆゑにーそれ故  
情奈具也等ー心なぐやとーこころなぐやとー心も慰むかと  
秋附婆ー秋づけばーあきづけばー秋めいてくれば  
芽子開尓保布ー萩咲きにほふーはぎさきにほふー萩が咲き匂う  
石瀬野尓ー石瀬野にーいはせのにー石瀬野に  
馬太伎由吉○ー馬だき行きてーうまだきゆきてー馬を操って行って  
乎知許知尓ーをちこちにーそこここで  
鳥布美立ー鳥踏み立てーとりふみたてー鳥を飛び立たせ  
白塗之ー白塗りのーしらぬりのー銀で鍍金した
小鈴毛由良尓ー小鈴もゆらにーをすずもゆらにー鈴を揺り鳴らす
安波勢也<理>ーあはせ遣りーあはせやりー鷹に捕えに行かせ      
布里左氣見都追ー振り放け見つつーふりさけみつつーその様を仰ぎ見ては  
伊伎騰保流ーいきどほるーつかえた
許己呂能宇知乎ー心のうちをーこころのうちをー胸の内を
思延ー思ひ延べーおもひのべー伸びやかに晴らし     
宇礼之備奈我良ー嬉しびながらーうれしびながらー 喜ぶ  
枕附ー枕付くー[まくらづく]  
都麻屋之内尓ー妻屋のうちにーつまやのうちにー妻屋の内に  
鳥座由比ー鳥座結ひーとぐらゆひー止まり木を立て  
須恵弖曽我飼ー据えてぞ我が飼ふーすゑてぞわがかふーそこに置いて私が飼 
真白部乃多可ー真白斑の鷹ーましらふのたかー真白な斑模樣の鷹である
・・・・・・・・・・・・



19 4155;天平勝宝2年3月8日,作者:大伴家持,高岡

[題詞](八日詠白<大>鷹歌一首[并短歌])

矢形尾乃  麻之路能鷹乎  屋戸尓須恵  可伎奈泥見都追  飼久之余志毛

矢形尾の 真白の鷹を 宿に据ゑ 掻き撫で見つつ 飼はくしよしも 

やかたをの ましろのたかを やどにすゑ かきなでみつつ かはくしよしも

矢形の尾の
真白まだらの鷹を家に置き
撫でては眺める
飼うことの素晴らしさよ



19 4156;作者:大伴家持、天平勝宝2年3月8日,能登,鵜飼い

[題詞]潜鵜歌一首[并短歌]

↓[原文]ー[訓読]ー[仮名]ー
荒玉能ー[あらたまの]
年徃更ー年行きかはりーとしゆきかはりー一年巡り
春去者ー春さればーはるさればー春になったので
花耳尓保布ー花のみにほふ ーはなのみにほふーあたりは花の色に映えている
安之比奇能ー[あしひきの]
山下響ー山下響みーやましたとよみーその麓を音を響かせ
墜多藝知ー落ち激ちー[おちたぎち]
流辟田乃ー流る辟田のーながるさきたのー 流れ下る辟田の
河瀬尓ー川の瀬にーかはのせにー川瀬には
年魚兒狭走ー鮎子さ走るーあゆこさばしるー 若鮎が奔り泳ぐ
嶋津鳥ー島つ鳥ー[しまつとり]
鵜養等母奈倍ー鵜養伴なへーうかひともなへー鵜飼らを伴って
可我理左之ー篝さしーかがりさしー篝火を燃やしつつ
奈頭佐比由氣<婆>ーなづさひ行けばーなづさひゆけばー流れに逆らい行くと
吾妹子我ー我妹子がーわぎもこがーわが妻が
可多見我C良等ー形見がてらとーかたみがてらとー思い出のよすがにと
紅之ー紅のーくれなゐのー紅の
八塩尓染而ー八しほに染めてーやしほにそめてー 何度も濃く染めに染めて
於己勢多流ーおこせたるー寄越してくれた
服之襴毛ー衣の裾も ーころものすそもー衣の裾も
等寳利○濃礼奴ー通りて濡れぬーとほりてぬれぬーしとどに濡れてしまった



19 4157;作者:大伴家持、天平勝宝2年3月8日,能登,鵜飼い,土地讃美

[題詞](潜鵜歌一首[并短歌])

