|
6 944;雑歌,作者:山部赤人、羈旅,望郷,兵庫 [題詞]((過辛荷嶋時山部宿祢赤人作歌一首[并短歌])反歌三首) 嶋隠 吾榜来者 乏毳 倭邊上 真熊野之船 しまがくり わがこぎくれば ともしかも やまとへのぼる まくまののふね 大波を避け
島陰に隠ながらわがふねを漕いで来ると 羨ましいことだ 「真熊野の船」が雄祐と 大和の方へ上って行く * 島隠り【文語】ラ行四段活用の動詞「島隠る」の連用形、あるいは連用形が名詞化したもの。 * 「かも」 終助詞「か」に、詠嘆の終助詞「も」のついたもの。 疑問を含んだ詠嘆・感動に意を表す。体言または活用語の連体形を承ける。 「〜だろうか」「〜なのかなあ」。 疑問を含まない単なる詠嘆(感動)をあらわす。「〜なのだなあ」「〜ことだ」。 平安時代には「かな」が多くなるが、和歌では「かも」も使われ続け、ことに万葉調歌人には好まれた。 * 「真熊野の船」は熊野地方で造られた船。
熊野は伊豆などと共に良船の産地だった。 |
◎【万葉集再掲載】
[ リスト | 詳細 ]
|
7 1267:雑歌,古歌集,旋頭歌,羈旅,枕詞 [題詞]就所發思 (所に就いて思(おもい)を発する) [旋頭歌] 百師木乃 大宮人之 踏跡所 奥浪 来不依有勢婆 不失有麻思乎 「ももしきの」 おほみやひとの ふみしあとところ おきつなみ きよらずありせば うせずあらましを [左注]右十七首古歌集出 宮中に仕える人たちが
歩いた足あとの場所がある 波が打ち寄せてこなければ 消えることもなかったものを * 「踏跡所」「ふみあと」は、【踏み跡・踏跡】足で踏んだ跡。また,踏んだ跡にできる道。人や動物が繰り返し通ることで踏み固められた道。踏み跡ができる理由はさまざまで、むやみに入り込まないようにしたいもの。正規外に出来た道。主に山用語。
*不思議な掛け合い旋頭歌と思う。 山(神)と奥浪(「わだつみ」とも。「つ」は格助詞,「み」は神霊の意〕 海の神。 )。大宮人(朝廷に仕える貴族。公家)と海人?。 海彦・山彦? 縄文・弥生? 白村江・壬申の乱? * 「あら−・まし」 【有らまし】 あろう。…であろうに。…であればよいのに。 五七七を2回繰り返した6句からなり、上三句と下三句とで詠み手の立場がことなる歌が多い。頭句(第一句)を再び旋(めぐ)らすことから、旋頭歌と呼ばれる。五七七の片歌を2人で唱和または問答したことから発生したと考えられている。 国文学者の久松潜一は『上代日本文学の研究』において、旋頭歌の本質は問答的に口誦するところにあるとの考えを示し、他の研究者もこれを支持している。一人で詠作する歌体もあるが、これは柿本人麻呂によって創造されたとの説がある。 『万葉集』には62首の旋頭歌がおさめられ、そのうち35首までが「柿本人麻呂歌集」からのものである。『万葉集』以後は急速に衰え、『古今和歌集』以下の勅撰和歌集ではまれである。(ウィッキより。) * 「所に就いて思いを発した歌。旋頭歌」。旋頭歌というのは、五七七五七七から成る古形式の歌で民衆歌謡風の歌が多い。 * 「ももしきの大宮人の踏みし跡ところ」でいったん切れる。「ここはかって都びとたちが留まったところ」意。 * 後半部は「沖から激しい波が押しよせて来なかったなら、その跡が消え失せることはなかったのに」意。 * 左注「右十七首は古歌集に出ている」。前回に扱った二首から本歌まで、1251〜1267挽歌の17首が古歌集に出ている歌、ということになる。 <第七巻へ>http://blogs.yahoo.co.jp/kairouwait08/33029126.html |
|
