ニキタマの万葉集

当て字の繭玉をほぐそう、枕詞で古代を解明しよう。

・万葉集(〃)

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3721遣新羅使,枕詞,大阪,難波,兵庫,姫路,帰途

[題詞](廻来筑紫海路入京到播磨國家嶋之時作歌五首)

奴婆多麻能 欲安可之母布<祢>波 許藝由可奈 美都能波麻末都 麻知故非奴良武

ぬばたまの 夜明かしも船は 漕ぎ行かな 御津の浜松 待ち恋ひぬらむ 

[ぬばたまの] よあかしもふねは こぎゆかな みつのはままつ まちこひぬらむ
・・・・・・・・・・・
夜を明かしても船を漕いで行こう

御津の浜松はその名のとおり

私たちを待ち焦がれているだろう
・・・・・・・・・・・



3722遣新羅使,兵庫,姫路,大阪,難波,奈良,帰途

[題詞](廻来筑紫海路入京到播磨國家嶋之時作歌五首)

大伴乃 美津能等麻里尓 布祢波弖々 多都多能山乎 伊都可故延伊加武

大伴の 御津の泊りに 船泊てて 龍田の山を いつか越え行かむ 

[おほともの] みつのとまりに ふねはてて たつたのやまを いつかこえいかむ
・・・・・・・・・・・
難波大伴の御津の港に船を泊め

朝廷への帰国報告に龍田の山を越えて 

近く家にも帰りつけるだろう
・・・・・・・・・・・



(中臣宅守・狭野茅上娘子贈答歌)




3723作者:狭野弟上娘子,贈答,枕詞,悲別,恋,女歌,中臣宅守

[題詞]中臣朝臣宅守与狭野弟上娘子贈答歌

安之比奇能 夜麻治古延牟等 須流君乎 許々呂尓毛知弖 夜須家久母奈之

あしひきの 山道越えむと する君を 心に持ちて 安けくもなし 

[あしひきの] やまぢこえむと するきみを こころにもちて やすけくもなし
・・・・・・・・・・・
あなたを思って

心の休まることはありません

越の嶮しい山道を

越えて行こうとするあなた 
・・・・・・・・・・・



サ3724作者:狭野弟上娘子,贈答,悲別,恋,女歌,中臣宅守

さののちがみのおとめ【狭野茅上娘子】
《万葉集》第4期(733‐759)の歌人。生没年不詳。狭野弟上娘子(さののおとがみのおとめ)と伝える本もある。《万葉集》の目録によれば蔵部の女嬬(によじゆ)であったというが,後宮蔵司の下級女官か。中臣宅守(なかとみのやかもり)の妻となったとき,宅守が勅断されて越前に流され,離別して暮らす二人の間で贈答した63首が巻十五に収められている。そのうちの娘子の23首以外には,娘子に関して伝えるところはない。<世界大百科事典 第2版>
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* <出典・以下[竹取翁と万葉集のお勉強]より転載。>
中臣宅守は天平十一年(739)三月頃に皇后の病気治癒を願う物忌みの時期に犯した姦淫の罪で罰を受け、越前国への近国流刑を受けたとみなされています。翌十二年六月の大赦では同じ姦淫の罪で遠流刑を受けた石上朝臣乙麻呂と同様に特別に詔があって大赦の放免リストから外されていますが、天平十三年九月の恭仁京(くにのみや)遷都に伴う大赦で、やっと許されて京に戻ってきたようです。その後に、天平宝字七年(763)正月に従六位上から従五位下に昇任し、神祇大副の官位相当の大夫の格の身分となっています。その後は、中臣氏系図によると天平宝字八年(764)の恵美押勝の乱に連座して、除名されたことになっているようです。一方、本家の大中臣系図では最終官位が天平宝字七年の従五位下から二階級ほど順調に昇階して、孝謙天皇の侍従で正五位下への叙任となっているようです。ここに、すこし、伝承に乱れがあるようです。つまり、歴史的には判ったような、判らないような人物です。しかし、和歌の歴史では中臣宅守は重要な位置を占めていて、後の伊勢物語に通じる位置にあります。
万葉集の中臣宅守は、万葉集巻十五に載る狭野弟上娘女との贈答歌六十三首におよぶ膨大な相聞歌で有名な人物です。そして、普段の解説では、古今和歌集の仮名序の一節の「いろごのみのいへにむもれきの人しれぬこととなりて」を「色好みの家に、埋れ木の人知れぬこととなりて、」と読み下して、中臣宅守と贈答歌六十三首を解釈するのが正統な和歌の解釈の基本です。
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[題詞](中臣朝臣宅守与狭野弟上娘子贈答歌)

君我由久 道乃奈我弖乎 久里多々祢 也伎保呂煩散牟 安米能火毛我母

君が行く 道の長手を 繰り畳ね 焼き滅ぼさむ 天の火もがも 

きみがゆく みちのながてを くりたたね やきほろぼさむ あめのひもがも
君が流刑で行く
越への遠い道をたぐり寄せて
折り畳んで焼き滅ぼしてしまいたい
そんな天界の火が欲しい
* 「長手」長い道のり。
* 「繰り畳ね」折り畳んで。
* 「焼き滅ぼさ・む」焼き滅ぼしてしまう。
* 「む」未来推量・意志の助動詞。上にくる語の活用形は未然形。
話し手自身の能動的な行為に関する場合、「〜しよう」「〜したい」との話し手の意志・希望をあらわす。
* 「もがも」は「もが」願望の終助詞。と詠嘆の助詞「も」が合わさって、願望の意を表す上代語。「…あればいいなあ」など。
<個別再掲載>→
http://blogs.yahoo.co.jp/kairouwait08/31201186.html


3725作者:狭野弟上娘子,贈答,悲別,恋,女歌,中臣宅守

[題詞](中臣朝臣宅守与狭野弟上娘子贈答歌)

和我世故之 氣太之麻可良<婆> 思漏多倍乃 蘇R乎布良左祢 見都追志努波牟

吾が背子し けだし罷らば 白栲の 袖を振らさね 見つつ偲はむ 

わがせこし けだしまからば [しろたへの] そでをふらさね みつつしのはむ
・・・・・・・・・・・
愛しい君よ

どうしても行かれるのなら

お着せするこの白妙の袖を振って

み魂をお鎮めください

越への峠の上で
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3726作者:狭野弟上娘子,贈答,枕詞,悲別,恋,女歌,中臣宅守

[題詞](中臣朝臣宅守与狭野弟上娘子贈答歌)

己能許呂波 古非都追母安良牟 多麻久之氣 安氣弖乎知欲利 須辨奈可流倍思

このころは 恋ひつつもあらむ 玉櫛笥 明けてをちより すべなかるべし 

このころは こひつつもあらむ [たまくしげ] あけてをちより すべなかるべし
・・・・・・・・・・・
今のうちは
 
恋い焦がれながらいられるけれど
  
夜が明けたら君は去るのね  もう

どうしようもなくなるでしょう
・・・・・・・・・・・



3727作者:中臣宅守,贈答,悲別,恋,配流,狭野弟上娘子

[題詞](中臣朝臣宅守与狭野弟上娘子贈答歌)

