ニキタマの万葉集

当て字の繭玉をほぐそう、枕詞で古代を解明しよう。

・・・万葉集(〃)

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サ2161 秋雑歌,吉野

[題詞]詠蝦

三吉野乃 石本不避 鳴川津 諾文鳴来 河乎浄

み吉野の 岩もとさらず 鳴くかはづ うべも鳴きけり 川をさやけみ

みよしのの いはもとさらず なくかはづ うべもなきけり かはをさやけみ
・・・・・・・・・
吉野川の流れのどの岩蔭でもカジカが鳴く

もっともなことであろうな

かくも清らかな川であれば
・・・・・・・・・
* 「み」は接頭語。
* 「石(岩)本」は「岩の根もと」のこと。
* 「去らず」は「立ち去ることなく」。
* 「うべ」(副詞)肯定の意を表す語。いかにも、なるほど、もっともなことに。
* 「さや(清)けみ」; 清々しいので。
 「清け」は、形容詞「清けし」の語幹。
 「み」は、原因理由を表す接尾語。

 


2162 秋雑歌,飛鳥

[題詞](詠蝦)

神名火之 山下動 去水丹 川津鳴成 秋登将云鳥屋

神なびの 山下響み 行く水に かはづ鳴くなり 秋と言はむとや

かむなびの やましたとよみ ゆくみづに かはづなくなり あきといはむとや
・・・・・・・・・
神奈備山の麓に響き流れる川には 

蛙が鳴いている 

はや秋だと言うのだな
・・・・・・・・・



2163 秋雑歌,枕詞

[題詞](詠蝦)

草枕 客尓物念 吾聞者 夕片設而 鳴川津可聞

草枕 旅に物思ひ 我が聞けば 夕かたまけて 鳴くかはづかも

[くさまくら] たびにものもひ わがきけば ゆふかたまけて なくかはづかも
・・・・・・・・・
旅に家郷を思い妻を思う

日暮れが近づいたとカジカが鳴く 

待ちかねたように

寂しさが極まる夕暮れであることよ
・・・・・・・・・
* 「かたまく」(自カ下二)季節などきざしの現れるのをひたすらに待ち望む意。


2164秋雑歌

[題詞](詠蝦)

瀬呼速見  落當知足  白浪尓  <河>津鳴奈里  朝夕毎

背を早み 落ちたぎちたる 白波に かはづ鳴くなり 朝夕ごとに 

せをはやみ おちたぎちたる しらなみに かはづなくなり あさよひごとに
・・・・・・・・・
川瀬が急なので流れは渦巻き

さか巻く白波のなかでカジカが鳴く

朝ごとに 宵ごとに
・・・・・・・・・



2165 秋雑歌

[題詞](詠蝦)

上瀬尓  河津妻呼  暮去者  衣手寒三  妻将枕跡香

上つ瀬に かはづ妻呼ぶ 夕されば 衣手寒み 妻まかむとか 

かみつせに かはづつまよぶ ゆふされば ころもでさむみ つままかむとか
・・・・・・・・・
上の方の川瀬で妻呼んでカジカが鳴く

宵闇が迫れば衣の袖が寒いので

早く妻と共寝をしようと鳴いているのか
・・・・・・・・・


2166 秋雑歌,大阪府,高石市,枕詞

[題詞]詠鳥

妹手<呼>  取石池之  浪間従  鳥音異鳴  秋過良之

妹が手を 取石の池の 波の間ゆ 鳥が音異に鳴く 秋過ぎぬらし 

[いもがてを] とろしのいけの なみのまゆ とりがねけになく あきすぎぬらし
・・・・・・・・・
妻の手を取るという名の

取石の池の波の間から

昨日までと違った調子で鳥が鳴いている

もう秋も過ぎてゆくらしい
・・・・・・・・・



2167 秋雑歌

[題詞](詠鳥)

秋野之  草花我末  鳴<百舌>鳥  音聞濫香  片聞吾妹

秋の野の 尾花が末に 鳴くもずの 声聞きけむか 片聞け我妹 

あきののの をばながうれに なくもずの こゑききけむか かたきけわぎも
・・・・・・・・・
秋の野のススキの穂先で

モズが鳴いている

家でひたすらわたしを待つ妻も

独りでモズの哀しい鳴き声を聞いているだろう
・・・・・・・・・
* 「かた」は接頭語。一対の片方。


2168 秋雑歌

[題詞]詠露

冷芽子丹  置白霧  朝々  珠<年>曽見流  置白霧

秋萩に 置ける白露 朝な朝な 玉としぞ見る 置ける白露 

あきはぎに おけるしらつゆ あさなさな たまとしぞみる おけるしらつゆ
・・・・・・・・・
朝毎に萩の上に置いた白露は

玉が置かれたように楽しませてくれるよ

秋萩に置いた白露は 
・・・・・・・・・



2169 秋雑歌,奈良

[題詞](詠露)

