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2016年04月30日
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4047 天平20年3月25日,作者:遊行女婦土師,氷見,土地讃美,遊覧,宴席 [題詞](至水海遊覧之時各述懐作歌) 多流比賣野 宇良乎許藝都追 介敷乃日波 多努之久安曽敝 移比都支尓勢<牟> たるひめの うらをこぎつつ けふのひは たのしくあそべ いひつぎにせむ ・・・・・・・・・・・・・
垂姫の浦を漕ぎ巡りながら 今日は満ち足りるまで楽しみお過ごし下さい 後々までもの語りぐさにしましょうから ・・・・・・・・・・・・・ * 垂姫の崎は現氷見市大浦。 * 古代は酒を醸すのは女性で、米を噛んで醸したので、ヒタイの脇をコメカミ(米噛み)と、この語が残っている。良家の主婦をトジ(刀自)と言うが、これは酒造の杜氏と同じ語源。 * 万葉の時代、酒席には酒醸のプロの遊行女婦土師(うかれめはにし)が同席したらしく、今のホステスとは少し趣が違うらしい。 * 「遊行女婦」は、官人たちの宴席で歌舞音曲の接待役として周旋し、華やぎを添えた。ことに任期を終え都へ戻る官人のために催された餞筵(せんえん・〔名〕旅に立つ人を送る時の酒宴。餞飲。)での、別離の歌には、多くの秀歌を残している。その生業として官人たちの枕辺にもあって、無聊をかこつ彼らの慰みにもなった彼女たち。しかし、相手を選べない売春とは違うものであった。 また、そうした一面だけで遊行女婦を語ることはできない。彼女たちは、「言ひ継ぎ」うたい継いでいく芸謡の人たちでもあった。奈良時代になると律令制度で、正式な官人も男性だけとなり、女性の巫女すら重要な役割を任せられなくなり、こうした風潮は、下層の一般庶民にも影響を強めて行った。(千人万首) 4048 天平20年3月25日,作者:大伴家持,序詞,氷見,望郷,奈良,宴席,遊覧 [題詞](至水海遊覧之時各述懐作歌) 多流比女能 宇良乎許具不祢 可治末尓母 奈良野和藝<弊>乎 和須礼C於毛倍也 たるひめの うらをこぐふね かぢまにも ならのわぎへを わすれておもへや ・・・・・・・・・・・・・
垂姫の浦を漕ぎ巡る遊覧の船にいるのに 楫の一瞬の間にあってさえ 心は奈良のわが家を忘れてはいない ・・・・・・・・・・・・・ 4049 天平20年3月25日,作者:田辺福麻呂,土地讃美,氷見,富山,遊覧,宴席 [題詞](至水海遊覧之時各述懐作歌) 於呂可尓曽 和礼波於母比之 乎不乃宇良能 安利蘇野米具利 見礼度安可須介利 おろかにぞ われはおもひし をふのうらの ありそのめぐり みれどあかずけり ・・・・・・・・・・・・・
行くまでは疎かに思っていましたが 乎布の浦の荒磯を巡り あたりの景観を目の当たりにして いくら見ても見飽きない所と実感いたしました ・・・・・・・・・・・・・ 4050 天平20年3月25日,作者:久米広縄,宴席,遊覧,氷見 [題詞](至水海遊覧之時各述懐作歌) 米豆良之伎 吉美我伎麻佐婆 奈家等伊比之 夜麻保<登等>藝須 奈尓加伎奈可奴 めづらしき きみがきまさば なけといひし やまほととぎす なにかきなかぬ ・・・・・・・・・・・・・
珍しいお方が来られたらきっと鳴くのだぞと そう言いつけておいたのに 山霍公鳥め なぜか来て鳴かない ・・・・・・・・・・・・・ * 季は儀鳳暦3月25日(現行暦4月末)。ほととぎすが渡って来るには時期はずれ。 4051 天平20年3月25日,作者:大伴家持,氷見,宴席,遊覧 [題詞](至水海遊覧之時各述懐作歌) 多胡乃佐伎 許能久礼之氣尓 保登等藝須 伎奈伎等余米<婆> 波太古非米夜母 たこのさき このくれしげに ほととぎす きなきとよめば はだこひめやも ・・・・・・・・・・・・・
