ニキタマの万葉集

当て字の繭玉をほぐそう、枕詞で古代を解明しよう。

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4006 天平19年4月30日,作者:大伴家持,贈答,大伴池主,高岡,羈旅,出発,悲別,恋情

[題詞]入京漸近悲情難撥述懐一首并一絶


・・・・・・・・・・・・
可伎加蘇布ーかき数ふーかきかぞふーひとつふたつと数える
敷多我美夜麻尓ー二上山にーふたがみやまにー二上山に
可牟佐備弖ー神さびてーかむさびてー神々しく
多○流都我能奇ー立てる栂の木ーたてるつがのきー茂る栂の木は
毛等母延毛ー本も枝もーもともえもー幹も枝葉も
於夜自得伎波尓ー同じときはにーおやじときはにー同じように青々と茂って
波之伎与之ー[はしきよし]ー
和我世乃伎美乎ー吾が背の君をーわがせのきみをーあなたと
安佐左良受ー朝去らずーあささらずー朝ごとに
安比弖許登騰比ー逢ひて言どひーあひてことどひー逢って言葉を交わし
由布佐礼婆ー夕さればーゆふさればー夕べになれば
手多豆佐波利弖ー手携はりてーてたづさはりてー誘い合って
伊美豆河波ー射水川ーいみづがはー射水川の
吉欲伎可布知尓ー清き河内にーきよきかふちにー清き河淵に
伊泥多知弖ー出で立ちてーいでたちてー佇んで
和我多知弥礼婆ー吾が立ち見ればーわがたちみればー見渡せば
安由能加是ー東風の風ーあゆのかぜー東風が
伊多久之布氣婆ーいたくし吹けばーいたくしふけばー激しく吹くので
美奈刀尓波ー港にはーみなとにはー河口には
之良奈美多可弥ー白波高みーしらなみたかみー白波が高く立ち
都麻欲夫等ー妻呼ぶとーつまよぶとー連れ合いを呼びあい
須騰理波佐和久ー渚鳥は騒くーすどりはさわくーなぎさの海鳥は鳴き騒いでいる
安之可流等ー葦刈るとーあしかるとー葦を刈る
安麻乃乎夫祢波ー海人の小舟はーあまのをぶねはー海人の小舟は
伊里延許具ー入江漕ぐーいりえこぐー入江を漕ぐ
おくれたる,加遅能於等多可之ー楫の音高しーかぢのおとたかしー櫓の音が高く聞こえる
曽己乎之毛ーそこをしもーそんな景色に
安夜尓登母志美ーあやに羨しみーあやにともしみー「あやに」[副]感動詞「あや」に、下の動詞を状態的に修飾する格助詞「に」が付いて副詞化した語。言葉に表せないほど。なんとも不思議に。むやみに。心引かれ
之努比都追ー偲ひつつーしのひつつー人知れず 過ぎ去った物事や遠く離れている人・所などを懐かしい気持
安蘇夫佐香理乎ー遊ぶ盛りをーあそぶさかりをー眺めを楽しみ遊ぶ盛りなのに
須賣呂伎能ー天皇のーすめろきのー天皇の
乎須久尓奈礼婆ー食す国なればーをすくになればー治めたまう國であるから
美許登母知ー御言持ちーみこともちー都へ出向くべしとの貴い仰せに
多知和可礼奈婆ー立ち別れなばーたちわかれなばーお別れすれば
於久礼多流ー後れたるーおくれたるー後に残る
吉民婆安礼騰母ー君はあれどもーきみはあれどもー大丈夫でしょうが
多麻保許乃ー玉桙のー[たまほこの]ー
美知由久和礼播ー道行く吾れはーみちゆくわれはー都への道を行くわたしは
之良久毛能ー白雲のー[しらくもの]ー
多奈妣久夜麻乎ーたなびく山をーたなびくやまをー白雲がたなびく山を
伊波祢布美ー岩根踏みーいはねふみー岩を踏み越え
古要敝奈利奈<婆>ー越えへなりなばーこえへなりなばー遠く隔たってしまったら
孤悲之家久ー恋しけくーこひしけくーあなたが恋しく思う
氣乃奈我家牟曽ー日の長けむぞーけのながけむぞー日々が重なるでしょう
則許母倍婆ーそこ思へばーそこもへばーそう思うと
許己呂志伊多思ー心し痛しーこころしいたしー心が痛みます
保等登藝須ー霍公鳥ーほととぎすー
許恵尓安倍奴久ー声にあへ貫くーこゑにあへぬくー霍公鳥とあなたの声を緒に抜いて
多麻尓母我ー玉にもがーたまにもがー玉にしたい
手尓麻吉毛知弖ー手に巻き持ちてーてにまきもちてー手首に巻きつけて持っていけるなら
安佐欲比尓ー朝夕にーあさよひにー朝夕に
見都追由可牟乎ー見つつ行かむをーみつつゆかむをー見つつ行こうものを
於伎弖伊加<婆>乎<思>ー置きて行かば惜しーおきていかばをしー置いて行くのは心残りです
・・・・・・・・・・・・




4007 天平19年4月30日,作者:大伴家持,贈答,大伴池主,羈旅,出発,悲別,恋情,高岡

[題詞](入京漸近悲情難撥述懐一首并一絶)

和我勢故<波> 多麻尓母我毛奈 保登等伎須 許恵尓安倍奴吉 手尓麻伎弖由可牟

吾が背子は 玉にもがもな 霍公鳥 声にあへ貫き 手に巻きて行かむ 

わがせこは たまにもがもな ほととぎす こゑにあへぬき てにまきてゆかむ

・・・・・・・・・・・・
親愛なるあなた
ホトトギスの鳴き声とも
玉があって欲しいものです 
すればともに紐に通して
手首に巻き持っていようものを
・・・・・・・・・・・・




