ニキタマの万葉集

当て字の繭玉をほぐそう、枕詞で古代を解明しよう。

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1742 雑歌,作者:高橋虫麻呂歌集,大阪,美女,孤独,枕詞

[題詞]見河内大橋獨去娘子歌一首[并短歌]

・・・・・・・・・・・・・
[原文]ー[訓読]ー[仮名]ー
級照ーしな照るー[しなでる]ー
片足羽河之ー片足羽川のーかたしはがはのー片足羽川(かたあしわがわ)の
左丹塗ーさ丹塗りのー[さにぬりの]ー丹(に)塗りの
大橋之上従ー大橋の上ゆーおほはしのうへゆー大橋の上を
紅ー紅のー[くれなゐの]ー
赤裳<數>十引ー赤裳裾引きーあかもすそびきー紅の裳裾を引いて
山藍用ー山藍もちーやまあゐもちー山藍で
<揩>衣服而ー摺れる衣着てーすれるきぬきてー摺り染めた衣を着て
直獨ーただ独りーただひとりーただ一人で
伊渡為兒者ーい渡らす子はーいわたらすこはー渡って行く子は
若草乃ー若草のー[わかくさの]ー
夫香有良武ー夫かあるらむーつまかあるらむー若い夫があるのだろうか
橿實之ー橿の実のー[かしのみの]ー
獨歟将宿ー独りか寝らむーひとりかぬらむー独りで寝るのだろうか
問巻乃ー問はまくのーとはまくのー問いかけてみたい
欲我妹之ー欲しき我妹がーほしきわぎもがー愛らしい子よ
家乃不知久ー家の知らなくーいへのしらなくー住む家も知らない
・・・・・・・・・・・・・
[左注](右件歌者高橋連蟲麻呂歌集中出)



1743 雑歌,作者:高橋虫麻呂歌集,大阪,美女,孤独

[題詞](見河内大橋獨去娘子歌一首[并短歌])反歌

大橋之  頭尓家有者  心悲久  獨去兒尓  屋戸借申尾

大橋の 頭に家あらば ま悲しく 独り行く子に 宿貸さましを 

おほはしの つめにいへあらば まかなしく ひとりゆくこに やどかさましを

[左注](右件歌者高橋連蟲麻呂歌集中出)
・・・・・・・・・・・・・
大橋のたもとに家があったなら

悲しそうに独り渡って行くあの子に

宿を貸そうものを
・・・・・・・・・・・・・



1744 雑歌,作者:高橋虫麻呂歌集,埼玉,旋頭歌

[題詞]見武蔵小埼沼鴨作歌一首

前玉之  小埼乃沼尓  鴨曽翼霧  己尾尓  零置流霜乎  掃等尓有斯

埼玉の 小埼の沼に 鴨ぞ羽霧る おのが尾に 降り置ける霜を 掃ふとにあらし 

さきたまの をさきのぬまに かもぞはねきる おのがをに ふりおけるしもを はらふとにあらし

[左注](右件歌者高橋連蟲麻呂歌集中出)
・・・・・・・・・・・・・
埼玉の小埼の沼で鴨が羽ばたいてしぶきを飛ばす

自分の尾に降り置いた霜を掃いのけようとするのらしい
・・・・・・・・・・・・・



1745 雑歌,作者:高橋虫麻呂歌集,埼玉,羈旅,土地讃美,枕詞

[題詞]那賀郡曝井歌一首

三栗乃  中尓向有  曝井之  不絶将通  従所尓妻毛我

三栗の 那賀に向へる 曝井の 絶えず通はむ そこに妻もが 

[みつぐりの] なかにむかへる さらしゐの たえずかよはむ そこにつまもが

[左注](右件歌者高橋連蟲麻呂歌集中出)
・・・・・・・・・・・・・
那賀の向かいにある曝井の水が

絶え間なく湧くように

絶えず通おう

ここの女たちの中に

私の妻がいてくれたらよいのに
・・・・・・・・・・・・・
* 「もが」 願望の終助詞。 「〜がほしい」「〜でありたい」という願望をあらわす。 


1751 雑歌,作者:高橋虫麻呂歌集,龍田,大阪,天平6年3月,風祭り,風神

[題詞]難波經宿明日還来之時歌一首[并短歌]
(奈良から難波に行って一泊して帰ってきたときに詠んだ歌)