多胡の崎の暗い木立の繁みから 霍公鳥よ 鳴き声を響かせてくれたら 恋しさが何倍にも実感できるのになあ ・・・・・・・・・・・・・ 4052 天平20年3月26日,作者:田辺福麻呂,宴席,久米広縄,季節,高岡 [題詞]掾久米朝臣廣縄之舘饗田邊史福麻呂宴歌四首 保登等藝須 伊麻奈可受之弖 安須古要牟 夜麻尓奈久等母 之流思安良米夜母 ほととぎす いまなかずして あすこえむ やまになくとも しるしあらめやも ・・・・・・・・・・・・・
霍公鳥よ 今この時に鳴かないで 明日私が越えて行く山で鳴いても 何の功徳にもならないものを ・・・・・・・・・・・・・ 4053 天平20年3月26日,作者:久米広縄,田辺福麻呂,宴席,高岡 [題詞](掾久米朝臣廣縄之舘饗田邊史福麻呂宴歌四首) 許能久礼尓 奈里奴流母能乎 保等登藝須 奈尓加伎奈可奴 伎美尓安敝流等吉 このくれに なりぬるものを ほととぎす なにかきなかぬ きみにあへるとき ・・・・・・・・・・・・・
木の下かげが暗くなってきたというのに 霍公鳥はどうして鳴きに来ないのか 貴方とお会いしている今この時に ・・・・・・・・・・・・・ 4054 天平20年3月26日,作者:大伴家持,久米広縄,田辺福麻呂,宴席,高岡 [題詞](掾久米朝臣廣縄之舘饗田邊史福麻呂宴歌四首) 保等登藝須 許欲奈枳和多礼 登毛之備乎 都久欲尓奈蘇倍 曽能可氣母見牟 ほととぎす こよなきわたれ ともしびを つくよになそへ そのかげもみむ ・・・・・・・・・・・・・
霍公鳥よ ここを通って鳴き渡ってくれ 月光はなくても 灯し火を月に擬えて その姿を見ようから ・・・・・・・・・・・・・ 4055 天平20年3月25日,作者:大伴家持,福井,敦賀,別離,出発,宴席,久米広縄,田辺福麻呂,高岡 [題詞](掾久米朝臣廣縄之舘饗田邊史福麻呂宴歌四首) 可敝流<未>能 美知由可牟日波 伊都波多野 佐<可>尓蘇泥布礼 和礼乎事於毛<波>婆 かへるみの みちゆかむひは いつはたの さかにそでふれ われをしおもはば ・・・・・・・・・・・・・
都に帰るという名の可敝流の道を あなたが辿って行かれる時には いつの日かまたという名の 五幡の坂で袖を振って下さい もし私どものことを思い出して下さったなら ・・・・・・・・・・・・・ 4056 作者:橘諸兄,難波,宴席,歓迎,元正天皇,伝誦,行幸 [題詞]太上皇御在於難波宮之時歌七首 [清足姫天皇也] / 左大臣橘宿祢歌一首 保里江尓波 多麻之可麻之乎 大皇乎 美敷祢許我牟登 可年弖之里勢婆 ほりえには たましかましを おほきみを みふねこがむと かねてしりせば ・・・・・・・・・・・・・
堀江に玉石を敷いておきましたのに 吾が大君が 船遊びをなされると 前以て存じ上げておりましたなら ・・・・・・・・・・・・・ * 「堀江」は難波堀江。 * 「堀江」は、人工的に掘り作った水路。 * 「玉」は「たま石」。 * 「〜せば…まし」で「〜だったなら…なのに」。ここは、倒置法で「まし」が先に、「せば」が後になっている。 * 「を」は詠嘆の間投助詞。 * 「む」は、意志の助動詞。 4057 作者:元正天皇,橘諸兄,宴席,難波,伝誦,異伝,推敲 [題詞](太上皇御在於難波宮之時歌七首 [清足姫天皇也]) / 御製歌一首[和] 多萬之賀受 伎美我久伊弖伊布 保里江尓波 多麻之伎美弖々 都藝弖可欲波牟 たましかず きみがくいていふ ほりえには たましきみてて つぎてかよはむ ・・・・・・・・・・・・・
玉石を敷いておかなかったと 悔やんで言う堀江には 私が玉を敷き詰めて これからずっと通い続けましょう ・・・・・・・・・・・・・ ・
