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<個別再掲載> サ2961 [題詞](正述心緒) 虚蝉之 常辞登 雖念 継而之聞者 心遮焉 [うつせみの] つねのことばと おもへども つぎてしきけば こころまどひぬ
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* 「ことば」は、万葉時代「こと」と云う方が多い。空蝉言とわかっていても 愛してるなんて 何度も聞かされると 変に心がとまどう ・・・・・・・・・・・ * 「空蝉の言葉」は、ありきたりの内容の無い言葉。=「つねのことば」。 * 「つねの」は、並みの。 * 「と」引用。決まり文句。 * 「ども」「ど・ども」 接続助詞 逆接既定条件。活用語の已然形に付いて、逆接の既定条件を示す。「〜けれど」「〜けれども」「〜であっても」などの意。「ど」と「ども」の意味は全く同じ。 * 「継ぎて」何度も何度も。 * 「し」 副助詞。種々の語を承け、それを強く指示して強調する。 * 「聞け」動詞「聞く」の已然形。 * 「ば」は仮定条件(もし〜ならば)・既定条件(すでに〜なので)の両方に用いられる。 * 「遮」は、「まどひぬ」惑う。「いぶせ・し」=いとわしい、うっとうしい。 * 「焉・ぬ」は強調の助辞。 |
◎【万葉集再掲載】
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<個別再掲載> サ2382 作者:柿本人麻呂歌集,枕詞 [題詞](正述心緒) 打日刺 宮道人 雖満行 吾念公 正一人 [うちひさす] みやぢをひとは みちゆけど あがおもふきみは ただひとりのみ
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* 「打日刺」枕詞―うちひさす。 「うちひさす」は「うちひさつ」とも。日に照り映える荘厳な宮殿への道を 人は溢れるように歩いて行くが 私のおもう人はただ一人 君 ただ一人のみ ・・・・・・・・・ 語義およびかかり方未詳。「宮」「都」にかかる。栄光にして荘厳の意とか。 『角川漢和中辞典』では、「都」は「総・ふさ」と同訓、同義でもあり、語源は「あつまる」。「まとめる、みやびやか〔都雅〕、うつくしい」の意味をもつ。 * 「打日刺」、それにしても痛々しい当て字と私は思う。 |
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<個別再掲載> <前句1136の続きとして解釈しました。> サ1137;雑歌,京都,羈旅 [題詞](山背作) 氏人之 譬乃足白 吾在者 今齒<与>良増 木積不来友 うぢひとの たとへのあじろ われならば いまはよらまし こつみこずとも ・・・・・・・・・・・
* 「宇治人ー氏人」「八十伴の男j「八十氏人」は同じ意味で、いずれも大君に仕える官人たちを指す。宇治人がよくたとえる網代はないか 流れが急で菅藻は採れないぞ 木屑さえ寄り付くかどうか 沓を履くわたしたる者 足は白いがこの身が王良だ 網代だ 私なら網代など頼りにしなくても 菅藻は寄ってくるだろう たとえ水浸しになっても ここならではの土産を採らなければな <でもねえ・・・> ・・・・・・・・・・・ * 「氏」−「宇治川」を類推。 * 「の」格助詞 主格・修飾格 体言に付いて、それが主語であることを示す。「が」と異なるのは、(1)従属節や(2)疑問文・詠嘆文のみならず、(3)終止形で言い切る文の主語ともなる点である。また「が」が主として人を指す語を承けるのに対し、「の」は語を選ばずに承ける。 * 「譬へ」たとえにすること * 「網代ー足白」冬に魚を寄せて捕るために、川に仕掛ける物。 * 「足白(あじろ)」は、職業柄沓(くつ)をはいているため、農業・林業・漁業などの労働に携わることが少ない。