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1826 春雑歌 [題詞](詠鳥) 春之<在>者 妻乎求等 鴬之 木末乎傳 鳴乍本名 はるされば つまをもとむと うぐひすの こぬれをつたひ なきつつもとな ・・・・・・・・・・・・
* もと‐な 春なのだなあ 鶯が妻を求めて 梢を伝って ひたすら鳴いていることよ ・・・・・・・・・・・・ [副]《「もと」は根本の意。「な」は形容詞「無し」の語幹》
わけもなく。みだりに
1827 春雑歌,奈良,春日[題詞](詠鳥) 春日有 羽買之山従 <狭>帆之内敝 鳴徃成者 孰喚子鳥 かすがなる はがひのやまゆ さほのうちへ なきゆくなるは たれよぶこどり ・・・・・・・・・・・・
* 「なる」は断定の助動詞「なり」の連体形。春日にある羽がひの山から佐保に向かって 鳴きながら飛んでゆくのは 誰を呼ぶ呼子鳥でしょうか ・・・・・・・・・・・・ 1828 春雑歌,佐保,奈良 [題詞](詠鳥) 不答尓 勿喚動曽 喚子鳥 佐保乃山邊乎 上下二 こたへぬに なよびとよめそ よぶこどり さほのやまへを のぼりくだりに ・・・・・・・・・・・・
だれも答えてくれる人が居ないのに 響くほど鳴かないでよ呼子鳥 佐保の山辺をのぼったり下ったりして ・・・・・・・・・・・・ 1829 春雑歌,枕詞 [題詞](詠鳥) 梓弓 春山近 家居之 續而聞良牟 鴬之音 [あづさゆみ] はるやまちかく いへをれば つぎてきくらむ うぐひすのこゑ ・・・・・・・・・・・・
まだ寒さが、弓矢のように突き刺すけれども。春の山辺に建てた家にいると たえまなく鶯の鳴く声が聞こえることだ ・・・・・・・・・・・・ 1830 春雑歌 [題詞](詠鳥) 打靡 春去来者 小竹之末丹 尾羽打觸而 鴬鳴毛 [うちなびく] はるさりくれば しののうれに をはうちふれて うぐひすなくも ・・・・・・・・・・・・
* 「うち」は接頭・強意。春がやってくると 小竹の葉先に尾や羽根を 触れながら鴬が鳴くよ ・・・・・・・・・・・・ 1831 春雑歌,吉野 [題詞](詠鳥) 朝霧尓 之<努>々尓所沾而 喚子鳥 三船山従 喧渡所見 あさぎりに しののにぬれて よぶこどり みふねのやまゆ なきわたるみゆ ・・・・・・・・・・・・
朝霧にすっかり濡れて 三船の山から鳴き渡っていく 呼子鳥が目に見えるようだ ・・・・・・・・・・・・ 1832 春雑歌 [題詞](詠鳥) 打靡 春去来者 然為蟹 天雲霧相 雪者零管 [うちなびく] はるさりくれば しかすがに あまくもきらひ ゆきはふりつつ ・・・・・・・・・・・・
* 「しかすがに」(副詞)しかしながら、さすがに。春はやってきたとはいうものの 厚い雲に覆われて雪が降っていることよ ・・・・・・・・・・・・ * 「霧らふ」(自ハ四霧る)+(反復・継続の助動詞「ふ」) 1833 春雑歌 [題詞](詠鳥) 梅花 零覆雪乎 ○持 君令見跡 取者消管 うめのはな ふりおほふゆきを つつみもち きみにみせむと とればけにつつ ・・・・・・・・・・・・
梅の花に降り覆う雪を 包んであなたにお見せしようと 取ってみればすぐに消えてしまいます ・・・・・・・・・・・・ 1834 春雑歌 [題詞](詠鳥) 梅花 咲落過奴 然為蟹 白雪庭尓 零重管 うめのはな さきちりすぎぬ しかすがに しらゆきにはに ふりしきりつつ ・・・・・・・・・・・・
梅の花が散ってしまいました でも 白い雪が庭に降りしきっています ・・・・・・・・・・・・ サ1835 春雑歌 [題詞](詠鳥) 今更 雪零目八方 蜻火之 燎留春部常 成西物乎 いまさらに ゆきふらめやも かぎろひの もゆるはるへと なりにしものを ・・・・・・・・・・・・
* 「降らめやも」:今さら雪が降ったりしましょうか 陽炎燃える春になったのでしょうに ・・・・・・・・・・・・ 「め」は推量、 「やも」は係助詞「や」と係助詞「も」との重なりで、反語表現。 * 「なりにしものを」; 「に」完了の助動詞、 「し」過去の助動詞、「〜してしまった」。 * 「の」は格助詞で「主格」。現代語で言う「が」。 1836 春雑歌 [題詞](詠鳥) 風交 雪者零乍 然為蟹 霞田菜引 春去尓来 かぜまじり ゆきはふりつつ しかすがに かすみたなびき はるさりにけり ・・・・・・・・・・・・
