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大王や法王 大王や法王を指して、帝位に就いたでも無く、法王という位階も無いと ありますが、それも音読みでのものであり、訓読みでのおおきみ(大王)、 のりのおほきみ(法王)と読めばわかりやすい。 大辟・大酒・大裂・佐久 http://blogs.yahoo.co.jp/kawakatu_1205/53898929.html 蚕の社の近くに、秦氏が創建した「大酒神社」がある。この神社は本来「大辟神社(おおさけ)」と表記した。これも当て字にしたということは、当てた漢字に相当の意味があったと想定される。 前述したように、漢和辞典で調べると、「死刑」という意味だというから「大辟神社」は「死刑神社」だったのであろうか?なんとも不吉な名前である。神聖な神社に、死刑という名を当てるとは・・・? 絶えず言ひつつ→言い伝える 民のかまど=庶民の生活。 「高間」…山の名、高貴な間、多か間。 「たぐふ」...一緒に行動する 「たぐひ」は、自動詞ハ行四段「副(たぐ)ふ」...一緒に行動する、連れ立つ その連用形で、単純接続の接続助詞「て」が付く [田子の浦に]田子の浦は、駿河湾内の、静岡県清水市興津長の東北から、由比・蒲原あたりへの浦。現在の田子の浦よりは西南。 「高嶺」は高い峰。いただき。 「たぎつ」…激しく流れる…心がわきたつ。 「たけ」…嶽…多気…多情。 根子と宿弥と足尼 http://blogs.yahoo.co.jp/matmkanehara/52496175.html?type=folderlist http://blogs.yahoo.co.jp/kairouwait08/32441765.html 武内宿禰(たけうちのすくね・たけのうちの−・たけしうちの− 、景行天皇14年(84年) - 仁徳天皇55年(367年)4月?)は、『古事記』『日本書紀』で大和朝廷初期(景行・成務・仲哀・応神・仁徳天皇の5代の天皇の時期)に棟梁之臣・大臣として仕え、国政を補佐したとされる伝説的人物。建内宿禰とも表記される。紀・巨勢・平群・葛城・蘇我氏などの中央諸豪族の祖とされるが詳細は不明。神号は高良玉垂命とも。<ウィキ> 武内宿弥の異常長寿の理由 http://blogs.yahoo.co.jp/matmkanehara/33365089.html 「たし」
未然形―
【接続】連用形たく たかり 終止形たし 連体形たき 已然形たけれ 命令形― 動詞・助動詞の連用形に付く。 知りたし 見たし 食べたし 来られたし 行かしめたし 【機能】 ・「〜したい」という願望をあらわす。 *おほならば かもかもせむを 畏みと 振りたき袖を 忍びてあるかも (万葉集、筑紫娘子)965 いさいかに 深山の奧に しほれても 心知りたき 秋の夜の月 (千五百番歌合、藤原季能) 隣室に 書(ふみ)よむ子らの 声聞けば 心に沁みて 生きたかりけり (柹蔭集、島木赤彦) 【来歴】 上記のように万葉集にもそれらしき用例はあるが、孤立例である。文献にしばしば現れるのは平安時代後期から。次第に「まほし」に取って代わるが、歌人たちは俗語と見なしていたらしく、和歌に用いることを嫌う傾向があった。現代口語の願望の助動詞「たい」に繋がっている。 たづたづし=不確かな、危なっかしい。
(時間的に)ずっと続ける、の意を表する
立てみゐてみみれと=立って見、座って見、見るけれど「たちゆか」、自動詞カ行四段「立ち行く」の未然形、旅に出かけて行く、出立する たなびく[棚引く] [自カ四・終止形]雲や霞などが横に長く引く ためし=試し。証拠、手本。 だに [副助詞] [強調] せめて〜だけでも〔接続〕体言、活用語、副詞、助詞につく だら [足る] [自ラ四・未然形] 充分である・相応している・価値がある たる[助動詞・たり] [完了・連体形]〜ている・〜た 連用形に付く
「たる」 完了・断定の助動詞「たり」の連体形。接続は連用。 「たり」助動ラ変形。完了の助動詞「つ」の連用形「て」に「あり」のついた「てあり」の約。動作・作用が完了した意を表す。・・た。その結果が存在している意。なお継続している意。・・ている。並列・・たり・・たり。 「たり」断定の意。・・だ。・・である。「なり」に同様。 |
キーワード・備忘タ行
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