・・・万葉集(〃)
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サ2147 秋雑歌 [題詞](詠鹿鳴) 山邊尓 射去薩雄者 雖大有 山尓文野尓文 沙小<壮>鹿鳴母 やまのへに いゆくさつをは さはにあれど やまにものにも さをしかなくも ・・・・・・・・・
* さつを(猟夫)の語源は、幸を取る男(さちお)。幸は獲物。山辺では獲物をねらって 沢山の猟師がいる それなのに雄鹿は野に山に おのが命を顧みることもなく 恋の歌を唄いつづける ・・・・・・・・・ * 「い行く」の「い」は接頭語。 * 「さ牡鹿」の「さ」は接頭語で語調を整える。 * 「多かれど」; 多いけれども 「多かれ」は形容詞「多し」の已然形。 「ど」は逆接の接続助詞。 2148 秋雑歌,枕詞 [題詞](詠鹿鳴) 足日木<笶> 山従来世波 左小<壮>鹿之 妻呼音 聞益物乎 [あしひきの] やまよりきせば さをしかの つまよぶこゑを きかましものを ・・・・・・・・・
山路を通ってくれば 雄鹿の妻呼ぶ声が もっと聞けたのに ・・・・・・・・・ 2149 秋雑歌 [題詞](詠鹿鳴) 山邊庭 薩雄乃<祢>良比 恐跡 小<壮>鹿鳴成 妻之眼乎欲焉 やまへには さつをのねらひ かしこけど をしかなくなり つまがめをほり ・・・・・・・・・
山辺では 猟師が狙っていて恐しいけれど それでも雄鹿は鳴くのですねぇ 妻を求めて ・・・・・・・・・ 2150 秋雑歌 [題詞](詠鹿鳴) 秋芽子之 散去見 欝三 妻戀為良思 棹<壮>鹿鳴母 あきはぎの ちりゆくみれば おほほしみ つまごひすらし さをしかなくも ・・・・・・・・・
萩の花が散ってゆくのを見て 気が滅入るのか 妻を恋しがって雄鹿は鳴いているよ ・・・・・・・・・ 2151 秋雑歌 [題詞](詠鹿鳴) 山遠 京尓之有者 狭小<壮>鹿之 妻呼音者 乏毛有香 やまとほき みやこにしあれば さをしかの つまよぶこゑは ともしくもあるか ・・・・・・・・・
山から遠く離れているからであろう ここ都では雄鹿の妻呼ぶ声は めったに聞こえてこない 寂しいことであるよ ・・・・・・・・・ 2152 秋雑歌 [題詞](詠鹿鳴) 秋芽子之 散過去者 左<小壮>鹿者 和備鳴将為名 不見者乏焉 あきはぎの ちりすぎゆかば さをしかは わびなきせむな みずはともしみ ・・・・・・・・・
萩の花が散ってしまったなら 雄鹿は侘びしく鳴くだろう もう萩花を恋い鳴きしているよ ・・・・・・・・・ 2153 秋雑歌 [題詞](詠鹿鳴) 秋芽子之 咲有野邊者 左小<壮>鹿曽 露乎別乍 嬬問四家類 あきはぎの さきたるのへは さをしかぞ つゆをわけつつ つまどひしける ・・・・・・・・・
この野辺に咲いていた秋萩は倒れ伏している 雄鹿が露を踏みわけて妻問いしたのだな ・・・・・・・・・ 2154 秋雑歌 [題詞](詠鹿鳴) 奈何<壮>鹿之 和備鳴為成 蓋毛 秋野之芽子也 繁将落 なぞしかの わびなきすなる けだしくも あきののはぎや しげくちるらむ ・・・・・・・・・
どうして鹿はわびしげに鳴くのか ひょっとしたら 野辺の秋萩がはげしく散るからか ・・・・・・・・・ 2155 秋雑歌 [題詞](詠鹿鳴) 秋芽子之 開有野邊 左<壮>鹿者 落巻惜見 鳴去物乎 あきはぎの さきたるのへに さをしかは ちらまくをしみ なきゆくものを ・・・・・・・・・
秋萩の咲いた野辺では さお鹿が花の散るのを惜しんで 盛んに鳴いているよ ・・・・・・・・・ 2156 秋雑歌,枕詞 [題詞](詠鹿鳴) 足日木乃 山之跡陰尓 鳴鹿之 聲聞為八方 山田守酢兒 [あしひきの] やまのとかげに なくしかの こゑきかすやも やまたもらすこ ・・・・・・・・・
山深い陽の射さぬ木蔭で 侘びしく鳴く鹿を いつも聞いて暮らしているのでしょうか 山田の番をしているあなたよ ・・・・・・・・・ 2157 秋雑歌 [題詞]詠蝉 暮影 来鳴日晩之 幾許 毎日聞跡 不足音可聞 ゆふかげに きなくひぐらし ここだくも ひごとにきけど あかぬこゑかも ・・・・・・・・・
