ニキタマの万葉集

当て字の繭玉をほぐそう、枕詞で古代を解明しよう。

万葉集索引第四巻

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<笠女郎の歌二十四首>の意訳・解説は [家持と人々 女たち(4)水垣 久著]より<全記事転載> 
http://www.asahi-net.or.jp/~sg2h-ymst/yamatouta/column11.html
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4 603;相聞,作者:笠女郎,大伴家持、恋情,贈答

[題詞](笠女郎贈大伴宿祢家持歌廿四首)

念西  死為物尓  有麻世波  千遍曽吾者  死變益

思ふにし 死にするものに あらませば 千たびぞ吾れは 死にかへらまし 

おもひにし しにするものに あらませば ちたびぞわれは しにかへらまし

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もし思うだけで死んでしまうものであるなら

私は千遍も繰り返し死んだことでしょう
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
激しい言葉遣いで、家持を責めているのでしょうか。

この辺から、笠女郎の歌には一方的な感情が目立ち始めてくるようです。

家持にしてみれば、相手の気持に盲目になりがちな彼女の感情は押しつけがましく、しだいに心が離れていったのではないか。

彼女の方は、それを頭では分かりながら、心は認めることができない。

そんな焦燥に身悶えするような調子が出て来るのです。 
* 「ませば」は、反実仮想の助動詞「まし」の未然形「ませ」に接続助詞「ば」が付いたもの。未然形に接続して「もし〜だったならば」と仮定条件をつくる。
「せば」と同じく、現実にはあり得ない、あるいは現実とは正反対の事態を仮定する。



4 604;相聞,作者:笠女郎,大伴家持、夢,恋情,贈答

[題詞](笠女郎贈大伴宿祢家持歌廿四首)

劔大刀  身尓取副常  夢見津  何如之恠曽毛  君尓相為

剣大刀 身に取り添ふと 夢に見つ 何のさがぞも 君に逢はむため 

つるぎたち みにとりそふと いめにみつ なにのさがぞも きみにあはむため

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今、剣大刀をしっかり身に添えて寝る夢を見ました

いかなる前兆でしょうか

きっと、あなたに逢えるということでしょう
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


4 605;相聞,作者:笠女郎,大伴家持、恋情,贈答

[題詞](笠女郎贈大伴宿祢家持歌廿四首)

天地之  神理  無者社  吾念君尓  不相死為目

天地の 神の理 なくはこそ 我が思ふ君に 逢はず死にせめ 

あめつちの かみのことわり なくはこそ あがおもふきみに あはずしにせめ

・・・・・・・・・・・・・・・・・・
もし天地の神々に道理というものが無かったならば

これほど思い焦がれる貴方に逢わぬまま死んでしまう

などということもあろうけれど
(神に道理がないはずはないから、きっと貴方にお逢いできると信じています)
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4 606;相聞,作者:笠女郎,大伴家持、恋情,贈答

[題詞](笠女郎贈大伴宿祢家持歌廿四首)

吾毛念  人毛莫忘  多奈和丹  浦吹風之  止時無有

我れも思ふ 人もな忘れ おほなわに 浦吹く風の やむ時もなし 

われもおもふ ひともなわすれ おほなわに うらふくかぜの やむときもなし

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私はあの人のことを思い続けている

あの人もどうか私のことを忘れないでほしい
(おほなわに、未詳)
浦に吹く風の止むときが無いように

二人の思いがずっと続いてほしい
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サ4 607;相聞,作者:笠女郎,大伴家持、恋情

[題詞](笠女郎贈大伴宿祢家持歌廿四首)

皆人乎  宿与殿金者  打礼杼  君乎之念者  寐不勝鴨

皆人を 寝よとの鐘は 打つなれど 君をし思へば 寐ねかてぬかも 

みなひとを ねよとのかねは うつなれど きみをしおもへば いねかてぬかも

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「皆の者、寝よ」と

亥の刻を告げて打つ鐘の音が響くけれど

貴方のことを思って私は寝るに寝られません。
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* 「寝よとの鐘」は「亥の刻(午後十時ころ)に打つ鐘」。
* 「打ちたれど」ー (すでに)打ち鳴らされたけれど。
 「打ち」は、タ行四段活用動詞「打つ」の連用形。+・
 「たれ」は、完了の助動詞「たり」の已然形。
 「ど」は、逆接の接続助詞。 
* 「し」は強調の副助詞。
* 「寝ねがてぬ」ー  〜できなくて。〜しにくくて。
 「寝ね」は、ナ行下二段活用動詞「寝ぬ」の連用形。
 「がて」は、タ行下二段動詞(補助動詞)
  「かつ(できる。堪える)」の未然形「かて」の濁音化したもの。
* 「ぬ」は、打消の助動詞「ず」の連体形。




万葉集 608・609・610・611・612

<笠女郎の歌二十四首>の意訳・解説は[家持と人々 女たち(4)水垣 久著]より<全記事転載> 
http://www.asahi-net.or.jp/~sg2h-ymst/yamatouta/column11.html
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20 608;相聞,作者:笠女郎,大伴家持、恨み,贈答

[題詞](笠女郎贈大伴宿祢家持歌廿四首)