嶋山乎  射徃廻流  河副乃  丘邊道従  昨日己曽  吾<超>来壮鹿  一夜耳  宿有之柄二  <峯>上之  櫻花者  瀧之瀬従  落堕而流  君之将見  其日左右庭  山下之  風莫吹登  打越而  名二負有社尓  風祭為奈

島山を  い行き廻れる  川沿ひの  岡辺の道ゆ  昨日こそ  我が越え来しか  一夜のみ  寝たりしからに  峰の上の  桜の花は  瀧の瀬ゆ  散らひて流る  君が見む  その日までには  山おろしの  風な吹きそと  うち越えて  名に負へる杜に  風祭せな  

しまやまを いゆきめぐれる かはそひの をかへのみちゆ きのふこそ わがこえこしか ひとよのみ ねたりしからに をのうへの さくらのはなは たきのせゆ ちらひてながる きみがみむ そのひまでには やまおろしの かぜなふきそと うちこえて なにおへるもりに かざまつりせな

[左注](右件歌者高橋連蟲麻呂歌集中出)
・・・・・・・・・・
島のような山を取り巻いて流れる川の

その川沿いと岡に沿った道を越えて来たのは

つい昨日だったのに 

難波で一夜過ごしただけで

山の崎に咲く桜の花は

滝の瀬に散って花筏となって流れてゆく

君がご覧になるその日まで

山おろしよ吹かないようにと

峠を越えて風の神を祀る竜田の杜に

風鎮めの祭りを奉じよう
・・・・・・・・・・



1752 雑歌,作者:高橋虫麻呂歌集,龍田,大阪,天平6年3月,鎮花

[題詞](難波經宿明日還来之時歌一首[并短歌])反歌

射行相乃  <坂>之踏本尓  開乎為流  櫻花乎  令見兒毛欲得

い行き逢ひの 坂のふもとに 咲きををる 桜の花を 見せむ子もがも 

いゆきあひの さかのふもとに さきををる さくらのはなを みせむこもがも

[左注](右件歌者高橋連蟲麻呂歌集中出)
・・・・・・・・・・
国境いの坂のふもとに咲き乱れている

この桜の花を見せてあげられる娘がいたらなあ
・・・・・・・・・・



1753 雑歌,作者:高橋虫麻呂歌集,茨城,国見,歌垣,大伴旅人,道足,枕詞

[題詞]検税使大伴卿登筑波山時歌一首[并短歌]

衣手  常陸國  二並  筑波乃山乎  欲見  君来座登  熱尓  汗可伎奈氣  木根取  嘯鳴登  <峯>上乎  <公>尓令見者  男神毛  許賜  女神毛  千羽日給而  時登無  雲居雨零  筑波嶺乎  清照  言借石  國之真保良乎 委曲尓 示賜者 歡登 紐之緒解而 家如 解而曽遊 打靡 春見麻之従者  夏草之  茂者雖在  今日之樂者

衣手  常陸の国の  二並ぶ  筑波の山を  見まく欲り  君来ませりと  暑けくに  汗かき嘆げ  木の根取り  うそぶき登り  峰の上を  君に見すれば  男神も  許したまひ  女神も  ちはひたまひて  時となく  雲居雨降る  筑波嶺を  さやに照らして  いふかりし  国のまほらを  つばらかに  示したまへば  嬉しみと  紐の緒解きて  家のごと  解けてぞ遊ぶ  うち靡く  春見ましゆは  夏草の  茂くはあれど  今日の楽しさ 

[ころもで] ひたちのくにの ふたならぶ つくはのやまを みまくほり きみきませりと あつけくに あせかきなげ このねとり うそぶきのぼり をのうへを きみにみすれば をかみも ゆるしたまひ めかみも ちはひたまひて ときとなく くもゐあめふる つくはねを さやにてらして いふかりし くにのまほらを つばらかに しめしたまへば うれしみと ひものをときて いへのごと とけてぞあそぶ [うちなびく] はるみましゆは なつくさの しげくはあれど けふのたのしさ