暮立之  雨落毎 [一云 打零者]  春日野之  尾花之上乃  白霧所念

夕立ちの 雨降るごとに [一云 うち降れば]  春日野の 尾花が上の 白露思ほゆ 

ゆふだちの あめふるごとに[うちふれば] かすがのの をばながうへの しらつゆおもほゆ
・・・・・・・・・
雨が降るごとに(さっと降れば)

春日野の尾花の上の

白露のことが思われます
・・・・・・・・・



2170 秋雑歌

[題詞](詠露)

秋芽子之  枝毛十尾丹  露霜置  寒毛時者  成尓家類可聞

秋萩の 枝もとををに 露霜置き 寒くも時は なりにけるかも 

あきはぎの えだもとををに つゆしもおき さむくもときは なりにけるかも
・・・・・・・・・
露霜が秋萩の枝をたわませて 

寒い季節到来を知らせれいるなあ
・・・・・・・・・



2171 秋雑歌

[題詞](詠露)

白露  与秋芽子者  戀乱  別事難  吾情可聞

白露と 秋萩とには 恋ひ乱れ 別くことかたき 我が心かも 

しらつゆと あきはぎとには こひみだれ わくことかたき あがこころかも
・・・・・・・・・
白露は秋萩を枯らすけれども

白露と秋萩が今ひととき一緒になって美しい

このはかない白露と秋萩を

私の心は別けようとはしないよ
・・・・・・・・・



2172 秋雑歌

[題詞](詠露)

吾屋戸之  麻花押靡  置露尓  手觸吾妹兒  落巻毛将見

我が宿の 尾花押しなべ 置く露に 手触れ我妹子 散らまくも見む 

わがやどの をばなおしなべ おくつゆに てふれわぎもこ ちらまくもみむ
・・・・・・・・・
我が家の庭の尾花に露がついて濡れている

みんな濡れている

わが愛しの子が手で触れて

きらきらと乱れ飛ぶ露が見たい

さあ 散らせておくれ わが愛しの子よ
・・・・・・・・・



2173 秋雑歌

[題詞](詠露)

白露乎  取者可消  去来子等  露尓争而  芽子之遊将為

白露を 取らば消ぬべし いざ子ども 露に競ひて 萩の遊びせむ 

しらつゆを とらばけぬべし いざこども つゆにきほひて はぎのあそびせむ
・・・・・・・・・
萩に置く白露を手に取ろうなどは思わず

あの露もろともにめでて

萩見の宴を楽しみましょう 
・・・・・・・・・
* 「取らば」→ラ行四段活用動詞「取る」の未然形+接続助詞「ば」(仮定条件)=取るならば。
* 「いざ」は感動詞で「人を行動に誘う時発する声。さあ」
* 「子ども」は「仲間、同志」の意。
* 「萩の遊び」の「遊び」を「行楽」とし、「萩の花をめでる」。
  露萩をめでながら酒にしましょう。


サ2147 秋雑歌

[題詞](詠鹿鳴)

山邊尓  射去薩雄者  雖大有  山尓文野尓文  沙小<壮>鹿鳴母

山の辺に い行くさつ男は 多かれど 山にも野にも さを鹿鳴くも 

やまのへに いゆくさつをは さはにあれど やまにものにも さをしかなくも
・・・・・・・・・
山辺では獲物をねらって

沢山の猟師がいる

それなのに雄鹿は野に山に

おのが命を顧みることもなく 

恋の歌を唄いつづける
・・・・・・・・・
* さつを(猟夫)の語源は、幸を取る男(さちお)。幸は獲物。
* 「い行く」の「い」は接頭語。
* 「さ牡鹿」の「さ」は接頭語で語調を整える。
* 「多かれど」;  多いけれども
 「多かれ」は形容詞「多し」の已然形。
 「ど」は逆接の接続助詞。



2148 秋雑歌,枕詞

[題詞](詠鹿鳴)

足日木<笶>  山従来世波  左小<壮>鹿之  妻呼音  聞益物乎

あしひきの 山より来せば さを鹿の 妻呼ぶ声を 聞かましものを 

[あしひきの] やまよりきせば さをしかの つまよぶこゑを きかましものを
・・・・・・・・・
山路を通ってくれば

雄鹿の妻呼ぶ声が 

もっと聞けたのに
・・・・・・・・・



2149 秋雑歌

[題詞](詠鹿鳴)