4008 天平19年5月2日,作者:大伴池主,贈答,大伴家持,枕詞,地名,高岡,砺波,恋情,悲別,羈旅,出発

[題詞]忽見入京述懐之作生別悲<兮>断腸万廻怨緒難禁聊奉所心一首并二絶


・・・・・・・・・・・・
安遠邇与之ー[あをによし]ー
奈良乎伎波奈礼ー奈良を来離れーならをきはなれー奈良の都から遠く離れた
阿麻射可流ー天離るー[あまざかる]ー
比奈尓波安礼登ー鄙にはあれどーひなにはあれどー鄙ではあるが
和賀勢故乎ー吾が背子をーわがせこをー親愛なる貴方を
見都追志乎礼婆ー見つつし居ればーみつつしをればー見ておれば
於毛比夜流ー思ひ遣るーおもひやるー故郷への想いも
許等母安利之乎ーこともありしをー晴れることもありましたが
於保伎美乃ー大君のーおほきみのー大君の
美許等可之古美ー命畏みーみことかしこみー任命のままに
乎須久尓能ー食す国のーをすくにのー治め給う
許等登理毛知弖ー事取り持ちてーこととりもちてー大切な任務を受けて
和可久佐能ー若草のー[わかくさの]ー
安由比多豆久利ー足結ひ手作りーあゆひたづくりー旅装脚帯をはいて
無良等理能ー群鳥のーむらとりのー群鳥の
安佐太知伊奈婆ー朝立ち去なばーあさだちいなばー飛び立つように朝立ちなさったので
於久礼多流ー後れたるーおくれたるー後に残された
阿礼也可奈之伎ー吾れや悲しきーあれやかなしきー私が寂しいでしょうか
多妣尓由久ー旅に行くーたびにゆくー旅行く
伎美可母孤悲無ー君かも恋ひむーきみかもこひむー貴方が恋しがられるでしょうか
於毛布蘇良ー思ふそらーおもふそらーあれこれと思うだに
夜須久安良祢婆ー安くあらねばーやすくあらねばー不安が先に立って
奈氣可久乎ー嘆かくをーなげかくをー嘆く溜め息も
等騰米毛可祢○ー留めもかねてーとどめもかねてーとめかねて
見和多勢婆ー見わたせばーみわたせばーあたりの景色を見渡すと
宇能婆奈夜麻乃ー卯の花山のーうのはなやまのー卯の花山の
保等登藝須ー霍公鳥ーほととぎすー霍公鳥よ
<祢>能未之奈可由ー音のみし泣かゆーねのみしなかゆー声を上げて泣くようにおまえがが鳴いている
安佐疑理能ー朝霧のー[あさぎりの]ー朝霧の
美太流々許己呂ー乱るる心ーみだるるこころー風に乱れるような心を
許登尓伊泥弖ー言に出でてーことにいでてー口に出して
伊<波><婆>由遊思美ー言はばゆゆしみーいはばゆゆしみー言霊の不吉を怖れ
刀奈美夜麻ー砺波山ーとなみやまー難所砺波山の
多牟氣能可味尓ー手向けの神にーたむけのかみにー道祖神にお祀し
奴佐麻都里ー幣奉りーぬさまつりー幣を捧げて
安我許比能麻久ー吾が祈ひ祷まくーあがこひのまくー祈願しております
波之家夜之ー[はしけやし]ー親愛なる
吉美賀多太可乎ー君が直香をーきみがただかをー貴方のお姿を
麻佐吉久毛ーま幸くもーまさきくもー万事つつがなく
安里多母等保利ーありた廻りーありたもとほりー巡り行き
都奇多々婆ー月立たばーつきたたばー来月になったら
等伎毛可波佐受ー時もかはさずーときもかはさずーすぐさま
奈泥之故我ーなでしこがー撫子の
波奈乃佐可里尓ー花の盛りにーはなのさかりにー花の盛りの時に
阿比見之米等曽ー相見しめとぞーあひみしめとぞー貴方のまさ身に逢わせてくださいと
・・・・・・・・・・・・




4009 天平19年5月2日,作者:大伴池主,贈答,大伴家持,枕詞,羈旅,出発,悲別,恋情,手向け,無事,高岡

[題詞](忽見入京述懐之作生別悲<兮>断腸万廻怨緒難禁聊奉所心一首并二絶)

多麻保許<乃> 美知能可<未>多知 麻比波勢牟 安賀於毛布伎美乎 奈都可之美勢余

玉桙の 道の神たち 賄はせむ 我が思ふ君を なつかしみせよ 

[たまほこの] みちのかみたち まひはせむ あがおもふきみを なつかしみせよ

・・・・・・・・・・・・
都への峠にいます道の神たちよ
まいないを捧げましょう
私の大切な方を
どうか親しく守ってあげて下さい
・・・・・・・・・・・・




4010 天平19年5月2日,作者:大伴池主,贈答,大伴家持,羈旅,出発,悲別,恋情,高岡

[題詞](忽見入京述懐之作生別悲<兮>断腸万廻怨緒難禁聊奉所心一首并二絶)

