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サ19 4197;作者:大伴家持,植物,留女女郎,家持妹,坂上大嬢,代作、天平勝宝2年4月,高岡 [題詞]贈京人歌二首 妹尓似 草等見之欲里 吾標之 野邊之山吹 誰可手乎里之 [左注](右為贈留女之女郎所誂家婦作也 [女郎者即大伴家持之妹]) きっと想い出させてくれる花だと
そう思って私が標しをつけておいたのです それを手折って 私を思い出して下さるなら幸せです 形見に残した山吹だもの サ19 4198;作者:大伴家持,留女女郎,家持妹,坂上大嬢,代作、天平勝宝2年4月,恋情,悲別,高岡 [題詞](贈京人歌二首) 都礼母奈久 可礼尓之毛能登 人者雖云 不相日麻祢美 念曽吾為流 無情に離れて行かれてと
* 「まね‐み」多─(形容詞「まねし」の語幹に「み」の付いたもの。度数が多いので。たびたびあるので。あまりに多いので。あなたは人に可哀想だと言われるけれど 逢えない日があまりに長くて 私の方だって辛い思いでいますよ 大伴家持の妹の留女女郎(りうじょのいらつめ)に贈るために、大伴家持の妻、坂上大嬢(さかのうえのだいじょう)に頼まれて詠んだ歌。 大嬢が夫のもとへと、大伴家持の妹の留女女郎と別れて来ている。 サ4199;作者:大伴家持、天平勝宝2年4月12日,遊覧,氷見,土地讃美 [題詞]十二日遊覧布勢水海船泊於多<I>灣望<見>藤花各述懐作歌四首 藤奈美<乃> 影成海之 底清美 之都久石乎毛 珠等曽吾見流 ふぢなみの かげなすうみの そこきよみ しづくいしをも たまとぞわがみる 藤波が影を映す湖水は
底まで澄んで清らかだから 沈んだ小石までも 美しい藤色の珠のように 私には見えるよ サ19 4200;作者:内蔵縄麻呂天平勝宝2年4月12日,遊覧,氷見、 [題詞](十二日遊覧布勢水海船泊於多<I>灣望<見>藤花各述懐作歌四首) 多○乃浦能 底左倍尓保布 藤奈美乎 加射之*将去 不見人之為 たこのうらの そこさへにほふ ふぢなみを かざしてゆかむ みぬひとのため 多胡の浦の水底にまでも
* 「匂ふ」は、美しい色に染まる。あざやかに色づく美しく映えている藤の花房を 髪に挿して行きましょう 見に来られなかった人たちに * 「藤波」は、藤の花房が風に波打ちなびくさま * 「挿頭す」は、草木の花や枝、造花などを髪や冠に飾ること * 「む」は、意志の助動詞 * 「見」は、マ行上一段活用動詞「見る」の未然形。 * 「ぬ」は、打消の助動詞「ず」の連体形。 見てない人 サ19 4201;作者:久米広縄、天平勝宝2年4月12日,氷見,遊覧,土地讃美 [題詞](十二日遊覧布勢水海船泊於多<I>灣望<見>藤花各述懐作歌四首) 伊佐左可尓 念而来之乎 多I乃浦尓 開流藤見而 一夜可經 いささかに おもひてこしを たこのうらに さけるふぢみて ひとよへぬべし それほどでもないだろうとやって来たが
多胡の浦を巡りみ崎に咲く藤を見ては 心魅せられる美しさに 一夜を明かさず日帰りはできませんね サ19 4202;作者:久米継麻呂、天平勝宝2年4月12日,遊覧,氷見 [題詞](十二日遊覧布勢水海船泊於多<I>灣望<見>藤花各述懐作歌四首) 藤奈美乎 借廬尓造 灣廻為流 人等波不知尓 海部等可見良牟 ふぢなみを かりいほにつくり うらみする ひととはしらに あまとかみらむ 藤の花房を舟いっぱいにかざして