山邊庭  薩雄乃<祢>良比  恐跡  小<壮>鹿鳴成  妻之眼乎欲焉

山辺には さつ男のねらひ 畏けど を鹿鳴くなり 妻が目を欲り 

やまへには さつをのねらひ かしこけど をしかなくなり つまがめをほり
・・・・・・・・・
山辺では 猟師が狙っていて恐しいけれど

それでも雄鹿は鳴くのですねぇ

妻を求めて
・・・・・・・・・



2150 秋雑歌

[題詞](詠鹿鳴)

秋芽子之  散去見  欝三  妻戀為良思  棹<壮>鹿鳴母

秋萩の 散りゆく見れば おほほしみ 妻恋すらし さを鹿鳴くも 

あきはぎの ちりゆくみれば おほほしみ つまごひすらし さをしかなくも
・・・・・・・・・
萩の花が散ってゆくのを見て 

気が滅入るのか

妻を恋しがって雄鹿は鳴いているよ
・・・・・・・・・



2151 秋雑歌

[題詞](詠鹿鳴)

山遠  京尓之有者  狭小<壮>鹿之  妻呼音者  乏毛有香

山遠き 都にしあれば さを鹿の 妻呼ぶ声は 乏しくもあるか 

やまとほき みやこにしあれば さをしかの つまよぶこゑは ともしくもあるか
・・・・・・・・・
山から遠く離れているからであろう

ここ都では雄鹿の妻呼ぶ声は

めったに聞こえてこない

寂しいことであるよ
・・・・・・・・・



2152 秋雑歌

[題詞](詠鹿鳴)

秋芽子之  散過去者  左<小壮>鹿者  和備鳴将為名  不見者乏焉

秋萩の 散り過ぎゆかば さを鹿は わび鳴きせむな 見ずはともしみ 

あきはぎの ちりすぎゆかば さをしかは わびなきせむな みずはともしみ
・・・・・・・・・
萩の花が散ってしまったなら

雄鹿は侘びしく鳴くだろう

もう萩花を恋い鳴きしているよ
・・・・・・・・・



2153 秋雑歌

[題詞](詠鹿鳴)

秋芽子之  咲有野邊者  左小<壮>鹿曽  露乎別乍  嬬問四家類

秋萩の 咲きたる野辺は さを鹿ぞ 露を別けつつ 妻どひしける 

あきはぎの さきたるのへは さをしかぞ つゆをわけつつ つまどひしける
・・・・・・・・・
この野辺に咲いていた秋萩は倒れ伏している

雄鹿が露を踏みわけて妻問いしたのだな
・・・・・・・・・



2154 秋雑歌

[題詞](詠鹿鳴)

奈何<壮>鹿之  和備鳴為成  蓋毛  秋野之芽子也  繁将落

なぞ鹿の わび鳴きすなる けだしくも 秋野の萩や 繁く散るらむ 

なぞしかの わびなきすなる けだしくも あきののはぎや しげくちるらむ
・・・・・・・・・
どうして鹿はわびしげに鳴くのか

ひょっとしたら

野辺の秋萩がはげしく散るからか
・・・・・・・・・



2155 秋雑歌

[題詞](詠鹿鳴)

秋芽子之  開有野邊  左<壮>鹿者  落巻惜見  鳴去物乎

秋萩の 咲たる野辺に さを鹿は 散らまく惜しみ 鳴き行くものを 

あきはぎの さきたるのへに さをしかは ちらまくをしみ なきゆくものを
・・・・・・・・・
秋萩の咲いた野辺では

さお鹿が花の散るのを惜しんで

盛んに鳴いているよ
・・・・・・・・・



2156 秋雑歌,枕詞

[題詞](詠鹿鳴)