紅<乃>  衣尓保波之  辟田河  絶己等奈久  吾等眷牟

紅の 衣にほはし 辟田川 絶ゆることなく 吾れかへり見む 

くれなゐの ころもにほはし さきたかは たゆることなく われかへりみむ

紅の衣を鮮やかに染めて
この辟田川を見に
いつまでも繰り返しやって来よう



4158;作者:大伴家持,天平勝宝2年3月8日,鵜飼い,能登

[題詞](潜鵜歌一首[并短歌])

毎年尓  鮎之走婆  左伎多河  鵜八頭可頭氣○  河瀬多頭祢牟

年のはに 鮎し走らば 辟田川 鵜八つ潜けて 川瀬尋ねむ 

としのはに あゆしはしらば さきたかは うやつかづけて かはせたづねむ

鮎がはしり泳ぐ季節になったら
この辟田川の川瀬に来て
鵜を何羽も潜らせながら鮎を獲ろう


19 4159;作者:大伴家持,天平勝宝2年3月9日、土地讃美,氷見,寿歌,出挙,部内巡行

[題詞]季春三月九日擬出擧之政行於舊江村道上属目物花之詠并興中所作之歌 / 過澁谿埼見巌上樹歌一首 [樹名都萬麻]

礒上之  都萬麻乎見者  根乎延而  年深有之  神<左>備尓家里

礒の上の つままを見れば 根を延へて 年深からし 神さびにけり 

いそのうへの つままをみれば ねをはへて としふかからし かむさびにけり

渋谿(しぶたに)の崎の海辺の壁に立つ
つままの樹
見れば岩の上を這うように根を延ばし
長い歳月を経て来たのだろう
神々しいばかりである

* 「つまま」はタブノキの古名。クスノキ科の常緑喬木。
老木は根が地上に顕れる。しかし、「ツママ」などという木は、この歌以外のどんな文献にも出て来ず、現地の人々も知らない。そこで、「都麻麻都」など のような文字で「つま松(妻待つ)」ではないのだろうかという説も、高岡にはあるという。



<出典・転載[千人万首]等より>




19 4160 大伴家持の歌
        
天地之ー天地(あめつち)の
遠始欲ー遠き初めよりー遠い始まりの時から
俗中波ー世間(よのなか)はー世の中は
常無毛能等ー常なきものとー無常であると
語續ー語り継ぎー語り継がれ
奈我良倍伎多礼ー流らえて来きた
天原ー天の原ー天空を
振左氣見婆ー振り放(さ)け見ればー仰ぎ見れば       
照月毛ー照る月もー照る月も
盈<ち>之家里ー満ち欠けしけりー満ち欠けしている
安之比奇能ー[あしひきの]
山之木末毛ー山の木末(こぬれ)もー山の樹々の梢も
春去婆ー春さればー春になれば
花開尓保比ー花咲きにほひー花が咲き色がきわだつ
秋都氣婆ー秋づけばー秋が深まれば
露霜負而ー露霜(つゆしも)負ひてー露や霜を身に受け
風交ー風交りー風まじりに
毛美知落家利ーもみち散りけりー紅葉は散っていく
宇都勢美母ーうつせみもー現世の
如是能未奈良之ーかくのみならしー人もこのようでしかあり得ないのか
紅能ー紅のー紅顏も
伊呂母宇都呂比ー色もうつろひーやがて衰え
奴婆多麻能ー[ぬばたまの]
黒髪變ー黒髪変りー黒々とした髪も白くなり
朝之咲ー朝の笑みー朝の笑顔は
暮加波良比ー夕(ゆふへ)変らひー夕方には失われ
吹風能ー吹く風のー吹く風が
見要奴我其登久ー見えぬがごとくー目に留まらぬように
逝水能ー行く水のー流れ行く水が
登麻良奴其等久ー止まらぬごとくー止まらないように
常毛奈久ー常もなくー無常に
宇都呂布見者ーうつろふ見ればー変わり行くさまを見れば
尓波多豆美ー[にはたづみ]ー[名]雨が降って、地上にたまり流れる水。[枕]地上にたまった水が流れるようすから、「流る」「すまぬ」「行方しらぬ」にかかる。
流○ー流るる涙ー溢れ出る涙は
等騰米可祢都母ー留めかねつもーとどめようもない