* しか‐す‐がに【然すがに】 風に混じり雪は降りしきる しかしながら霞がたなびいて かすかに春の気配がする ・・・・・・・・・・・・ [副]《副詞「しか」+サ変動詞「す」+接続助詞「がに」からという》 そうはいうものの。そうではあるが。 |
・・・万葉集(〃)
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第十巻 春雜歌 10 1812 春雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,飛鳥,枕詞 [題詞]春雜歌 久方之 天芳山 此夕 霞霏* 春立下 [ひさかたの] あめのかぐやま このゆふへ かすみたなびく はるたつらしも ・・・・・・・・・
天の香具山は 今日の夕方 霞がたなびいている 春がすがたを現したようであるよ ・・・・・・・・・ 10 1813 春雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,桜井,奈良 巻向之 桧原丹立流 春霞 欝之思者 名積米八方 [まきむくの ひはらにたてる はるかすみ] おほにしおもはば なづみこめやも ・・・・・・・・・
巻向の桧原に立つ春霞のように ぼんやりとしか思わなかったら 苦労してやってはこない ・・・・・・・・・ 10 1814 春雑歌,作者:柿本人麻呂歌集 古 人之 殖兼 杉枝 霞<霏>○ 春者来良之 いにしへの ひとのうゑけむ すぎがえに かすみたなびく はるはきぬらし ・・・・・・・・・
古の人が植えた杉の枝に 霞がたなびく春が来たらしい ・・・・・・・・・ 10 1815 春雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,桜井,奈良,枕詞 子等我手乎 巻向山丹 春去者 木葉凌而 霞霏○ [こらがてを] まきむくやまに はるされば このはしのぎて かすみたなびく ・・・・・・・・・
あの娘らの手を巻いて手枕するという名の 巻向山に春が来た 木々の葉を押し伏せるように 霞がひくくたなびいている ・・・・・・・・・ 10 1816 春雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,桜井,奈良,枕詞 玉蜻 夕去来者 佐豆人之 弓月我高荷 霞霏○ [たまかぎる] ゆふさりくれば [さつひとの] ゆつきがたけに かすみたなびく ・・・・・・・・・
夕方になって 巻向山の高峰 弓月が岳に霞がたなびいている ・・・・・・・・・ サ10 1817 春雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,御所市,奈良県 今朝去而 明日者来牟等 云子鹿丹 旦妻山丹 霞霏○ けさゆきて あすにはきなむと いいしこに あさづまやまに かすみたなびく ・・・・・・・・・
* 「なむ」は、完了助動詞「ぬ」の未然形に、推量助動詞「む。推量・意志・希望・当然。今朝は去り 明日はまた来るはず 愛しい朝妻のような 朝妻山に霞はたなびく ・・・・・・・・・ * 「いい美人」、「醜男しこお」? * 「かすみ」は「魂魄」か? * 以下<国語篇(その七)>より転載。 『 「明日者来牟等」 「云子鹿丹」 「あすはらいむと」、「アツ・ワラ・イム・ト」は、 「向こうの・墓場に・穴を・掘る」 「いふこかに」は、「イ・ウフ・コ・カニ」は、「鍬を・前後に動かして・(死体の)穢れを祓う儀式を・行った」』 10 1818 春雑歌,作者:柿本人麻呂歌集,御所市,奈良県,序詞 子等名丹 關之宜 朝妻之 片山木之尓 霞多奈引 [こらがなに かけのよろしき あさづまの] かたやまきしに かすみたなびく ・・・・・・・・・