* 「借廬」は、当座の宿り。実際に藤蔓で廬を編んだわけでなく、藤の花の下で休んだことを比喩的に言っている。仮廬に仕立てるような私たちを見て 入江を遊覧する人々とは知らずに 釣りの漁師かと思うことでしょう サ19 4203;作者:久米広縄、天平勝宝2年4月12日,枕詞,氷見,みやげ,遊覧 [題詞]恨霍公鳥不喧歌一首 家尓去而 奈尓乎将語 安之比奇能 山霍公鳥 一音毛奈家 いへにゆきて なにをかたらむ [あしひきの] やまほととぎす ひとこゑもなけ 家へ帰ったとき家人に何と語ろう
山ほととぎすよ一声でも鳴いてくれ サ19 4204;作者:恵行、天平勝宝2年4月12日,氷見,遊覧 [題詞]見攀折保寶葉歌二首 吾勢故我 捧而持流 保寶我之婆 安多可毛似加 青盖 わがせこが ささげてもてる ほほがしは あたかもにるか あをききぬがさ [左注]講師僧恵行■「国師・講師」は、東大寺派の僧侶で、華厳経などの普及のため、任命された地方僧官。 親愛なる貴方が捧げ持つほほがしわの葉は
* 厚朴(ほほがしわ) 朴の木。モクレン科の落葉高木。山地に自生する。葉は枝先に集まり、長楕円形で長さ20〜30センチ、やや肉厚で裏面は白い。食物を盛り付けたり、包んだり、盃にしたりし、また祭具にも用いられた。初夏、芳香を発する大形の白い花をつける。まことに青いきぬがさのようですよ サ19 4205;作者:大伴家持、天平勝宝2年4月12日,遊覧,氷見 [題詞](見攀折保寶葉歌二首) 皇神祖之 遠御代三世波 射布折 酒飲等伊布曽 此保寶我之波 すめろきの とほみよみよは いしきをり きのみきといふぞ このほほがしは 遠い天皇の御代御代には
葉を広げて折り 盃の代わりにして 神酒を飲んだという このほほがしわで サ19 4206;作者:大伴家持、天平勝宝2年4月12日,氷見,道行き,遊覧 [題詞]還時濱上仰見月光歌一首 之夫多尓乎 指而吾行 此濱尓 月夜安伎*牟 馬之末時停息 しぶたにを さしてわがゆく このはまに つくよあきてむ うましましとめ 渋谿の崎をめざして行くこの浜で
月夜のすばらしい景色を心ゆくまで味わおう さあ皆さん 馬をしばらく停めたまえ |
万葉集(下書き)
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サ19 4177;作者:大伴家持,大伴池主、天平勝宝2年4月3日,贈答,恋情,戯笑,懐旧,高岡 [題詞]四月三日贈越前判官大伴宿祢池主霍公鳥歌不勝感舊之意述懐一首[并短歌] 「感舊之意」旧りにしを感(め)づる意(こころ)は、昔のことを愛しく思う心。越中の掾だった池主と親しく交際した年月を指す。 和我勢故等ー吾が背子とーわがせことー親しい貴男と
手携而ー手携はりてーてたづさはりてー連れ立って 暁来者ー明けくればーあけくればー朝が明ければ 出立向ー出で立ち向ひーいでたちむかひー庭に出て立ち 暮去者ー夕さればーゆふさればー日暮れには 授放見都追ー振り放け見つつーふりさけみつつー仰ぎ見ては 念<暢>ー思ひ延べーおもひのべー心を和らげ 見奈疑之山尓ー見なぎし山にーみなぎしやまにー心なごませた二上山は 八峯尓波ー八つ峰にはーやつをにはー峰々に 霞多奈婢伎ー霞たなびきーかすみたなびきー霞がたなびき 谿敝尓波ー谷辺にはーたにへにはー谷間には 海石榴花咲ー椿花咲きーつばきはなさきー椿の花が咲く 宇良悲ーうら悲しーうらがなしー悲しいことに 春之過者ー春し過ぐればーはるしすぐればー春は過ぎ去ったので 霍公鳥ーほととぎすーほととぎすが 伊也之伎喧奴ーいやしき鳴きぬーいやしきなきぬーいっそう頻りに鳴いている 獨耳ー独りのみーひとりのみー独りだけで 聞婆不怜毛ー聞けば寂しもーきけばさぶしもー聞くと寂しいものだ 君与吾ー君と我れとーきみとあれとー貴男と私を 隔而戀流ー隔てて恋ふるーへだててこふるー隔てて恋しくさせる 利波山ー砺波山ーとなみやまー砺波山を 