 
19 4161;作者:大伴家持

[原文] 言等波奴  木尚春開  秋都氣婆  毛美知遅良久波  常乎奈美許曽 [一云 常<无>牟等曽]

言とはぬ 木すら春咲き 秋づけば もみち散らくは 常をなみこそ [一云 常なけむとぞ]
 
こととはぬ きすらはるさき あきづけば もみちぢらくは つねをなみこそ[つねなけむとぞ]

物言わぬ木でさえ春には花咲き
秋には紅葉して葉を散らせる
この世には
うつろい変わらないものはないということだ




4162;作者:大伴家持

[題詞](悲世間無常歌一首[并短歌])


宇都世美能  常<无>見者  世間尓  情都氣受弖  念日曽於保伎 [一云 嘆日曽於保吉]

うつせみの 常なき見れば 世の中に 心つけずて 思ふ日ぞ多き  
[一云 嘆く日ぞ多き]

うつせみの つねなきみれば よのなかに こころつけずて おもふひぞおほきなげくひぞおほき]

現世の無常を見るにつけ
世事に打ち込むことが出来きないで
物思いに悩む日が多いことだ 


19 4163;作者:大伴家持、七夕,高岡

[題詞]豫作七夕歌一首(「予て作る七夕の歌」)
牽牛が織女のもとへ出掛ける時の心情を詠う。


妹之袖  我礼枕可牟  河湍尓  霧多知和多礼  左欲布氣奴刀尓

妹が袖 我れ枕かむ 川の瀬に 霧立ちわたれ さ夜更けぬとに 

いもがそで われまくらかむ かはのせに きりたちわたれ さよふけぬとに

愛しい人の袖に巻かれに行こう
天の川の瀬に
霧よ立ちのぼって私の姿を隠せ
(人々の目から)
夜が更けてしまわないうちに




19 4164;作者:大伴家持,憶良、追和,枕詞,高岡

[題詞]慕振勇士之名歌一首[并短歌]

[左注](右二首追和山上憶良臣作歌)

知智乃實乃ーちちの実のー[ちちのみの]ーチチノキ(銀杏)の実ならぬ
父能美許等ー父の命ーちちのみことー尊い父君  
波播蘇葉乃ーははそ葉のー[ははそばの]ーハハソ(小楢)の葉ならぬ
母能美己等ー母の命ーははのみことー尊い母君    
於保呂可尓ーおほろかにーおろそかに 
情盡而ー心尽してーこころつくしてー心を尽して
念良牟ー思ふらむーおもふらむー思っているような   
其子奈礼夜母ーその子なれやもーそのこなれやもーそんな子供であろうか
大夫夜ー大夫やーますらをやーますらおたる者  
<无>奈之久可在ー空しくあるべきー(や)むなしくあるべきーいのちを虚しくしてよいのだか 
梓弓ーあづさゆみ  
須恵布理於許之ー末振り起しーすゑふりおこしー弓末を振り起こし  
投矢毛知ー投矢持ちーなげやもちー投げ矢を  
千尋射和多之ー千尋射わたしーちひろいわたしー千尋の遠くまで射通し  
劔刀ー剣大刀ーつるぎたちー剣大刀を  
許思尓等理波伎ー腰に取り佩きーこしにとりはきー腰にしっかりと佩き  
安之比奇能ー[あしひきの]  
八峯布美越ー八つ峰踏み越えーやつをふみこえー山々を踏み越え  
左之麻久流ーさしまくるー「さし」は接頭語。任せられた務め  
情不障ー心障らずーこころさやらずー心置きなく勤しんで  
後代乃ー後の世のーのちのよのー後代の子孫らが  
可多利都具倍久ー語り継ぐべくーかたりつぐべくー語り継ぐように 
名乎多都倍志母ー名を立つべしもーなをたつべしもーその名を高らかに響かせるべきなのだ

* 陸の国の若者を始め、各地から呼び集められた兵士・防人たちは、任地に向かう港・難波津に集結した。そこでは、倭国の大王の命令を受け、防人たちを率いる将軍・大伴の臣が待ちうけていたが、大伴の臣は、防人たちを奮い立たせるため、こう歌った。<家持全集訳注編より転載>
・・・・・・・・


19 4165;作者:大伴家持,憶良、追和,高岡

[題詞](慕振勇士之名歌一首[并短歌])