知里比治能 可受尓母安良奴 和礼由恵尓 於毛比和夫良牟 伊母我可奈思佐

塵泥の 数にもあらぬ 吾れゆゑに 思ひわぶらむ 妹がかなしさ 

ちりひぢの かずにもあらぬ われゆゑに おもひわぶらむ いもがかなしさ
・・・・・・・・・・・
塵や泥のように 

物の数にもはいらない私のために

今ごろはさぞ辛い思いをしているだろうな

妻よ悲しかろう  すまん
・・・・・・・・・・・



3728作者:中臣宅守,贈答,配流,狭野弟上娘子

[題詞](中臣朝臣宅守与狭野弟上娘子贈答歌)

安乎尓与之 奈良能於保知波 由<吉>余家杼 許能山道波 由伎安之可里家利

あをによし 奈良の大道は 行きよけど この山道は 行き悪しかりけり 

[あをによし] ならのおほぢは ゆきよけど このやまみちは ゆきあしかりけり
・・・・・・・・・・・
麗しの奈良の都大路は歩きやすいが

さすがにこの山道は 

何とも行きづらいことよ

流罪の旅も罰のうちか 
・・・・・・・・・・・



3729作者:中臣宅守,贈答,配流,恋,悲別,狭野弟上娘子

[題詞](中臣朝臣宅守与狭野弟上娘子贈答歌)

宇流波之等 安我毛布伊毛乎 於毛比都追 由氣婆可母等奈 由伎安思可流良武

愛しと 吾が思ふ妹を 思ひつつ 行けばかもとな 行き悪しかるらむ 

うるはしと あがもふいもを おもひつつ ゆけばかもとな ゆきあしかるらむ
・・・・・・・・・・・
愛しいとわが思う妻を

なおも思い続けながら行くからか 

みだりやたらに 行くのが辛いことよ
・・・・・・・・・・・



3730作者:中臣宅守,贈答,配流,恋,手向け,悲別,狭野弟上娘子

[題詞](中臣朝臣宅守与狭野弟上娘子贈答歌)

加思故美等 能良受安里思乎 美故之治能 多武氣尓多知弖 伊毛我名能里都

畏みと 告らずありしを み越道の 手向けに立ちて 妹が名告りつ 

かしこみと のらずありしを みこしぢの たむけにたちて いもがなのりつ
・・・・・・・・・・・
名を口にするのは畏れ多いと

だまって来たのに

越路の峠に立ったら

こみあげるように

あなたの名を叫んでしまったよ

峠(たむけ)の神を恐れもせずに
・・・・・・・・・・・


3711遣新羅使,対馬,長崎,望郷

[題詞](竹敷浦舶泊之時<各>陳心緒作歌十八首)

和我袖波 多毛登等保里弖 奴礼奴等母 故非和須礼我比 等良受波由可自

吾が袖は 手本通りて 濡れぬとも 恋忘れ貝 取らずは行かじ 

わがそでは たもととほりて ぬれぬとも こひわすれがひ とらずはゆかじ
・・・・・・・・・・・
私の衣の袖口を通して濡れたとしても

苦しい恋を忘れさせる

恋忘貝を拾わずには

もうどこにも行けない
・・・・・・・・・・・



3712遣新羅使,枕詞,対馬,長崎,望郷

[題詞](竹敷浦舶泊之時<各>陳心緒作歌十八首)

奴<婆>多麻能 伊毛我保須倍久 安良奈久尓 和我許呂母弖乎 奴礼弖伊可尓勢牟

ぬばたまの 妹が干すべく あらなくに 吾が衣手を 濡れていかにせむ 

[ぬばたまの] いもがほすべく あらなくに わがころもでを ぬれていかにせむ
・・・・・・・・・・・
夜に人に知られず逢った貴女

濡れれば乾してくれた貴女

私の衣の袖口が濡れているんだよ貴女

でも 貴女はいない

どうしたらいいんだ
・・・・・・・・・・・



3713遣新羅使,望郷,対馬,長崎

[題詞](竹敷浦舶泊之時<各>陳心緒作歌十八首)

毛美知婆波 伊麻波宇都呂布 和伎毛故我 麻多牟等伊比之 等伎能倍由氣婆

黄葉は 今はうつろふ 吾妹子が 待たむと言ひし 時の経ゆけば 

もみちばは いまはうつろふ わぎもこが またむといひし ときのへゆけば
・・・・・・・・・・・
黄葉が散って木々の色が変わる

妻がお待ちしますと言っていた

再会の時が過ぎてしまう

私の還りを待つと云ったその時が

経ってしまえばもう逢えないのでは
・・・・・・・・・・・



3714遣新羅使,恋,望郷,対馬,長崎

[題詞](竹敷浦舶泊之時<各>陳心緒作歌十八首)

安<伎>佐礼婆 故非之美伊母乎 伊米尓太尓 比左之久見牟乎 安氣尓家流香聞

秋されば 恋しみ妹を 夢にだに 久しく見むを 明けにけるかも 

あきされば こひしみいもを いめにだに ひさしくみむを あけにけるかも
・・・・・・・・・・・
秋になれば

何故か妻恋しさが深まるのに

夢すらも妻の面影を消して

夜は明けるのだ
・・・・・・・・・・・



3715遣新羅使,望郷,恋,孤独,対馬,長崎

[題詞](竹敷浦舶泊之時<各>陳心緒作歌十八首)

比等里能未 伎奴流許呂毛能 比毛等加婆 多礼可毛由波牟 伊敝杼保久之弖

ひとりのみ 着寝る衣の 紐解かば 誰れかも結はむ 家遠くして 

ひとりのみ きぬるころもの ひもとかば たれかもゆはむ いへどほくして
・・・・・・・・・・・
一人で寝る時も着ている衣

その紐を解くと

誰かが結んでくれることはない

家は遥かに遠い彼方よ

そこに妻はいる
・・・・・・・・・・・



3716遣新羅使,叙景,対馬,長崎

[題詞](竹敷浦舶泊之時<各>陳心緒作歌十八首)

安麻久毛能 多由多比久礼婆 九月能 毛未知能山毛 宇都呂比尓家里

天雲の たゆたひ来れば 九月の 黄葉の山も うつろひにけり 

あまくもの たゆたひくれば ながつきの もみちのやまも うつろひにけり
・・・・・・・・・・・
天雲が漂い流れる九月ともなれば

黄葉の山の木々の彩りは

枯れて寂しくうつろい行くことよ
・・・・・・・・・・・



3717遣新羅使,望郷,対馬,長崎

[題詞](竹敷浦舶泊之時<各>陳心緒作歌十八首)

多婢尓弖<毛> <母>奈久波也許<登> 和伎毛故我 牟須妣思比毛波 奈礼尓家流香聞

旅にても 喪なく早来と 吾妹子が 結びし紐は なれにけるかも 

たびにても もなくはやこと わぎもこが むすびしひもは なれにけるかも
・・・・・・・・・・・
旅先で事なく早く帰って来てと

私の愛しい妻が結んでくれた契の紐だが

もうよれよれに萎えてしまったなあ
・・・・・・・・・・・



3718遣新羅使,姫路,兵庫,孤独,望郷,帰途

[題詞]廻来筑紫海路入京到播磨國家嶋之時作歌五首

伊敝之麻波 奈尓許曽安里家礼 宇奈波良乎 安我古非伎都流 伊毛母安良奈久尓

家島は 名にこそありけれ 海原を 吾が恋ひ来つる 妹もあらなくに 

いへしまは なにこそありけれ うなはらを あがこひきつる いももあらなくに
・・・・・・・・・・・
家島の家というのは名ばかりだった

遠い船路を恋い焦がれてやって来たのに

家に待っているはずの妻はいなかった
・・・・・・・・・・・



3719遣新羅使,枕詞,望郷,帰途,姫路,兵庫

[題詞](廻来筑紫海路入京到播磨國家嶋之時作歌五首)