足日木乃  山之跡陰尓  鳴鹿之  聲聞為八方  山田守酢兒

あしひきの 山の常蔭に 鳴く鹿の 声聞かすやも 山田守らす子 

[あしひきの] やまのとかげに なくしかの こゑきかすやも やまたもらすこ
・・・・・・・・・
山深い陽の射さぬ木蔭で

侘びしく鳴く鹿を

いつも聞いて暮らしているのでしょうか

山田の番をしているあなたよ
・・・・・・・・・



2157 秋雑歌

[題詞]詠蝉

暮影  来鳴日晩之  幾許  毎日聞跡  不足音可聞

夕影に 来鳴くひぐらし ここだくも 日ごとに聞けど 飽かぬ声かも 

ゆふかげに きなくひぐらし ここだくも ひごとにきけど あかぬこゑかも
・・・・・・・・・
夕焼け空に日の暮れるのも知らず

数え切れないほど日ごと聞く蝉の声だが

まったく聞き飽きない声であることよ
・・・・・・・・・



2158 秋雑歌

[題詞]詠<蟋>

秋風之  寒吹奈倍  吾屋前之  淺茅之本尓  蟋蟀鳴毛

秋風の 寒く吹くなへ 我が宿の 浅茅が本に こほろぎ鳴くも 

あきかぜの さむくふくなへ わがやどの あさぢがもとに こほろぎなくも
・・・・・・・・・
秋風が寒く吹くにつれて

私の庭の茅萱のもとで

コオロギが鳴いています
・・・・・・・・・
* 茅萱(ちがや)はイネ科の多年草


2159 秋雑歌

[題詞](詠<蟋>)

影草乃  生有屋外之  暮陰尓  鳴蟋蟀者  雖聞不足可聞

蔭草の 生ひたる宿の 夕影に 鳴くこほろぎは 聞けど飽かぬかも 

かげくさの おひたるやどの ゆふかげに なくこほろぎは きけどあかぬかも
・・・・・・・・・
わが庭の物陰に茂った草むらで

この夕かげに鳴き出すコオロギの声は

いくら聞いても聞き飽きることはないことよ
・・・・・・・・・



2160 秋雑歌

[題詞](詠<蟋>)

庭草尓  村雨落而  蟋蟀之  鳴音聞者  秋付尓家里

庭草に 村雨降りて こほろぎの 鳴く声聞けば 秋づきにけり 

にはくさに むらさめふりて こほろぎの なくこゑきけば あきづきにけり
・・・・・・・・・
庭草に村雨が降って来るようになり

蟋蟀の鳴き声が聞こえてくると

もう秋がやってきたなと思わされることです
・・・・・・・・・
「村雨」は「秋から冬にかけて、急に強く降っては止み止んでは降る雨」
「秋づく」は「秋になる。秋が来る」の意。
「聞けば」→カ行四段活用動詞「聞く」の已然形+接続助詞「ば」(偶然条件)=聞いていると
「にけり」→助動詞・完了「ぬ」の連用形+詠嘆助動詞「けり」 〜(てしまっ)たことだ。



2136 秋雑歌

[題詞](詠鴈)

秋風尓  山飛越  鴈鳴之  聲遠離  雲隠良思

秋風に 山飛び越ゆる 雁がねの 声遠ざかる 雲隠るらし 

あきかぜに やまとびこゆる かりがねの こゑとほざかる くもがくるらし
・・・・・・・・・・・
ひんやりした秋風にのって

山々を飛び駆け回る鴈の鳴声が

雲にまぎれて遠ざかるらしい
・・・・・・・・・・・
* 「雲がくるらし」は推量しているもの。



2137 秋雑歌

[題詞](詠鴈)

朝尓徃  鴈之鳴音者  如吾  物<念>可毛  聲之悲

朝に行く 雁の鳴く音は 我がごとく 物思へれかも 声の悲しき 

あさにゆく かりのなくねは あがごとく ものもへれかも こゑのかなしき
・・・・・・・・・・・
いま朝早く空を行く雁もまた私のように物思いしているからだろうか

鳴く声は何となく物悲しい
・・・・・・・・・・・
* 物思は妻恋い、自分の心持を雁に引移して感じている。
* 「かも」は疑問の「かも」。



2138 秋雑歌

[題詞](詠鴈)

多頭我鳴乃 今朝鳴奈倍尓 鴈鳴者 何處指香 雲隠良<武>

鶴がねの 今朝鳴くなへに 雁がねは いづくさしてか 雲隠るらむ 

たづがねの けさなくなへに かりがねは いづくさしてか くもがくるらむ
・・・・・・・・・・・
朝の静けさを割いて鶴が鳴いたあたり

雁の群れは雲間目指して何処へ去ったのやら
・・・・・・・・・・・



2139 秋雑歌,枕詞

[題詞](詠鴈)

野干玉之  夜<渡>鴈者  欝  幾夜乎歴而鹿  己名乎告

ぬばたまの 夜渡る雁は おほほしく 幾夜を経てか おのが名を告る 

[ぬばたまの] よわたるかりは おほほしく いくよをへてか おのがなをのる
・・・・・・・・・・・
幾夜も渡って行く雁は

幾夜重ねたら

自分の名や身分などを相手に告げるのだろう
・・・・・・・・・・・
* 「おほほ・し」 (形シク) ものの形がぼんやりしてはっきり見えない。 気持ちがふさいで晴れない。


2140 秋雑歌,枕詞

[題詞](詠鴈)