子どものこれからが何となく楽しみだと思う気分。あの子の名に懸けて呼ぶにふさわしい 朝妻山の崖肌に 春のやってきたことを いち早く告げる霞が棚引いているよ ・・・・・・・・・ 「崖」を「きし」と読み「岸」の字を宛てている。 「掛け」は「ことばにかけていうこと」 「宜しき」は「適当である。ふさわしい」の意。 「朝妻」は山の名、奈良御所市朝妻の地の山。金剛山のことか。 10 1819 春雑歌 [題詞]詠鳥 打霏 春立奴良志 吾門之 柳乃宇礼尓 鴬鳴都 [うちなびく] はるたちぬらし わがかどの やなぎのうれに うぐひすなきつ ・・・・・・・・・
「末」を「うれ」と読み、草木の枝葉の先端、ここでは「梢」を意味します。もうすっかり春になった気配です 我が家の門にある柳の木の梢にさえも 鶯がきて鳴いていることですよ ・・・・・・・・・ 10 1820 春雑歌 [題詞](詠鳥) 梅花 開有岳邊尓 家居者 乏毛不有 鴬之音 うめのはな さけるをかへに いへをれば ともしくもあらず うぐひすのこゑ ・・・・・・・・・
「岡辺」は「おかへ」と濁らないのが普通。「丘の辺り」のこと。梅の花が咲いている岡の辺の家におりますと 珍しくもありません 鶯の声が ・・・・・・・・・ 「家居」は「家を造ってすむこと。 「家居(いへを)れ」と訓じ、已然形+「ば」としています。こうすれば偶然条件「〜すると」または原因理由「〜ので」と訳せます。 「じ」は「打ち消し推量」の助動詞。 10 1821 春雑歌 [題詞](詠鳥) 春霞 流共尓 青柳之 枝喙持而 鴬鳴毛 はるかすみ ながるるなへに あをやぎの えだくひもちて うぐひすなくも ・・・・・・・・・
春霞が流れるにつれて 青々と繁った青柳の枝をくわえて 鶯が鳴くのです ・・・・・・・・・ 10 1822 春雑歌,枕詞 [題詞](詠鳥) 吾瀬子乎 莫越山能 喚子鳥 君喚變瀬 夜之不深刀尓 わがせこを なこしのやまの よぶこどり きみよびかへせ よのふけぬとに ・・・・・・・・・
「呼ぶ子鳥」は「郭公」のこと。私の愛しい人を な越しの山の郭公よ な越の山を越えて行かせてはいけません あの方を呼び返して下さい 夜の更ける前に ・・・・・・・・・ 「と」は「〜うちに。〜前」の意。 10 1823 春雑歌 [題詞](詠鳥) 朝井代尓 来鳴<杲>鳥 汝谷文 君丹戀八 時不終鳴 あさゐでに きなくかほどり なれだにも きみにこふれや ときをへずなく ・・・・・・・・・
朝 井堰にきて鳴くかおどりよ お前までも休みなく鳴いているのですか あの方を恋い慕って ・・・・・・・・・ 10 1824 春雑歌,枕詞 [題詞](詠鳥) 冬隠 春去来之 足比木乃 山二文野二文 鴬鳴裳 [ふゆこもり] はるさりくれば [あしひきの] やまにものにも うぐひすなくも ・・・・・・・・・
冬の気配がなくなりいよいよ春 山にも野にも鶯が鳴いていることです ・・・・・・・・・ 10 1825 春雑歌,大阪市,枕詞 [題詞](詠鳥) 紫之 根延横野之 春野庭 君乎懸管 鴬名雲 むらさきの ねばふよこのの はるのには きみをかけつつ うぐひすなくも ・・・・・・・・・
「紫」は「紫草=むらさき科の多年草。紫草の根が生え延びる春の横野には あの人を気に懸けさせるかのように 鴬さえも鳴き続けています ・・・・・・・・・ 「根延ふ」は「根が長く伸びる。根が張る」の意。 「懸け」は「恋しく思う。気にする」の意。 「つつ」は接続助詞で反復・継続。 |
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1809 挽歌,作者:高橋虫麻呂歌集,芦屋,兵庫,うない娘子,伝説,妻争い [題詞]見菟原處女墓歌一首[并短歌] ・・・・・・・・