久左麻久良 多婢尓比左之久 安良米也等 伊毛尓伊比之乎 等之能倍奴良久

草枕 旅に久しく あらめやと 妹に言ひしを 年の経ぬらく 

[くさまくら] たびにひさしく あらめやと いもにいひしを としのへぬらく
・・・・・・・・・・・
この旅はそんなに長くはないはずだと

妻に言って出てきたのに

つらい旅で年も越してしまった
・・・・・・・・・・・



3720遣新羅使,淡路,兵庫,姫路,望郷,帰途

[題詞](廻来筑紫海路入京到播磨國家嶋之時作歌五首)

和伎毛故乎 由伎弖波也美武 安波治之麻 久毛為尓見延奴 伊敝都久良之母

吾妹子を 行きて早見む 淡路島 雲居に見えぬ 家つくらしも 

わぎもこを ゆきてはやみむ あはぢしま くもゐにみえぬ いへづくらしも
・・・・・・・・・・・
私の愛しい妻に早く逢いたい

淡路島よ

雲の彼方に見えるぞ

やっと家に着けるらしいな
・・・・・・・・・・・


3701遣新羅使,長崎,対馬,望郷,作者:大伴三中

[題詞](竹敷浦舶泊之時<各>陳心緒作歌十八首)

多可之伎能 母美知乎見礼婆 和藝毛故我 麻多牟等伊比之 等伎曽伎尓家流

竹敷の 黄葉を見れば 吾妹子が 待たむと言ひし 時ぞ来にける 

たかしきの もみちをみれば わぎもこが またむといひし ときぞきにける
・・・・・・・・・・・
竹敷の木の葉が色づくのを見ると

妻が帰りを待っていると言った

その時がもうきてしまったのだ
・・・・・・・・・・・



3702遣新羅使,長崎,対馬,叙景,作者:壬生宇太麻呂

[題詞](竹敷浦舶泊之時<各>陳心緒作歌十八首)

多可思吉能 宇良<未>能毛美知 <和>礼由伎弖 可敝里久流末R 知里許須奈由米

竹敷の 浦廻の黄葉 吾れ行きて 帰り来るまで 散りこすなゆめ 

たかしきの うらみのもみち われゆきて かへりくるまで ちりこすなゆめ
・・・・・・・・・・・
竹敷の浦のモミジ葉よ

新羅へ行って還って来るまで

けっして散ってしまうな
・・・・・・・・・・・



3703遣新羅使,長崎,対馬,叙景,作者:大蔵麻呂

[題詞](竹敷浦舶泊之時<各>陳心緒作歌十八首)

多可思吉能 宇敝可多山者 久礼奈為能 也之保能伊呂尓 奈里尓家流香聞

竹敷の 宇敝可多山は 紅の 八しほの色に なりにけるかも 

たかしきの うへかたやまは くれなゐの やしほのいろに なりにけるかも
・・・・・・・・・・・
竹敷の 宇敝可多山は

紅花で何度も染めた

八しほの色に色付いたことよ
・・・・・・・・・・・
* 「八しほの色」いく度も繰り返し染め汁に浸して染めた濃い色。
* 「ベニバナ 紅花」を水に浸して「黄」を溶かし出し、アクに浸すと紅色色素(カーサミン)が溶けて出る。
これに酢を加えると、カーサミンが沈殿する。
伝統的な口紅は、この沈殿したカーサミンからつくった。

紅花油を燃やして出る煤から紅花墨ができる。
舶来の呉藍(くれのあい)が訛ってクレナイ。

眉掃(まゆは)きを俤(おもかげ)にして紅粉(べに)の花  芭蕉 




3704遣新羅使,長崎,対馬,遊行女婦,作者:玉槻,女歌

[題詞](竹敷浦舶泊之時<各>陳心緒作歌十八首)

毛美知婆能 知良布山邊由 許具布祢能 尓保比尓米R弖 伊R弖伎尓家里

黄葉の 散らふ山辺ゆ 漕ぐ船の にほひにめでて 出でて来にけり 

もみちばの ちらふやまへゆ こぐふねの にほひにめでて いでてきにけり
・・・・・・・・・・・
黄葉が宙を散り流れる

山辺近くを漕ぐ船は

山が黄葉で染まるのを愛でるように

舟出して来たようです
・・・・・・・・・・・



3705遣新羅使,長崎,対馬,地名,遊行女婦,作者:玉槻,女歌

[題詞](竹敷浦舶泊之時<各>陳心緒作歌十八首)

多可思吉能 多麻毛奈<婢>可之 己<藝>R奈牟 君我美布祢乎 伊都等可麻多牟

竹敷の 玉藻靡かし 漕ぎ出なむ 君がみ船を いつとか待たむ 

たかしきの たまもなびかし こぎでなむ きみがみふねを いつとかまたむ
・・・・・・・・・・・
竹敷の海の

美しい藻を靡せながら

貴方の乗る御船は漕ぎ出して行く

でも 教えて欲しい

お帰りをいつと思って

お待ちしたらいいかを
・・・・・・・・・・・



3706遣新羅使,土地讃美,長崎,対馬,作者:阿倍継麻呂

[題詞](竹敷浦舶泊之時<各>陳心緒作歌十八首)

多麻之家流 伎欲吉奈藝佐乎 之保美弖婆 安可受和礼由久 可反流左尓見牟

玉敷ける 清き渚を 潮満てば 飽かず吾れ行く 帰るさに見む 

[たましける] きよきなぎさを しほみてば あかずわれゆく かへるさにみむ
・・・・・・・・・・・
玉を敷いたような清らかな渚に

潮が満ちて船出のときがきた

愛でて飽きない渚だが

また ここに還って来て見よう
・・・・・・・・・・・
* 



3707遣新羅使,土地讃美,長崎,対馬,作者:壬生宇太麻呂

[題詞](竹敷浦舶泊之時<各>陳心緒作歌十八首)

安伎也麻能 毛美知乎可射之 和我乎礼婆 宇良之保美知久 伊麻太安可奈久尓

秋山の 黄葉をかざし 吾が居れば 浦潮満ち来 いまだ飽かなくに 

あきやまの もみちをかざし わがをれば うらしほみちく いまだあかなくに
・・・・・・・・・・・
秋山の黄葉を髪に挿して

私が楽しんで居る間に

浦に潮が満ちて来た

まだ飽きてはいないが

行かなければ
・・・・・・・・・・・



3708遣新羅使,望郷,長崎,対馬,作者:阿倍継麻呂

[題詞](竹敷浦舶泊之時<各>陳心緒作歌十八首)

毛能毛布等 比等尓波美要<緇> 之多婢毛能 思多由故布流尓 都<奇>曽倍尓家流

物思ふと 人には見えじ 下紐の 下ゆ恋ふるに 月ぞ経にける 

ものもふと ひとにはみえじ [したびもの] したゆこふるに つきぞへにける
・・・・・・・・・・・
物思いに沈んでいると人には見えまいが

下袴の紐の郷の妻よ

心の中でひそかに恋い焦がれても

苦しく月日は経ていく
・・・・・・・・・・・



3709遣新羅使,長崎,対馬,望郷,みやげ

[題詞](竹敷浦舶泊之時<各>陳心緒作歌十八首)