不相念  人乎思者  大寺之  餓鬼之後尓  額衝如

相思はぬ 人を思ふは 大寺の 餓鬼の後方に 額つくごとし 

あひおもはぬ ひとをおもふは おほてらの がきのしりへに ぬかつくごとし

・・・・・・・・・・・・・・・・・・
片思いの相手を頼んでひたすら思い続けるのは

まるで大寺の餓鬼の像を後ろから額づいて拝むようなものだ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
これは特異な表現で名高い歌です。
助動詞の「如し」など、あまり女性が用いなかった言葉でした。
また「餓鬼」のような音読みの語も、万葉集では非常に珍しい例。
「餓鬼の後へに額づく」とは、まるで甲斐のない片思いを自虐的に表現して鮮やかです。
絶望が彼女にこんな言い方をさせたのでしょうか。 
* 比況「ごとし」上にくる語の活用形 連体形・助詞「が」「の」。
・・・・・
笠郎女(かさのいらつめ)は奈良時代中期の歌人。生没年未詳。一説には笠金村の娘。大伴家持とかかわりのあった十余人の女性のひとりで、同時代では大伴坂上郎女とならび称される女性歌人。『万葉集』巻三、巻四、巻八に計29首の歌が収載されている。内訳は、譬喩歌[1]3首、相聞歌24首、春および秋の相聞各1首。いずれも家持に贈った歌である。<ウィキより転載。>





20 609;相聞,作者:笠女郎,大伴家持、恨み,贈答

[題詞](笠女郎贈大伴宿祢家持歌廿四首)

従情毛  我者不念寸  又更  吾故郷尓  将還来者

心ゆも 我は思はずき またさらに 我が故郷に 帰り来むとは 

こころゆも わはおもはずき またさらに わがふるさとに かへりこむとは

[左注](右二首相別後更来贈)

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思いもよりませんでした

また再び我が故郷に帰って来ようなどとは
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この故郷は笠氏の故国、吉備でしょうか。
あるいは、吉田金彦氏の言う近江国でしょうか。 



20 610;相聞,作者:笠女郎,大伴家持、

[題詞](笠女郎贈大伴宿祢家持歌廿四首)恋情,贈答

近有者  雖不見在乎  弥遠  君之伊座者  有不勝<自>

近くあれば 見ねどもあるを いや遠く 君がいまさば 有りかつましじ 

ちかくあれば みねどもあるを いやとほく きみがいまさば ありかつましじ

[左注]右二首相別後更来贈

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近くに住んでいたからこそ会えなくても我慢できましたが

あなたがいっそう遠いところに居られるようになれば

もう耐えられそうにはありません
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遠く離れれば離れたで、やはり耐え難い。
どこへ行っても、恋の苦しみからは逃れられない。
歌を見る限りは「恋に生きた」としか言いようのない彼女の、
これが最後に残した歌でした。 



20 611;相聞,作者:大伴家持,笠女郎、贈答

[題詞](笠女郎贈大伴宿祢家持歌廿四首)大伴宿祢家持和<歌>二首

今更  妹尓将相八跡  念可聞  幾許吾胸  欝悒将有

今さらに 妹に逢はめやと 思へかも ここだ我が胸 いぶせくあるらむ 

いまさらに いもにあはめやと おもへかも ここだあがむね いぶせくあるらむ

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もうこの上あなたに逢えないと思うからだろうか

これほど私の胸が鬱々としているのは。
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20 612;相聞,作者:大伴家持,笠女郎、悔恨,恨み,贈答

[題詞]((笠女郎贈大伴宿祢家持歌廿四首)大伴宿祢家持和<歌>二首)

中々者  黙毛有益<乎>  何為跡香  相見始兼  不遂尓

なかなかに 黙もあらましを 何すとか 相見そめけむ 遂げざらまくに 

なかなかに もだもあらましを なにすとか あひみそめけむ とげざらまくに

・・・・・・・・・・・・・・・・・・
こんな中途半端なことになるのだったら

いっそ黙っていればよかった

どんなつもりで逢いはじめたのだろう

思いを遂げることなど出来はしないのに
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
笠女郎の贈った歌が二十九首あるのに対し、家持の報和した歌は、この二首があるのみです。
しかも家持の歌にはどことなく素っ気ない調子があるとして、二人の恋は女の側の一方的な片思いだった、と見る論者は少なくないようです。

私は決してそうは思いません。彼らの恋が神によって祝福されていた時期も、きっとあったはずです。
家持の歌からは、破局を迎えたあとの、何とも言えない沈痛な響きが聞こえてきます。「こんなことになるのだったら、いっそ…」そんな後悔のうちに、笠女郎との恋の残骸のような思い出を眺めているかの如くです。

もちろん、彼女の残した歌は残骸などではありませんでした。
後日、家持は笠女郎から贈られた歌を精撰して(何倍もの歌があったのではないかと思えます)、一人の作者の歌群としては例をみない規模を与え、自らの歌はその蔭にひっそり据えるようにして、真情あふれる、一途な、強く美しい彼女の恋歌に敬意を表したのではないか。

私にはそう思えてなりません。 
4 613;相聞,作者:山口女王,大伴家持、恋情,贈答

[題詞]山口女王贈大伴宿祢家持歌五首

物念跡  人尓不<所>見常  奈麻強<尓>  常念弊利  在曽金津流

もの思ふと 人に見えじと なまじひに 常に思へり ありぞかねつる 

ものもふと ひとにみえじと なまじひに つねにおもへり ありぞかねつる

・・・・・・・・・・・・・・・・・
恋のもの思いを人にさとられまいと

なまじ心を抑えながら

やはりいつも思ってる

堪えがたいことですよ
・・・・・・・・・・・・・・・・・



4 614;相聞,作者:山口女王,大伴家持、贈答,怨恨

[題詞](山口女王贈大伴宿祢家持歌五首)