宇良故非之 和賀勢能伎美波 奈泥之故我 波奈尓毛我母奈 安佐奈々々見牟

うら恋し 吾が背の君は なでしこが 花にもがもな 朝な朝な見む 

うらごひし わがせのきみは なでしこが はなにもがもな あさなさなみむ

・・・・・・・・・・・・
心より慕わしい親愛なる貴方が
撫子の花であったらよいのに
毎朝毎朝その花を見ましょうものを
・・・・・・・・・・・・
* はぎのはな おばな くずはな なでしこのはな おみなえし また
 ふじばかま あさがおのはな
萩の花 尾花 葛花 瞿麦の花 女郎花 また 藤袴 朝貌の花

* 大伴池主,,大伴家持の【恋】を【古典上】的にさばいてみたい。


* 「らちもない思いでありますよ」
  「宴席座興です」
  「酔狂な仲を比喩しています」
  「氏族派閥間の因縁の物騒な阿吽などかけらもありません。」
///////////

  私には命がけの作為が見えて仕方がない。




 
【心に残る名言、和歌・俳句鑑賞】
https://blogs.yahoo.co.jp/sakuramitih15/40762109.html?vitality


4011天平19年9月26日,作者:大伴家持,高岡,神祭り,託宣,山田君麻呂,枕詞,狩猟

[題詞]思放逸鷹夢見感悦作歌一首[并短歌]
(放逸された鷹を思い、夢に見て感悦して作る歌一首)[並びに短歌]

[左注]
(右射水郡古江村取獲蒼鷹ー 右、射水郡の古江村に蒼鷹を取り獲たり
形<容>美麗鷙雉秀群也ー 形容美麗にして、雉を鷙(と)ること群に秀れたり
於時養吏山田史君麻呂調試失節野猟乖候ー 時に、養吏山田史君麿、調試(てうし)節(とき)を失ひ野獵候(とき)に乖く
摶風之翅高翔匿雲ー 搏風の翅(つばさ)は高く翔りて雲に匿(かく)り
腐鼠之<餌>呼留靡驗ー 腐鼠の餌は呼び留むるに験(しるし)靡し
於是<張>設羅網窺乎非常奉幣神祇恃乎不虞也ー ここに羅網を張り設(ま)けて非常を窺ひ神祇に奉幣して不虞を恃む
<粤>以夢裏有娘子喩曰ー  ここに夢の裏に娘子(をとめ)あり喩(さと)して曰はく
使君勿作苦念空費<精><神>ー 使君苦念を作(な)して空しく精神を費やすこと勿れ
放逸彼鷹獲得未幾矣哉ー 放逸せる彼(そ)の鷹獲り得むこと幾(いくば)くもあらじといふ
須叟覺<寤>有悦於懐ー  須臾に覚き寤め懐(こころ)に悦びあり
因作却恨之歌式旌感信ー 因りて恨を却(のぞ)く歌を作りて式ちて感信を旌(あら)はす
守大伴宿祢家持 [九月廾六日作也]ー 守大伴宿禰家持 九月二十六日)