[左注](右件歌者高橋連蟲麻呂歌集中出)
・・・・・・・・・・
常陸の国の筑波に両袖のように並ぶ二峰が見たいと思い

君が遙々と来られたというので

夏の暑さに汗かき息きらし木の根にすがり

喘ぎ登り峰の上を君にお見せすると

山の男神もお許しになり 

女神も加護して下さって

いつもは雲が居座り雨が降る筑波山を

今は晴れ渡り

卿が特に見たがっておられた国の絶景を

つぶさにお示しになったので

嬉しさのあまり衣の紐をゆるめ
 
家にいるかのようにくつろいで遊び暮らす

春もよいけれど
 
夏草の茂っているけれど 

今日の日の楽しさよ
・・・・・・・・・・



1754 雑歌,作者:高橋虫麻呂歌集,茨城,国見,歌垣,大伴旅人,道足

[題詞](検税使大伴卿登筑波山時歌一首[并短歌])反歌

今日尓  何如将及  筑波嶺  昔人之  将来其日毛

今日の日に いかにかしかむ 筑波嶺に 昔の人の来けむ その日も 

けふのひに いかにかしかむ つくはねに むかしのひとの きけむそのひも

[左注](右件歌者高橋連蟲麻呂歌集中出)
・・・・・・・・・・
今日の日にまさったであろうか
 
筑波山に昔の人も来たその日の楽しさも
 
今日のこの日に優ったうか
・・・・・・・・・・



1755 雑歌,作者:高橋虫麻呂歌集

[題詞]詠霍公鳥一首[并短歌]

鴬之  生卵乃中尓  霍公鳥  獨所生而  己父尓  似而者不鳴  己母尓  似而者不鳴  宇能花乃  開有野邊従  飛翻  来鳴令響  橘之  花乎居令散  終日  雖喧聞吉  幣者将為  遐莫去  吾屋戸之  花橘尓  住度鳥

鴬の  卵の中に  霍公鳥  独り生れて  己が父に  似ては鳴かず  己が母に  似ては鳴かず  卯の花の  咲きたる野辺ゆ  飛び翔り  来鳴き響もし  橘の  花を居散らし  ひねもすに  鳴けど聞きよし  賄はせむ  遠くな行きそ  我が宿の  花橘に  住みわたれ鳥 

うぐひすの かひごのなかに ほととぎす ひとりうまれて ながちちに にてはなかず ながははに にてはなかず うのはなの さきたるのへゆ とびかけり きなきとよもし たちばなの はなをゐちらし ひねもすに なけどききよし まひはせむ とほくなゆきそ わがやどの はなたちばなに すみわたれとり

[左注](右件歌者高橋連蟲麻呂歌集中出)
・・・・・・・・・・
鶯の巣の卵の中にほととぎすが独り生まれて

自分の父に似た声では鳴かない

自分の母に似た声では鳴かない

卯の花が咲いている野辺から空へ飛び翔って

やって来ては鳴き声を響かせ

橘の枝に止まって花を散らし

一日中鳴くけれども良い声だ

捧げ物をしよう

遠くへ行かないでくれ

我が家の庭の橘の花にずっと住み着いておれ
・・・・・・・・・・



1756 雑歌,作者:高橋虫麻呂歌集

[題詞](詠霍公鳥一首[并短歌])反歌

掻霧之  雨零夜乎  霍公鳥  鳴而去成  ○怜其鳥

かき霧らし 雨の降る夜を 霍公鳥 鳴きて行くなり あはれその鳥 

かききらし あめのふるよを ほととぎす なきてゆくなり あはれそのとり

[左注](右件歌者高橋連蟲麻呂歌集中出)
・・・・・・・・・・
かき曇らせて雨が降る夜空から

ほととぎすがゆく鳴き声が聞える

胸を切なくさせる鳥であるよ
・・・・・・・・・・
<千人万首より転載>
◇ほととぎす カッコウ科の鳥。インド・中国南部から初夏に渡来する。昼夜、晴雨を問わず鳴く。万葉集で「霍公鳥」と書かれたのは、前漢の将軍霍去病(かくきょへい)に因む。生涯安らぐ家を持たず、匈奴征伐に明け暮れた霍将軍に、巣を持たない漂白の鳥ホトトギスをなぞらえたものらしい。
【補記】ほととぎすを主題に、鶯などに托卵する珍しい習性と、空を飛びながら鳴くその声の美しさに着目した歌で、虫麻呂の博物誌的な物の見方がよく表れた作と言えよう。同時に、作者がこの鳥の孤独な生い立ちに強い共感を寄せていることが感じられ、印象に残る。
・・・・・・・・・・



1757 雑歌,作者:高橋虫麻呂歌集,茨城,山讃美,旅愁,東国,関東,枕詞

[題詞]登筑波山歌一首[并短歌]

草枕  客之憂乎  名草漏  事毛有<哉>跡  筑波嶺尓  登而見者  尾花落  師付之田井尓  鴈泣毛  寒来喧奴  新治乃  鳥羽能淡海毛  秋風尓  白浪立奴  筑波嶺乃  吉久乎見者  長氣尓  念積来之  憂者息沼