不相念  人乎也本名  白細之  袖漬左右二  哭耳四泣裳

相思はぬ 人をやもとな 白栲の 袖漬つまでに 音のみし泣くも 

あひおもはぬ ひとをやもとな [しろたへの] そでひつまでに ねのみしなくも

・・・・・・・・・・・・・・・・
愛し合う事ができない人を

いたずらに慕い求めては

袖が濡れるまで想って泣くの
・・・・・・・・・・・・・・・・


4 615;相聞,作者:山口女王,大伴家持、恋情,贈答,枕詞,夢

[題詞](山口女王贈大伴宿祢家持歌五首)

吾背子者  不相念跡裳  敷細乃  君之枕者  夢<所>見乞

我が背子は 相思はずとも 敷栲の 君が枕は 夢に見えこそ 

わがせこは あひおもはずとも [しきたへの] きみがまくらは いめにみえこそ

・・・・・・・・・・・・・・・
貴方が想ってくださらなくとも

せめて貴方の手枕は夢に見たい
・・・・・・・・・・・・・・・


4 616;相聞,作者:山口女王,大伴家持、うわさ,名,恋情,贈答

[題詞](山口女王贈大伴宿祢家持歌五首)

劔大刀  名惜雲  吾者無  君尓不相而  年之經去礼者

剣太刀 名の惜しけくも 我れはなし 君に逢はずて 年の経ぬれば 

[つるぎたち] なのをしけくも われはなし きみにあはずて としのへぬれば

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
世間に立つ浮名など私は惜しくありません

貴方にお逢いせずに年月も経ってしまったので
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 

4 617;相聞,作者:山口女王,大伴家持、恋情,贈答,序詞

[題詞](山口女王贈大伴宿祢家持歌五首)

従蘆邊  満来塩乃  弥益荷  念歟君之  忘金鶴

葦辺より 満ち来る潮の いや増しに 思へか君が 忘れかねつる 

[あしへより みちくるしほの] いやましに おもへ(か)きみが わすれかね(つる)

・・・・・・・・・・・・・・・
葦辺から潮が満ちて来るように

ますます募るのは恋の思いでしょうか

あなたのことが忘れられないでいます
・・・・・・・・・・・・・・・
出典・転載<和歌のための文語文法>
* 「か」は、係助詞。
* 疑問・反語をあらわし、連体形で結ぶ。
* 疑問をあらわす場合、「何か」「いつか」「誰か」「幾〜か」など、疑問詞を伴うことが多い(この点「や」とは異なる)。
* 反語をあらわす場合。
荒津の海 潮干潮満ち 時はあれど いづれの時(か) 我が恋ひざら(む)
 (万葉集、作者不詳)
* 「思へか」は「思へばか」の「ば」が略された形か。
  「思うので〜か」の意。「か」は係助詞で、結びは連体形「つる」。
* 【他の機能】
終助詞としてもはたらく。

* 【助詞との結合例】
「かも」 疑問の助詞「か」に詠嘆の助詞「も」が付いたもので、詠嘆を伴う疑問をあらわす。係助詞としてはたらく場合、連体形で結ぶ。(終助詞としても用いられる。)

あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の 長々し夜を 独りかも寝む
 (拾遺集、柿本人麿)
誰しかも 尋(と)めて折りつる 春霞 立ちかくすらむ 山の桜を
 (古今集、紀貫之)

「かは」 疑問の助詞「か」に詠嘆の助詞「は」が付いたもの。詠嘆を伴う疑問の意をあらわす。連体形で結ぶ。(終助詞として文末に置かれる場合は反語の意をあらわす。)

何をかは 明くるしるしと 思ふべき 昼に変はらぬ夏 の夜の月
 (後拾遺、源資通)
今ははや 変はらぬ松も かげふりぬ 幾世かは経し 志賀の山寺
 (師兼千首、花山院師兼)
・・・・・・・
* 山口女王 やまぐちのおおきみ 生没年未詳、 伝不詳。

【主な派生歌】

下燃えに つのぐみわたる 葦辺より みちくる潮の 恋ひまさりつつ
 (藤原家隆)
夜な夜なは 身もうきぬべし 葦辺より みちくる潮の まさる思ひに
 (藤原定家)
いやましに ぬるる袖かな 葦辺より みちくる潮の からきうき世は
 (宗尊親王)





4 618;相聞,作者:大神女郎,大伴家持、恋情,贈答

[題詞]大神女郎贈大伴宿祢家持歌一首

狭夜中尓  友喚千鳥  物念跡  和備居時二  鳴乍本名

さ夜中に 友呼ぶ千鳥 物思ふと わびをる時に 鳴きつつもとな 

さよなかに ともよぶちとり ものもふと わびをるときに なきつつもとな

* 「もとな」 みだりに・やたらに。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
夜中に 相手を呼んで千鳥が鳴いている
独り寝の寂しい気持ちでいる時に
人の気も知らないでみだりに鳴き続けることですよ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


万葉集 619・620

4 619;相聞,作者:坂上郎女、怨恨,恋情,挽歌的手法,枕詞

[題詞]大伴坂上郎女怨恨歌一首[并短歌]