・・・・・・・・・・・・・・
大王乃ー[大君の]ー
等保能美可度曽ー遠の朝廷ぞー[とほのみかどぞ]ー統治される遠い辺境の政庁だが
美雪落ー[み雪降る]ー美しい雪が降ると(いう)
越登名尓於敝流ー越と名に追へるーこしとなにおへるー越という名を負っている
<境界を越える意の動詞「越し」と同意>
安麻射可流ー天離るー[あまざかる]ー空遠く隔たった
比奈尓之安礼婆ー鄙にしあればーひなにしあればー鄙びた地であるので
山高美ー山高みー山は高く
河登保之呂思ー川とほしろしー川は雄大である
野乎比呂美ー野を広みー野は広々と
久佐許曽之既吉ー草こそ茂きー草は深く繁る
安由波之流ー鮎走るー川面には鮎が走り泳ぐ
奈都能左<加>利等ー夏の盛りとー夏の盛りになると
之麻都等里ー[島つ鳥]ー
鵜養我登母波ー鵜養が伴はーうかひがともはー鵜飼に従事する民は
由久加波乃ー[行く川の]ー流れ行く川の
伎欲吉瀬其<等>尓ー清き瀬ごとにー清らかな川の瀬ごとに
可賀里左之ー篝さしーかがりさしー篝火を灯し
奈豆左比能保流ーなづさひ上るー水流に浸かって川をのぼって行く
露霜乃ー[露霜の]ー霜の降る
安伎尓伊多礼<婆>ー秋に至ればー秋になると
野毛佐波尓ー野も多にーのもさはにー野のあちこちに
等里須太家里等ー鳥すだけりとー多くの鳥が集まっているというので
麻須良乎能ー大夫のー[ますらをの]ー
登母伊射奈比弖ー友誘ひてーともいざなひてー仲間を誘い集めて
多加波之母ー鷹はしもー鷹狩をする
安麻多安礼等母ーあまたあれどもー鷹はあまたいる中で
矢形尾乃ー矢形尾のーやかたをのー矢形尾の
安我大黒尓ー吾が大黒にーあがおほぐろにー吾が大黒に(蒼鷹)に
[大黒者蒼鷹之名也]ーおほぐろは蒼鷹の名である
之良奴里<能>ー白塗のーしらぬりのー銀を塗った
鈴登里都氣弖ー鈴取り付けてーすずとりつけてー鈴をつけて
朝猟尓ー朝猟にーあさがりにー朝狩に
伊保都登里多○ー五百つ鳥立てーいほつとりたてー五百もの鳥を追い立て
暮猟尓ー夕猟にーゆふがりにー夕狩に
知登理布美多○ー千鳥踏み立てーちとりふみたてー千もの鳥を踏み追い立てて
於敷其等邇ー追ふ毎にーおふごとにー獲物を追うごとに
由流須許等奈久ー許すことなくーゆるすことなくー決して逃すことなく
手放毛ー手放れもーたばなれもー手離れも
乎知母可夜須伎ーをちもかやすきー戻りも易々とするのは
許礼乎於伎○ーこれをおきてーこの大黒をおいて
麻多波安里我多之ーまたはありがたしー他にあり難い
左奈良敝流ーさ慣らへるーさならへるー匹敵する
多可波奈家牟等ー鷹はなけむとー鷹はないであろうと
情尓波ー心にはー心のうちで
於毛比保許里弖ー思ひほこりてー誇らしく思い
恵麻比都追ー笑まひつつーゑまひつつー笑みを浮かべつつ
和多流安比太尓ー渡る間にーわたるあひだにー過ごす間に、過ごすある時
多夫礼多流ー狂れたるーたぶれたるー頓狂な、気がふれたか、化け物か
之許都於吉奈乃ー醜つ翁のーしこつおきなのー醜い老いぼれ爺が(山田君麻呂) <醜>の<シコ>は、<鬼>という字をあて、<物>や<魔>と同じ意味に使われている。
許等太尓母ー言だにもーことだにもー一言のことわりさえ
吾尓波都氣受ー吾れには告げずー私に告げずに
等乃具母利ーとの曇りーとのくもりー空一面曇って
安米能布流日乎ー雨の降る日をー雨の降る日だというのに
等我理須等ー鳥猟すとーとがりすとー狩をすると
名乃未乎能里弖ー名のみを告りてーなのみをのりてー名前だけは届け出て(大黒を連れ出してしまい)
三嶋野乎ー三島野をーみしまのをー三嶋野を
曽我比尓見都追ーそがひに見つつー背後に見つつ
二上ー二上のーふたがみのー二上山を
山登妣古要○ー山飛び越えてー飛び越え
久母我久理ー雲隠りーくもがくりー雲に隠れて
可氣理伊尓伎等ー翔り去にきとーかけりいにきとー飛び去ってしまいましたと
可敝理伎弖ー帰り来てー戻って来て
之波夫礼都具礼ーしはぶれ告ぐれー咳き込みながら告げるではないか
呼久餘思乃ー招くよしのーをくよしのーけれども招き寄せるすべが
曽許尓奈家礼婆ーそこになければー見当たらず
伊敷須敝能ー言ふすべのーいふすべのー何とまじないごとを言っていいのか
多騰伎乎之良尓ーたどきを知らにー手立ても知らずに
心尓波ー心にはー心中は
火佐倍毛要都追ー火さへ燃えつつー火のように燃えながら
於母比孤悲ー思ひ恋ひーおもひこひー恋しく思い
伊<伎>豆吉安麻利ー息づきあまりーいきづきあまりー嘆息しながらも
氣太之久毛ーけだしくもーもしや
安布許等安里也等ー逢ふことありやとー逢うこともあろうかと
安之比奇能ー[あしひきの]ー
乎○母許乃毛尓ーをてもこのもにー山のあちらこちらに
等奈美波里ー鳥網張りーとなみはりー鳥網を張り
母利敝乎須恵○ー守部を据ゑてーもりへをすゑてー番人を置いて
知波夜夫流ー[ちはやぶる]ー
神社尓ー神の社にーかみのやしろにー霊威ある神の降臨する社(やしろ)には
○流鏡ー照る鏡ー曇りなく照り輝く鏡を
之都尓等里蘇倍ー倭文に取り添へーしつにとりそへー倭文(しづ)織りの幣に添え
己比能美弖ー祈ひ祷みてーこひのみてー願をかけて
安我麻都等吉尓ー吾が待つ時にー私が待っていたところ
乎登賣良我ー娘子らがーをとめらがー乙女がやさしく
伊米尓都具良久ー夢に告ぐらくーいめにつぐらくー夢に現れて告げることには
奈我古敷流ー汝が恋ふるーながこふるーあなたが逢いたがっている
曽能保追多加波ーその秀つ鷹はーそのほつたかはーその秀鷹(しゅうよう)は
麻追太要乃ー松田江のーまつだえのー松田江の
波麻由伎具良之ー浜行き暮らしーはまゆきくらしー浜を飛び暮らし
都奈之等流ーつなし捕るーつなしとるーつなし(コノシロ)を獲り
比美乃江過弖ー氷見の江過ぎてーひみのえすぎてー氷見の江を過ぎて
多古能之麻ー多古の島ーたこのしまー多胡の島
等<妣>多毛登保里ー飛びた廻りーとびたもとほりーを飛び巡り
安之我母<乃>ー葦鴨のーあしがものー葦鴨が
須太久舊江尓ーすだく古江にーすだくふるえにー群れる舊江に
乎等都日毛ー一昨日もーをとつひもーおとといも
伎能敷母安里追ー昨日もありつーきのふもありつー昨日もいました
知加久安良婆ー近くあらばー早ければ 
伊麻布都可太未ーいま二日だみーいまふつかだみーあと二日ほど
等保久安良婆ー遠くあらばー遅くとも
奈奴可乃<乎>知<波>ー七日のをちはーなぬかのをちはー七日以上は
須疑米也母ー過ぎめやもー過ぎることはなく
伎奈牟和我勢故ー来なむ吾が背子ーきなむわがせこーあなたのもとへ
帰って来るでしょう
祢毛許呂尓ーねもころにー心を砕いて
奈孤悲曽余等曽ーな恋ひそよとぞーなこひそよとぞー恋しがりなさるな
伊麻尓都氣都流ーいまに告げつるーそう夢に告げたのであった
・・・・・・・・・・・・・・



4012 天平19年9月26日,作者:大伴家持,高岡,狩猟

[題詞](思放逸鷹夢見感悦作歌一首[并短歌])