↓[原文]ー[訓読]ー[仮名]ー 葦屋之ー葦屋のーあしのやのー葦屋の 菟名負處女之ー菟原娘子のーうなひをとめのー菟原処女が 八年兒之ー八年子のーやとせこのー八つばかりの 片生之時従ー片生ひの時ゆーかたおひのときゆー幼い時から 小放尓ー小放りにーをばなりにー振り分け髪に 髪多久麻弖尓ー髪たくまでにーかみたくまでにー髪を束ねる年頃に成長するまで 並居ー並び居るーならびをるー隣の 家尓毛不所見ー家にも見えずーいへにもみえずー家の人にも姿を見せず 虚木綿乃ー虚木綿のー[うつゆふの]ー 牢而座在者ー隠りて居ればーこもりてをればー家に籠ってばかりいたので 見而師香跡ー見てしかとーみてしかとー 一目見たいものだと <悒>憤時之ーいぶせむ時のーいぶせむときのーやきもきして 垣廬成ー垣ほなすー[かきほなす]ー垣のように取り囲んで 人之誂時ー人の問ふ時ーひとのとふときー男たちが妻問いし時 智<弩><壮>士ー茅渟壮士ーちぬをとこー茅渟壮士と 宇奈比<壮>士乃ー菟原壮士のーうなひをとこのー菟原壮士の二人が 廬八燎ー伏屋焚きー[ふせやたき]ー 須酒師競ーすすし競ひーすすしきほひー最後まで競い合い 相結婚ー相よばひーあひよばひー共に求婚したが 為家類時者ーしける時はーしけるときはーその時には 焼大刀乃ー焼太刀のーやきたちのー焼き鍛えた大刀の 手頴押祢利ー手かみ押しねりーたかみおしねりー柄を握り締め 白檀弓ー白真弓ーしらまゆみー白木の弓や <靫>取負而ー靫取り負ひてーゆきとりおひてー靫を背負って 入水ー水に入りーみづにいりー娘子の為なら水にも 火尓毛将入跡ー火にも入らむとーひにもいらむとー火にも入ろうと 立向ー立ち向ひーたちむかひー相対し 競時尓ー競ひし時にーきほひしときにー争った その時に 吾妹子之ーわぎもこがー娘子が 母尓語久ー母に語らくーははにかたらくー母に言うことに 倭<文>手纒ー[しつたまき]ー 賎吾之故ーいやしき我が故ーいやしきわがゆゑーつまらない私のために 大夫之ーますらをのー勇士たちが 荒争見者ー争ふ見ればーあらそふみればー争うのを見ていますと 雖生ー生けりともーいけりともー生きていたところで 應合有哉ー逢ふべくあれやーあふべくあれやー一緒になることなど出来ましょうか <宍>串呂ー[ししくしろ]ー 黄泉尓将待跡ー黄泉に待たむとーよみにまたむとー黄泉でお待ちしておりましょう 隠沼乃ー隠り沼のー[こもりぬの]ー 下延置而ー下延へ置きてーしたはへおきてーどちらの男を選ぶかについては本心を隠したまま 打歎ーうち嘆きーうちなげきーひどく嘆いて 妹之去者ー妹が去ぬればーいもがいぬればー娘子が死んでしまうと 血沼<壮>士ー茅渟壮士ーちぬをとこー茅渟壮士 其夜夢見ーその夜夢に見ーそのよいめにみーはその夜娘子を夢に見 取次寸ーとり続きーとりつづきー後を 追去祁礼婆ー追ひ行きければーおひゆきければー追ってしまったの 後有ー後れたるーおくれたるー残された 菟原<壮>士伊ー菟原壮士いーうなひをとこいー菟原壮士は 仰天ー天仰ぎーあめあふぎー天を仰ぎ ○於良妣ー叫びおらびーさけびおらびー □地ー地を踏みーつちをふみー地団駄踏んで 牙喫建怒而ーきかみたけびてー歯ぎしりし叫びわめき 如己男尓ーもころ男にーもころをにー相手の男に 負而者不有跡ー負けてはあらじとーまけてはあらじとー負けてなるものかと 懸佩之ー懸け佩きのーかけはきのー肩掛けの 小劔取佩ー小太刀取り佩きーをだちとりはきー剣を佩き 冬△蕷都良ーところづらーあの世まで 尋去祁*婆ー尋め行きければーとめゆきければー娘子の後を追って行ってしまった 親族共ー親族どちーうがらどちーそうして男の親族たちが 射歸集ーい行き集ひーいゆきつどひー寄り集まって 永代尓ー長き代にーながきよにーとこしえの未来にまで 標将為跡ー標にせむとーしるしにせむとー記念にしようと 遐代尓ー遠き代にーとほきよにー遠い将来まで 語将継常ー語り継がむとーかたりつがむとー語り継ごうと 處女墓ー娘子墓ーをとめはかー娘子の墓を 中尓造置ー中に造り置きーなかにつくりおきー真ん中に造り <壮>士墓ー壮士墓ーをとこはかー壮士の墓を 此方彼方二ーこのもかのもにーその左右に 造置有ー造り置けるーつくりおけるー造り置いたという 故縁聞而ー故縁聞きてーゆゑよしききてーその謂れを聞いて 雖不知ー知らねどもーしらねどもー見知った人ではないけれども 新喪之如毛ー新裳のごともーにひものごともー亡くなったばかりの身内の喪のように 哭泣鶴鴨ー哭泣きつるかもーねなきつるかもー声あげて泣いてしまったことよ ・・・・・・・・ [題詞](見菟原處女墓歌一首[并短歌])反歌 葦屋之 宇奈比處女之 奥槨乎 徃来跡見者 哭耳之所泣 あしのやの うなひをとめの おくつきを ゆきくとみれば ねのみしなかゆ ・・・・・・・・