[原文]ー[訓読]ー[仮名]ー
押照ー[おしてる]
難波乃菅之ー難波の菅のーなにはのすげのー難波に生える菅のように
根毛許呂尓ーねもころにー懇ろに
君之聞四<手>ー君が聞こしてーきみがきこしてー貴方が言葉をかけ
年深ー年深くーとしふかくー年久しく
長四云者ー長くし言へばーながくしいへばー末永くとおっしゃるので
真十鏡ーまそ鏡ー[まそかがみ]
磨師情乎ー磨ぎし心をーとぎしこころをー清らかな鏡を磨くような鋭い心を
縦手師ーゆるしてしー許した
其日之極ーその日の極みーそのひのきはみーその日以来
浪之共ー波の共ーなみのむたー波と共に
靡珠藻乃ー靡く玉藻のーなびくたまものー靡く玉藻のように
云々ーかにかくにーあれこれと 
意者不持ー心は持たずーこころはもたずー心を揺り動かさず
大船乃ー大船のーおほぶねのー大船のごとく
憑有時丹ー頼める時にーたのめるときにー貴方を頼りにしたそのに
千磐破ー[ちはやぶる]
神哉将離ー神か離くらむーかみかさくらむー荒ぶる神が仲を引き裂くのでしょうか
空蝉乃ー[うつせみの]
人歟禁良武ー人か障ふらむーひとかさふらむー世間の人が邪魔するのでしょうか
通為ー通はししーかよはししーこれまで通ってきた
君毛不来座ー君も来まさずーきみもきまさずー貴方がいらっしゃることはなく
玉梓之ー玉梓のー[たまづさの]
使母不所見ー使も見えずーつかひもみえずー使いも姿を見せなく
成奴礼婆ーなりぬればーなってしまいました
痛毛為便無三ーいたもすべなみー夜干玉乃ー[ぬばたまの]
夜者須我良尓ー夜はすがらにーよるはすがらにー 暗い夜は一晩中、
赤羅引ー赤らひくーあからひくー明るい昼は
日母至闇ー日も暮るるまでーひもくるるまでー 一日中
雖嘆ー嘆けどもーなげけどもー嘆いてみても
知師乎無三ー験をなみーしるしをなみー効果はなく
雖念ー思へどもーおもへどもー物思いに沈んでみても
田付乎白二ーたづきを知らにーたづきをしらにー手段はなく
幼婦常ーたわや女とーたわやめとーかよわい女という、、
言雲知久ー言はくもしるくーいはくもしるくー言葉さながら
手小童之ーたわらはのー子どものように
哭耳泣管ー音のみ泣きつつーねのみなきつつー泣きわめいては
俳徊ーた廻りーたもとほりーさまよい歩き
君之使乎ー君が使をーきみがつかひをー貴方の使いを
待八兼手六ー待ちやかねてむーまちやかねてむー待ちかねるのでしょうか。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
難波の地に生える菅のように
懇ろに貴方が言葉をかけ
年久しく末永くとおっしゃるので
清らかな鏡を磨くような鋭い心を許したその日以来
波と共に靡く玉藻のように
あれこれと心を揺り動かさず
大船のごとく貴方を頼りにしたその時に
荒ぶる神が仲を引き裂くのでしょうか
世間の人が邪魔するのでしょうか
これまで通ってきた貴方がいらっしゃることはなく
使いも姿を見せなくなってしまいました
全くなす術もなく
暗い夜は一晩中
明るい昼は一日中嘆いてみても効果はなく
物思いに沈んでみても手段はなく
かよわい女という言葉さながら
子どものように泣きわめいてはさまよい歩き
貴方の使いを待ちかねるのでしょうか 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


4 620;相聞,作者:坂上郎女、悔恨,怨恨

[題詞](大伴坂上郎女怨恨歌一首[并短歌])反歌

従元  長謂管  不<令>恃者  如是念二  相益物歟

初めより 長く言ひつつ 頼めずは かかる思ひに 逢はましものか 

はじめより ながくいひつつ たのめずは かかるおもひに あはましものか
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
最初に末永くなどと言って頼みにさせなければ

私はこんな辛い思いをしなくて済んだのに
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


万葉集 621・622

4 621;相聞,作者:佐伯東人妻、羈旅,恋情,別離,贈答,枕詞

[題詞]西海道節度使判官佐伯宿祢東人妻贈夫君歌一首
西海道節度使判官佐伯宿祢東人の妻が、夫君に贈った歌一首


無間  戀尓可有牟  草枕  客有公之  夢尓之所見

間なく 恋ふれにかあらむ 草枕 旅なる君が 夢にし見ゆる 

あひだなく こふれにかあらむ [くさまくら] たびなるきみが いめにしみゆる
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
絶え間なく恋い慕っているためでしょうか

旅の身の貴方が夢に出てきたことですよ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


サ4 622;相聞,作者:佐伯東人、和歌,羈旅,別離,慰め,恋情,贈答,枕詞

[題詞](西海道節度使判官佐伯宿祢東人妻贈夫君歌一首)佐伯宿祢東人和歌一首  (佐伯宿祢東人が和した歌一首)

草枕  客尓久  成宿者  汝乎社念  莫戀吾妹

草枕 旅に久しく なりぬれば 汝をこそ思へ な恋ひそ我妹 


[くさまくら] たびにひさしく なりぬれば なをこそおもへ なこひそわぎも
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
旅のくらしが長くなり お前の事ばかりが思われるよ

そんなに恋焦れないでおくれ 我が妻よ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
623;相聞,作者:池邊王、伝誦,転用,怨恨,宴席,枕詞,誦詠

[題詞]池邊王宴誦歌一首(池辺王の宴に謡う歌一首)

松之葉尓 月者由移去 黄葉乃 過哉君之 不相夜多焉

松の葉に 月はゆつりぬ 黄葉の 過ぐれや君が 逢はぬ夜ぞ多き 

まつのはに つきはゆつりぬ もみちばの すぐれやきみが あはぬよぞおほき
・・・・・・・・・・・・・・・・
松の葉に月光さやか夜は更けゆく

降りしきる黄葉のように過ぎていったあの人

もう会えない夜がいかほどか
・・・・・・・・・・・・・・・・


万葉集 624;相聞,作者:聖武天皇,酒人女王

[題詞]天皇思酒人女王御製歌一首 [女王者穂積皇子之孫女也]
聖武天皇が酒人女王(さかひとのおほきみ・穂積皇子之孫女)を思ほす御製歌一首


道相而  咲之柄尓  零雪乃  消者消香二  戀云君妹

道に逢ひて 笑まししからに 降る雪の 消なば消ぬがに 恋ふといふ我妹 

みちにあひて ゑまししからに ふるゆきの けなばけぬがに こふといふわぎも
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
道で出会い 私が笑顔を見せたら