璞  年之經徃者  阿跡念登  夜渡吾乎  問人哉誰

あらたまの 年の経ゆけば あどもふと 夜渡る我れを 問ふ人や誰れ 

[あらたまの] としのへゆけば あどもふと よわたるわれを とふひとやたれ
・・・・・・・・・・・
相伴って長年すぎたのに

夜に通う我を問いただすのは誰か
・・・・・・・・・・・
* 「あどもふ」(他ハ四)ともなう、率いる。




2141 秋雑歌

[題詞]詠鹿鳴

比日之  秋朝開尓  霧隠  妻呼雄鹿之  音之亮左

このころの 秋の朝明に 霧隠り 妻呼ぶ鹿の 声のさやけさ 

このころの あきのあさけに きりごもり つまよぶしかの こゑのさやけさ
・・・・・・・・・・・
今日このごろの秋の明け方には

霧の中から妻を呼ぶ鹿の

澄み切った声が爽やかに流れる
・・・・・・・・・・・



2142 秋雑歌

[題詞](詠鹿鳴)

左男<壮>鹿之  妻整登  鳴音之  将至極  靡芽子原

さを鹿の 妻ととのふと 鳴く声の 至らむ極み 靡け萩原 

さをしかの つまととのふと なくこゑの いたらむきはみ なびけはぎはら
・・・・・・・・・・・
雄鹿が妻を呼んでいる

結婚の支度は万全だよと

萩の原の果てまでも伝われ

叫びに靡く萩原よ
・・・・・・・・・・・
* 「ととのふ」(他ハ下二)音や声の調子を合わせる。結婚のことをとりきめる、ととのえる。



2143 秋雑歌

[題詞](詠鹿鳴)

於君戀  裏觸居者  敷野之  秋芽子凌  左<小壮>鹿鳴裳

君に恋ひ うらぶれ居れば 敷の野の 秋萩しのぎ さを鹿鳴くも 

きみにこひ うらぶれをれば しきののの あきはぎしのぎ さをしかなくも
・・・・・・・・・・・
君恋しと悲しみに沈んでいると 

敷の野の秋萩をしだいて

さお鹿が鳴いてくれることよ
・・・・・・・・・・・
* 「うら」は心の意。悲しみに沈む。


2144 秋雑歌

[題詞](詠鹿鳴)

鴈来  芽子者散跡  左小<壮>鹿之  鳴成音毛  裏觸丹来

雁は来ぬ 萩は散りぬと さを鹿の 鳴くなる声も うらぶれにけり 

かりはきぬ はぎはちりぬと さをしかの なくなるこゑも うらぶれにけり
・・・・・・・・・・・
冬を連れて雁が来て

もう秋萩は散ってしまった 

でも野辺にさお鹿の声は響く

心侘しく物悲しげに
・・・・・・・・・・・

 

2145 秋雑歌

[題詞](詠鹿鳴)

秋芽子之 戀裳不盡者 左<壮>鹿之 聲伊續伊継 戀許増益焉

秋萩の 恋も尽きねば さを鹿の 声い継ぎい継ぎ 恋こそまされ 

あきはぎの こひもつきねば さをしかの こゑいつぎいつぎ こひこそまされ
・・・・・・・・・・・
秋萩の床にめ鹿を呼ぶよ

さを鹿の 思いは尽きず

絶え間なく鳴いて増す恋心   
・・・・・・・・・・・
* 「い」は接頭・強意。
* 「萩」は、鹿が萩を敷折り柵のようにひれ伏すことから、萩の異名を「鹿の柵(しがらみ)」という。



2146 秋雑歌

[題詞](詠鹿鳴)

山近  家哉可居  左小<壮>鹿乃  音乎聞乍  宿不勝鴨

山近く 家や居るべき さを鹿の 声を聞きつつ 寐ねかてぬかも 

やまちかく いへやをるべき さをしかの こゑをききつつ いねかてぬかも
・・・・・・・・・・・
山に近い家にいると

秋は牡鹿の妻呼ぶ声を聴かされて

なかなか寝付かれないことであるよ
・・・・・・・・・・・
* 「や」は係助詞。疑い、問い。
* 「べき」は、可能・推量助動詞「べし」の連体形。
* 「かて」は上代補助動詞「かつ」(出来る、耐える)の未然形に打消の助動詞「ず」の連体形「ぬ」がついた。


2124 秋雑歌

[題詞](詠花)

欲見  吾待戀之  秋芽子者  枝毛思美三荷  花開二家里

見まく欲り 我が待ち恋ひし 秋萩は 枝もしみみに 花咲きにけり 

みまくほり あがまちこひし あきはぎは えだもしみみに はなさきにけり
・・・・・・・・
見たい見たいと待っていた秋萩は

枝いっぱいぎっしりと花を咲かせましたよ
・・・・・・・・
* しみみ‐に【茂みみに】 [副]密に。ぎっしりと。


2125 秋雑歌,奈良

[題詞](詠花)