伊敝豆刀尓 可比乎比里布等 於伎敝欲里 与世久流奈美尓 許呂毛弖奴礼奴

家づとに 貝を拾ふと 沖辺より 寄せ来る波に 衣手濡れぬ 

いへづとに かひをひりふと おきへより よせくるなみに ころもでぬれぬ
・・・・・・・・・・・
家への土産に貝を拾おうとして

沖から打ち寄せる波に

私の袖が濡れたよ

きみをしのぶ

こみ上げた涙で濡れたんだ
・・・・・・・・・・・



3710遣新羅使,対馬,長崎

[題詞](竹敷浦舶泊之時<各>陳心緒作歌十八首)

之保非奈<婆> 麻多母和礼許牟 伊射遊賀武 於伎都志保佐為 多可久多知伎奴

潮干なば またも吾れ来む いざ行かむ 沖つ潮騒 高く立ち来ぬ 

しほひなば またもわれこむ いざゆかむ おきつしほさゐ たかくたちきぬ
・・・・・・・・・・・
潮が干いたらまた 来ればいい

さあ 行こうか

沖から潮騒の音が

高く立って来たから

潮が干いたらまた来ればいい
・・・・・・・・・・・


3691遣新羅使,挽歌,雪宅麻呂,作者:葛井子老,枕詞,哀悼,壱岐,長崎

[題詞]


・・・・・・・・・・・・
天地等ー天地とー[あめつちと]ー天地と
登毛尓母我毛等ーともにもがもとー共に長生きしたいと
於毛比都々ー思ひつつーおもひつつー思いながら
安里家牟毛能乎ーありけむものをーありけむものをー生きていただろうに
波之家也思ーはしけやしーいたわしいことよ
伊敝乎波奈礼弖ー家を離れてーいへをはなれてー家を離れて
奈美能宇倍由ー波の上ゆーなみのうへゆー波のうえを
奈豆佐比伎尓弖ーなづさひ来にてーなづさひきにてー水に浮いて(浸かって)漂い来た
安良多麻能ー[あらたまの]ー
月日毛伎倍奴ー月日も来経ぬーつきひもきへぬー月日は経ち
可里我祢母ー雁がねもーかりがねもー雁が
都藝弖伎奈氣婆ー継ぎて来鳴けばーつぎてきなけばー来て鳴く秋になって
多良知祢能ー[たらちねの]ー
波々母都末良母ー母も妻らもーははもつまらもー母も妻も
安<佐>都由尓ー朝露にーあさつゆにー朝露の中で
毛能須蘇比都知ー裳の裾ひづちーものすそひづちー着物の裾を引きずり
由布疑里尓ー夕霧にーゆふぎりにー夕霧の中で
己呂毛弖奴礼弖ー衣手濡れてーころもでぬれてー衣の袖を濡らしながら
左伎久之毛ー幸くしもーさきくしもー君が無事で
安流良牟其登久ーあるらむごとくーいるかとばかりに
伊○見都追ー出で見つつーいでみつつー門を出ては
麻都良牟母能乎ー待つらむものをーまつらむものをー待っていようものを
世間能ー世間のーよのなかのー世の中の
比登<乃>奈氣伎<波>ー人の嘆きはーひとのなげきはー人の嘆きを
安比於毛波奴ー相思はぬーあひおもはぬー思いいたらぬ・思ってもくれない
君尓安礼也母ー君にあれやもーきみにあれやもー君ではないのに
安伎波疑能ー秋萩のーあきはぎのー秋萩の
知良敝流野邊乃ー散らへる野辺のーちらへるのへのー散りしきる野辺に
波都乎花ー初尾花ーはつをばなー初尾花の
可里保尓布<伎>弖ー仮廬に葺きてーかりほにふきてー仮廬を葺いて
久毛婆奈礼ー雲離れー[くもばなれ]ー雲が切れ・遠く離れ
等保伎久尓敝能ー遠き国辺のーとほきくにへのー(故郷を遠く離れた)この壱岐で
都由之毛能ー露霜のー[つゆしもの]ー露霜のおりる
佐武伎山邊尓ー寒き山辺にーさむきやまへにー寒い山辺に
夜杼里世流良牟ー宿りせるらむーやどりせるらむー宿る・屍をさらす君よ
・・・・・・・・・・・・
  

 
 
3692遣新羅使,挽歌,雪宅麻呂,作者:葛井子老,哀悼,壱岐,長崎

[題詞]反歌二首

波之家也思 都麻毛古杼毛母 多可多加尓 麻都良牟伎美也 之麻我久礼奴流

はしけやし 妻も子どもも 高々に 待つらむ君や 島隠れぬる 

はしけやし つまもこどもも たかたかに まつらむきみや しまがくれぬる
・・・・・・・・・・・・
いとおしい妻も子供も

いま帰るかいま帰るかと

首を長くして

待っているだろうに

その君がこんな辺鄙な島に 

隠くれてしまうなんて
・・・・・・・・・・・・
* 「はしけやし」 形容詞「は(愛)し」の連体形+間投助詞「やし」。いとおしい



3693遣新羅使,挽歌,雪宅麻呂,作者:葛井子老,枕詞,哀悼,壱岐,長崎

[題詞](反歌二首)

毛美知葉能 知里奈牟山尓 夜杼里奴流 君乎麻都良牟 比等之可奈之母

黄葉の 散りなむ山に 宿りぬる 君を待つらむ 人し悲しも 

もみちばの ちりなむやまに やどりぬる きみをまつらむ ひとしかなしも
・・・・・・・・・・・・
もみじ葉の散り降る山の土を

宿り場にして逝ってしまった

君の帰りを待っているだろう家人が

哀れに思われることだ
・・・・・・・・・・・・



3694遣新羅使,挽歌,作者:六人部鯖麻呂,哀悼,雪宅麻呂,壱岐,長崎

[題詞]

・・・・・・・・・・・・
和多都美能ー[わたつみの]ー海神のいます
<可>之故伎美知乎ー畏き道をーかしこきみちをー恐ろしい道を
也須家口母ー安けくもーやすけくもー安らかな思いの
奈久奈夜美伎弖ーなく悩み来てーなくなやみきてー何一つなく来て
伊麻太尓母ー今だにもーいまだにもー今からは
毛奈久由可牟登ー喪なく行かむとーもなくゆかむとー禍もなく行こうと
由吉能安末能ー壱岐の海人のーゆきのあまのー壱岐の海人部の
保都手乃宇良敝乎ーほつての占部をーほつてのうらへをー名高い占(うら)で
可多夜伎弖ー肩焼きてーかたやきてー肩骨を焼いての
由加武<等>須流尓ー行かむとするにーゆかむとするにーこれから往こうとする矢先に
伊米能其等ー夢のごとーいめのごとー夢のように
美知能蘇良治尓ー道の空路にーみちのそらぢにー空へ旅立つ
和可礼須流伎美ー別れする君ーわかれするきみー別れをする君よ
・・・・・・・・・・・・
 


3695遣新羅使,挽歌,作者:六人部鯖麻呂,哀悼,雪宅麻呂,序詞,壱岐,長崎

[題詞]反歌二首

牟可之欲里 伊比<祁>流許等乃 可良久尓能 可良久毛己許尓 和可礼須留可聞

昔より 言ひけることの 韓国の からくもここに 別れするかも 

[むかしより いひけることの からくにの] からくもここに わかれするかも
・・・・・・・・・・・・
昔より言われてきたように

からくにのその名のように辛くても

ここで貴方と別れをしよう
・・・・・・・・・・・・



3696遣新羅使,挽歌,作者:六人部鯖麻呂,哀悼,雪宅麻呂,壱岐,長崎

[題詞](反歌二首)