草枕  旅の憂へを  慰もる  こともありやと  筑波嶺に  登りて見れば  尾花散る  師付の田居に  雁がねも  寒く来鳴きぬ  新治の  鳥羽の淡海も  秋風に  白波立ちぬ  筑波嶺の  よけくを見れば  長き日に  思ひ積み来し  憂へはやみぬ 

くさまくら たびのうれへを なぐさもる こともありやと つくはねに のぼりてみれば をばなちる しつくのたゐに かりがねも さむくきなきぬ にひばりの とばのあふみも あきかぜに しらなみたちぬ つくはねの よけくをみれば ながきけに おもひつみこし うれへはやみぬ

[左注](右件歌者高橋連蟲麻呂歌集中出)
・・・・・・・・・・
旅の憂いを慰さめることもあろうかと
 
筑波嶺に登ってみると 

尾花の散る師付の田が見える

師付の田に雁が来て寒々と鳴いている

にいばりの鳥羽の湖も見えて 

秋風に白波立っている

筑波嶺の快い景色を観ていると
 
何日もの長い旅で

積もり積った憂いも消える
・・・・・・・・・・


1758 雑歌,作者:高橋虫麻呂歌集,茨城,旅愁,東国,関東

[題詞](登筑波山歌一首[并短歌])反歌

筑波嶺乃  須蘇廻乃田井尓  秋田苅  妹許将遺  黄葉手折奈

筑波嶺の 裾廻の田居に 秋田刈る 妹がり遣らむ 黄葉手折らな 

つくはねの すそみのたゐに あきたかる いもがりやらむ もみちたをらな

[左注](右件歌者高橋連蟲麻呂歌集中出)
・・・・・・・・・・
筑波嶺の麓の田に秋田刈る娘

あの娘に便りしよう 

この美しい筑波の嶺のもみじ葉を手折って
・・・・・・・・・・






挽歌



1795 挽歌,宇治若郎子,京都,宇治

[題詞]宇治若郎子宮所歌一首

妹等許  今木乃嶺  茂立  嬬待木者  古人見祁牟

妹らがり 今木の嶺に 茂り立つ 嬬松の木は 古人見けむ 

いもらがり いまきのみねに しげりたつ つままつのきは ふるひとみけむ
・・・・・・・・・
妻の家に今きたという 今木の峰に

枝葉を茂らせて立つ松を夫の訪れを待つ妻と

昔の人もそのように思って見たであろうか
・・・・・・・・・



1796 挽歌,作者:柿本人麻呂歌集,紀伊,和歌山,行幸,恋情,亡妻

[題詞]紀伊國作歌四首

黄葉之  過去子等  携  遊礒麻  見者悲裳

黄葉の 過ぎにし子らと 携はり 遊びし礒を 見れば悲しも 

もみちばの すぎにしこらと たづさはり あそびしいそを みればかなしも
・・・・・・・・・
黄葉が散り過ぎるように逝った妻と

かつて手を取り合い遊んだこの黒江の磯は

ただ見るだけで悲しいことよ
・・・・・・・・・




1797 挽歌,作者:柿本人麻呂歌集,紀伊,和歌山,行幸,悲嘆,亡妻

[題詞](紀伊國作歌四首)

塩氣立  荒礒丹者雖在  徃水之  過去妹之  方見等曽来

潮気立つ 荒礒にはあれど 行く水の 過ぎにし妹が 形見とぞ来し 

[しほけたつ ありそにはあれど ゆくみづの] すぎにしいもが かたみとぞこし
・・・・・・・・・
ここは潮の香りが立つ荒磯ではあるが

流れて帰らぬ水のようにこの世を去った

妻の形見 妻の思い出の土地としてやって来た
・・・・・・・・・



1798 挽歌,作者:柿本人麻呂歌集,紀伊,和歌山,行幸,悲嘆,恋情,亡妻

[題詞](紀伊國作歌四首)

古家丹  妹等吾見  黒玉之  久漏牛方乎  見佐府<下>

いにしへに 妹と我が見し ぬばたまの 黒牛潟を 見れば寂しも 

いにしへに いもとわがみし [ぬばたまの] くろうしがたを みればさぶしも
・・・・・・・・・
その昔妻と二人で見たこの黒牛潟

独りで見ると耐えようもなく寂しいことよ
・・・・・・・・・



サ1799 挽歌,作者:柿本人麻呂歌集,紀伊,和歌山,行幸,悲嘆,恋情,亡妻

[題詞](紀伊國作歌四首)