降る雪が今にも消えてしまいそうなくらい

同時に恋焦がれてしまいましたと言う

可愛いいそなたよ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
* 「ましし」は、動作を受ける相手への敬意・謙譲を表す「ます」の連用形。
* 「からに」 理由・原因などの接続助詞。 活用語の連体形につき、「〜だけで」「〜と共に」「〜と同時に」「〜ばかりに」「〜やいなや」の意を表す。
* 「から」は、形式名詞で、格助詞「に」が付いた複合語。


万葉集4 625;相聞,作者:高安王、贈り物

[題詞]高安王L鮒贈娘子歌一首 [高安王者後賜姓大原真人氏]

奥弊徃  邊去伊麻夜  為妹  吾漁有  藻臥束鮒

沖辺行き 辺を行き今や 妹がため 我が漁れる 藻臥束鮒 

おきへゆき へをゆきいまや いもがため わがすなどれる もふしつかふな
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
沖を漕ぎ

岸を歩いて

やっとあなたのために私が漁ってきたフナですよ

藻の中に潜んでいた小さいものですが
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

鮒の甘露煮 あったかな? 塩焼きでたべたかな? 
 
フナを軽く下ごしらえした後、素焼きにし、醤油、みりん、砂糖、水飴でなどを加えた汁で「照り」が出るように煮たもの。
骨まで柔らかくなるようにゆっくりと長時間形を崩さないように煮込むのがコツ。
頭から尻尾まで丸ごと食べられる。
甘露煮として使われる魚は他に、アユ、鯉、ニジマス、ハゼ、ワカサギなど主に淡水性の小魚が使われる。


万葉集4 626;相聞,作者:八代女王,聖武天皇、うわさ,飛鳥

[題詞]八代女王獻天皇歌一首
八代女王(やしろのおほきみ)、聖武天皇に献る歌一首

君尓因  言之繁乎  古郷之  明日香乃河尓  潔身為尓去 [一尾云龍田超 三津之濱邊尓 潔身四二由久]

君により 言の繁きを 故郷の 明日香の川に みそぎしに行く [一尾云龍田越え御津の浜辺にみそぎしに行く] 

きみにより ことのしげきを ふるさとの あすかのかはに みそぎしにゆく [たつたこえ みつのはまべに みそぎしにゆく]

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
大君とのことであれこれと噂を立てられましたのを 

故郷飛鳥川へ洗い清めにまいります

(龍田山を越えて、三津の浜辺へ禊ぎに参ります)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
* 「言」は「人の噂、評判」。
* 「を」は接続助詞・原因理由「〜ので」。
* 「みそぎ」は、川などで身を清めること。




万葉集 627・628

4 627;相聞,作者:娘子,佐伯赤麻呂、諧謔,贈答,戯笑

[題詞]娘子報贈佐伯宿祢赤麻呂歌一首

吾手本  将巻跡念牟  大夫者  <變>水<f>  白髪生二有

我がたもと まかむと思はむ 大夫は 変若水求め 白髪生ひにけり 

わがたもと まかむとおもはむ ますらをは をちみづもとめ しらかおひにけり
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
私の手枕で寝ようと思っている殿方は

若返りの水を探して来てください

白髪が生えていますよ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・


4 628;相聞,作者:佐伯赤麻呂,娘子、和歌

[題詞](娘子報贈佐伯宿祢赤麻呂歌一首)佐伯宿祢赤麻呂和歌一首
佐伯赤麻呂の和する歌一首

白髪生流  事者不念  <變>水者  鹿煮藻闕二毛  求而将行

白髪生ふる ことは思はず 変若水は かにもかくにも 求めて行かむ 

しらかおふる ことはおもはず をちみづは かにもかくにも もとめてゆかむ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
白髪なんて気にしませんが

若返りの水を何とかして探しに行きましょう
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<Wikipedia>

* 月夜見の持てるをち水

日本神話における月神、ツクヨミも変若水の信仰に関わりを持っており、『萬葉集』の中で「月夜見」は、若返りの霊水「をち水」を持つ者として登場する。巻13の歌には、

「天橋(文) 長雲鴨 高山(文) 高雲鴨 月夜見乃 持有越水 伊取來而 公奉而 越得之(旱)物」

天橋も 長くもがも 高山も 高くもがも 月夜見の 持てるをち水 い取り来て 君に奉りて をち得てしかも(3245)
反歌

「天有哉 月日如 吾思有 君之日異 老落惜文」

天なるや 日月のごとく 我が思へる 君が日に異に 老ゆらく惜しも(3246)
という歌が見られ、年老いていく人を嘆いて、どうにかして天にいる「月夜見」が持つという「をち水」を取り、あなたに奉りたいと若返りの願望を詠んでいる。万葉集中に「をち水」を詠んだ歌は幾つか見られ、