大夫者  名乎之立倍之  後代尓  聞継人毛  可多里都具我祢

大夫は 名をし立つべし 後の世に 聞き継ぐ人も 語り継ぐがね 

ますらをは なをしたつべし のちのよに ききつぐひとも かたりつぐがね

[左注]右二首追和山上憶良臣作歌

立派な男子たる者は
名を高らかに響かせるべきである
後世にその名を聞き継いだ人びとが
さらに語り継いでゆくように

* 士(をのこ)やも 空しかるべき 万代に 語り継ぐべき 名は立てずして
 (06/0978)山上憶良

* <以下、転載記事[峠越えれば]より。>

憶良没後、二十数年経って家持がこの歌に追和している。
「勇士の名を振るはむことを慕(ねが)ふ歌」(振勇士之名歌)である。
長歌と短歌がセットになり、憶良の歌がそのまま詠み込まれている。ここでは「士」は「大夫」になっており、(ますらを)と読ませる。武門の大伴らしい勇ましい詠い振りである。誰もが一族の名を冠した氏と共にある、この時代の常識に従えば、名を立てるとは、これ以外にはないわけで、家持としてはこれで十分追和したつもりになっている。しかし、家持は果たして憶良の涙を理解していたのであろうか?
家持が同族の池主と交わした詩文中に「幼き年に未だ山柿の門に逕(いた)らずして」とあり、この「山柿」の一人は柿本人麻呂でよいとして、もう一人が山上憶良なのか山部赤人なのか、二説あるという。家持が意識したのは赤人と考えるのが自然であろう。家持に限らず、その時代果たして憶良を理解する者がどれほどいたものか?それほど憶良の歌は、この時代にあっては異質である。
 家持にはどこか軽薄な印象がある。「海行かば」にしても偶然大伴に下された勅書に奮い立ち、これを詠んだことから、後世妙なところで自分の歌が利用され、誤解を受けたりしている。上の勇ましい長歌にしても、内容は何もないに等しい。追和の動機は何なのか。
 創作を交えてのことであったにしても、「五月蝿なす 騒く子どもを 打棄てては 死には知らず」と詠む憶良が、一族の名誉や、官吏として実績や栄達にこだわるはずもなく、「名は立てずして」のその名が、歌人として世に入れられることを望んでのものであることは言うまでもない。
 出世など望むべくもない、多分渡来系の従五位下、下級貴族である憶良が、それでも「士」の自覚の下に、残された一つの生き方として、文名を求め、創作に踏み出していった、その覚悟が「名」であろう。同じく歌の道を志しながらも、ありえない武門の大伴の名にこだわり続ける家持とは、よい対照をなしており、この憶良の生き方には今につながる新しさがある。
 名を立てることを、家持のように立身出世に止めず、単純にアイデンティティに関わるものと考えれば、場合によっては「仰げば尊し」を今歌ったからといって、それほど目くじらを立てることもない。憶良ほどに思い詰めることもないが、名を惜しむ姿勢はあった方がよい。





19 4166;作者:大伴家持,天平勝宝2年3月20日,依興,予作,預作,高岡

[題詞]詠霍公鳥并時花歌一首[并短歌]

[左注](右廿日雖未及時依興預作也)