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4070天平20年,作者:大伴家持,清見,宴席,羈旅,出発,餞別,高岡
[題詞]詠庭中牛麦花歌一首比登母等能 奈泥之故宇恵之 曽能許己呂 多礼尓見世牟等 於母比曽米家牟 ひともとの なでしこうゑし そのこころ たれにみせむと おもひそめけむ ・・・・・・・・・・・・
一本のなでしこを植えたのは 誰に見せようと思って植えたのだろうか ・・・・・・・・・・・・ * 天平20年、清見という名の国分寺僧が京に向かう時に、大伴家持が別れを惜しんで詠んだ歌という。 4071天平20年,作者:大伴家持,枕詞,宴席,高岡 [題詞] 之奈射可流 故之能吉美良等 可久之許曽 楊奈疑可豆良枳 多努之久安蘇婆米 [しなざかる] こしのきみらと かくしこそ やなぎかづらき たのしくあそばめ ・・・・・・・・・・・・
越の国の皆さん方と こうして 柳の葉を縵に挿して 心行くまで楽しみましょう ・・・・・・・・・・・・ 4072天平20年,作者:大伴家持,叙景,高岡,枕詞,望郷 [題詞] 奴<婆>多麻能 欲和多流都奇乎 伊久欲布等 余美都追伊毛波 和礼麻都良牟曽 [ぬばたまの] よわたるつきを いくよふと よみつついもは われまつらむぞ ・・・・・・・・・・・・
夜空を渡って行く月を眺めながら 幾夜経たかと指折り数えて 妻は私を待っていることだろう ・・・・・・・・・・・・ 4073 天平20年3月15日,作者:大伴池主,高岡,大伴家持,贈答,書簡,福井,恋情 [題詞]越前國掾大伴宿祢池主来贈歌三首 / 以今月十四日到来深見村 望拜彼北方常念芳徳 何日能休 兼以隣近忽増戀 加以先書云 暮春可惜 促膝未期 生別悲<兮> 夫復何言臨紙悽断奉状不備 / 三月一五日大伴宿祢池主 / 一 古人云 都奇見礼婆 於奈自久尓奈里 夜麻許曽婆 伎美我安多里乎 敝太弖多里家礼 つきみれば おなじくになり やまこそば きみがあたりを へだてたりけれ ・・・・・・・・・・・・
こうして月を月を見ていると この國中は一つの月が照らす同じ国です 貴方と私を隔てるものは ただ山だけにすぎませんね ・・・・・・・・・・・・ 4074 天平20年3月15日,作者:大伴池主,大伴家持,高岡,贈答,書簡,福井,恋情 [題詞](越前國掾大伴宿祢池主来贈歌三首 / 以今月十四日到来深見村 望拜彼北方常念芳徳 何日能休 兼以隣近忽増戀 加以先書云 暮春可惜 促膝未期 生別悲<兮> 夫復何言臨紙悽断奉状不備 / 三月一五日大伴宿祢池主) / 一 属物發思 櫻花 今曽盛等 雖人云 我佐不之毛 支美止之不在者 さくらばな いまぞさかりと ひとはいへど われはさぶしも きみとしあらねば ・・・・・・・・・・・・
桜は今が盛りと人は言うけれど 私はあなたと一緒ではないから寂しい 親愛なる家持様はいつお帰りでしょうか ・・・・・・・・・・・・ 4075 天平20年3月15日,作者:大伴池主,大伴家持,高岡,贈答,書簡,福井,恋,怨 [題詞](越前國掾大伴宿祢池主来贈歌三首 / 以今月十四日到来深見村 望拜彼北方常念芳徳 何日能休 兼以隣近忽増戀 加以先書云 暮春可惜 促膝未期 生別悲<兮> 夫復何言臨紙悽断奉状不備 / 三月一五日大伴宿祢池主) / 一 所心歌 安必意毛波受 安流良牟伎美乎 安夜思苦毛 奈氣伎和多流香 比登能等布麻泥 あひおもはず あるらむきみを あやしくも なげきわたるか ひとのとふまで ・・・・・・・・・・・・
私のことなど少しも想ってくださらない その家持様恋しさに 人が訝り問うほどに 嘆きつづけています ・・・・・・・・・・・・ 4076 天平20年3月16日,作者:大伴家持,高岡,贈答,書簡,大伴池主,枕詞,恋 [題詞]越中國守大伴家持報贈歌四首 / 一 答古人云 安之比奇能 夜麻波奈久毛我 都奇見礼婆 於奈自伎佐刀乎 許己呂敝太底都 [あしひきの] やまはなくもが つきみれば おなじきさとを こころへだてつ ・・・・・・・・・・・・