「吾手本 將卷跡念牟 大夫者 變水白髪生二有」

我が手元 まかむと思はむ ますらをは をち水求め 白髪生ひにたり(巻4・627)
「白髪生流 事者不念 變水者 鹿煮藻闕二毛 求而将行」

白髪生ふる ことは思はず をち水は かにもかくにも 求めてゆかむ(巻4・628)
「従古 人之言来流 老人之 變若云水曽 名尓負瀧之瀬」

古ゆ 人の言ひける 老人の をつといふ水ぞ 名に負ふ瀧の瀬(巻6・1034)
とある如く、いずれの歌にも年老いた者を若返らせる「をち水」を求める切実な心が詠み込まれている。

新井秀夫は、論文「「月夜見の持てるをち水」小考」(「日本文芸研究」1991年4月)において、民俗学の見地から、元旦に一年の邪気を払う「若水」を汲む行事が日本各地で多数採取されていること、そして『延喜式』『年中行事秘抄』や佚書『月舊記』などの文献に平安時代の年中行事として、立春の日に行われる「供若水」が見られることを指摘し、古代日本に季節が新しく生まれ変わるのと同じように、春の始めに聖なる水「若水」を汲み、身心を清め生気をたくわえるいわゆる「若水」信仰の存在を考察している。そして、ある種の水を若返りの水として神聖視する信仰は、万葉集においては「変若水」や若返りを詠んだ歌に散見されており、単純な文学的表現とは考えにくいので、これらの歌表現の背景に「若水」信仰が存在したのではないかと考察している。


* アカリヤザガマの若水と死水

「月と若返りの水」の結びつきは、ロシアの東洋学者ニコライ・アレクサンドロヴィッチ・ネフスキーが著した『月と不死』(東洋文庫)に採集された、沖縄の民族伝承にも語られている。

太古の昔、宮古島にはじめて人間が住むようになった時のこと、月と太陽が人間に長命を与えようとして、節祭の新夜にアカリヤザガマという人間を使いにやり、変若水(シジミズ)と死水(シニミズ)を入れた桶を天秤に担いで下界に行かせた。「人間には変若水を、蛇には死水を与えよ」との心づもりである。しかし彼が途中で桶を下ろし、路端で小用を足したところ、蛇が現れて変若水を浴びてしまった。彼は仕方なく、命令とは逆に死水を人間に浴びせた。それ以来、蛇は脱尾して生まれかわる不死の体を得た一方、人間は短命のうちに死ななければならない運命を背負ったという。

月と太陽の慈悲がかえって人の死という悲劇の誕生となったが、神は人を哀れみ、少しでも若返りできるよう、その時から毎年、節祭の祭日に「若水」を送ることとなった。これが「若水」の行事の起こりである。


万葉集 629・630・631・632・633・634・635・636・637・638・639・640・641・642 (14首)

629;相聞,作者:大伴四綱、遅参,怨恨,宴席

[題詞]大伴四綱宴席歌一首

奈何鹿  使之来流  君乎社  左右裳  待難為礼

何すとか 使の来つる 君をこそ かにもかくにも 待ちかてにすれ 

なにすとか つかひのきつる きみをこそ かにもかくにも まちかてにすれ
・・・・・・・・・・・・・・・・・
どうしてお使いが来たのでしょうか

あなたご自身を

とにかく待ちかねているのですよ
・・・・・・・・・・・・・・・・・


大伴四綱 おおとものよつな 生没年未詳
天平初年頃、防人司佑として大宰府に仕えていた(万葉集)。
天平十年(738)四月、大和少掾。
同十七年十月、雅楽助正六位上行助勲九等。
万葉集巻三に二首、巻四に二首、巻八に一首入集。名は四縄ともある。



4 630;相聞,作者:佐伯赤麻呂、比喩,うわさ,恋

[題詞]佐伯宿祢赤麻呂歌一首

初花之  可散物乎  人事乃  繁尓因而  止息比者鴨

初花の 散るべきものを 人言の 繁きによりて よどむころかも 

はつはなの ちるべきものを ひとごとの しげきによりて よどむころかも
・・・・・・・・・・・・・・・・・
初々しい花は

今にも散落ちそうな風情なのに

人の噂があまりにもうるさくて

逢い見ることさえ

ためらってしまうこの頃なのだなあ
・・・・・・・・・・・・・・・・・

 
* 「初花」 若い女性の比喩。



4 631;相聞,作者:湯原王,娘子、怨恨,贈答

[題詞]湯原王贈娘子歌二首 [志貴皇子之子也]

宇波弊無  物可聞人者  然許  遠家路乎  令還念者

うはへなき ものかも人は しかばかり 遠き家路を 帰さく思へば 

うはへなき ものかもひとは しかばかり とほきいへぢを かへさくおもへば
・・・・・・・・・・・・・・・・
つれないなあ

こんなに遠い家路を

泊めてもくれずに帰すんだもの
・・・・・・・・・・・・・・・・



4 632;相聞,作者:湯原王,娘子、贈答,恋情

[題詞](湯原王贈娘子歌二首 [志貴皇子之子也])

目二破見而  手二破不所取  月内之  楓如  妹乎奈何責

目には見て 手には取らえぬ 月の内の 楓のごとき 妹をいかにせむ 

めにはみて てにはとらえぬ つきのうちの かつらのごとき いもをいかにせむ
・・・・・・・・・・・・・・・
目には見えても手に取れない

月の中にあるあの楓

そのような妻を

私はどうしたら良いのか
・・・・・・・・・・・・・・・
* 「て」は連用形に付く。



4 633;相聞,娘子,作者:湯原王、贈答,枕詞,恋情

[題詞](湯原王贈娘子歌二首 [志貴皇子之子也])娘子報贈歌二首

幾許  思異目鴨  敷細之  枕片去  夢所見来之

ここだくも 思ひけめかも 敷栲の 枕片さる 夢に見え来し 

ここだくも おもひけめかも [しきたへの] まくらかたさる いめにみえこし
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ひどく恋い焦がれていたからでしょうか