毎時尓ー時ごとにーときごとにー季節ごとに  
伊夜目都良之久ーいやめづらしくー一層心引かれる様子で  
八千種尓ー八千種にー[やちくさに]  
草木花左伎ー草木花咲きーくさきはなさきー草木は無数の種類の花を咲かせ 
喧鳥乃ー鳴く鳥のーなくとりのー鳴く鳥の
音毛更布ー声も変らふーこゑもかはらふー声も移り変わってゆく  
耳尓聞ー耳に聞きーみみにききー耳に聞き  
眼尓視其等尓ー目に見るごとにーめにみるごとにー目に見るたびに 
宇知嘆ーうち嘆きーうちなげきーその素晴らしさに溜息を洩らし 
之奈要宇良夫礼ー萎えうらぶれーしなえうらぶれー 嘆息して吐いた息とともに精気が萎れてぐったりとしてしまう 
之努比都追ー偲ひつつーしのひつつー花々や鳥の声にひたすら思いを寄せて
有争波之尓ー争ふはしにーあらそふはしにー過ごしていたところ    
許能久礼<能>ー木の暗のーこのくれのー木の葉の暗く繁る  
四月之立者ー四月し立てばーうづきしたてばー四月になったので  
欲其母理尓ー夜隠りにーよごもりにー夜じゅう  
鳴霍公鳥ー鳴く霍公鳥ーなくほととぎすー霍公鳥が鳴く  
従古昔ーいにしへゆー遠い昔から  
可多<里>都藝都流ー語り継ぎつる ーかたりつぎつるー語り継いだように 
鴬之ー鴬のーうぐひすのー鴬の
宇都之真子可母ー現し真子かもーうつしまこかもー本当の子なのだろうか 
菖蒲ーあやめぐさー菖蒲や
花橘乎ー花橘をーはなたちばなをー橘の花を  
*嬬良我ー娘子らがーをとめらがー少女たちが  
珠貫麻泥尓ー玉貫くまでにーたまぬくまでにー玉にぬき通す季節(端午の節句)になるまでは  
赤根刺ー[あかねさす]  
晝波之賣良尓ー昼はしめらにーひるはしめらにー昼は昼の間中  
安之比奇乃ー[あしひきの]  
八丘飛超ー八つ峰飛び越えーやつをとびこえー重なる山々を飛び越えて 
夜干玉<乃>ー[ぬばたまの]  
夜者須我良尓ー夜はすがらにーよるはすがらにー夜は夜もすがら  
暁ー暁のーあかときのー夜明け前の  
月尓向而ー月に向ひてーつきにむかひてー月に向かって 
徃還ー行き帰りーゆきがへりー行っては帰りしながら 
喧等余牟礼杼ー鳴き響むれどーなきとよむれどー鳴き声を響かせるけれども 
何如将飽足ーなにか飽き足らむーなにかあきだらむーどうして聞き飽きることなどあるだろうか。



19 4167;作者:大伴家持,依興,予作,預作,高岡

[題詞](詠霍公鳥并時花歌一首[并短歌])反歌二首

毎時 弥米頭良之久 咲花乎 折毛不折毛 見良久之余志<母>

時ごとに いやめづらしく 咲く花を 折りも折らずも 見らくしよしも 

ときごとに いやめづらしく さくはなを をりもをらずも みらくしよしも

[左注](右廿日雖未及時依興預作也)

・・・・・・・・・・・・
季節ごとにすばらしく咲く花々花は
折っても折らなくても
見るのはいいものだ
それぞれに珍しく愛しい
・・・・・・・・・・・・




19 4168;作者:大伴家持,依興,予作,預作,高岡

[題詞](詠霍公鳥并時花歌一首[并短歌](反歌二首))

毎年尓 来喧毛能由恵 霍公鳥 聞婆之努波久 不相日乎於保美 [毎年謂之等之乃波]

毎年に 来鳴くものゆゑ 霍公鳥 聞けば偲はく 逢はぬ日を多み  
[毎年謂之等之乃波]

としのはに きなくものゆゑ ほととぎす きけばしのはく あはぬひをおほみ

[左注]右廿日雖未及時依興預作也

毎年来て鳴く霍公鳥の声を聞くと
何ともいえない気持ちになることだ
逢えない日が余りに多いのでなあ

* 「ものゆゑ」 順接・逆接・理由の接続助詞。
活用語の連体形に付け、順接・逆接両方の意をあらわす。
「ものゆゑに」ともつかう。
* 理由・原因として、「〜ので」「〜のだから」。




19 4169;作者:大伴家持,天平勝宝2年3月,枕詞,贈答,代作,寿歌,恋情,高岡

[題詞]為家婦贈在京尊母所誂作歌一首[并短歌]
「家婦」(イヘトジ)は、妻の大嬢を指し、「尊母」(ハハノミコト)は、坂上郎女。「誂(あとら)へらえて」は注文されての意。