<玉>津嶋  礒之裏<未>之  真名<子>仁文  尓保比去名  妹觸險

玉津島 礒の浦廻の 真砂にも にほひて行かな 妹も触れけむ 

たまつしま いそのうらみの まなごにも にほひてゆかな いももふれけむ
・・・・・・・・・
玉津島の磯の真砂を

身を擦りつけて

砂の色に染まって行こう

妻が触れた磯の真砂だもの
・・・・・
先立った妻よ
痛まし
情けなし
わが魂の叫びを聞いてくれ
誰にも言えない
誰にも見せられない
心底に納めたはずの
わが魂の真情を
・・・・・・・・・
* 玉津島。玉津島姫は、衣通郎姫と同一視された。また和歌の神の精神をたまつ(保つ・溜つ)州でつながる島として歌人たちに崇拝された。(玉津島神社・稚日女尊(わかひるめのみこと)・神功皇后・玉津島姫を祀る)
* 和歌山市和歌の浦にある小島。(歌枕)。 現在は妹背山と呼ばれている。* 紀ノ川下流の名勝地。加太、玉津島、若の浦、名草山、黒牛潟、名高の浦
* 奈良・平安時代の玉津島は海上に浮かぶ小島であって、潮の干満で陸と続いたり離れたりする景観があった。
『若浦に 潮滿ち來れば 潟を無み 葦邊を指して 鶴鳴き渡る』 山部赤人
* 「うら‐み」浦廻/浦回。「み」は動詞「み(廻)る」の連用形。曲がりめぐること、そのようになっている地形。舟で浦を漕ぎ巡ること。
* 「の」は格助。所在を示す。
* 「ま‐さご」真砂。細かい砂。まなご。いさご。
* 「に‐も」は、格助詞「に」に係助詞「も」の付いたもの。場所・時・対象・比較の基準など、格助詞「に」の意味に、添加や許容などの「も」の意味が加わったもの。
* 「にほひ」は、美しい色で映えるが原義。(他ハ下二)
* 「て」は接助。
* 「行か」は動詞「行く」の未然形。
* 「な」は終助。上代語、自己の意志・希望を表す。動詞・助動詞の未然形に付く。
* 「妹」は妻。今は亡き妻。
* 「けむ」は、過去のある動作・状態を推量する意を表す。



1800 挽歌,作者:田辺福麻呂歌集,行路死人,箱根,静岡,羈旅,鎮魂,枕詞

[題詞]過足柄坂見死人作歌一首

・・・・・・・・・
[原文]ー[訓読]ー[仮名]ー
小垣内之ー小垣内のー[をかきつの]ー
麻矣引干ー麻を引き干しーあさをひきほしー庭で育てた 麻を引き抜いて干し
妹名根之ー妹なねがーいもなねがー愛しい妻が<「なね」は肉親や恋人への愛称。>
作服異六ー作り着せけむーつくりきせけむー織って着せてくれた
白細乃ー白栲のー[しろたへの]ー
紐緒毛不解ー紐をも解かずーひもをもとかずー白い着物の紐も解かないまま
一重結ー一重結ふーひとへゆふー一廻りの
帶矣三重結ー帯を三重結ひーおびをみへゆひー帯を三廻りに結ぶほど痩せ細って
<苦>伎尓ー苦しきにーくるしきにー辛い仕事に
仕奉而ー仕へ奉りてーつかへまつりてー従事して務めを果たし
今谷裳ー今だにもーいまだにもー今すぐにも  
國尓退而ー国に罷りてーくににまかりてー国に帰って
父妣毛ー父母もーちちははもー両親や
妻矣毛将見跡ー妻をも見むとーつまをもみむとー妻を見ようと
思乍ー思ひつつーおもひつつー思いながら
徃祁牟君者ー行きけむ君はーゆきけむきみはー道を行ったあなたは
鳥鳴ー鶏が鳴くー[とりがなく]ー
東國能ー東の国のーあづまのくにのー東国の
恐耶ー畏きやーかしこきやー祟りが恐ろしい
神之三坂尓ー神の御坂にーかみのみさかにー神の御坂で
和霊乃ー和妙のー[にきたへの]ーやわらかな
服寒等丹ー衣寒らにーころもさむらにー衣も寒々と
烏玉乃ー[ぬばたまの]ー
髪者乱而ー髪は乱れてーかみはみだれてー髪は乱れて
邦問跡ー国問へどーくにとへどー国を問うても
國矣毛不告ー国をも告らずーくにをものらずー国の名を告げず
家問跡ー家問へどーいへとへどー家を問うても
家矣毛不云ー家をも言はずーいへをもいはずー家の名も言はず
益荒夫乃ーますらをのー立派な男子が
去能進尓ー行きのまにまにーゆきのまにまにー道を行くままに
此間偃有ーここに臥やせるーここにこやせるーここに臥せっておられる
・・・・・・・・・
[左注](右七首田邊福麻呂之歌集出)