春日野之  芽子落者  朝東  風尓副而  此間尓落来根

春日野の 萩し散りなば 朝東風の 風にたぐひて ここに散り来ね 

かすがのの はぎしちりなば あさごちの かぜにたぐひて ここにちりこね
・・・・・・・・
春日野の萩よ散る折りは  

朝吹く東風に乗ってここまできておくれ
・・・・・・・・



2126 秋雑歌

[題詞](詠花)

秋芽子者  於鴈不相常  言有者香 [一云 言有可聞]  音乎聞而者  花尓散去流

秋萩は 雁に逢はじと 言へればか [一云 言へれかも]  声を聞きては 花に散りぬる  

あきはぎは かりにあはじと いへればか[いへれかも] こゑをききては はなにちりぬる
・・・・・・・・
秋萩は雁に逢うまいときめたのか

雁が鳴声を聞きながら萩の花は散っていく 
・・・・・・・・




2127 秋雑歌

[題詞](詠花)

秋去者  妹令視跡  殖之芽子  露霜負而  散来毳

秋さらば 妹に見せむと 植ゑし萩 露霜負ひて 散りにけるかも 

あきさらば いもにみせむと うゑしはぎ つゆしもおひて ちりにけるかも
・・・・・・・・
秋の日に君に見せようと 

植えた萩なのに 

露霜を帯びて散り果ててしまった
・・・・・・・・



2128 秋雑歌,奈良

[題詞]詠鴈

秋風尓  山跡部越  鴈鳴者  射矢遠放  雲隠筒

秋風に 大和へ越ゆる 雁がねは いや遠ざかる 雲隠りつつ 

あきかぜに やまとへこゆる かりがねは いやとほざかる くもがくりつつ
・・・・・・・・
秋風に乗って大和へ向かう雁は

雲間に見え隠れしつつ

鳴きながら ああ遠ざかることよ
・・・・・・・・
* 初雁の使い


2129 秋雑歌

[題詞](詠鴈)

明闇之  朝霧隠  鳴而去  鴈者言戀  於妹告社

明け暮れの 朝霧隠り 鳴きて行く 雁は我が恋 妹に告げこそ 

あけぐれの あさぎりごもり なきてゆく かりはあがこひ いもにつげこそ
・・・・・・・・
夜明け前の朝霧の中を鳴きながら飛んでゆく雁

私の恋心をあの娘に告げてよ
・・・・・・・・



2130 秋雑歌

[題詞](詠鴈)

吾屋戸尓  鳴之鴈哭  雲上尓  今夜喧成  國方可聞遊群

我が宿に 鳴きし雁がね 雲の上に 今夜鳴くなり 国へかも行く 

わがやどに なきしかりがね くものうへに こよひなくなり くにへかもゆく
・・・・・・・・
私の家で鳴いていた雁が雲の上で今夜鳴いている

国の方へでも行くのでしょうか
・・・・・・・・



2131 秋雑歌

[題詞](詠鴈)

左小<壮>鹿之  妻問時尓  月乎吉三  切木四之泣所聞  今時来等霜

さを鹿の 妻どふ時に 月をよみ 雁が音聞こゆ 今し来らしも 

さをしかの つまどふときに つきをよみ かりがねきこゆ いましくらしも
・・・・・・・・
雌鹿恋しと鳴く雄鹿の声を聞くときに

空には雁の鳴声も聞こえる

いよいよ秋は深まるしるしであることよ
・・・・・・・・



2132 秋雑歌

[題詞](詠鴈)

天雲之  外鴈鳴  従聞之  薄垂霜零  寒此夜者 [一云 弥益々尓 戀許曽増焉]

天雲の 外に雁が音 聞きしより はだれ霜降り 寒しこの夜は [一云 いやますますに 恋こそまされ]  

あまくもの よそにかりがね ききしより はだれしもふり さむしこのよは,[いやますますに こひこそまされ]
・・・・・・・・
雁の鳴き声が雲の上から聞こえたとたんに 

薄い霜が降って寒い夜になったよ
・・・・・・・・



2133 秋雑歌

[題詞](詠鴈)

秋田  吾苅婆可能  過去者  鴈之喧所聞  冬方設而

秋の田の 我が刈りばかの 過ぎぬれば 雁が音聞こゆ 冬かたまけて 

あきのたの わがかりばかの すぎぬれば かりがねきこゆ ふゆかたまけて
・・・・・・・・
秋の田のわが稲穂を刈り終えて

しばし過ぎれば雁の鳴き声が聞こえる

もうすぐ冬が来るのだなあ
・・・・・・・・
* 「刈りばか」-刈り終わる 
* 「かたまけて」--近ずいての意


2134 秋雑歌

[題詞](詠鴈)