枕を片方に寄せて寝た夜

あなたが夢に現れましたよ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


4 634;相聞,作者:娘子,湯原王、揶揄,恋情,枕詞,贈答

[題詞]((湯原王贈娘子歌二首 [志貴皇子之子也])娘子報贈歌二首)

家二四手  雖見不飽乎  草枕  客毛妻与  有之乏左

家にして 見れど飽かぬを 草枕 旅にも妻と あるが羨しさ 

いへにして みれどあかぬを [くさまくら] たびにもつまと あるがともしさ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
家で一緒に居れば

いつまで見ていてもあき足りない貴方なのに

旅に出てからも奥様と一緒とは

なんと羨ましいことでしょう
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


4 635;相聞,作者:湯原王,娘子、曖昧,枕詞,贈答

[題詞]湯原王亦贈歌二首

草枕  客者嬬者  雖率有  匣内之  珠社所念

草枕 旅には妻は 率たれども 櫛笥のうちの 玉をこそ思へ 

[くさまくら] たびにはつまは ゐたれども くしげのうちの たまをこそおもへ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
旅に妻を連れてきてはいるが

心の中で抱いている珠はあなたなのだよ

(櫛笥の中の珠をこそ思っているのだよ)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


4 636;相聞,作者:湯原王,娘子、形見,枕詞,贈答

[題詞](湯原王亦贈歌二首)

余衣  形見尓奉  布細之  枕不離  巻而左宿座

我が衣 形見に奉る 敷栲の 枕を放けず まきてさ寝ませ 

あがころも かたみにまつる [しきたへの] まくらをさけず まきてさねませ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
わたしの衣を形見に贈りましょう 

枕辺から離さず身に着けておやすみなさい
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


4 637;相聞,作者:娘子,湯原王、形見,贈答

[題詞]娘子復報贈歌一首

吾背子之  形見之衣  嬬問尓  <余>身者不離  事不問友

我が背子が 形見の衣 妻どひに 我が身は離けじ 言とはずとも 

わがせこが かたみのころも つまどひに あがみはさけじ こととはずとも
・・・・・・・・・・・・・・・・
吾が君のよすがの衣は

求婚の証として

私の身から離しません

衣は何もお話ししてくれなくても
・・・・・・・・・・・・・・・・


4 638;相聞,作者:湯原王,娘子、恋情,枕詞,贈答

[題詞]湯原王亦贈歌一首

直一夜  隔之可良尓  荒玉乃  月歟經去跡  心遮

ただ一夜 隔てしからに あらたまの 月か経ぬると 心惑ひぬ 

ただひとよ へだてしからに [あらたまの] つきかへぬると こころまどひぬ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ただ一夜逢えなかっただけなのに

ひと月も経ってしまったのではないかと

心は乱れることだよ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・


4 639;相聞,作者:娘子,湯原王、夢,恋情,枕詞,贈答

[題詞]娘子復報贈歌一首

吾背子我  如是戀礼許曽  夜干玉能  夢所見管  寐不所宿家礼

我が背子が かく恋ふれこそ ぬばたまの 夢に見えつつ 寐ねらえずけれ 

わがせこが かくこふれこそ [ぬばたまの] いめにみえつつ いねらえずけれ
・・・・・・・・・・・・・・・
愛しいひと

そんなに恋してくださるので

夢に見えて

わたしは眠られない
・・・・・・・・・・・・・・・


4 640;相聞,作者:湯原王,娘子、恋情,贈答

[題詞]湯原王亦贈歌一首

波之家也思  不遠里乎  雲<居>尓也  戀管将居  月毛不經國

はしけやし 間近き里を 雲居にや 恋ひつつ居らむ 月も経なくに 
 
はしけやし まちかきさとを くもゐにや こひつつをらむ つきもへなくに
・・・・・・・・・・・・
なつかしい間近き里を

雲の彼方のように思い

恋い続けるのだろうか

まだ一月もたたないのに
・・・・・・・・・・・・
* 「はしけ(き)やし」 形容詞「はし」(いとおしい)、に間投助詞「や」「し」のついたもの。いとおしいと思う意から愛惜、追慕などの感動を表わす。



4 641;相聞,作者:娘子,湯原王、怨恨,離別,枕詞

[題詞]娘子復報贈<歌>一首

絶常云者  和備染責跡  焼大刀乃  隔付經事者  幸也吾君

絶ゆと言はば わびしみせむと 焼大刀の へつかふことは 幸くや我が君 

たゆといはば わびしみせむと [やきたちの] へつかふことは さきくやあがきみ
・・・・・・・・・・・・・
仲が終わりだと言えば

侘しい思いをさせると

表だけつくろうことは

幸せでしょうか あなた
・・・・・・・・・・・・・


4 642;相聞,作者:湯原王,娘子、恋情,枕詞

[題詞]湯原王歌一首

吾妹兒尓  戀而乱<者>  久流部寸二  懸而縁与  余戀始

我妹子に 恋ひて乱れば くるべきに 懸けて寄せむと 我が恋ひそめし 

わぎもこに こひてみだれば [くるべきに] かけてよせむと あがこひそめし
・・・・・・・・・・・・・・・・・
あなたに恋して心が乱れたら

糸車に糸を掛けて手繰り寄せようと

そう思って恋し始めたのです
・・・・・・・・・・・・・・・・・
* 「くるべき」は糸を繰る道具。



湯原王 ゆはらのおおきみ 生没年未詳
志貴皇子の子。
兄弟に光仁天皇・春日王・海上女王らがいる。
壱志濃王の父。
叙位・任官の記事は史書に見えない。
万葉集に19首の短歌を載せるが、歌の排列からすると、いずれも天平初年〜八年頃の作と見られる。
天平前期の代表的な歌人の一人。(千人万首)
4 643;相聞,作者:紀郎女、河渡り,怨恨