山が無ければよい 月を見れば同じ里だというのに 貴方は山のせいにして 私に心を隔てておられるのです ・・・・・・・・・・・・ 4077 天平20年3月16日,作者:大伴家持,高岡,贈答,書簡,大伴池主,恋 [題詞](越中國守大伴家持報贈歌四首)一 答属目發思兼詠云遷<任>舊宅西北隅櫻樹 和我勢故我 布流伎可吉都能 佐<久>良婆奈 伊麻太敷布賣利 比等目見尓許祢 わがせこが ふるきかきつの さくらばな いまだふふめり ひとめみにこね ・・・・・・・・・・・・
親愛なる池主君が 昔住んでいらっしゃった お屋敷の庭の桜花は まだ蕾のままですよ どうか一目見においで下さい ・・・・・・・・・・・・ 4078 天平20年3月16日,作者:大伴家持,大伴池主,高岡,贈答,書簡,恋 [題詞](越中國守大伴家持報贈歌四首)一 答所心即以古人之跡代今日之意(古人の残した歌を以て、現在の自分の心境を代弁させる、という意。) 故敷等伊布波 衣毛名豆氣多理 伊布須敝能 多豆伎母奈吉波 安<我>未奈里家利 こふといふは えもなづけたり いふすべの たづきもなきは あがみなりけり ・・・・・・・・・・・・
「恋ふ」とはよくも名付けたものです 思いをどう言い表わせばよいのか その手立ても無くて 訳も分からす苦しい吾が身です ただおそばで お話が出来ればいいのに ・・・・・・・・・・・・ 4079 天平20年3月16日,作者:大伴家持,贈答,叙景,大伴池主,書簡 [題詞](越中國守大伴家持報贈歌四首)一 更矚目 美之麻野尓 可須美多奈妣伎 之可須我尓 伎乃敷毛家布毛 由伎波敷里都追 みしまのに かすみたなびき しかすがに きのふもけふも ゆきはふりつつ ・・・・・・・・・・・・
南に望む三島野は 霞たなびく春だというに 昨日も今日も 雪が降り続いている ・・・・・・・・・・・・ * 「しかすがに」は、然すがに 副詞「しか」+サ変動詞「す」+接続助詞「がに」からという。 そうはいうものの。そうではあるが。
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4080天平20年,作者:坂上郎女,大伴家持,高岡 都祢比等能 故布登伊敷欲利波 安麻里尓弖 和礼波之奴倍久 奈里尓多良受也 つねひとの こふといふよりは あまりにて われはしぬべく なりにたらずや 世の普通の人が「恋うる」というのは
ただのあまりもの 私には頂けない 死にそうになるこの思いを 君は知らないでいる 満ち足りないこの恋を * 「あまり」動詞「あまる」の連用形の名詞化。必要な分を満たした残り。残余。余分。超過分。 * 「人を恋うる歌」<上記の歌とは関係ないが思い出した> 妻をめとらば 才たけて みめ美わしく 情けある 友を選ばば 書を読みて 六分(りくぶ)の侠気 四分(しぶ)の熱 恋の命を たずぬれば 名を惜しむかな 男(おのこ)ゆえ 友の情けを たずぬれば 義のあるところ 火をも踏む 汲めや美酒(うまざけ) 歌姫に 乙女の知らぬ 意気地あり 簿記の筆とる 若者に まことの男 君を見る 4081 坂上郎女,大伴家持,高岡 [題詞](姑大伴氏坂上郎女来贈越中守大伴宿祢家持歌二首) 可多於毛比遠 宇万尓布都麻尓 於保世母天 故事部尓夜良波 比登加多波牟可母 かたおもひを うまにふつまに おほせもて こしへにやらば ひとかたはむかも 私の片思いを馬にことごとく背負わせて