矢形尾能 多加乎手尓須恵 美之麻野尓 可良奴日麻祢久 都奇曽倍尓家流

矢形尾の 鷹を手に据ゑ 三島野に 猟らぬ日まねく 月ぞ経にける 

やかたをの たかをてにすゑ みしまのに からぬひまねく つきぞへにける

・・・・・・・・・・・・・・
矢形尾の鷹を手に据えて
三嶋野に狩をすることもなく
何日も過ぎて
もう月が変わってしまった
・・・・・・・・・・・・・・




4013 天平19年9月26日,作者:大伴家持,高岡,託宣,神祭り

[題詞](思放逸鷹夢見感悦作歌一首[并短歌])

二上能 乎弖母許能母尓 安美佐之弖 安我麻都多可乎 伊米尓都氣追母

二上の をてもこのもに 網さして 吾が待つ鷹を 夢に告げつも 

ふたがみの をてもこのもに あみさして あがまつたかを いめにつげつも

・・・・・・・・・・・・・・
二上山のあちらこちらに網を張って
私が待ち侘びている鷹の帰る日を  
夢に告げてくれたことだ
・・・・・・・・・・・・・・




4014 天平19年9月26日,作者:大伴家持,枕詞,難解,山田君麻呂,恨

[題詞](思放逸鷹夢見感悦作歌一首[并短歌])

麻追我敝里 之比尓弖安礼可母 佐夜麻太乃 乎治我其日尓 母等米安波受家牟

松反り しひにてあれかも さ山田の 翁がその日に 求めあはずけむ 

まつがへり しひにてあれかも さやまだの をぢがそのひに もとめあはずけむ

・・・・・・・・・・・・・・
松反り耄碌しているからであろうか 
山田の爺さんが鷹を逃がしたその日
探しても見つからなかったのは
・・・・・・・・・・・・・・




4015 天平19年9月26日,作者:大伴家持,高岡,恋情

[題詞](思放逸鷹夢見感悦作歌一首[并短歌])

情尓波 由流布許等奈久 須加能夜麻 須加奈久能未也 孤悲和多利奈牟

心には 緩ふことなく 須加の山 すかなくのみや 恋ひわたりなむ 

こころには ゆるふことなく [すかのやま] すかなくのみや こひわたりなむ

・・・・・・・・・・・・・・
心はゆったりと寛ぐことなく
くよくよと嘆いてばかり
こうしていつまでも恋しがるのであろうか
・・・・・・・・・・・・・・






<出典・転載[大伴家持全集 訳注編 Vol.2水垣 久 編訳]等より。>
http://www.asahi-net.or.jp/~SG2H-ymst/yakayak2.html


4016 高市黒人,羈旅,旅情,伝誦,三国五百国,漂泊,高岡

[題詞]高市連黒人歌一首 [年月不審]

賣比能野能 須々吉於之奈倍 布流由伎尓 夜度加流家敷之 可奈之久於毛倍遊

婦負の野の すすき押しなべ 降る雪に 宿借る今日し 悲しく思ほゆ 

めひののの すすきおしなべ ふるゆきに やどかるけふし かなしくおもほゆ

・・・・・・・・・・・
婦負の野の薄を押し靡かせて降る雪の
一夜の宿りをする今日は深々と悲しく思われる
・・・・・・・・・・・



4017 〈作者〉大伴家持

[題詞]

東風伊多久布久良之 奈呉乃安麻能 都利須流乎夫祢 許藝可久流見由

あゆの風 いたく吹くらし 奈呉の海人の 釣する小船 漕ぎ隠る見ゆ 
[越俗語東風謂<之>安由乃可是也][あゆのかぜ(越の方言では東風)]

あゆのかぜ いたくふくらし なごのあまの つりするをぶね こぎかくるみゆ

・・・・・・・・・・・
あゆの風がたいそう吹いているらしい
奈呉の海人の釣りする小舟の
漕いでいるのが
波間に見え隠れしている
・・・・・・・・・・・

* 「隠(かく)る」は奈良時代には四段活用・下二段活用の両方が見られる。平安以後は下二段活用。



4018 〈作者〉大伴家持

[題詞]

美奈刀可是 佐牟久布久良之 奈呉乃江尓 都麻欲<妣>可波之 多豆左波尓奈久

港風 寒く吹くらし 奈呉の江に 妻呼び交し 鶴多に鳴く 

[一云 多豆佐和久奈里][一云 鶴騒くなり]

みなとかぜ さむくふくらし なごのえに つまよびかはし たづさはになく[たづさわくなり]

・・・・・・・・・・・
河口に吹く今朝の風は寒いらしい
奈呉の入江では連れ合いを呼んで
鶴の群れが盛んに鳴き交わしている
・・・・・・・・・・・



4019 〈作者〉大伴家持
[題詞]

安麻射可流 比奈等毛之流久 許己太久母 之氣伎孤悲可毛 奈具流日毛奈久

天離る 鄙ともしるく ここだくも 繁き恋かも なぐる日もなく 

[あまざかる] ひなともしるく ここだくも しげきこひかも なぐるひもなく

・・・・・・・・・・・
遠く都を離れた地方の田舎にいるだけに
こんなにも募る恋しさよ
奈呉にいても 
和むことはない
・・・・・・・・・・・

* 「略体歌」という特異な表記形式の歌がある。「略体歌」は、助詞助動詞などの表記を最低限にとどめて、漢文風に歌を記している。この「略体歌」の最大文字数は16字である。
万葉仮名を使って、一字一音で、短歌(31音)を書き記すと、1行15字詰めの場合は、3行書きとなり、しかも最後の1行は、1字だけということになる。
 安麻射可流比奈等毛之流久許己太
 久母之気伎孤悲可毛奈具流日毛奈
 久
「略体歌」は、やまと歌を漢詩風に記し、読み下すには最も難しいが、魅惑に満ちたもの。(通称「柿本朝臣人麻呂歌集」)
文字数を規定するものの一つに、書物の「形式」的側面があった。
中国文化圏では、仏教経典・儒教経典・道教経典・法典・歴史書など正式な書物が、1行17字詰めで書かれた。格の高い経典類との区別が意識されていることが窺える。