葦邊在  荻之葉左夜藝  秋風之 吹来苗丹  鴈鳴渡 [一云 秋風尓 鴈音所聞 今四来霜]

葦辺なる 荻の葉さやぎ 秋風の 吹き来るなへに 雁鳴き渡る [一云 秋風に 雁が音聞こゆ 今し来らしも] 

あしへなる をぎのはさやぎ あきかぜの ふきくるなへに かりなきわたる,[あきかぜに かりがねきこゆ いましくらしも]
・・・・・・・・
葦辺の萩の葉がざわめいて

秋風が吹くと雁が鳴き渡って行く
・・・・・・・・
* 「なへ」(接助)
〔補説〕 上代語
活用語の連体形に付いて、一つの事態・事柄に伴って、同時に他の事態・事柄が存することを表す。…とともに。…と同時に。…にあわせて。
この語の成立については、連体格を表す格助詞「な」に名詞「へ(上)」または「うへ(上)」が付いたものからとするもの、その他の諸説がある。






2135 秋雑歌,大阪

[題詞](詠鴈)

押照  難波穿江之  葦邊者  鴈宿有疑  霜乃零尓

おしてる 難波堀江の 葦辺には 雁寝たるかも 霜の降らくに 

[おしてる] なにはほりえの あしへには かりねたるかも しものふらくに
・・・・・・・・
難波堀江の葦辺の茂みに

雁は寝ねてしまったのだろう 

霜の降っている中に
・・・・・・・・


2112 秋雑歌

[題詞](詠花)

吾屋前尓  開有秋芽子  常有者  我待人尓  令見猿物乎

我がやどに 咲ける秋萩 常ならば 我が待つ人に 見せましものを 

わがやどに さけるあきはぎ つねならば わがまつひとに みせましものを
・・・・・・・・
私の庭に咲いた秋萩が常に咲いているものなら

待ち焦がれるあの人にお見せできるものを
・・・・・・・・




2113 秋雑歌

[題詞](詠花)

手寸<十>名相  殖之名知久  出見者  屋前之早芽子  咲尓家類香聞

手寸十名相 植ゑしなしるく 出で見れば 宿の初萩 咲きにけるかも 

***** うゑしなしるく いでみれば やどのはつはぎ さきにけるかも
・・・・・・・・
萩の芽枝を苦労して挿し木して育てた

わが庭の初萩ですよ

なんとも見事に咲きました
・・・・・・・・
* 「てもすまに(手寸十名相)」は、通常の万葉仮名の訓み方に従い、
「たきそなへ」と訓ずることとします。
この「たきそなへ」は、
  「タキ・トナ・ヘ」、
   TAKI-TONA-HE
(taki=stick in;tona=excrescence,wart,corn,etc.;he=wrong,in trouble or difficulty)、
「(萩の)芽枝を・苦労して・挿し木した」 の転訛と解します。<[国語篇(その十)『万葉集』難解句]の転載>



2114 秋雑歌

[題詞](詠花)

吾屋外尓  殖生有  秋芽子乎  誰標刺  吾尓不所知

我が宿に 植ゑ生ほしたる 秋萩を 誰れか標刺す 我れに知らえず 

わがやどに うゑおほしたる あきはぎを たれかしめさす われにしらえず
・・・・・・・・
手づからわが庭に植え育てた秋萩に 

知らぬ間に標結う者がいる

私に隠れて
・・・・・・・・




2115 秋雑歌

[題詞](詠花)

手取者  袖并丹覆  美人部師  此白露尓  散巻惜

手に取れば 袖さへにほふ をみなへし この白露に 散らまくをしも 

てにとれば そでさへにほふ をみなへし このしらつゆに ちらまくをしも
・・・・・・・・
手折ってみれば袖までも

黄色に染まる美しい女郎花

この白露で散ってしまうのか

惜しいことだ・・・
・・・・・・・・
* 女郎花(おみなえし)は秋の七草の一つ。美女のなかでもひときわ美しい姿であるとの意味でつけられた名とか。




2116 秋雑歌

[題詞](詠花)

白露尓  荒争金手  咲芽子  散惜兼  雨莫零根

白露に 争ひかねて 咲ける萩 散らば惜しけむ 雨な降りそね 

しらつゆに あらそひかねて さけるはぎ ちらばをしけむ あめなふりそね
・・・・・・・・
秋の白露にあらがいながらも咲いている

けなげな萩が散ってしまったら悲しい

せめて雨よ降らないでくださいね
・・・・・・・・




2117 秋雑歌

[題詞](詠花)