飛超去而ー飛び越え行きてーとびこえゆきてー飛び越えて行って 明立者ー明け立たばーあけたたばー夜が明ければ 松之狭枝尓ー松のさ枝にーまつのさえだにー松の小枝に止まり 暮去者ー夕さらばーゆふさらばー日暮れには 向月而ー月に向ひてーつきにむかひてー月に向かって 菖蒲ーあやめぐさー菖蒲草を 玉貫麻泥尓ー玉貫くまでにーたまぬくまでにー玉にぬく五月になるまで 鳴等余米ー鳴き響めーなきとよめー鳴き響かせて 安寐不令宿ー安寐寝しめずーやすいねしめずー安眠させぬよう 君乎奈夜麻勢ー君を悩ませーきみをなやませー貴男を悩ませよ サ19 4178;作者:大伴家持,大伴池主 [題詞](四月三日贈越前判官大伴宿祢池主霍公鳥歌不勝感舊之意述懐一首[并短歌]) 吾耳 聞婆不怜毛 霍公鳥 <丹>生之山邊尓 伊去鳴<尓毛> 天平勝宝2年4月3日,恋情,戯笑,贈答,懐旧,高岡 私一人だけで聞くのは寂しい
* 「なも」は願望の助詞。(にも→なも)ほととぎすよ あの方がいる丹生の山辺に行って鳴いておくれ * 「丹生の山」は、越前国府があった福井県武生市の近郊、現在の鬼が岳(丹生岳)のことという。 サ19 4179;作者:大伴家持,大伴池主、戯笑,贈答,恋情,懐旧,高岡 [題詞](天平勝宝四月三日贈越前判官大伴宿祢池主霍公鳥歌不勝感舊之意述懐一首[并短歌]) 霍公鳥 夜喧乎為管 <和>我世兒乎 安宿勿令寐 由米情在 ほととぎすよ
夜どおし鳴いて 愛しいあの方を決して安眠させるな 私の気持ちを察してくれるように |
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サ19 4174;作者:大伴家持、追和,太宰府,梅花宴,依興,高岡 [題詞]追和筑紫<大>宰之時春<苑>梅歌一首 追ひて筑紫の大宰の時の春苑梅歌に和へて作る一首 春裏之 樂終者 梅花 手折乎伎都追 遊尓可有 [左注]右一首廿七日依興作之 (天平勝宝2年3月27日興(こと)に依(つ)けて作る) 春の内で楽しみの極みは
梅の枝を手折り花の精霊を招いて 共に遊宴に耽ることであろう サ4175;作者:大伴家持、高岡,恋情 [題詞]詠霍公鳥二首 霍公鳥 今来喧曽<无> 菖蒲 可都良久麻泥尓 加流々日安良米也 [毛能波三箇辞闕之] ほととぎすは今来て鳴き始めた
菖蒲の花を縵にする日(五月五日)まで 鳴き声が遠ざかる日などあろうか サ4176;作者:大伴家持、恋情,高岡 [題詞](詠霍公鳥二首) 我門従 喧過度 霍公鳥 伊夜奈都可之久 雖聞飽不足 [毛能波○尓乎六箇辞闕之] わが家の門の前を
鳴いて過ぎるほととぎす ますます慕わしく 聞いて聞き飽きることはない ☆ 左注ではなく、奇妙な脚注が施されている。 4175で助詞「も・の・は」が、 4176で助詞「も・の・は・て・に・を」が使われていないとある。 なぜの脚注なのか。 くわしく説いているサイトがあるので、そちらを参照したい。 http://www.geocities.jp/yasuko8787/0x-t3.htm ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 0085 君がゆき 日長くなりぬ 山尋 ね 迎へか行かむ 待ちに か 待たむ 0090 君がゆき 日長くなりぬ 山たづ の 迎へを行かむ 待つに は 待たじ 助詞を使わない改作の跡が見える。 助詞を「書き変えました」というサインだろうか。 知識階級は漢字漢文が主で「助詞」は要らなかったのでは? 一般人は話し言葉オンリーで漢字漢文とは無関係。 そこへの漢字漢文ドッキング。消化吸収は凄まじい文化形成と思うが。 |