新羅奇敝可 伊敝尓可加反流 由吉能之麻 由加牟多登伎毛 於毛比可祢都母

新羅へか 家にか帰る 壱岐の島 行かむたどきも 思ひかねつも 

しらきへか いへにかかへる ゆきのしま ゆかむたどきも おもひかねつも
・・・・・・・・・・・・
新羅へゆくか

家へに帰るか

ゆきの島

帰るか行くか

方便すら覚束ない
・・・・・・・・・・・・



3697遣新羅使,長崎,対馬,叙景

[題詞]到對馬嶋淺茅浦舶泊之時不得順風經停五箇日於是瞻望物華各陳慟心作歌三首

毛母布祢乃 波都流對馬能 安佐治山 志具礼能安米尓 毛美多比尓家里

百船の 泊つる対馬の 浅茅山 しぐれの雨に もみたひにけり 

ももふねの はつるつしまの あさぢやま しぐれのあめに もみたひにけり
・・・・・・・・・・・・
多くの渡り船が泊まる対馬で

しぐれの雨に黄葉する

浅茅山よ

いつまで停泊させるのか
・・・・・・・・・・・・



3698遣新羅使,長崎,対馬,望郷,枕詞

[題詞](到對馬嶋淺茅浦舶泊之時不得順風經停五箇日於是瞻望物華各陳慟心作歌三首)

安麻射可流 比奈尓毛月波 弖礼々杼母 伊毛曽等保久波 和可礼伎尓家流

天離る 鄙にも月は 照れれども 妹ぞ遠くは 別れ来にける 

[あまざかる] ひなにもつきは てれれども いもぞとほくは わかれきにける
・・・・・・・・・・・・
対馬でも月は照っているが

都にいる妻とは

なんと遠く離れて来たものよ
・・・・・・・・・・・・



3699遣新羅使,長崎,対馬,望郷

[題詞](到對馬嶋淺茅浦舶泊之時不得順風經停五箇日於是瞻望物華各陳慟心作歌三首)

安伎左礼婆 於久都由之毛尓 安倍受之弖 京師乃山波 伊呂豆伎奴良牟

秋去れば 置く露霜に あへずして 都の山は 色づきぬらむ 

あきされば おくつゆしもに あへずして みやこのやまは いろづきぬらむ
・・・・・・・・・・・・
秋がきてしまった

地に置く露霜にあらがえず

黄葉する対馬の嶺を見れば思う 

京の山の色付いているあの景色を
・・・・・・・・・・・・



3700遣新羅使,長崎,対馬,叙景,作者:阿倍継麻呂

[題詞]竹敷浦舶泊之時<各>陳心緒作歌十八首

安之比奇能 山下比可流 毛美知葉能 知里能麻河比波 計布仁聞安流香母

あしひきの 山下光る 黄葉の 散りの乱ひは 今日にもあるかも 

[あしひきの] やましたひかる もみちばの ちりのまがひは けふにもあるかも
・・・・・・・・・・・・
山裾が照り輝く黄葉の

その散りまがう景色は

今日も盛りであろうか

京もまた
・・・・・・・・・・・・


3681遣新羅使,天平8年,羈旅,佐賀県,唐津市,神集島,望郷,作者:秦田麻呂

[題詞]肥前國松浦郡狛嶋亭舶泊之夜遥望海浪各慟旅心作歌七首

可敝里伎弖 見牟等於毛比之 和我夜度能 安伎波疑須々伎 知里尓家武可聞

帰り来て 見むと思ひし 吾が宿の 秋萩すすき 散りにけむかも 

かへりきて みむとおもひし わがやどの あきはぎすすき ちりにけむかも
・・・・・・・・・・・
都に帰って来た時には 

見られると思っていたわが家の庭の

秋萩やススキはもう散ってしまうだろうか
・・・・・・・・・・・



3682遣新羅使,佐賀県,唐津市,神集島,遊行女婦,宴席,女歌,作者:娘子

[題詞](肥前國松浦郡狛嶋亭舶泊之夜遥望海浪各慟旅心作歌七首)

安米都知能 可未乎許比都々 安礼麻多武 波夜伎万世伎美 麻多婆久流思母

天地の 神を祈ひつつ 吾れ待たむ 早来ませ君 待たば苦しも 

あめつちの かみをこひつつ あれまたむ はやきませきみ またばくるしも
・・・・・・・・・・・
天地の神に祈りながら

私は待ちましょう

早く帰って来て下さい

待つという

辛い気持ちでいますから
・・・・・・・・・・・



3683遣新羅使,天平8年,佐賀県,唐津市,神集島,女歌,恋

[題詞](肥前國松浦郡狛嶋亭舶泊之夜遥望海浪各慟旅心作歌七首)

伎美乎於毛比 安我古非万久波 安良多麻乃 多都追奇其等尓 与久流日毛安良自

君を思ひ 吾が恋ひまくは あらたまの 立つ月ごとに 避くる日もあらじ 

きみをおもひ あがこひまくは [あらたまの] たつつきごとに よくるひもあらじ
・・・・・・・・・・・
あなたを想い恋いし続けることは

月日が経つたびごとの

物忌み避ける日すらありません
・・・・・・・・・・・



3684遣新羅使,天平8年,佐賀県,唐津市,神集島,孤独,恋

[題詞](肥前國松浦郡狛嶋亭舶泊之夜遥望海浪各慟旅心作歌七首)

秋夜乎 奈我美尓可安良武 奈曽許々波 伊能祢良要奴毛 比等里奴礼婆可

秋の夜を 長みにかあらむ なぞここば 寐の寝らえぬも ひとり寝ればか 

あきのよを ながみにかあらむ なぞここば いのねらえぬも ひとりぬればか
・・・・・・・・・・・
秋の夜長のためか

なぜもこんなに寝るのに寝られないのだろう

独りで寝るからか
・・・・・・・・・・・



3685遣新羅使,天平8年,佐賀県,唐津市,神集島,伝説,神功皇后,望郷

[題詞](肥前國松浦郡狛嶋亭舶泊之夜遥望海浪各慟旅心作歌七首)

多良思比賣 御舶波弖家牟 松浦乃宇美 伊母我麻都<倍>伎 月者倍尓都々

足日女 御船泊てけむ 松浦の海 妹が待つべき 月は経につつ 

[たらしひめ みふねはてけむ まつらのうみ] いもがまつべき つきはへにつつ
・・・・・・・・・・・
神功皇后の御船が泊ったという

松浦の海にいて

妻が待つ約束の月は

ただいたづらに過ぎてゆく
・・・・・・・・・・・
* 「足日女」は「息長足日女尊すなわち神功皇后」。
* 「けむ」は過去の推量助動詞。「〜たのであろう」。
* 「べき」は推量の助動詞、「にちがいない。〜だろう」。
* 「つつ」は反復動作継続の接続助詞、「〜つづけて」。



3686遣新羅使,佐賀県,唐津市,神集島,望郷

[題詞](肥前國松浦郡狛嶋亭舶泊之夜遥望海浪各慟旅心作歌七首)

多婢奈礼婆 於毛比多要弖毛 安里都礼杼 伊敝尓安流伊毛之 於母比我奈思母

旅なれば 思ひ絶えても ありつれど 家にある妹し 思ひ悲しも 

たびなれば おもひたえても ありつれど いへにあるいもし おもひがなしも
・・・・・・・・・・・
旅の途中なので

恋心は絶ちきっているが

家にいる妻を想うとかなしくなる
・・・・・・・・・・・



3687遣新羅使,佐賀県,唐津市,神集島,枕詞,望郷

[題詞](肥前國松浦郡狛嶋亭舶泊之夜遥望海浪各慟旅心作歌七首)