葦屋の菟原処女の墓を 往き来のたびに見れば 声を上げて泣かれてならない ・・・・・・・・ 1811 挽歌,作者:高橋虫麻呂歌集,芦屋,兵庫,うない娘子,伝説,妻争い [題詞]((見菟原處女墓歌一首[并短歌])反歌) 墓上之 木枝靡有 如聞 陳努<壮>士尓之 <依>家良信母 はかのうへの このえなびけり ききしごと ちぬをとこにし よりにけらしも ・・・・・・・・
墓の上の木の枝が片方に靡いている 噂に聞いたように 娘子は茅渟壮士に心が寄っていたらしいよ ・・・・・・・・ |
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1804 挽歌,作者:田辺福麻呂歌集,哀悼,悲嘆,枕詞 [題詞]哀弟死去作歌一首[并短歌] ・・・・・・・・
↓[原文]ー[訓読]ー[仮名]ー 父母賀ー父母がーちちははがー父母が 成乃任尓ー成しのまにまにーなしのまにまにー同じという縁で 箸向ー箸向ふー[はしむかふ]ー2本の箸のようにいつも一緒だった 弟乃命者ー弟の命はーおとのみことはー弟は 朝露乃ー朝露のー[あさつゆの]ー朝露のように 銷易杵壽ー消やすき命ーけやすきいのちーはかない命で 神之共ー神の共ーかみのむたー神様が定めた寿命には 荒競不勝而ー争ひかねてーあらそひかねてー勝てませんでした 葦原乃ー葦原のー[あしはらの]ー葦原の 水穂之國尓ー瑞穂の国にーみづほのくににー瑞穂の国には 家無哉ー家なみかーいへなみかー帰る家が無いからか 又還不来ーまた帰り来ぬーまたかへりこぬー帰ってはこない 遠津國ー遠つ国ーとほつくにー遠い国に 黄泉乃界丹ー黄泉の境にーよみのさかひにー黄泉の境めに 蔓都多乃ー延ふ蔦のーはふつたのー延ふ蔦のように 各<々>向々ーおのが向き向きーおのがむきむきー思うままに向かって別れて逝きました 天雲乃ー天雲のー[あまくもの]ー 別石徃者ー別れし行けばーわかれしゆけばー 闇夜成ー闇夜なすー[やみよなす]ー闇夜にいるように 思迷匍匐ー思ひ惑はひーおもひまとはひー思い惑って 所射十六乃ー射ゆ鹿のー[いゆししの]ー 意矣痛ー心を痛みーこころをいたみー心が痛み 葦垣之ー葦垣のー[あしかきの]ー 思乱而ー思ひ乱れてーおもひみだれてー思い乱れて 春鳥能ー春鳥のー[はるとりの]ー 啼耳鳴乍ー哭のみ泣きつつーねのみなきつつー泣いて 味澤相ー[あぢさはふ]ー 宵晝不<知>ー夜昼知らずーよるひるしらずー夜昼なく 蜻蜒火之ー[かぎろひの]ー 心所燎管ー心燃えつつーこころもえつつー心が燃えながら 悲悽別焉ー嘆く別れをーなげくわかれをー別れを嘆いたのです ・・・・・・・・ 1805 挽歌,作者:田辺福麻呂歌集,哀悼,悲嘆 [題詞](哀弟死去作歌一首[并短歌])反歌 別而裳 復毛可遭 所念者 心乱 吾戀目八方 [一云 意盡而] わかれても またもあふべく おもほえば こころみだれて,あれこひめやも,[こころつくして] ・・・・・・・・
別れてもなお逢える そう信じられるなら こんなにも心乱れることはないのに ・・・・・・・・ 1806 挽歌,作者:田辺福麻呂歌集,哀悼,悲嘆,枕詞 [題詞]((哀弟死去作歌一首[并短歌])反歌) 蘆桧木笶 荒山中尓 送置而 還良布見者 情苦喪 [あしひきの] あらやまなかに おくりおきて かへらふみれば こころぐるしも ・・・・・・・・
荒れた山の中に置き 野辺の送りをした人々が 帰ってくるのを見ると心が苦しい ・・・・・・・・ サ1807 挽歌,作者:高橋虫麻呂歌集,葛飾,伝説,自殺,惜別,枕詞 [題詞]詠勝鹿真間娘子歌一首[并短歌] ・・・・・・・・