そちら越の方へ遣ったならば どなたか半分でも受取って下さるでしょうか * 「かたはむ」は上代語で、「欺く」「だます」の動詞「かたふ」+推量の助動詞「む」で(語義不詳)。片棒を担ぐ、一方に心を寄せる、などの解釈もある。「片」を片一方・半分。「はむ」を「食む」と見れば、「半分担う」とも。 * 「ふつまに」〔副〕「ふつに」と同語源の語で、「ま」は接尾語。すっかり。ことごとく。 4082 坂上郎女,大伴家持,高岡 安万射可流 比奈能<夜都>故尓 安米比度之 可久古非須良波 伊家流思留事安里 あまざかる ひなのやつこに あめひとし かくこひすらば いけるしるしあり 空の彼方の遠く隔たった鄙にいる
卑しい私めに 天上のお人がこれ程まで恋してくださる 私は生きた甲斐のしるしと思い知りました 4083 坂上郎女,大伴家持,高岡 都祢<乃>孤悲 伊麻太夜麻奴尓 美夜古欲<里> 宇麻尓古非許婆 尓奈比安倍牟可母 つねのこひ いまだやまぬに みやこより うまにこひこば になひあへむかも 常々恋しい気持ちでいて
時が経っても収まらないでいるのですよ 恋を馬に山ほど載せられてやって来たら 私に背負いきれるでしょうか 4084 坂上郎女,大伴家持,高岡 安可登吉尓 名能里奈久奈流 保登等藝須 伊夜米豆良之久 於毛保由流香母 あかときに なのりなくなる ほととぎす いやめづらしく おもほゆるかも 暁の空に名を告げて鳴く霍公鳥よ
つねにも増して嬉しく思われることです * 坂上郎女を霍公鳥に擬え、予期しなかった便りに対する喜びと感謝の念を伝える歌。 4085天平感宝1年5月5日,作者:大伴家持,餞別,高岡,砺波 [題詞] 夜伎多知乎 刀奈美能勢伎尓 安須欲里波 毛利敝夜里蘇倍 伎美乎<等登>米牟 [やきたちを] となみのせきに あすよりは もりへやりそへ きみをとどめむ いざ 召し上がれ飲みたまえ
さもなくば 鍛冶した大刀を磨ぐという名の砺波の関に 明日からは番人を増やして 貴方をお引き留めいたしますぞ * 当時の酒席では、客が前後不覚に倒れ伏すまで飲ますのが作法と伝えられている。 4086 作者:大伴家持 安夫良火<乃> 比可里尓見由流 和我可豆良 佐由利能波奈能 恵麻波之伎香母 あぶらひの ひかりにみゆる わがかづら さゆりのはなの ゑまはしきかも あぶら火の光りに見える
あなたにもらった花縵(はなかづら) この縵に編んだ百合の花を見れば 何ともほほえましいことでしょう 4087 作者:大伴家持 等毛之火能 比可里尓見由流 <左>由理婆奈 由利毛安波牟等 於母比曽米弖伎 [ともしびの ひかりにみゆる さゆりばな] ゆりもあはむと おもひそめてき 灯火の光と見れば百合の花
その花の名のように いつの日かきっとお逢いしたい そお思い初めてしまった 幾重にも ・・・・・・ そおだ 根っこの百合根を芯まで剥いで ちょっと茹でて 甘酢に漬けて食べちゃおうかな それじゃあすぐ無くなるから 畑に植えようか どこの?って 私のハートの畑にさ 千何百年後でも 見違えるほど綺麗になって咲いてるよ 見えないかなあ ゆりゆりの 私の百合の妹(いも)よ * 「さ」は接頭語。 * 「ゆり」は、「戻って・来て(また逢う)」。「後で」という意。 「百合の花」に掛けている。「百合」は、球根の鱗片が何重にも重っているので「百合」の字があてられたともいう。 * 恋歌の「ゆりも逢はむ」は、「今は逢えなくても将来きっと逢おう」の意。 * 「と」は引用の助詞。 * 「そめ」初め、(接尾マ下二)・・しはじめる。はじめて・・する。 * 「て・き」は、完了の助動詞「つ」の連用形に、過去の助動詞「き」のついたもの。完了の意を強めていう語。・・てしまった。想い初めてしまったことだ。 4088 作者:大伴家持 左由理<婆>奈 由<里>毛安波牟等 於毛倍許曽 伊<末>能麻左可母 宇流波之美須礼 さゆりばな ゆりもあはむと おもへこそ いまのまさかも うるはしみすれ 百合の花の名のように