4020 〈作者〉大伴家持

[題詞]

故之能宇美能 信濃[濱名也]乃波麻乎 由伎久良之 奈我伎波流比毛 和須礼弖於毛倍也

越の海の 信濃[濱名也]の浜を 行き暮らし 長き春日も 忘れて思へや 

こしのうみの しなぬのはまを ゆきくらし ながきはるひも わすれておもへや

・・・・・・・・・・・
越の海に沿った信濃の浜を
一日歩き暮らしたが
この長い春の日
片時も都の妻を思わずにはいない
・・・・・・・・・・・



4021 天平20年春,作者:大伴家持,部内巡航,富山,叙景

[題詞]礪波郡雄神河邊作歌一首

乎加未河<泊> 久礼奈為尓保布 乎等賣良之 葦附[水松之類]等流登 湍尓多々須良之

雄神川 紅にほふ 娘子らし 葦付[水松之類]取ると 瀬に立たすらし 

をかみがは くれなゐにほふ をとめらし あしつきとると せにたたすらし

・・・・・・・・・・・
雄神川の川面に紅の色が映っていて美しい
乙女たちが川瀬に立って葦付を採っている
くれない色に照り映えて
・・・・・・・・・・・

* 「雄神川」は、富山県西部を流れる庄川。




4022 天平20年春,作者:大伴家持,部内巡航

[題詞]婦負郡渡鵜坂河邊時作一首

宇佐可河<泊> 和多流瀬於保美 許乃安我馬乃 安我枳乃美豆尓 伎<奴>々礼尓家里

鵜坂川 渡る瀬多み この吾が馬の 足掻きの水に 衣濡れにけり 

うさかがは わたるせおほみ このあがまの あがきのみづに きぬぬれにけり

・・・・・・・・・・・
めひ(婦負)の郡(こおり)の鵜坂川は
渡る瀬が多くて
私の乗る馬の足掻きのはね水で
着ている衣がすっかり濡れてしまったことだ 
・・・・・・・・・・・

* 「鵜坂川」は今の神通川。



4023 天平20年春,作者:大伴家持,叙景,部内巡航

[題詞]見潜鵜人作歌一首

賣比河波能 波夜伎瀬其等尓 可我里佐之 夜蘇登毛乃乎波 宇加波多知家里

婦負川の 早き瀬ごとに 篝さし 八十伴の男は 鵜川立ちけり 

めひがはの はやきせごとに かがりさし やそとものをは うかはたちけり

・・・・・・・・・・・
婦負川の急流の瀬ごとに篝火を焚いて
連れ立つ大勢の官人たちは鵜飼をしていることだよ
・・・・・・・・・・・



4024 天平20年春,作者:大伴家持,部内巡航

[題詞]新川郡渡延槻河時作歌一首

多知夜麻乃 由吉之久良之毛 波比都奇能 可波能和多理瀬 安夫美都加須毛

立山の 雪し消らしも 延槻の 川の渡り瀬 鐙漬かすも 

たちやまの ゆきしくらしも はひつきの かはのわたりせ あぶみつかすも

・・・・・・・・・・・
立山の雪も融けはじめたらしい
水が滔々と押し寄せてくる
この早月川の渡り瀬で
馬の鐙が水に浸かってしまった
・・・・・・・・・・・

* 「延槻川」は、現在の富山県滑川市と魚津市の間を流れる早月川。北アルプスを源流とする、全国屈指の急流河川。




4025 天平20年春,作者:大伴家持,石川,部内巡航,能登,叙景,羽咋

[題詞]赴参<氣>太神宮行海邊之時作歌一首

之乎路可良 多太古要久礼婆 波久比能海 安佐奈藝思多理 船梶母我毛

志雄路から 直越え来れば 羽咋の海 朝なぎしたり 船楫もがも 

しをぢから ただこえくれば はくひのうみ あさなぎしたり ふなかぢもがも

・・・・・・・・・・・
氷見から宝達丘陵を越えて
志雄に至る山道を来ると
目の前に羽咋の海が広がる
いましも朝凪に鏡のような海面を見ると
舟と櫂が欲しくなるなあ
・・・・・・・・・・・

* 「もがも」は、「もが」願望の終助詞、「〜がほしい」「〜でありたい」という願望をあらわす語に、詠嘆の助詞「も」が付いたもの。



4026 天平20年春,作者:大伴家持,能登,富山,部内巡航,旋頭歌,土地讃美

[題詞]能登郡従香嶋津發船射熊来村徃時作歌二首

登夫佐多○ 船木伎流等伊<布> 能登乃嶋山 今日見者 許太知之氣思物 伊久代神備曽

鳥総立て 船木伐るといふ 能登の島山 今日見れば 木立繁しも 幾代神びぞ 

とぶさたて ふなききるといふ のとのしまやま けふみれば こだちしげしも いくよかむびぞ

・・・・・・・・・・・・
鳥総を立て神に捧げる
船木を伐り出すという能登の島山
今日見ると木々が栄え繁っている
幾代も経たその神々しさよ
・・・・・・・・・・・・