当時の男たちたる「丈夫(ますらお)ーたくましさ」とは逆の表現で、「足が白い・白はだ・軟弱者」の意。 * 「我れー吾」 * 「なら・ばー在者」 * 「なら」は、体言に付いて、指定(断定)。 * 「ば」は、仮定条件(もし〜ならば)・既定条件(すでに〜なので)の両方に用いられる。 * 「今はー今齒」 * 「寄らー<与>良ー<生>良ー王良」「来生(コムヨ)のヨ」 網代が自分であったら、いとしい人が寄って来るのに、木の切屑は来なくとも。 * 「王良」はカシオペア五星の最下部β星。王良は「天駟(てんし)」四星つまり“天馬”を司る星とされ、君主(北辰・北極)を補佐して、消えることなく天馬を駆り続ける名御者とされる(中国)。 * 「ましー増」反実仮想。[もし〜としたら〜だろう] 上にくる語の活用形 未然形。 事実に反することを仮定し、その仮定のもとで推量し、またはそれについての意向を示す。 * ―ば―まし わが身一つならば、安らかならましを、(更級日記) (自分の身が一つであれば、不安がないのであろうが、) * ―ば―まし 障りにあるものを、もしとだに聞かば、何を思はましと(蜻蛉日記) (体調に差し障りががあるので、もしかしたら(行けない)とだけ聞いていたら、何も心配していなかっただろうと) * 「木屑ー木積」木くずのつもったもの。「こつみ」は「寄る」の縁語。「木積」という表記が用いられている以上、「木を伐り運んできて積み上げる」という意味も考えられる。この場合は「女人」のこととも連想される。 * 「来ずー不来」 * 「ともー友」動詞・助動詞の終止形に付いて、逆接の仮定条件を示す。「たとえ〜しても」。 |
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<個別再掲載> サ30;作者:柿本人麻呂,荒都歌,大津,鎮魂 [題詞] 反歌 左散難弥乃 思賀乃辛碕 雖幸有 大宮人之 船麻知兼津 [ささなみの] しがのからさき さきくあれど おほみやひとの ふねまちかねつ 志賀の辛崎は
* 「さざなみ‐の」【左散難弥乃・細波の・楽浪の】[枕] 「さざなみ」から、琵琶湖西南部の地名「大津」「志賀」などにかかる。ただし、これを枕詞とみないで、地名そのものとする説もある。その名のように幸(さき)く 無事平穏であるけれど 大宮人の船はいくら待っても もう来はしない * 「辛崎」は、現在唐崎という名で、滋賀県大津市北西部、琵琶湖岸の地名。唐崎神社があり、近江八景の一つ、唐崎の夜雨で知られる。[歌枕] 辛前・可楽埼・韓崎・唐崎などと表す。大津京の時代にはここが船着場であったらしい。 * 壬申の乱で近江朝廷が滅びた後、20年後に柿本人麻呂がこの地を訪れた時の歌である。 * 天智七年 五月五日に、天皇、蒲生野に縦猟したまふ。時に、大皇弟・諸王・内臣及び群臣、皆悉くに従なり。『日本書紀』。 * 「縦猟」というのは、「薬猟」のことだとされている。男は鹿狩りで、若鹿の袋角〔老化防止薬〕を取り、女は薬草摘みをすることだとされる。 * 「あかねさす 紫野行き 標野行き 野守は見ずや 君が袖振る(額田王)」の「薬猟」地蒲生野は唐崎の港から対岸にある。 * 額田王が天智の「人妻」であったという「事実」はない。「タブーの恋歌」としてよりは、「宴席戯れ歌」・「歌垣」的な歌劇と見たほうが面白い、と私は思っている。 * 「さきく」(副)は、つつがなく、無事に、変わりなく。 * 「あれ」(自ラ変あり已然形)存在している。 * 「ど・ども」 接続助詞 逆接既定条件。活用語の已然形に付いて、逆接の既定条件を示す。「〜けれど」「〜けれども」「〜であっても」などの意。 「ど」と「ども」の意味は全く同じ。 * 「かね・つ」は、「か・ぬ」(接尾ナ下二)動詞連用形について、・・しつづけることができない。「つ」は、動作が確かに成り立った(完了した)との判断をあらわす。「ぬ」とほぼ同じ意味になるが、「ぬ」は非作為的・自然推移的な意味の動詞に用いられたのに対し、「つ」は作為的・人為的な意味の動詞に用いられる傾向があった。 サ31;作者:柿本人麻呂,荒都歌,大津,鎮魂 [題詞] 反歌 左散難弥乃 志我能 [一云 比良乃] 大和太 與杼六友 昔人二 亦母相目八毛 [一云 将會跡母戸八] ささなみの しがの[ひらの]おほわだ よどむとも むかしのひとに またもあはめやも[あはむとおもへや] 志賀の大きな入り江の水が