安思必奇能 山等妣古<由>留 可里我祢波 美也故尓由加波 伊毛尓安比弖許祢

あしひきの 山飛び越ゆる 鴈がねは 都に行かば 妹に逢ひて来ね 

[あしひきの] やまとびこゆる かりがねは みやこにゆかば いもにあひてこね
・・・・・・・・・・・
山々の空を飛んで渡る鴈よ

奈良の都に行ったなら

私の妻にきっと逢って来い
・・・・・・・・・・・



3688遣新羅使,天平8年,壱岐,挽歌,雪宅麻呂,枕詞,行路死人,長崎

[題詞]到壹岐嶋雪連宅満忽遇鬼病死去之時作歌一首[并短歌]

[左注]右三首挽歌

・・・・・・・・・・・
須賣呂伎能ー天皇のーすめろきのー大王の
等保能朝庭等ー遠の朝廷とーとほのみかどとー遠の朝廷から
可良國尓ー韓国にーからくににー韓国に
和多流和我世波ー渡る吾が背はーわたるわがせはー渡るあなたは
伊敝妣等能ー家人のーいへびとのー家族が
伊波比麻多祢可ー斎ひ待たねかーいはひまたねかー神を斎ひ待たないからか
多太<未>可母ー正身かもーただみかもー自分でも 
安夜麻知之家牟ー過ちしけむーあやまちしけむー過ちをしたからか
安吉佐良婆ー秋去らば ーあきさらばー秋が来たら
可敝里麻左牟等ー帰りまさむとーかへりまさむとー還って来るでしょうと
多良知祢能ー[たらちねの]ー
波々尓麻乎之弖ー母に申してーははにまをしてー母に告げ
等伎毛須疑ー時も過ぎーときもすぎーその秋も過ぎ
都奇母倍奴礼婆ー月も経ぬればーつきもへぬればー月日も経ったので
今日可許牟ー今日か来むーけふかこむー今日は帰るか
明日可蒙許武登ー明日かも来むとーあすかもこむとー明日には帰るかと
伊敝<妣>等波ー家人はーいへびとはー家の人は
麻知故布良牟尓ー待ち恋ふらむにーまちこふらむにー待ちわびているだろうに
等保能久尓ー遠の国ーとほのくにー遠い国に
伊麻太毛都可受ーいまだも着かずーいまだもつかずー未だ着かず
也麻等乎毛ー大和をもーやまとをもー大和をも
登保久左可里弖ー遠く離りてーとほくさかりてー遠く離れて
伊波我祢乃ー岩が根のーいはがねのー岩のごつごつした
安良伎之麻祢尓ー荒き島根にーあらきしまねにー荒涼とした島の陰を
夜杼理須流君ー宿りする君ーやどりするきみー宿にして身を休めている貴方
・・・・・・・・・・・




3689遣新羅使,挽歌,壱岐,雪宅麻呂,行路死人,長崎

[題詞](到壹岐嶋雪連宅満忽遇鬼病死去之時作歌一首[并短歌])反歌二首

伊波多野尓 夜杼里須流伎美 伊敝妣等乃 伊豆良等和礼乎 等<波婆>伊可尓伊波牟

岩田野に 宿りする君 家人の いづらと吾れを 問はばいかに言はむ 

いはたのに やどりするきみ いへびとの いづらとわれを とはばいかにいはむ
・・・・・・・・・・・
壱岐の石田の野を宿として永眠についた君よ

故郷の人が君のことを

どうしていますと私に尋ねたら

何と言ったらいいのだろうか
・・・・・・・・・・・



3690遣新羅使,挽歌,壱岐,雪宅麻呂,恋,長崎

[題詞]((到壹岐嶋雪連宅満忽遇鬼病死去之時作歌一首[并短歌])反歌二首)

与能奈可波 都祢可久能未等 和可礼奴流 君尓也毛登奈 安我孤悲由加牟

世間は 常かくのみと 別れぬる 君にやもとな 吾が恋ひ行かむ 

よのなかは つねかくのみと わかれぬる きみにやもとな あがこひゆかむ
・・・・・・・・・・・
世の中はいつもこのように儚いものと言わんばかりに

別れていった君を

私は偲びながら行きましょう
・・・・・・・・・・・
* 「きみにやもとな」 あなたに、ただわけもなく
* 「あがこひゆかむ」 私は貴方のことを忘れず旅を続けてゆくのだろうか


<>3681遣新羅使,天平8年,羈旅,佐賀県,唐津市,神集島,望郷,作者:秦田麻呂

[題詞]肥前國松浦郡狛嶋亭舶泊之夜遥望海浪各慟旅心作歌七首

可敝里伎弖 見牟等於毛比之 和我夜度能 安伎波疑須々伎 知里尓家武可聞

帰り来て 見むと思ひし 吾が宿の 秋萩すすき 散りにけむかも 

かへりきて みむとおもひし わがやどの あきはぎすすき ちりにけむかも
・・・・・・・・・・・
都に帰って来た時には 

見られると思っていたわが家の庭の

秋萩やススキはもう散ってしまうだろうか
・・・・・・・・・・・



3682遣新羅使,佐賀県,唐津市,神集島,遊行女婦,宴席,女歌,作者:娘子

[題詞](肥前國松浦郡狛嶋亭舶泊之夜遥望海浪各慟旅心作歌七首)

安米都知能 可未乎許比都々 安礼麻多武 波夜伎万世伎美 麻多婆久流思母

天地の 神を祈ひつつ 吾れ待たむ 早来ませ君 待たば苦しも 

あめつちの かみをこひつつ あれまたむ はやきませきみ またばくるしも
・・・・・・・・・・・
天地の神に祈りながら

私は待ちましょう

早く帰って来て下さい

待つという

辛い気持ちでいますから
・・・・・・・・・・・



3683遣新羅使,天平8年,佐賀県,唐津市,神集島,女歌,恋

[題詞](肥前國松浦郡狛嶋亭舶泊之夜遥望海浪各慟旅心作歌七首)

伎美乎於毛比 安我古非万久波 安良多麻乃 多都追奇其等尓 与久流日毛安良自

君を思ひ 吾が恋ひまくは あらたまの 立つ月ごとに 避くる日もあらじ 

きみをおもひ あがこひまくは [あらたまの] たつつきごとに よくるひもあらじ
・・・・・・・・・・・
あなたを想い恋いし続けることは

月日が経つたびごとの

物忌み避ける日すらありません
・・・・・・・・・・・



3684遣新羅使,天平8年,佐賀県,唐津市,神集島,孤独,恋

[題詞](肥前國松浦郡狛嶋亭舶泊之夜遥望海浪各慟旅心作歌七首)

秋夜乎 奈我美尓可安良武 奈曽許々波 伊能祢良要奴毛 比等里奴礼婆可

秋の夜を 長みにかあらむ なぞここば 寐の寝らえぬも ひとり寝ればか 

あきのよを ながみにかあらむ なぞここば いのねらえぬも ひとりぬればか
・・・・・・・・・・・
秋の夜長のためか

なぜもこんなに寝るのに寝られないのだろう

独りで寝るからか
・・・・・・・・・・・



3685遣新羅使,天平8年,佐賀県,唐津市,神集島,伝説,神功皇后,望郷

[題詞](肥前國松浦郡狛嶋亭舶泊之夜遥望海浪各慟旅心作歌七首)