* 「鳥総立て」は、「鳥総」は枝葉がついたままの梢の部分で、舟を作るために伐採した木の切り株に、その木の葉の茂った枝を差し込むことを言った。
「言葉の再生を願う」意がある。神事。




4027 天平20年春,作者:大伴家持,能登,部内巡航,望郷,序詞(第十七巻完)

[題詞](能登郡従香嶋津發船射熊来村徃時作歌二首)

香嶋欲里 久麻吉乎左之○ 許具布祢能 河治等流間奈久 京<師>之於母<倍>由

香島より 熊来をさして 漕ぐ船の 楫取る間なく 都し思ほゆ 

かしまより くまきをさして こぐふねの かぢとるまなく みやこしおもほゆ

・・・・・・・・・・・・
香島から熊来をさして
風俗歌舞の奏上を受ける為に漕ぐ舟
その手を休める間もなく
ただ都のことが思えてならない
・・・・・・・・・・・・

* 都では元正太上天皇(上皇)が危篤状態に陥り、やがてこの世を去った。そして盧遮那仏(大仏)の建立事業が急ピッチで進められていた。




4028 天平20年春,作者:大伴家持,能登,占い,望郷,部内巡航

[題詞]鳳至郡渡饒石<川>之時作歌一首

伊母尓安波受 比左思久奈里奴 尓藝之河波 伎欲吉瀬其登尓 美奈宇良波倍弖奈

妹に逢はず 久しくなりぬ 饒石川 清き瀬ごとに 水占延へてな 

いもにあはず ひさしくなりぬ にぎしがは きよきせごとに みなうらはへてな

・・・・・・・・・・・・
妻に逢わずに久しい時が過ぎた
饒石川の清らかな瀬ごとで
縄を延ばして水占いをしよう
・・・・・・・・・・・・

* 「みなうら」。「な」は「の」の意の格助詞。川の水で吉凶を占うこと。水の増減・清濁、また、水にもみ・豆などを落として沈みぐあい・縄を流したりして、いろいろな占う方法がある。みずだめし。




4029 天平20年春,作者:大伴家持,能登,道行き,氷見,叙景,土地讃美

[題詞]従珠洲郡發船還太沼郡之時泊長濱灣仰見月光作歌一首

珠洲能宇美尓 安佐<妣>良伎之弖 許藝久礼婆 奈我<波>麻能宇良尓 都奇C理尓家里

珠洲の海に 朝開きして 漕ぎ来れば 長浜の浦に 月照りにけり 

すずのうみに あさびらきして こぎくれば ながはまのうらに つきてりにけり

・・・・・・・
珠洲の海に
明け方から船を漕ぎ出してくれば
長浜の浦ではもう夜もふけて
月が照り輝いているよ
・・・・・・・



17 4030 作者:大伴家持,恨,風物

[題詞]怨鴬晩哢歌一首

宇具比須波 伊麻波奈可牟等 可多麻C<婆> 可須美多奈妣吉 都奇波倍尓都追

鴬は 今は鳴かむと 片待てば 霞たなびき 月は経につつ 

うぐひすは いまはなかむと かたまてば かすみたなびき つきはへにつつ

・・・・・・・
鴬はもう鳴くだろうとひたすら待っていると
春の霞がたなびき
月は過ぎて行こうとしている
・・・・・・・

* 「かたまつ」片待つ[動タ四]ひたすら待つ。
<個別へ> http://blogs.yahoo.co.jp/kairouwait08/31925100.html





4031 作者:大伴家持,祝詞,神祭り,言祝ぎ,寿歌

[題詞]造酒歌一首

奈加等美乃 敷刀能里<等其>等 伊比波良倍 安<賀>布伊能知毛 多我多米尓奈礼

中臣の 太祝詞言 言ひ祓へ 贖ふ命も 誰がために汝れ 

なかとみの ふとのりとごと いひはらへ あかふいのちも たがためになれ

・・・・・・・
中臣氏の神主を呼んで
祝詞を申し上げてお祓いをし
供物を奉ることで長命を祈ったのは誰のためか
ほかならぬお前の命のためなのだ
・・・・・・・

* 「あがふ」は「あがなふ」の古形。古代では「あかふ」。供物をささげ身のけがれを祓うという一連の祭儀が想定される表現であり、「贖ふ」祭儀の型をうかがうことができる。
* 「はらふ」払う・掃う意の「はらふ」は四段活用であるが、災厄などを除き去る(祓う)意の「はらふ」は下二段活用。
<個別へ> http://blogs.yahoo.co.jp/kairouwait08/31924192.html


第十八巻




4032 天平20年3月23日,作者:田辺福麻呂,高岡,宴席,挨拶,大伴家持

[題詞]天平廿年春三月廾三日左大臣橘家之使者造酒司令史田<邊>福麻呂饗于守大伴宿祢家持舘爰作新歌并便誦古詠各述心緒

奈呉乃宇美尓 布祢之麻志可勢 於伎尓伊泥弖 奈美多知久夜等 見底可敝利許牟

奈呉の海に 舟しまし貸せ 沖に出でて 波立ち来やと 見て帰り来む 

なごのうみに ふねしましかせ おきにいでて なみたちくやと みてかへりこむ

・・・・・・・・・・・・
奈呉の海に出たいので
ちょっと船を貸して下さい
沖で波が立ち寄せて来るか
見て来ます
・・・・・・・・・・・・

* 「なご」富山県新湊(しんみなと)市の放生津江(ほうしょうづえ)付近の古名。奈呉の浦。[歌枕]