何となく「恋ひ恋ひて3首」 12 2904 作者未詳 [題詞](正述心緒) 戀々而 後裳将相常 名草漏 心四無者 五十寸手有目八面 恋ひ恋ひて 後も逢はむと 慰もる 心しなくは 生きてあらめやもこひこひて のちもあはむと なぐさもる こころしなくは いきてあらめやも恋焦がれていれば
きっとまた逢えるからと 自分を慰める強く思う心がないと わたしは どうして生きていられるでしょうか * 「恋」は相手と離れて、逢いたいと願う苦しみをいい、愛しい相手と逢っている時は「恋」はない。 * 「て」(接助)は、原因・理由を表す。・・のために。・・ので。 * 「も」(係助)、・・もまた。 * 「む」(む、む、め)は、推量・意志を表わす。上代両者の区別があったかは疑問。連体形を用いて仮定を、 「こそ」があれば、結びとして已然形を用いて適当・当然・歪曲な命令・勧誘を。 已然形「め」が疑問の助詞「や」「か」をともなって、反語の意を示す。 * 「と」(格助)、・・と思って。・・のつもりで。 * 「名草漏・慰もる」は、動詞「なぐさむ」の連体形「なぐさむる」の音変化。気をまぎらす。なぐさめる。 * 「し」は、副助詞。種々の語を承け、それを強く指示して強調する。 * 「あら」はラ行変格活用「あり」の未然形で、順接の接続助詞「ば」に接した場合は仮定条件。 * 「めやも」は、「め」は推量の助動詞「む」の已然形、「やも」は反語の終助詞。「どうして〜するだろうか、そんなことはできない」という意。 <第12巻へ>http://blogs.yahoo.co.jp/kairouwait08/folder/1075338.html?m=lc&p=14 ・・・・・・・・ (667) 恋ひ恋ひて 逢ひたるものを 月しあれば 夜は隠(かく)らむ 須臾(しまし)はあり待て* 倒置法の歌。まだ月がかかっていますが
(右、大伴坂上郎女之母石川内命婦、与安部朝臣蟲満之母安曇外命婦、同居姉妹、同氣之親焉。縁此郎女蟲満、相見不踈、相談既密。聊作戯謌以為問答也。ほら そのあとに夜が隠れていますよ まだ夜明けまでには間があるではありませんか ずっと恋焦がれてい やっとお逢いできたのですもの 今少し一緒にいて下さいな 注訓 右の、大伴坂上郎女の母石川内命婦と、安部朝臣蟲満の母安曇外命婦とは、同居の姉妹にして、同氣の親あり。これによりて郎女と蟲満と、相見ること踈からず、相談ふこと既に密なり。聊か戯れの歌を作りて問答をなせり。) 《坂上郎女の母石川内命婦(いしかはのないみやうぶ)と蟲麻呂の母安曇外命婦(あづみのげみやうぶ)は同じ家で育った姉妹で仲がよかった。それで、坂上郎女と蟲麻呂はたびたび顔を合わせ、親密の仲だった。従って、この問答は戯れにやりとりしたものである》 恋しくて恋しくてやっと逢えたのだもの
いとおしむ言葉を 惜しむことなく やさしい言葉を いっぱい聞かせて下さいね いつまでもとお思いならば |
|
1ー 9;雑歌,作者:額田王,紀州,和歌山,難訓,厳橿,斎橿,植物 [題詞]幸于紀温泉之時額田王作歌(紀の温泉に行幸の時、額田王が作った歌) 莫囂圓隣之大相七兄爪謁氣 吾瀬子之 射立為兼 五可新何本 ***** ******* わがせこが いたたせりけむ いつかしがもと (上二句難読)