* 「ささなみの」は、単に地名「大津」「志賀」に掛る枕詞ばかりではない。それは、言わば「古戦場」の代名詞のよに思う。流れを止めて淀んでいる 幻のような時のさ中ながら 昔の人々に 再び会うことがあるだろうか いや もう会えはしないのだ * (神功紀摂政元年)には仲哀天皇・息長帯比売(おきながたらしひめ神功皇后)に対し香坂王・忍熊王が反乱を起こした。合戦の地は、「沙沙那美(ささなみ。記)、狭狭浪栗林(ささなみのくるす。紀)」で、沙沙那美は近江国の地名。山城と近江の境に逢坂山がある。次は書紀、<(忍熊王は)兵を曵きてやや退く。竹内宿禰(360歳まで生きたという超人。官名か代々同名であろう。)、精兵を出して追う。たまたま逢坂に遇ひて破りつ。…軍衆走る。狭狭浪(ささなみ)の栗林(くるす)に及びて多(さわ)に斬りつ。ここに、血流れて栗林に溢(つ)く(あふれる)。>近江京は、四代で亡び、忍熊天皇と近江京の大宮人らは湖底に沈んだ。 * 「第10代崇神天皇10年には武埴安彦(たけはにやすひこ)と妻・吾田媛(あたひめ)の反乱」(神武×崇神の戦場、ヤマトの位置確認<ウバイドJINMU>より転載) * 「天智近江朝の滅亡、大友皇子の悲劇」 * 「柿本人麻呂」は、持統天皇のお抱え歌人(宮廷歌人)であった。影響力は強大でその上神がかりに文字と歌の天才であった。故に持統天皇の意中を深く知って、かつその意に叶うような、群臣に感銘と同感を惹起し、かつ万民に受ける歌劇を造る事こそが柿本人麻呂の使命であったろう。 * 上記3首(長歌29も加えて)は、父天智が興し、今、子の持統天皇の御世を人々に意識させ、この政権を永劫に存続させたいという持統天皇の思いを、見事に歌い上げていると私は思う。 |
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<個別再掲載> サ4088 左由理<婆>奈 由<里>毛安波牟等 於毛倍許曽 伊<末>能麻左可母 宇流波之美須礼 さゆりばな ゆりもあはむと おもへこそ いまのまさかも うるはしみすれ ・・・・・・・・・・・・・
* 「さ」は接頭語。百合の花の名のように 後々もお逢いしようと思うからこそ 今この時も心から親しくするのですよ ・・・・・・・・・・・・・ * 「ゆり」は、「戻って・来て(また逢う)」。「後で」という意。 「百合の花」に掛けている。「百合」は、球根の鱗片が何重にも重っているので「百合」の字があてられたともいう。 * 恋歌の「ゆりも逢はむ」は、「今は逢えなくても将来きっと逢おう」の意。 * 「と」は引用の助詞。 * 「おもへこそ」は、思うからこそ。「思ふ」の已然形+「こそ」。 * 「こそ」 係助詞。 種々の語に付き、その事柄を取り立てて強調する。已然形で結ぶ。 「こそ」と已然形との係り結びで逆接の条件句を作ることがある。万葉集にはこうした例が多く、これが係り結びの元来の用法であったとする説もある。 * 「今のまさか」、「まさか」は現実・現在の意。さしあたった現在。今この時。ただ今。 * 「うるはし」(形シク)麗し、美し、愛し。「うるはし」は、本来「ととのった美しさ」「気高いまでに立派な美しさ」をいい、人間関係になるときちんとしていて、その間柄が「親密な」の意となり、「おごそか」で「端正」な美を表す。「うつくし」の「かわいい」「きれいだ」と趣きが異なる。 * 「み」は、(接尾語)形容詞の語幹に付き、あとの「思ふ」「す」の内容を表す連用修飾語を作る。ものごとに夢中になる。 * 「すれ」、 何かの実行・実現を望んでいる意を表す。 |