↓[原文]ー[訓読]ー[仮名]ー 鶏鳴ー鶏が鳴くー[とりがなく]ー 吾妻乃國尓ー東の国にーあづまのくににー坂東の國に 古昔尓ー古へにーいにしへにー昔 有家留事登ーありけることとーあったことだと 至今ー今までにーいままでにー今まで 不絶言来ー絶えず言ひけるーたえずいひけるー絶えず語り継がれてきた 勝<壮>鹿乃ー勝鹿のーかつしかのー葛飾の 真間乃手兒奈我ー真間の手児名がーままのてごながー真間の手児奈は 麻衣尓ー麻衣にーあさぎぬにー麻の衣に 青衿著ー青衿着けーあをくびつけー粗末な青襟をつけ 直佐麻乎ーひたさ麻をーひたさををーただの麻を 裳者織服而ー裳には織り着てーもにはおりきてー裳に織って着て 髪谷母ー髪だにもーかみだにもー髪も 掻者不梳ー掻きは梳らずーかきはけづらずー櫛を入れず 履乎谷ー沓をだにーくつをだにー沓すらも 不著雖行ーはかず行けどもーはかずゆけどもー履かずに行くのに 錦綾之ー錦綾のーにしきあやのー綾錦に 中丹*有ー中に包めるーなかにつつめるー包まれ 齊兒毛ー斎ひ子もーいはひこもー大事に育てられた姫も 妹尓将及哉ー妹にしかめやーいもにしかめやーこの娘にとうてい及ばない 望月之ー望月のーもちづきのー望月のような 満有面輪二ー足れる面わにーたれるおもわにー満ち足りた顔立ち 如花ー花のごとーはなのごとー花のように 咲而立有者ー笑みて立てればーゑみてたてればー笑みを浮かべて立てば 夏蟲乃ー夏虫のーなつむしのー夏虫が 入火之如ー火に入るがごとーひにいるがごとー火に飛び込むように 水門入尓ー港入りにーみなといりにー港に入ろうと 船己具如久ー舟漕ぐごとくーふねこぐごとくー舟が漕ぎ入るように 歸香具礼ー行きかぐれー[ゆきかぐれ]ー寄り集まりー「かぐれ(香具礼)」は語義未詳、「寄り集まる」意とされている。 人乃言時ー人の言ふ時ーひとのいふときー男たちは言い寄った 幾時毛ーいくばくもーどうせ長くは 不生物<呼>ー生けらじものをーいけらじものをー生きられはしないのに 何為跡歟ー何すとかーなにすとかー何としたことか 身乎田名知而ー身をたな知りてーみをたなしりてー自分の身上を悟り 浪音乃ー波の音のーなみのおとのー波音の 驟湊之ー騒く港のーさわくみなとのー波騒ぐ湊の 奥津城尓ー奥城にーおくつきにー墓に 妹之臥勢流ー妹が臥やせるーいもがこやせるー娘子は臥せっておいでになる 遠代尓ー遠き代にーとほきよにー遠い昔に 有家類事乎ーありけることをーありけることをーあったことなのに 昨日霜ー昨日しもーきのふしもー昨日に 将見我其登毛ー見けむがごともーみけむがごともー見たように 所念可聞ー思ほゆるかもーおもほゆるかもー思われることよ ・・・・・・・・ [題詞](詠勝鹿真間娘子歌一首[并短歌])反歌 勝<壮>鹿之 真間之井見者 立平之 水は家<武> 手兒名之所念 かつしかの ままのゐみれば たちならし みづくましけむ てごなしおもほゆ ・・・・・・・・
手児名の、「名」は愛称、「手児」が東國語の「娘」のこと。葛飾の真間の井を見れば 幾度も通って水を汲まれたであろうと 手児名のことが偲ばれることであるよ ・・・・・・・・ 古代では、特に祟りや死霊を恐れた。 それを封じ込め、消滅させる鎮魂の行事を必要とした。 後世、土偶などを生贄代わりに使い、必ず体の一部を破壊して死霊再生の阻止を図った。完全な土偶が出土した例はまだないという。 神代の祭礼では手児名のような処女が殺されていたと思われる。 この手児名は水死に。すべてがそうとは言えないが、目障りな弱者は、「生贄・身代り」の名で、おおっぴらに殺されていたのではないだろうか。それへの鎮魂のためにもまた、作られた「物語り」が必要だったと思われてならない。 |
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挽歌
1795 挽歌,宇治若郎子,京都,宇治 [題詞]宇治若郎子宮所歌一首 妹等許 今木乃嶺 茂立 嬬待木者 古人見祁牟 いもらがり いまきのみねに しげりたつ つままつのきは ふるひとみけむ ・・・・・・・・・
妻の家に今きたという 今木の峰に 枝葉を茂らせて立つ松を夫の訪れを待つ妻と 昔の人もそのように思って見たであろうか ・・・・・・・・・ 1796 挽歌,作者:柿本人麻呂歌集,紀伊,和歌山,行幸,恋情,亡妻 [題詞]紀伊國作歌四首 黄葉之 過去子等 携 遊礒麻 見者悲裳 もみちばの すぎにしこらと たづさはり あそびしいそを みればかなしも ・・・・・・・・・