後々もお逢いしようと思うからこそ 今この時も心から親しくするのですよ * 「今のまさか」、「まさか」は現実・現在の意。さしあたった現在。今この時。ただ今。 * 「うるはし」(形シク)麗し、美し、愛し。「うるはし」は、本来「ととのった美しさ」「気高いまでに立派な美しさ」をいい、人間関係になるときちんとしていて、その間柄が「親密な」の意となり、「おごそか」で「端正」な美を表す語である。「うつくし」の「かわいい」「きれいだ」と趣きが異なる。 * 「み」は、(接尾語)形容詞の語幹に付き、あとの「思ふ」「す」の内容を表す連用修飾語を作る。ものごとに夢中になる。 * 「すれ」、 何かの実行・実現を望んでいる意を表す。 4089天平感宝1年5月10日,作者:大伴家持,枕詞,高岡 [題詞]獨居幄裏遥聞霍公鳥喧作歌一首[并短歌] 高御座ー高御倉ーたかみくらー大極殿に設けられる天皇の玉座
安麻<乃>日継登ー天の日継とーあまのひつぎとー神代より継承されてきた皇位を象徴 須賣呂伎能ーすめろきのー 可<未>能美許登能ー神の命のーかみのみことのー神たる天皇の 伎己之乎須ー聞こしをすーきこしをすーお治めになる国 久尓能麻保良尓ー国のまほらにーくにのまほらにー国のすばらしい場所に 山乎之毛ー山をしもーやまをしもー山が至るところ 佐波尓於保美等ーさはに多みとーさはにおほみとー多いというので 百鳥能ー百鳥のーももとりのーさまざまな鳥が 来居弖奈久許恵ー来居て鳴く声ーきゐてなくこゑー来ては鳴く声が響く 春佐礼婆ー春さればーはるさればー春ともなれば 伎吉<乃>ー聞きのーききのーその声 可奈之母ーかなしもーがいっそう胸に沁みる 伊豆礼乎可ーいづれをかーとりわけていづれかと 和枳弖之努波<无>ー別きて偲はむーわきてしのはむーどの鳥を賞美しようか 宇能花乃ー卯の花のーうのはなのー卯の花の 佐久月多弖婆ー咲く月立てばーさくつきたてばー咲く四月になると 米都良之久ーめづらしくー喜ばしくも 鳴保等登藝須ー鳴く霍公鳥ーなくほととぎすー鳴くほととぎす 安夜女具佐ーあやめぐさー菖蒲を 珠奴久麻泥尓ー玉貫くまでにーたまぬくまでにー薬玉に通す五月に至るまで 比流久良之ー昼暮らしーひるくらしー日暮らし 欲和多之伎氣騰ー夜わたし聞けどーよわたしきけどー夜通し聞いても 伎久其等尓ー聞くごとにーきくごとにー聞く度に 許己呂都呉枳弖ー心つごきてーこころつごきてー心が突き動かされて 宇知奈氣伎ーうち嘆きーうちなげきー溜息をついて 安波礼能登里等ーあはれの鳥とーあはれのとりとーしみじみとした情趣や哀愁の鳥であるよと 伊波奴登枳奈思ー言はぬ時なしーいはぬときなしー賛嘆されないことはない 4090 作者:大伴家持 由久敝奈久 安里和多流登毛 保等登藝須 奈枳之和多良婆 可久夜思努波牟 ゆくへなく ありわたるとも ほととぎす なきしわたらば かくやしのはむ 行先も知れずに毎日を暮らしていても
霍公鳥が鳴きながら飛んでいくのを見ると このように賞美することであるよ 4091 作者:大伴家持 宇能花能 <登聞>尓之奈氣婆 保等登藝須 伊夜米豆良之毛 名能里奈久奈倍 うのはなの ともにしなけば ほととぎす いやめづらしも なのりなくなへ 咲いた卯の花と一緒に鳴くものだから
野山が合唱しているようで 霍公鳥の声にはますます心惹かれるのだ 名告りをあげて鳴く その声のあたりの素晴らしさよ 4092 作者:大伴家持 保<登等>藝須 伊登祢多家口波 橘<乃> <播>奈治流等吉尓 伎奈吉登余牟流 ほととぎす いとねたけくは たちばなの はなぢるときに きなきとよむる ほととぎすを恨みに思うことは
橘の花が散る時期にやって来て 鳴き声を響かせる そのことなのだ * 「ねた」は、形容詞「ねた(妬)し」の語幹から。ねたましいこと。また、恨みに思うこと。根にもつこと。
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