○嬬等<尓>  行相乃速稲乎  苅時  成来下  芽子花咲

娘女らに 行相の早稲を 刈る時に なりにけらしも 萩の花咲く 

[をとめらに] ゆきあひのわせを かるときに なりにけらしも はぎのはなさく
・・・・・・・・
早稲を刈る季節になったようだ

萩の花が咲いているよ
・・・・・・・・
* 「娘女らに行相の」は「娘さんたちに行き逢う」のイメージを思い起こさせながら「季節の変わり目」を意味する「行相」を導く。



2118 秋雑歌

[題詞](詠花)

朝霧之  棚引小野之  芽子花  今哉散濫  未○尓

朝霧の たなびく小野の 萩の花 今か散るらむ いまだ飽かなくに 

あさぎりの たなびくをのの はぎのはな いまかちるらむ いまだあかなくに
・・・・・・・・
朝霧の たなびく小野の 萩の花

もう散るのかしら もっと見ていたいのに
・・・・・・・・




2119 秋雑歌

[題詞](詠花)

戀之久者  形見尓為与登  吾背子我  殖之秋芽子  花咲尓家里

恋しくは 形見にせよと 我が背子が 植ゑし秋萩 花咲きにけり 

こひしくは かたみにせよと わがせこが うゑしあきはぎ はなさきにけり
・・・・・・・・
恋しくなったら私だと思って愛でて欲しい

そう言ってあの方が植えた秋萩よ

今咲そめているが  あなたはいない
・・・・・・・・
ここでの「形見」とは、その人を思い起こすための身代わりのようなもの。



2120 秋雑歌

[題詞](詠花)

秋芽子  戀不盡跡  雖念 思恵也安多良思  又将相八方

秋萩に 恋尽さじと 思へども しゑやあたらし またも逢はめやも 

あきはぎに こひつくさじと おもへども しゑやあたらし またもあはめやも
・・・・・・・・
秋萩に恋焦がれて思い尽くすなどあろうはないと思うけれども

ままよなんたる初々しさよ

あまりの美しさに夢中になってしまった

再び巡り合えるだろうかと惜しむほどに美しい
・・・・・・・・
* 「しゑや」(感)は、なにかを思い切るときに発する語。ええいままよ。

世の中は 古飛斯宜志恵夜(コヒシケシヱヤ) かくしあらば 梅の花にも ならましものを(万葉巻五)
「恋しけ しゑや」「恋ひ繁しゑ や」「恋しけし ゑや」何れにとる事も出来る。形容詞・動詞の語尾につく所謂感動の語尾の「ゑ」は「よ」と音韵の上で通じるものと見ることが出来、或は「よしゑやし」の場合、同じ価値を持つ「ゑ」と「や」とが、重畳し、「しゑや」は、形容詞を承けた痕は見えないから独立した感動詞・副詞の様な形をとつてゐる。古く形容詞に結合する習慣が固定して、更に遊離して出来た成句と見られる。




2121 秋雑歌,奈良

[題詞](詠花)

秋風者  日異吹奴  高圓之  野邊之秋芽子  散巻惜裳

秋風は 日に異に吹きぬ 高円の 野辺の秋萩 散らまく惜しも 

あきかぜは ひにけにふきぬ たかまとの のへのあきはぎ ちらまくをしも
・・・・・・・・
秋の風は日に日に季節の深まりをつげる

高円の野に一面に咲いていた秋萩の花が

いつか音も無く散って行く

何とも惜しいことであるよ
・・・・・・・・



2122 秋雑歌

[題詞](詠花)

大夫之  心者無而  秋芽子之  戀耳八方  奈積而有南

大夫の 心はなしに 秋萩の 恋のみにやも なづみてありなむ 

ますらをの こころはなしに あきはぎの こひのみにやも なづみてありなむ
・・・・・・・・
男子たるものがしっかりした心持ちも無いまま

秋萩にこだわって恋していていいものであろうか
・・・・・・・・
「やも」詠嘆を伴う疑問をあらわす。



2123 秋雑歌

[題詞](詠花)

吾待之  秋者来奴  雖然  芽子之花曽毛  未開家類

我が待ちし 秋は来たりぬ しかれども 萩の花ぞも いまだ咲かずける 

わがまちし あきはきたりぬ しかれども はぎのはなぞも いまださかずける
・・・・・・・・
待っていた秋はやって来ました

まだ かんじんの萩の花は咲いていませんが
・・・・・・・・



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