神聖な「厳橿1.いつ‐かし」とは特定の樹木の種類名、アコウのことを連想。額田女王が「わが背子」と呼ぶ方は即位後の天子たる中皇命なかつすめらみこと(斉明女帝もしくは間人(はしひと)皇后(孝徳天皇妻))。…わがせこが いたたせりけむ いつかしがもと …愛しいあなたが お立ちになっていたであろう 神聖な橿の木の下 ・・・・・・ 鎮まりし雷神よ起きるな わが君のお立ちになった 神聖な樫の木の下に (土橋利彦説から訳した場合) ・・・・・・ 鎮まっていた浦の浪がいま騒いでいる わが君がお立ちになった神聖な樫の木の下で (澤潟久孝説から訳した場合) ・・・・・・ <古事記下巻、雄略天皇の歌に 「みもろの いつかしが本 樫が下 ゆゆしきかも かしはら童女」がある。神聖な樫の下という歌言葉はすでにあった> 鎮まりなさい周りの者よ とつ国の高官が拝謁する わが君がお立ちになられています 神聖な樫の木の下に (松本清張説から訳した場合) ・・・・・・ まとまりの 星つめ行けど 我が背子が 射立たせかねて 五つ星かも (鈴木健次説の場合)まとまりの星は北斗七星。五つ星はカシオペア。 行幸の進み具合が遅すぎて、弓型の五つ星が射掛けられないほど北斗七星は山陰に隠れてしまう。 <兄中大兄と弟大海人の運命を暗示する歌と見るのはうがち過ぎか> ・・・・・・ この歌の「吾が背子」とは斉明紀4年11月条にみえる紀国藤白坂で絞首された有馬皇子を指し、「厳橿が本」とは皇子にその木の下に穴を掘らせ、そこで絞首した後下に落として埋葬した穴のある「厳橿の根本」であったと考えられます。 伊藤博筑波大学名誉教授が「省却」と題する随想の中で[1-9]歌の「我が背子」は通説の大海人皇子ではなく有馬皇子と断定しておられる。 ・・・・・・ 万葉雑記 難訓歌の周辺<ブログ[万葉集 柿本人麻呂と高市皇子]より転載。 万葉集「奈弖之故(なでしこ)」で説明したように、万葉集の最初期に位置する歌は、その編者である丹比真人国人の手によって補足されてます。すると、私の推測では、原型を留める歌と伝承歌からの丹比国人の手による修正歌との二種類に分かれることになります。 では、どのような歌が原型を留める歌でしょうか。一つには、借名字表記の難訓歌があると思います。丹比国人は、万葉集「奈弖之故」の編纂で短歌形式の整ったものについては、そのまま修正せずに載せたと思ってます。それで、統一された万葉仮名に慣れた私達にとって難訓なのでしょう。事例を挙げると次の歌々です。 集歌9 莫囂圓隣之 大相七兄爪謁氣 吾瀬子之 射立為兼 五可新何本 試読 穏(しづ)まりし浦波(うらなみ)騒(さゑ)く吾(あ)が背子の偉(い)建(た)てせけむ厳橿(いつかし)が本(もと) 意訳 神武天皇を苦しめた丹敷戸畔(にしきとべ)も討伐されましたし、牟漏(むろ)の荒坂の浦に立っていた荒波も収まり穏やかになってきたようです。私の愛しい背の君が御造りになった橿原宮の本になった行宮よ ・・・・・・ そしてもう一人、額田女王が「わが背子」と呼ぶ方がいる。 http://yamatai.cside.com/katudou/kiroku245.htm 心のなごむことであった
白雉4年(653年)中大兄皇子は孝徳天皇の反対を押し切って、できたばかりの難波宮を捨てて大和へ遷ってしまった。このとき、孝徳天皇の皇后である間人皇女も孝徳天皇を置き去りにして中大兄皇子に従った。。 何回も愛をかわすのが終わり わが君は 触れてはならない女性(間人皇女)のところに 帰っていったよ
これほど間人皇女と中大兄皇子は親密だったので、当時は、間人皇女と中大兄皇子の仲は知らないものはいなかったのであろう。タブーとされた同母妹と関係を持った中大兄皇子は、23年もの長い間即位しなかった。皇太子のまま政務を執っていた彼が、即位して天智天皇となったのは、間人皇后が亡くなってから3年後のことである。
<個別へ> http://blogs.yahoo.co.jp/kairouwait08/31952925.html<第一巻へ> http://blogs.yahoo.co.jp/kairouwait08/34118290.html |
|