夕焼け空に日の暮れるのも知らず 数え切れないほど日ごと聞く蝉の声だが まったく聞き飽きない声であることよ ・・・・・・・・・ 2158 秋雑歌 [題詞]詠<蟋> 秋風之 寒吹奈倍 吾屋前之 淺茅之本尓 蟋蟀鳴毛 あきかぜの さむくふくなへ わがやどの あさぢがもとに こほろぎなくも ・・・・・・・・・
* 茅萱(ちがや)はイネ科の多年草秋風が寒く吹くにつれて 私の庭の茅萱のもとで コオロギが鳴いています ・・・・・・・・・ 2159 秋雑歌 [題詞](詠<蟋>) 影草乃 生有屋外之 暮陰尓 鳴蟋蟀者 雖聞不足可聞 かげくさの おひたるやどの ゆふかげに なくこほろぎは きけどあかぬかも ・・・・・・・・・
わが庭の物陰に茂った草むらで この夕かげに鳴き出すコオロギの声は いくら聞いても聞き飽きることはないことよ ・・・・・・・・・ 2160 秋雑歌 [題詞](詠<蟋>) 庭草尓 村雨落而 蟋蟀之 鳴音聞者 秋付尓家里 にはくさに むらさめふりて こほろぎの なくこゑきけば あきづきにけり ・・・・・・・・・
「村雨」は「秋から冬にかけて、急に強く降っては止み止んでは降る雨」庭草に村雨が降って来るようになり 蟋蟀の鳴き声が聞こえてくると もう秋がやってきたなと思わされることです ・・・・・・・・・ 「秋づく」は「秋になる。秋が来る」の意。 「聞けば」→カ行四段活用動詞「聞く」の已然形+接続助詞「ば」(偶然条件)=聞いていると 「にけり」→助動詞・完了「ぬ」の連用形+詠嘆助動詞「けり」 〜(てしまっ)たことだ。 |
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2136 秋雑歌 [題詞](詠鴈) 秋風尓 山飛越 鴈鳴之 聲遠離 雲隠良思 あきかぜに やまとびこゆる かりがねの こゑとほざかる くもがくるらし ・・・・・・・・・・・
* 「雲がくるらし」は推量しているもの。ひんやりした秋風にのって 山々を飛び駆け回る鴈の鳴声が 雲にまぎれて遠ざかるらしい ・・・・・・・・・・・ 2137 秋雑歌 [題詞](詠鴈) 朝尓徃 鴈之鳴音者 如吾 物<念>可毛 聲之悲 あさにゆく かりのなくねは あがごとく ものもへれかも こゑのかなしき ・・・・・・・・・・・
* 物思は妻恋い、自分の心持を雁に引移して感じている。いま朝早く空を行く雁もまた私のように物思いしているからだろうか 鳴く声は何となく物悲しい ・・・・・・・・・・・ * 「かも」は疑問の「かも」。 2138 秋雑歌 [題詞](詠鴈) 多頭我鳴乃 今朝鳴奈倍尓 鴈鳴者 何處指香 雲隠良<武> たづがねの けさなくなへに かりがねは いづくさしてか くもがくるらむ ・・・・・・・・・・・
朝の静けさを割いて鶴が鳴いたあたり 雁の群れは雲間目指して何処へ去ったのやら ・・・・・・・・・・・ 2139 秋雑歌,枕詞 [題詞](詠鴈) 野干玉之 夜<渡>鴈者 欝 幾夜乎歴而鹿 己名乎告 [ぬばたまの] よわたるかりは おほほしく いくよをへてか おのがなをのる ・・・・・・・・・・・
* 「おほほ・し」 (形シク) ものの形がぼんやりしてはっきり見えない。 気持ちがふさいで晴れない。幾夜も渡って行く雁は 幾夜重ねたら 自分の名や身分などを相手に告げるのだろう ・・・・・・・・・・・ 2140 秋雑歌,枕詞 [題詞](詠鴈) 璞 年之經徃者 阿跡念登 夜渡吾乎 問人哉誰 [あらたまの] としのへゆけば あどもふと よわたるわれを とふひとやたれ ・・・・・・・・・・・
* 「あどもふ」(他ハ四)ともなう、率いる。相伴って長年すぎたのに 夜に通う我を問いただすのは誰か ・・・・・・・・・・・ 2141 秋雑歌 [題詞]詠鹿鳴 比日之 秋朝開尓 霧隠 妻呼雄鹿之 音之亮左 このころの あきのあさけに きりごもり つまよぶしかの こゑのさやけさ ・・・・・・・・・・・