4033 天平20年3月23日,作者:田辺福麻呂,宴席,挨拶,序詞高岡,富山,恋情,大伴家持

[題詞](天平廿年春三月廾三日左大臣橘家之使者造酒司令史田<邊>福麻呂饗于守大伴宿祢家持舘爰作新歌并便誦古詠各述心緒)

奈美多<底>波 奈呉能宇良<未>尓 余流可比乃 末奈伎孤悲尓曽 等之波倍尓家流

波立てば 奈呉の浦廻に 寄る貝の 間なき恋にぞ 年は経にける 

なみたてば なごのうらみに よるかひの まなきこひにぞ としはへにける

・・・・・・・・・・・・
波が立つと
奈呉の海の入江に貝が打ち寄せる
その貝ではないが
貴方を絶え間なく恋しがるうち
年が経ってしまいまいます
・・・・・・・・・・・・




4034 天平20年3月23日,作者:田辺福麻呂,高岡,叙景,宴席,挨拶,大伴家持

[題詞](天平廿年春三月廾三日左大臣橘家之使者造酒司令史田<邊>福麻呂饗于守大伴宿祢家持舘爰作新歌并便誦古詠各述心緒)

奈呉能宇美尓 之保能波夜非波 安佐里之尓 伊<泥>牟等多豆波 伊麻曽奈久奈流

奈呉の海に 潮の早干ば あさりしに 出でむと鶴は 今ぞ鳴くなる 

なごのうみに しほのはやひば あさりしに いでむとたづは いまぞなくなる

・・・・・・・・・・・・
奈呉の海で
潮が早く引いたら
直ぐにも餌を捕ろうと
鶴が今盛んに鳴きあっています
・・・・・・・・・・・・




4035 天平20年3月23日,作者:田辺福麻呂,叙景,宴席,挨拶,大伴家持

[題詞](天平廿年春三月廾三日左大臣橘家之使者造酒司令史田<邊>福麻呂饗于守大伴宿祢家持舘爰作新歌并便誦古詠各述心緒)

保等登藝須 伊等布登伎奈之 安夜賣具左 加豆良尓<勢>武日 許由奈伎和多礼

霍公鳥 いとふ時なし あやめぐさ かづらにせむ日 こゆ鳴き渡れ 

ほととぎす いとふときなし あやめぐさ かづらにせむひ こゆなきわたれ

・・・・・・・・・・・・
霍公鳥よ
おまえの声を厭う時などありはしない
菖蒲草を縵にする日も
必ずやここを鳴いて渡ってくれよ
・・・・・・・・・・・・

* ここで言う五月五日は儀鳳暦。現行暦では6月中旬の菖蒲の時期。
* 「万葉集」の巻十、「アヤメグサの縵(かずら)」

ほととぎす いとふ時なしあやめぐさ かづらにせむ日 こゆ鳴き渡れ (1955)

ホトトギスよ、いつでも嫌だというのではないが、アヤメグサを縵とする五月五日には必ずこの上を鳴き渡ってくれ。
ホトトギスの声を「玉に貫き」通したいという気持ちが秘められているようだ。
ここのアヤメグサは、水辺に群生する白菖である。
節句に軒端に指し菖蒲湯に入れるのがこの白菖である。沼沢の泥中に生えるためか、泥菖の別名がある。
万葉集のアヤメグサの原文は「菖蒲草」である。
アヤメグサはその強い香気のために邪気をはらい、疫病を除くとされた。
それで五月五日の節句にはアヤメの縵を髪飾りにする風習があり、この日を「菖蒲の節句」と呼び、「アヤメの日」と呼んだ。



18 4036;作者:田辺福麻呂

[題詞]于時期之明日将遊覧布勢水海仍述懐各作歌

伊可尓安流  布勢能宇良曽毛  許己太久尓  吉民我弥世武等  和礼乎等登牟流

いかにある 布勢の浦ぞも ここだくに 君が見せむと 我れを留むる 
いかにある ふせのうらぞも ここだくに きみがみせむと われをとどむる

[左注]右一首田邊史福麻呂 ( / 前件十首歌者廿四日宴作之 )

天平20年3月24日,氷見,土地讃美,遊覧,宴席

一体どんな処なのでしょうか
布勢の浦というのは
こうまで熱心に
貴方が見せようと
私を引き留めるのは

* そんな見せたがっとる十二町潟ちゃ、どんなとこけ。
どれ程に美しい 布勢の浦なのだろうか これ程に 貴君が見せようと 私を引き留めるのは

* 布勢水海跡(十二朝潟)と二上山
* 美は乱調にあり、生は無頼にあり、; <無環形>
 隊長(体調)、諧調(快調)なれど美(媚)、蘭帳(乱調)なり
 姓(生)は丹下(端倪)、名(奈翁)は武礼(無頼)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


* 田辺史福麻呂 たなべのふひとさきまろ
生没年 未詳
系譜など; 
田辺史は『新撰姓氏録』に2系統見え、右京皇別に「豊城入彦命四世孫、大荒田別命の後」、右京諸蕃に「漢王の後、知惣より出ず」とある。また上毛野朝臣の条に、「文書を解するを以て田邊史と為す」とあり、上毛野氏との深いつながりが推測される。古来文筆を以て仕えた氏族で、氏名は大阪府柏原市田辺の地名に基づくという。大宝律令の撰定者として知られる首名・百枝はおそらく福麻呂の同族であろう。また『東大寺要録』には田辺史広浜が銭一千貫を寄進したと見え、経済力の一端を垣間見せる。(略)
http://www.asahi-net.or.jp/~sg2h-ymst/sakimaro.html

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