3219 [題詞](問答歌) [原文]豊國乃 聞之長濱 去晩 日之昏去者 妹食序念 [訓読]豊国の企救の長浜行き暮らし日の暮れゆけば妹をしぞ思ふ [仮名],とよくにの,きくのながはま,ゆきくらし,ひのくれゆけば,いもをしぞおもふ [左注](右二首) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 巻12−3219 [題詞](問答歌) 豊國乃聞之長濱去晩日之昏去者妹食序念 とよくにのきくのながはまゆきくらしひのくれゆけばいもをしぞおもふ ・・・・・・・・・・・
豊国小倉の長い浜を一日歩きとおした 日暮れを迎えると 私の帰りを待つ妻のことを想いだして 疲れを忘れるのだ ・・・・・・・・・・・ 「豊国」 九州北東部の古名。 「企救」 豊国にあった地名、「企救の長浜」は小倉から門司の大里にある海岸。 豊国の企救の浜松ねもころに何しか妹に相言ひ初めけむ 豊国の企救の浜辺のまなごつちまなほにしあれば何か嘆かむ 豊国の企救の池なる菱のうれを摘むとや妹がみ袖ぬれけむ 豊国の企救の高浜たかだかに君待つ夜らはさ夜ふけにけり ほととぎすとばたの浦にしく浪のしばしば君を見むよしもがも 「豊国」 九州北東部の古名。 「企救」 豊国にあった地名、「企救の長浜」は小倉から門司の大里にある海岸。 豊国の企救の浜松ねもころに何しか妹に相言ひ初めけむ 豊国の企救の浜辺のまなごつちまなほにしあれば何か嘆かむ 豊国の企救の池なる菱のうれを摘むとや妹がみ袖ぬれけむ 豊国の企救の高浜たかだかに君待つ夜らはさ夜ふけにけり ほととぎすとばたの浦にしく浪のしばしば君を見むよしもがも ///////////////// 【丹羽孝さん】古代文字と和歌(6) http://kanjikyoikushi.jp/column/column_20150204_niwa.html ///////////////// ///////////////// から衣 きつつなれにし つましあれば はるばる来ぬる たびをしぞ思ふ このような歌の技法を折り句といいます。 技法・単語解説 この歌には、折り句の他に、枕詞、序詞、掛詞、縁語、係り結びなどの技法が用いられています。 ■枕詞 「唐衣」は「着」にかかる枕詞。「着る」の他にも「裁つ」、「反す(かへす)」、「袖」、「裾」、「紐」などにかかります。 ■序詞 「唐衣着つつ」は、「なれ」を導く序詞。 ■掛詞 なれ 「着慣れる」またはなじんで柔らかくなるを意味する「萎る」と「馴れ親しむ」の「なれる」を掛けた言葉 つま 都に残してきた「妻」と衣の裾を意味する「褄」を掛けた言葉 はるばる 着物を張るを意味する「張る張る」と「遥々」を掛けた言葉 きぬる 「来」と「着」を掛けた言葉 ■縁語 「なれ」、「つま」、「はる、「き」は「唐衣」の縁語。 ■係り結び 旅をしぞ思ふ 強調の係助詞「ぞ」+ハ行四段活用「おもふ」の連体形 品詞分解 ※名詞は省略してあります。 唐衣 枕詞 着 カ行上一段活用「きる」の連用形 つつ 接続助詞 なれ ラ行下二段活用「なる」連用形 に 完了の助動詞「ぬ」の連用形 し 過去の助動詞「き」の連体形 つま ー し 強調の副助詞 あれ ラ行変格活用「あり」の已然形 ば 順接確定条件の接続助詞 はるばる 副詞 来 カ行変格活用「く」の連用形 ぬる 完了の助動詞「ぬ」の連体形 旅 ー を 格助詞 し 強調の副助詞 ぞ 強調の係助詞 思ふ ハ行四段活用「おもふ」の連体形 http://manapedia.jp/text/4909
著者名: 走るメロス http://manapedia.jp/mypage/index?user_id=44 ///////////////// |