今日このごろの秋の明け方には 霧の中から妻を呼ぶ鹿の 澄み切った声が爽やかに流れる ・・・・・・・・・・・ 2142 秋雑歌 [題詞](詠鹿鳴) 左男<壮>鹿之 妻整登 鳴音之 将至極 靡芽子原 さをしかの つまととのふと なくこゑの いたらむきはみ なびけはぎはら ・・・・・・・・・・・
* 「ととのふ」(他ハ下二)音や声の調子を合わせる。結婚のことをとりきめる、ととのえる。雄鹿が妻を呼んでいる 結婚の支度は万全だよと 萩の原の果てまでも伝われ 叫びに靡く萩原よ ・・・・・・・・・・・ 2143 秋雑歌 [題詞](詠鹿鳴) 於君戀 裏觸居者 敷野之 秋芽子凌 左<小壮>鹿鳴裳 きみにこひ うらぶれをれば しきののの あきはぎしのぎ さをしかなくも ・・・・・・・・・・・
* 「うら」は心の意。悲しみに沈む。君恋しと悲しみに沈んでいると 敷の野の秋萩をしだいて さお鹿が鳴いてくれることよ ・・・・・・・・・・・ 2144 秋雑歌 [題詞](詠鹿鳴) 鴈来 芽子者散跡 左小<壮>鹿之 鳴成音毛 裏觸丹来 かりはきぬ はぎはちりぬと さをしかの なくなるこゑも うらぶれにけり ・・・・・・・・・・・
冬を連れて雁が来て もう秋萩は散ってしまった でも野辺にさお鹿の声は響く 心侘しく物悲しげに ・・・・・・・・・・・ 2145 秋雑歌 [題詞](詠鹿鳴) 秋芽子之 戀裳不盡者 左<壮>鹿之 聲伊續伊継 戀許増益焉 あきはぎの こひもつきねば さをしかの こゑいつぎいつぎ こひこそまされ ・・・・・・・・・・・
* 「い」は接頭・強意。秋萩の床にめ鹿を呼ぶよ さを鹿の 思いは尽きず 絶え間なく鳴いて増す恋心 ・・・・・・・・・・・ * 「萩」は、鹿が萩を敷折り柵のようにひれ伏すことから、萩の異名を「鹿の柵(しがらみ)」という。 2146 秋雑歌 [題詞](詠鹿鳴) 山近 家哉可居 左小<壮>鹿乃 音乎聞乍 宿不勝鴨 やまちかく いへやをるべき さをしかの こゑをききつつ いねかてぬかも ・・・・・・・・・・・
* 「や」は係助詞。疑い、問い。山に近い家にいると 秋は牡鹿の妻呼ぶ声を聴かされて なかなか寝付かれないことであるよ ・・・・・・・・・・・ * 「べき」は、可能・推量助動詞「べし」の連体形。 * 「かて」は上代補助動詞「かつ」(出来る、耐える)の未然形に打消の助動詞「ず」の連体形「ぬ」がついた。 |
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2112 秋雑歌 [題詞](詠花) 吾屋前尓 開有秋芽子 常有者 我待人尓 令見猿物乎 わがやどに さけるあきはぎ つねならば わがまつひとに みせましものを ・・・・・・・・
私の庭に咲いた秋萩が常に咲いているものなら 待ち焦がれるあの人にお見せできるものを ・・・・・・・・ 2113 秋雑歌 [題詞](詠花) 手寸<十>名相 殖之名知久 出見者 屋前之早芽子 咲尓家類香聞 ***** うゑしなしるく いでみれば やどのはつはぎ さきにけるかも ・・・・・・・・
* 「てもすまに(手寸十名相)」は、通常の万葉仮名の訓み方に従い、萩の芽枝を苦労して挿し木して育てた わが庭の初萩ですよ なんとも見事に咲きました ・・・・・・・・ 「たきそなへ」と訓ずることとします。 この「たきそなへ」は、 「タキ・トナ・ヘ」、 TAKI-TONA-HE (taki=stick in;tona=excrescence,wart,corn,etc.;he=wrong,in trouble or difficulty)、 「(萩の)芽枝を・苦労して・挿し木した」 の転訛と解します。<[国語篇(その十)『万葉集』難解句]の転載> 2114 秋雑歌 [題詞](詠花) 吾屋外尓 殖生有 秋芽子乎 誰標刺 吾尓不所知 わがやどに うゑおほしたる あきはぎを たれかしめさす われにしらえず ・・・・・・・・
手づからわが庭に植え育てた秋萩に 知らぬ間に標結う者がいる 私に隠れて ・・・・・・・・ 2115 秋雑歌 [題詞](詠花) 手取者 袖并丹覆 美人部師 此白露尓 散巻惜 てにとれば そでさへにほふ をみなへし このしらつゆに ちらまくをしも ・・・・・・・・