霍公鳥ーほととぎすー霍公鳥が
来喧五月尓ー来鳴く五月にーきなくさつきにー来て鳴く五月には
咲尓保布ー咲きにほふー[さきにほふ]
花橘乃ー花橘のーはなたちばなのー橘が咲きにおう
香吉ーかぐはしきーその花のようにかぐわしい
於夜能御言ー親の御言ーおやのみことー母上のお言葉を
朝暮尓ー朝夕にーあさよひにー朝夕
不聞日麻祢久ー聞かぬ日まねくーきかぬひまねくー聞けない日が積み重なり
安麻射可流ー天離るー[あまざかる]
夷尓之居者ー鄙にし居ればーひなにしをればー都から遠く離れた鄙の地におりますので
安之比奇乃ー[あしひきの]
山乃多乎里尓ー山のたをりにーやまのたをりにー山際に
立雲乎ー立つ雲をーたつくもをー立つ雲を
余曽能未見都追ーよそのみ見つつーよそのみみつつー遥かに眺めつつ
嘆蘇良ー嘆くそらーなげくそらー嘆息する心は
夜須<家>奈久尓ー安けなくにーやすけなくにー落ち着かず
念蘇良ー思ふそらーおもふそらー思う心は
苦伎毛能乎ー苦しきものをーくるしきものをー苦しいのですが
奈呉乃海部之ー奈呉の海人のーなごのあまのー奈呉の浦の海人が
潜取云ー潜き取るといふーかづきとるといふー潜って採るという
真珠乃ー白玉のー[しらたまの]
見我保之御面ー見が欲し御面ーみがほしみおもわー真珠のように慕わしいお顔に
多太向ー直向ひーただむかひー直に向かい合って
将見時麻泥波ー見む時まではーみむときまではーお逢いする時までは
松栢乃ー松柏のー[まつかへの]
佐賀延伊麻佐祢ー栄えいまさねーさかえいまさねーどうか松や柏のように変わらず栄えていらして下さい
尊安我吉美ー貴き我が君ーたふときあがきみー尊い母上様


19 4170;作者:大伴家持,贈答,代作,坂上郎女,坂上大嬢,恋情,高岡

[題詞](為家婦贈在京尊母所誂作歌一首[并短歌])反歌一首

白玉之  見我保之君乎  不見久尓  夷尓之乎礼婆  伊家流等毛奈之

白玉の 見が欲し君を 見ず久に 鄙にし居れば 生けるともなし 

[しらたまの] みがほしきみを みずひさに ひなにしをれば いけるともなし

真珠のように慕わしい母上に久しくお逢いしないまま
鄙の地におります
もう生きた心地もいたしません

* 四段活用(生か-生き-生く-生く-生け-生け)


<出典「大伴家持全集 訳注編 Vol.3 >


19 4171;作者:大伴家持、高岡,立夏

[題詞]廿四日應立夏四月節也 因此廿三日之暮忽思霍公鳥暁喧聲作歌二首
天平勝宝2年3月23日


常人毛  起都追聞曽  霍公鳥  此暁尓  来喧始音

常人も 起きつつ聞くぞ 霍公鳥 この暁に 来鳴く初声 

つねひとも おきつつきくぞ ほととぎす このあかときに きなくはつこゑ

世の人びとも夜明けをまたず聞いている
ほととぎすの今日の未明に来て鳴く初声を




19 4172;作者:大伴家持

[題詞](廿四日應立夏四月節也 因此廿三日之暮忽思霍公鳥暁喧聲作歌二首)
天平勝宝2年3月23日

霍公鳥 来<喧>響者 草等良牟 花橘乎 屋戸尓波不殖而

霍公鳥 来鳴き響めば 草取らむ 花橘を 宿には植ゑずて 

ほととぎす きなきとよめば くさとらむ はなたちばなを やどにはうゑずて

霍公鳥の鳴き声が響いて来たら
田へ草取りに出かけて
近くでその声を聞こう
庭に橘を植えて霍公鳥の来るのを待つより

* 田植えを勧める鳥とも信じられていた。
・・・・・・・・・・・

* 万葉の鳥「霍公鳥」
http://blogs.yahoo.co.jp/masazumi_kenmochi/20368419.html
<記事転載>
万葉仮名でホトトギスはどう表記されているか。