多良思比賣 御舶波弖家牟 松浦乃宇美 伊母我麻都<倍>伎 月者倍尓都々

足日女 御船泊てけむ 松浦の海 妹が待つべき 月は経につつ 

[たらしひめ みふねはてけむ まつらのうみ] いもがまつべき つきはへにつつ
・・・・・・・・・・・
神功皇后の御船が泊ったという

松浦の海にいて

妻が待つ約束の月は

ただいたづらに過ぎてゆく
・・・・・・・・・・・
* 「足日女」は「息長足日女尊すなわち神功皇后」。
* 「けむ」は過去の推量助動詞。「〜たのであろう」。
* 「べき」は推量の助動詞、「にちがいない。〜だろう」。
* 「つつ」は反復動作継続の接続助詞、「〜つづけて」。



3686遣新羅使,佐賀県,唐津市,神集島,望郷

[題詞](肥前國松浦郡狛嶋亭舶泊之夜遥望海浪各慟旅心作歌七首)

多婢奈礼婆 於毛比多要弖毛 安里都礼杼 伊敝尓安流伊毛之 於母比我奈思母

旅なれば 思ひ絶えても ありつれど 家にある妹し 思ひ悲しも 

たびなれば おもひたえても ありつれど いへにあるいもし おもひがなしも
・・・・・・・・・・・
旅の途中なので

恋心は絶ちきっているが

家にいる妻を想うとかなしくなる
・・・・・・・・・・・



3687遣新羅使,佐賀県,唐津市,神集島,枕詞,望郷

[題詞](肥前國松浦郡狛嶋亭舶泊之夜遥望海浪各慟旅心作歌七首)

安思必奇能 山等妣古<由>留 可里我祢波 美也故尓由加波 伊毛尓安比弖許祢

あしひきの 山飛び越ゆる 鴈がねは 都に行かば 妹に逢ひて来ね 

[あしひきの] やまとびこゆる かりがねは みやこにゆかば いもにあひてこね
・・・・・・・・・・・
山々の空を飛んで渡る鴈よ

奈良の都に行ったなら

私の妻にきっと逢って来い
・・・・・・・・・・・



3688遣新羅使,天平8年,壱岐,挽歌,雪宅麻呂,枕詞,行路死人,長崎

[題詞]到壹岐嶋雪連宅満忽遇鬼病死去之時作歌一首[并短歌]

[左注]右三首挽歌

・・・・・・・・・・・
須賣呂伎能ー天皇のーすめろきのー大王の
等保能朝庭等ー遠の朝廷とーとほのみかどとー遠の朝廷から
可良國尓ー韓国にーからくににー韓国に
和多流和我世波ー渡る吾が背はーわたるわがせはー渡るあなたは
伊敝妣等能ー家人のーいへびとのー家族が
伊波比麻多祢可ー斎ひ待たねかーいはひまたねかー神を斎ひ待たないからか
多太<未>可母ー正身かもーただみかもー自分でも 
安夜麻知之家牟ー過ちしけむーあやまちしけむー過ちをしたからか
安吉佐良婆ー秋去らば ーあきさらばー秋が来たら
可敝里麻左牟等ー帰りまさむとーかへりまさむとー還って来るでしょうと
多良知祢能ー[たらちねの]ー
波々尓麻乎之弖ー母に申してーははにまをしてー母に告げ
等伎毛須疑ー時も過ぎーときもすぎーその秋も過ぎ
都奇母倍奴礼婆ー月も経ぬればーつきもへぬればー月日も経ったので
今日可許牟ー今日か来むーけふかこむー今日は帰るか
明日可蒙許武登ー明日かも来むとーあすかもこむとー明日には帰るかと
伊敝<妣>等波ー家人はーいへびとはー家の人は
麻知故布良牟尓ー待ち恋ふらむにーまちこふらむにー待ちわびているだろうに
等保能久尓ー遠の国ーとほのくにー遠い国に
伊麻太毛都可受ーいまだも着かずーいまだもつかずー未だ着かず
也麻等乎毛ー大和をもーやまとをもー大和をも
登保久左可里弖ー遠く離りてーとほくさかりてー遠く離れて
伊波我祢乃ー岩が根のーいはがねのー岩のごつごつした
安良伎之麻祢尓ー荒き島根にーあらきしまねにー荒涼とした島の陰を
夜杼理須流君ー宿りする君ーやどりするきみー宿にして身を休めている貴方
・・・・・・・・・・・




3689遣新羅使,挽歌,壱岐,雪宅麻呂,行路死人,長崎

[題詞](到壹岐嶋雪連宅満忽遇鬼病死去之時作歌一首[并短歌])反歌二首

伊波多野尓 夜杼里須流伎美 伊敝妣等乃 伊豆良等和礼乎 等<波婆>伊可尓伊波牟

岩田野に 宿りする君 家人の いづらと吾れを 問はばいかに言はむ 

いはたのに やどりするきみ いへびとの いづらとわれを とはばいかにいはむ
・・・・・・・・・・・
壱岐の石田の野を宿として永眠についた君よ

故郷の人が君のことを

どうしていますと私に尋ねたら

何と言ったらいいのだろうか
・・・・・・・・・・・



3690遣新羅使,挽歌,壱岐,雪宅麻呂,恋,長崎

[題詞]((到壹岐嶋雪連宅満忽遇鬼病死去之時作歌一首[并短歌])反歌二首)

与能奈可波 都祢可久能未等 和可礼奴流 君尓也毛登奈 安我孤悲由加牟

世間は 常かくのみと 別れぬる 君にやもとな 吾が恋ひ行かむ 

よのなかは つねかくのみと わかれぬる きみにやもとな あがこひゆかむ
・・・・・・・
世の中はいつもこのように儚いものと言わんばかりに

別れていった君を

私は偲びながら行きましょう
・・・・・・・
* 「きみにやもとな」 あなたに、ただわけもなく
* 「あがこひゆかむ」 私は貴方のことを忘れず旅を続けてゆくのだろうか


3681遣新羅使,天平8年,羈旅,佐賀県,唐津市,神集島,望郷,作者:秦田麻呂

[題詞]肥前國松浦郡狛嶋亭舶泊之夜遥望海浪各慟旅心作歌七首

可敝里伎弖 見牟等於毛比之 和我夜度能 安伎波疑須々伎 知里尓家武可聞

帰り来て 見むと思ひし 吾が宿の 秋萩すすき 散りにけむかも 

かへりきて みむとおもひし わがやどの あきはぎすすき ちりにけむかも
・・・・・・・・
都に帰って来た時には 

見られると思っていたわが家の庭の

秋萩やススキはもう散ってしまうだろうか
・・・・・・・・



3682遣新羅使,佐賀県,唐津市,神集島,遊行女婦,宴席,女歌,作者:娘子

[題詞](肥前國松浦郡狛嶋亭舶泊之夜遥望海浪各慟旅心作歌七首)

安米都知能 可未乎許比都々 安礼麻多武 波夜伎万世伎美 麻多婆久流思母

天地の 神を祈ひつつ 吾れ待たむ 早来ませ君 待たば苦しも 

あめつちの かみをこひつつ あれまたむ はやきませきみ またばくるしも
・・・・・・・・
天地の神に祈りながら

私は待ちましょう

早く帰って来て下さい

待つという

辛い気持ちでいますから
・・・・・・・・



3683遣新羅使,天平8年,佐賀県,唐津市,神集島,女歌,恋

[題詞](肥前國松浦郡狛嶋亭舶泊之夜遥望海浪各慟旅心作歌七首)