黄葉が散り過ぎるように逝った妻と かつて手を取り合い遊んだこの黒江の磯は ただ見るだけで悲しいことよ ・・・・・・・・・ 1797 挽歌,作者:柿本人麻呂歌集,紀伊,和歌山,行幸,悲嘆,亡妻 [題詞](紀伊國作歌四首) 塩氣立 荒礒丹者雖在 徃水之 過去妹之 方見等曽来 [しほけたつ ありそにはあれど ゆくみづの] すぎにしいもが かたみとぞこし ・・・・・・・・・
ここは潮の香りが立つ荒磯ではあるが 流れて帰らぬ水のようにこの世を去った 妻の形見 妻の思い出の土地としてやって来た ・・・・・・・・・ 1798 挽歌,作者:柿本人麻呂歌集,紀伊,和歌山,行幸,悲嘆,恋情,亡妻 [題詞](紀伊國作歌四首) 古家丹 妹等吾見 黒玉之 久漏牛方乎 見佐府<下> いにしへに いもとわがみし [ぬばたまの] くろうしがたを みればさぶしも ・・・・・・・・・
その昔妻と二人で見たこの黒牛潟 独りで見ると耐えようもなく寂しいことよ ・・・・・・・・・ サ1799 挽歌,作者:柿本人麻呂歌集,紀伊,和歌山,行幸,悲嘆,恋情,亡妻 [題詞](紀伊國作歌四首) <玉>津嶋 礒之裏<未>之 真名<子>仁文 尓保比去名 妹觸險 たまつしま いそのうらみの まなごにも にほひてゆかな いももふれけむ ・・・・・・・・・
* 玉津島。玉津島姫は、衣通郎姫と同一視された。また和歌の神の精神をたまつ(保つ・溜つ)州でつながる島として歌人たちに崇拝された。(玉津島神社・稚日女尊(わかひるめのみこと)・神功皇后・玉津島姫を祀る)玉津島の磯の真砂を 身を擦りつけて 砂の色に染まって行こう 妻が触れた磯の真砂だもの ・・・・・ 先立った妻よ 痛まし 情けなし わが魂の叫びを聞いてくれ 誰にも言えない 誰にも見せられない 心底に納めたはずの わが魂の真情を ・・・・・・・・・ * 和歌山市和歌の浦にある小島。(歌枕)。 現在は妹背山と呼ばれている。* 紀ノ川下流の名勝地。加太、玉津島、若の浦、名草山、黒牛潟、名高の浦 * 奈良・平安時代の玉津島は海上に浮かぶ小島であって、潮の干満で陸と続いたり離れたりする景観があった。 『若浦に 潮滿ち來れば 潟を無み 葦邊を指して 鶴鳴き渡る』 山部赤人 * 「うら‐み」浦廻/浦回。「み」は動詞「み(廻)る」の連用形。曲がりめぐること、そのようになっている地形。舟で浦を漕ぎ巡ること。 * 「の」は格助。所在を示す。 * 「ま‐さご」真砂。細かい砂。まなご。いさご。 * 「に‐も」は、格助詞「に」に係助詞「も」の付いたもの。場所・時・対象・比較の基準など、格助詞「に」の意味に、添加や許容などの「も」の意味が加わったもの。 * 「にほひ」は、美しい色で映えるが原義。(他ハ下二) * 「て」は接助。 * 「行か」は動詞「行く」の未然形。 * 「な」は終助。上代語、自己の意志・希望を表す。動詞・助動詞の未然形に付く。 * 「妹」は妻。今は亡き妻。 * 「けむ」は、過去のある動作・状態を推量する意を表す。 1800 挽歌,作者:田辺福麻呂歌集,行路死人,箱根,静岡,羈旅,鎮魂,枕詞 [題詞]過足柄坂見死人作歌一首 ・・・・・・・・・
[左注](右七首田邊福麻呂之歌集出)[原文]ー[訓読]ー[仮名]ー 小垣内之ー小垣内のー[をかきつの]ー 麻矣引干ー麻を引き干しーあさをひきほしー庭で育てた 麻を引き抜いて干し 妹名根之ー妹なねがーいもなねがー愛しい妻が<「なね」は肉親や恋人への愛称。