・・・・・・・・・
<以下訳分転載>http://homepage3.nifty.com/enou/unai.htm
1801 挽歌,作者:田辺福麻呂歌集,兵庫県,芦屋,妻争い,鎮魂,伝説,うない娘子

[題詞]過葦屋處女墓時作歌一首[并短歌]

・・・・・・・・・
[原文]ー[訓読]ー[仮名]ー
古之ー古へのーいにしへのー昔
益荒丁子ーますら壮士のーますらをとこのー男たちが
各競ー相競ひーあひきほひー競って求婚したという
妻問為祁牟ー妻問ひしけむーつまどひしけむー
葦屋乃ー葦屋のーあしのやのー芦屋の
菟名日處女乃ー菟原娘子のーうなひをとめのー菟原娘子の
奥城矣ー奥城をーおくつきをー墓の前で
吾立見者ー我が立ち見ればーわがたちみればー
永世乃ー長き世のーながきよのー長く  
語尓為乍ー語りにしつつーかたりにしつつー語り継いで
後人ー後人のーのちひとのー後の人たちiにも
偲尓世武等ー偲ひにせむとーしのひにせむとー偲んでもらおうと
玉桙乃ー玉桙のー[たまほこの]ー
道邊近ー道の辺近くーみちののへちかくー道端に
磐構ー岩構へーいはかまへー岩を組んで
作冢矣ー造れる塚をーつくれるつかをー造った塚は
天雲乃ー天雲のー[あまくもの]ー
退部乃限ーそくへの極みーそくへのきはみー津々浦々まで知れわたり
此道矣ーこの道をーこのみちをーこの道を
去人毎ー行く人ごとにーゆくひとごとにー通る人はみな
行因ー行き寄りてーゆきよりてー寄り道して
射立嘆日ーい立ち嘆かひーいたちなげかひー墓の前に立って嘆き
或人者ーある人はーあるひとはー人によっては
啼尓毛哭乍ー哭にも泣きつつーねにもなきつつー声をあげて泣き
語嗣ー語り継ぎーかたりつぎー語り継ぎ
偲継来ー偲ひ継ぎくるーしのひつぎくるー偲び続けてきた
處女等賀ー娘子らがーをとめらがー乙女の
奥城所ー奥城処ーおくつきところー墓
吾并ー我れさへにーわれさへにー私でさえ
見者悲喪ー見れば悲しもーみればかなしもー悲しくなります
古思者ー古へ思へばーいにしへおもへばー昔を思うと
・・・・・・・・・
[左注](右七首田邊福麻呂之歌集出)



1802 挽歌,作者:田辺福麻呂歌集,兵庫県,芦屋,妻争い,鎮魂,伝説,うない娘子

[題詞](過葦屋處女墓時作歌一首[并短歌])反歌

古乃  小竹田丁子乃  妻問石  菟會處女乃  奥城叙此

古への 信太壮士の 妻問ひし 菟原娘子の 奥城ぞこれ 

いにしへの しのだをとこの つまどひし うなひをとめの おくつきぞこれ
・・・・・・・・・
昔の信太壮士が妻問いしたという菟原娘子の墓はここなのだ
・・・・・・・・・



1803 挽歌,作者:田辺福麻呂歌集,兵庫県,芦屋,妻争い,鎮魂,伝説,うない娘子

[題詞]((過葦屋處女墓時作歌一首[并短歌])反歌)

語継  可良仁文幾許  戀布矣  直目尓見兼  古丁子

語り継ぐ からにもここだ 恋しきを 直目に見けむ 古へ壮士 

かたりつぐ からにもここだ こほしきを ただめにみけむ いにしへをとこ
・・・・・・・・・
語り継ぐだけでもこんなに恋しいのに

直接娘子を目にした昔の男はどんなに恋しく思っただろう
・・・・・・・・・

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