 保止々支須・一首、保等登伎須・一首、保等登芸須・二十三首、保登等伎須・一首、保登等芸須・二十四首、富等登芸須・一首、霍公鳥・九十四首、以上合計百四十五首。これで分かるように、全体の三分の二が「霍公鳥」で表されている。「霍」の字義は「あわただしく飛ぶ鳥の形容」、国訓では「つる」、「鶴」の俗字として使われることがある。「霍公鳥(ほととぎす)」は難読の中に入る。杜鵑目ホトトギス科ホトトギス属まで同じの「郭公」とよく似た字体ではあるが、一般には通用しない。「時鳥」「子規」「不如帰」が普通の書き方で、「蜀魂」「杜宇」という変わった表記もされる。和語としては、「あやなしどり」「うづきどり」「くつてどり」「しでのたおさ」「たまむかえどり」等さまざまの呼び名がある。それだけ古来日本人に広く親しまれてきた鳥と言えよう。
 俗名が、また次のように数え切れないほどたくさんある。あちやとでた、ほうちょかけたか、ほととこえす、ほっちょんかけたか、おたたかちょ、おっとんたかちょん、やふこうどり、てっぺんかけ、ちょっかいかけたか、さんぞくどり、むしくい、かあぽどり、こっといかけ、おわたし、まっちょん、ちょんちょけさ、ほととけさ、くんちゃんかけた、ほっちょんどり、こっといかけ等。この外にもあるが、省略する。
 その鳴き声はどうか。「鶯は玉を転ずるが如く、時鳥は絹を裂くが如し」と古人は言った。抽象的に言えば、苦叫・超俗・非常の気魄を示している。声の模写、聞きなしは又さまざまである。「てっぺんかけたか」「本尊掛けたか」「田を作らばはや作れ、時過ぎぬれば実らず」と聞かれるとも言うが、素直にその名のごとく「ホトトギス」と鳴いているのかもしれない。
 さて、万葉人はこの鳥をどうとらえているか、百数十首を見てみると、第一に気づくことは「鳴く声を聞く」ことに焦点が当てられていることである。しかも願望として「いつか来鳴かむ」「来鳴きとよめ」と歌う方が多いようである。鶯と違って鋭い声で鳴くこの夏鳥を内面的に深みのある鳥として詠み、歌の数は鶯の三倍も載せている。本来この鳥は霊魂を運ぶ鳥であり「亡き人思ほゆ」「時過ぎにけり」と懐古的になる。花との取り合わせでは、花橘、卯の花、菖蒲が比較的多い。花と鳥の一体感、共生も注目したいところである。

卯の花の 散らまく惜しみ 霍公鳥 野に出山に入り 来鳴きとよもす
 (巻十ー一九五七)

吾がやどの 花橘を 霍公鳥 来鳴きとよめて 本に散らしつ
 (巻八ー一四九三)

 前者は花の散るのを「惜しんで」いるとみなすのに対して、後者は「惜しまず」散らすものと見ている。おそらく花にはその意図はないはずのものを、万葉人は花と鳥の間に情を通わせた歌に仕立てている。
 更にはまた、人が花鳥を通して己の情を述べる、言わば「寄物陳思」とみなせる歌として

霍公鳥 鳴く峯の上の 卯の花の うき事あれや 君が来まさぬ
 (巻八ー一五〇一)を考えてみる。この上の句は同音「憂き事」の序詞で、有意の修飾語として下の句にかかっていく。作者のねらいは恋の恨み心であっても、花鳥を取り合わせることによって情緒化され、イメージの広がりをもってくる。鳥の声、花の色は欠かすことのできない歌の主要素になっている。実際万葉人の生活圏の中にあるものだけに、実感を伴って迫ってくるものがある。とりわけ霍公鳥が他の動植物を抜いて最も多く詠まみこまれている点を重視してみたい。これは編者とみられる家持自らこの鳥を詠んだ歌を六十六首も選んだことにほかならない。越前守になって赴任した家持は近くの二上山に鳴くホトトギスに郷愁を感じて多くの歌を作る。

二上の 峯の上の繁に こもりにし その霍公鳥 待てど来鳴かず
 (巻十九ー四二三九)

 この歌に象徴されるように家持はこの鳥の含みある初音を待ち望む。これは要するに、郷愁の裏返しにほかならない。郷里を遠く離れて生活する者にとって、それにつながる懐かしいものは、叙情歌になって表れる。
 額田王には次のような歌がある。

古に 恋ふらむ鳥は 霍公鳥 けだしや鳴きし 我が思へるがごと
 (巻二ー一一二)

「古」と言っても、何年か前の天武天皇在世時代を懐古的に詠んだ歌である。この歌のように時の隔たりを、あるいは前の歌のように所の隔たりを懐かしんで霍公鳥は和歌の中に颯爽と登場する「雅の鳥」である。


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