> 作服異六ー作り着せけむーつくりきせけむー織って着せてくれた 白細乃ー白栲のー[しろたへの]ー 紐緒毛不解ー紐をも解かずーひもをもとかずー白い着物の紐も解かないまま 一重結ー一重結ふーひとへゆふー一廻りの 帶矣三重結ー帯を三重結ひーおびをみへゆひー帯を三廻りに結ぶほど痩せ細って <苦>伎尓ー苦しきにーくるしきにー辛い仕事に 仕奉而ー仕へ奉りてーつかへまつりてー従事して務めを果たし 今谷裳ー今だにもーいまだにもー今すぐにも 國尓退而ー国に罷りてーくににまかりてー国に帰って 父妣毛ー父母もーちちははもー両親や 妻矣毛将見跡ー妻をも見むとーつまをもみむとー妻を見ようと 思乍ー思ひつつーおもひつつー思いながら 徃祁牟君者ー行きけむ君はーゆきけむきみはー道を行ったあなたは 鳥鳴ー鶏が鳴くー[とりがなく]ー 東國能ー東の国のーあづまのくにのー東国の 恐耶ー畏きやーかしこきやー祟りが恐ろしい 神之三坂尓ー神の御坂にーかみのみさかにー神の御坂で 和霊乃ー和妙のー[にきたへの]ーやわらかな 服寒等丹ー衣寒らにーころもさむらにー衣も寒々と 烏玉乃ー[ぬばたまの]ー 髪者乱而ー髪は乱れてーかみはみだれてー髪は乱れて 邦問跡ー国問へどーくにとへどー国を問うても 國矣毛不告ー国をも告らずーくにをものらずー国の名を告げず 家問跡ー家問へどーいへとへどー家を問うても 家矣毛不云ー家をも言はずーいへをもいはずー家の名も言はず 益荒夫乃ーますらをのー立派な男子が 去能進尓ー行きのまにまにーゆきのまにまにー道を行くままに 此間偃有ーここに臥やせるーここにこやせるーここに臥せっておられる ・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・ <以下訳分転載>http://homepage3.nifty.com/enou/unai.htm 1801 挽歌,作者:田辺福麻呂歌集,兵庫県,芦屋,妻争い,鎮魂,伝説,うない娘子 [題詞]過葦屋處女墓時作歌一首[并短歌] ・・・・・・・・・
[原文]ー[訓読]ー[仮名]ー 古之ー古へのーいにしへのー昔 益荒丁子ーますら壮士のーますらをとこのー男たちが 各競ー相競ひーあひきほひー競って求婚したという 妻問為祁牟ー妻問ひしけむーつまどひしけむー 葦屋乃ー葦屋のーあしのやのー芦屋の 菟名日處女乃ー菟原娘子のーうなひをとめのー菟原娘子の 奥城矣ー奥城をーおくつきをー墓の前で 吾立見者ー我が立ち見ればーわがたちみればー 永世乃ー長き世のーながきよのー長く 語尓為乍ー語りにしつつーかたりにしつつー語り継いで 後人ー後人のーのちひとのー後の人たちiにも 偲尓世武等ー偲ひにせむとーしのひにせむとー偲んでもらおうと 玉桙乃ー玉桙のー[たまほこの]ー 道邊近ー道の辺近くーみちののへちかくー道端に 磐構ー岩構へーいはかまへー岩を組んで 作冢矣ー造れる塚をーつくれるつかをー造った塚は 天雲乃ー天雲のー[あまくもの]ー 退部乃限ーそくへの極みーそくへのきはみー津々浦々まで知れわたり 此道矣ーこの道をーこのみちをーこの道を 去人毎ー行く人ごとにーゆくひとごとにー通る人はみな 行因ー行き寄りてーゆきよりてー寄り道して 射立嘆日ーい立ち嘆かひーいたちなげかひー墓の前に立って嘆き 或人者ーある人はーあるひとはー人によっては 啼尓毛哭乍ー哭にも泣きつつーねにもなきつつー声をあげて泣き 語嗣ー語り継ぎーかたりつぎー語り継ぎ 偲継来ー偲ひ継ぎくるーしのひつぎくるー偲び続けてきた 處女等賀ー娘子らがーをとめらがー乙女の 奥城所ー奥城処ーおくつきところー墓 吾并ー我れさへにーわれさへにー私でさえ 見者悲喪ー見れば悲しもーみればかなしもー悲しくなります 古思者ー古へ思へばーいにしへおもへばー昔を思うと ・・・・・・・・・ 1802 挽歌,作者:田辺福麻呂歌集,兵庫県,芦屋,妻争い,鎮魂,伝説,うない娘子 [題詞](過葦屋處女墓時作歌一首[并短歌])反歌 古乃 小竹田丁子乃 妻問石 菟會處女乃 奥城叙此 いにしへの しのだをとこの つまどひし うなひをとめの おくつきぞこれ ・・・・・・・・・
昔の信太壮士が妻問いしたという菟原娘子の墓はここなのだ ・・・・・・・・・ 1803 挽歌,作者:田辺福麻呂歌集,兵庫県,芦屋,妻争い,鎮魂,伝説,うない娘子 [題詞]((過葦屋處女墓時作歌一首[并短歌])反歌) 語継 可良仁文幾許 戀布矣 直目尓見兼 古丁子 かたりつぐ からにもここだ こほしきを ただめにみけむ いにしへをとこ ・・・・・・・・・
語り継ぐだけでもこんなに恋しいのに 直接娘子を目にした昔の男はどんなに恋しく思っただろう ・・・・・・・・・ |