伎美乎於毛比 安我古非万久波 安良多麻乃 多都追奇其等尓 与久流日毛安良自

君を思ひ 吾が恋ひまくは あらたまの 立つ月ごとに 避くる日もあらじ 

きみをおもひ あがこひまくは [あらたまの] たつつきごとに よくるひもあらじ
・・・・・・・・
あなたを想い恋いし続けることは

月日が経つたびごとの

物忌み避ける日すらありません
・・・・・・・・



3684遣新羅使,天平8年,佐賀県,唐津市,神集島,孤独,恋

[題詞](肥前國松浦郡狛嶋亭舶泊之夜遥望海浪各慟旅心作歌七首)

秋夜乎 奈我美尓可安良武 奈曽許々波 伊能祢良要奴毛 比等里奴礼婆可

秋の夜を 長みにかあらむ なぞここば 寐の寝らえぬも ひとり寝ればか 

あきのよを ながみにかあらむ なぞここば いのねらえぬも ひとりぬればか
・・・・・・・・
秋の夜長のためか

なぜもこんなに寝るのに寝られないのだろう

独りで寝るからか
・・・・・・・・



3685遣新羅使,天平8年,佐賀県,唐津市,神集島,伝説,神功皇后,望郷

[題詞](肥前國松浦郡狛嶋亭舶泊之夜遥望海浪各慟旅心作歌七首)

多良思比賣 御舶波弖家牟 松浦乃宇美 伊母我麻都<倍>伎 月者倍尓都々

足日女 御船泊てけむ 松浦の海 妹が待つべき 月は経につつ 

[たらしひめ みふねはてけむ まつらのうみ] いもがまつべき つきはへにつつ
・・・・・・・・
神功皇后の御船が泊ったという

松浦の海にいて

妻が待つ約束の月は

ただいたづらに過ぎてゆく
・・・・・・・・
* 「足日女」は「息長足日女尊すなわち神功皇后」。
* 「けむ」は過去の推量助動詞。「〜たのであろう」。
* 「べき」は推量の助動詞、「にちがいない。〜だろう」。
* 「つつ」は反復動作継続の接続助詞、「〜つづけて」。



3686遣新羅使,佐賀県,唐津市,神集島,望郷

[題詞](肥前國松浦郡狛嶋亭舶泊之夜遥望海浪各慟旅心作歌七首)

多婢奈礼婆 於毛比多要弖毛 安里都礼杼 伊敝尓安流伊毛之 於母比我奈思母

旅なれば 思ひ絶えても ありつれど 家にある妹し 思ひ悲しも 

たびなれば おもひたえても ありつれど いへにあるいもし おもひがなしも
・・・・・・・・
旅の途中なので

恋心は絶ちきっているが

家にいる妻を想うとかなしくなる
・・・・・・・・



3687遣新羅使,佐賀県,唐津市,神集島,枕詞,望郷

[題詞](肥前國松浦郡狛嶋亭舶泊之夜遥望海浪各慟旅心作歌七首)

安思必奇能 山等妣古<由>留 可里我祢波 美也故尓由加波 伊毛尓安比弖許祢

あしひきの 山飛び越ゆる 鴈がねは 都に行かば 妹に逢ひて来ね 

[あしひきの] やまとびこゆる かりがねは みやこにゆかば いもにあひてこね
・・・・・・・・
山々の空を飛んで渡る鴈よ

奈良の都に行ったなら

私の妻にきっと逢って来い
・・・・・・・・



3688遣新羅使,天平8年,壱岐,挽歌,雪宅麻呂,枕詞,行路死人,長崎

[題詞]到壹岐嶋雪連宅満忽遇鬼病死去之時作歌一首[并短歌]

[左注]右三首挽歌

・・・・・・・・・・・
須賣呂伎能ー天皇のーすめろきのー大王の
等保能朝庭等ー遠の朝廷とーとほのみかどとー遠の朝廷から
可良國尓ー韓国にーからくににー韓国に
和多流和我世波ー渡る吾が背はーわたるわがせはー渡るあなたは
伊敝妣等能ー家人のーいへびとのー家族が
伊波比麻多祢可ー斎ひ待たねかーいはひまたねかー神を斎ひ待たないからか
多太<未>可母ー正身かもーただみかもー自分でも 
安夜麻知之家牟ー過ちしけむーあやまちしけむー過ちをしたからか
安吉佐良婆ー秋去らば ーあきさらばー秋が来たら
可敝里麻左牟等ー帰りまさむとーかへりまさむとー還って来るでしょうと
多良知祢能ー[たらちねの]ー
波々尓麻乎之弖ー母に申してーははにまをしてー母に告げ
等伎毛須疑ー時も過ぎーときもすぎーその秋も過ぎ
都奇母倍奴礼婆ー月も経ぬればーつきもへぬればー月日も経ったので
今日可許牟ー今日か来むーけふかこむー今日は帰るか
明日可蒙許武登ー明日かも来むとーあすかもこむとー明日には帰るかと
伊敝<妣>等波ー家人はーいへびとはー家の人は
麻知故布良牟尓ー待ち恋ふらむにーまちこふらむにー待ちわびているだろうに
等保能久尓ー遠の国ーとほのくにー遠い国に
伊麻太毛都可受ーいまだも着かずーいまだもつかずー未だ着かず
也麻等乎毛ー大和をもーやまとをもー大和をも
登保久左可里弖ー遠く離りてーとほくさかりてー遠く離れて
伊波我祢乃ー岩が根のーいはがねのー岩のごつごつした
安良伎之麻祢尓ー荒き島根にーあらきしまねにー荒涼とした島の陰を
夜杼理須流君ー宿りする君ーやどりするきみー宿にして身を休めている貴方
・・・・・・・・・・・




3689遣新羅使,挽歌,壱岐,雪宅麻呂,行路死人,長崎

[題詞](到壹岐嶋雪連宅満忽遇鬼病死去之時作歌一首[并短歌])反歌二首

伊波多野尓 夜杼里須流伎美 伊敝妣等乃 伊豆良等和礼乎 等<波婆>伊可尓伊波牟

岩田野に 宿りする君 家人の いづらと吾れを 問はばいかに言はむ 

いはたのに やどりするきみ いへびとの いづらとわれを とはばいかにいはむ
・・・・・・・・
壱岐の石田の野を宿として永眠についた君よ

故郷の人が君のことを

どうしていますと私に尋ねたら

何と言ったらいいのだろうか
・・・・・・・・



3690遣新羅使,挽歌,壱岐,雪宅麻呂,恋,長崎

[題詞]((到壹岐嶋雪連宅満忽遇鬼病死去之時作歌一首[并短歌])反歌二首)

与能奈可波 都祢可久能未等 和可礼奴流 君尓也毛登奈 安我孤悲由加牟

世間は 常かくのみと 別れぬる 君にやもとな 吾が恋ひ行かむ 

よのなかは つねかくのみと わかれぬる きみにやもとな あがこひゆかむ
・・・・・・・・・・・
世の中はいつもこのように儚いものと言わんばかりに

別れていった君を

私は偲びながら行きましょう
・・・・・・・・・・・
* 「きみにやもとな」 あなたに、ただわけもなく
* 「あがこひゆかむ」 私は貴方のことを忘れず旅を続けてゆくのだろうか



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