* 女郎花(おみなえし)は秋の七草の一つ。美女のなかでもひときわ美しい姿であるとの意味でつけられた名とか。手折ってみれば袖までも 黄色に染まる美しい女郎花 この白露で散ってしまうのか 惜しいことだ・・・ ・・・・・・・・ 2116 秋雑歌 [題詞](詠花) 白露尓 荒争金手 咲芽子 散惜兼 雨莫零根 しらつゆに あらそひかねて さけるはぎ ちらばをしけむ あめなふりそね ・・・・・・・・
秋の白露にあらがいながらも咲いている けなげな萩が散ってしまったら悲しい せめて雨よ降らないでくださいね ・・・・・・・・ 2117 秋雑歌 [題詞](詠花) ○嬬等<尓> 行相乃速稲乎 苅時 成来下 芽子花咲 [をとめらに] ゆきあひのわせを かるときに なりにけらしも はぎのはなさく ・・・・・・・・
* 「娘女らに行相の」は「娘さんたちに行き逢う」のイメージを思い起こさせながら「季節の変わり目」を意味する「行相」を導く。早稲を刈る季節になったようだ 萩の花が咲いているよ ・・・・・・・・ 2118 秋雑歌 [題詞](詠花) 朝霧之 棚引小野之 芽子花 今哉散濫 未○尓 あさぎりの たなびくをのの はぎのはな いまかちるらむ いまだあかなくに ・・・・・・・・
朝霧の たなびく小野の 萩の花 もう散るのかしら もっと見ていたいのに ・・・・・・・・ 2119 秋雑歌 [題詞](詠花) 戀之久者 形見尓為与登 吾背子我 殖之秋芽子 花咲尓家里 こひしくは かたみにせよと わがせこが うゑしあきはぎ はなさきにけり ・・・・・・・・
ここでの「形見」とは、その人を思い起こすための身代わりのようなもの。恋しくなったら私だと思って愛でて欲しい そう言ってあの方が植えた秋萩よ 今咲そめているが あなたはいない ・・・・・・・・ 2120 秋雑歌 [題詞](詠花) 秋芽子 戀不盡跡 雖念 思恵也安多良思 又将相八方 あきはぎに こひつくさじと おもへども しゑやあたらし またもあはめやも ・・・・・・・・
* 「しゑや」(感)は、なにかを思い切るときに発する語。ええいままよ。秋萩に恋焦がれて思い尽くすなどあろうはないと思うけれども ままよなんたる初々しさよ あまりの美しさに夢中になってしまった 再び巡り合えるだろうかと惜しむほどに美しい ・・・・・・・・ 世の中は 古飛斯宜志恵夜(コヒシケシヱヤ) かくしあらば 梅の花にも ならましものを(万葉巻五) 「恋しけ しゑや」「恋ひ繁しゑ や」「恋しけし ゑや」何れにとる事も出来る。形容詞・動詞の語尾につく所謂感動の語尾の「ゑ」は「よ」と音韵の上で通じるものと見ることが出来、或は「よしゑやし」の場合、同じ価値を持つ「ゑ」と「や」とが、重畳し、「しゑや」は、形容詞を承けた痕は見えないから独立した感動詞・副詞の様な形をとつてゐる。古く形容詞に結合する習慣が固定して、更に遊離して出来た成句と見られる。 2121 秋雑歌,奈良 [題詞](詠花) 秋風者 日異吹奴 高圓之 野邊之秋芽子 散巻惜裳 あきかぜは ひにけにふきぬ たかまとの のへのあきはぎ ちらまくをしも ・・・・・・・・
秋の風は日に日に季節の深まりをつげる 高円の野に一面に咲いていた秋萩の花が いつか音も無く散って行く 何とも惜しいことであるよ ・・・・・・・・ 2122 秋雑歌 [題詞](詠花) 大夫之 心者無而 秋芽子之 戀耳八方 奈積而有南 ますらをの こころはなしに あきはぎの こひのみにやも なづみてありなむ ・・・・・・・・
「やも」詠嘆を伴う疑問をあらわす。男子たるものがしっかりした心持ちも無いまま 秋萩にこだわって恋していていいものであろうか ・・・・・・・・ 2123 秋雑歌 [題詞](詠花) 吾待之 秋者来奴 雖然 芽子之花曽毛 未開家類 わがまちし あきはきたりぬ しかれども はぎのはなぞも いまださかずける ・・・・・・・・
待っていた秋はやって来ました まだ かんじんの萩の花は咲いていませんが ・・・・・・・・ |