[題詞]紀郎女怨恨歌三首 [鹿人大夫之女名曰小鹿也安貴王之妻也]

世間之  女尓思有者  吾渡  痛背乃河乎  渡金目八

世の中の 女にしあらば 我が渡る 痛背の川を 渡りかねめや 

よのなかの をみなにしあらば わがわたる あなせのかはを わたりかねめや
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
普通のひとは見て見ぬふりで渡る恋の川かしら 

でも 私には出来ないことだわ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


4 644;相聞,作者:紀郎女、怨恨,離別

[題詞](紀郎女怨恨歌三首 [鹿人大夫之女名曰小鹿也安貴王之妻也])

今者吾羽  和備曽四二結類  氣乃緒尓  念師君乎  縦左<久>思者

今は我は わびぞしにける 息の緒に 思ひし君を ゆるさく思へば 

いまはわは わびぞしにける いきのをに おもひしきみを ゆるさくおもへば
・・・・・・・・・・・・・・・・
気が抜けてしまった

わが命と思っていたあなたを

他の女にとられてしまうなんて
・・・・・・・・・・・・・・・・


4 645;相聞,作者:紀郎女、離別,枕詞

[題詞](紀郎女怨恨歌三首 [鹿人大夫之女名曰小鹿也安貴王之妻也])

白<細乃>  袖可別  日乎近見  心尓咽飯  哭耳四所泣

白栲の 袖別るべき 日を近み 心にむせひ 音のみし泣かゆ 

[しろたへの] そでわかるべき ひをちかみ こころにむせひ ねのみしなかゆ
・・・・・・・・・・・・・・
貴方と袖を分つ日が近づいて 

胸が張り裂けそう 

私はただ泣くばかり
・・・・・・・・・・・・・・
 

 紀女郎は紀朝臣鹿人の娘で、名を小鹿(おしか)という。
養老年間(717〜724年)に安貴王(志貴皇子の孫で春日王の子)に娶られたが、彼女が17歳の時に事件が起きた。

夫の安貴王が因幡の八上采女(やがみのうねめ)と契りを結び、その関係が世間の人に知られることとなった。

勅命によって采女は故郷に帰されたが、夫は妻の紀女郎に謝罪するどころか、引き離された愛人を思い続け、せっせと歌を書き送るというありさまだった。
 
 怒りに震える紀女郎は、

643で、夫を問い詰めるために痛背川を渡ろうとしつつ、足を踏み出せない。

川を渡るというのは、本来は恋を成就させる行為であるはずなのに、自分は何という悲しい思いで渡るのだろうかと心打ちひしがれている。

644では、もはや戻らぬ愛とあきらめ、心を鎮めていくようすがうかがえる。

 
* 「痛背川」は、三輪山の麓を流れる巻向川のこと。


万葉集 4 646;相聞,作者:大伴駿河麻呂、恋情

[題詞]大伴宿祢駿河麻呂歌一首

大夫之  思和備乍  遍多  嘆久嘆乎  不負物可聞

ますらをの 思ひわびつつ たびまねく 嘆く嘆きを 負はぬものかも 

ますらをの おもひわびつつ たびまねく なげくなげきを おはぬものかも
・・・・・・・・・・・・・・・・・
立派なおのこの思い侘び

幾度ものその嘆きを

あなたは全く身に負わないことだよ
・・・・・・・・・・・・・・・・・


大伴駿河麻呂 おおとものするがまろ 生年未詳〜宝亀七(?-776)

大伴御行の孫。父は不詳。家持の又従兄。坂上家の次女二嬢を娶るか。

天平十五年(743)、従五位下に叙され、
同十八年、越前守の地位にあった。
天平宝字元年(757)、橘奈良麻呂の乱に連座し、弾劾を受ける。その後復権し、
宝亀元年(770)、出雲守。
同三年には陸奥按察使に任ぜられたが、老衰により辞任した。
同四年、陸奥鎮守将軍。
同六年、参議。
同年十一月、蝦夷追討の功により正四位上勲三等。
同七年(776)、卒す。

万葉集巻三・四・八に計11首を残す。


万葉集 647 ・648・649・650・651・652・653・654・655・656・657・658・659・660・661

4 647;相聞,作者:坂上郎女、うわさ

[題詞]大伴坂上郎女歌一首

心者  忘日無久  雖念  人之事社  繁君尓阿礼

心には 忘るる日なく 思へども 人の言こそ 繁き君にあれ 

こころには わするるひなく おもへども ひとのことこそ しげききみにあれ
・・・・・・・・・
忘れる日はありません

いつも思っています でも

あなたのよくない噂でうるさいことです
・・・・・・・・・


4 648;相聞,作者:大伴駿河麻呂、

[題詞]大伴宿祢駿河麻呂歌一首

不相見而  氣長久成奴  比日者  奈何好去哉  言借吾妹

相見ずて 日長くなりぬ この頃は いかに幸くや いふかし我妹 

あひみずて けながくなりぬ このころは いかにさきくや いふかしわぎも
・・・・・・・・・・
お逢いしない日々が長くなりました

この頃どうしておられましょうか

おかわりありませんか 

気がかりなあなた様よ
・・・・・・・・・・


4 649;相聞,作者:坂上郎女、停滞,使い,不安,枕詞

[題詞]大伴坂上郎女歌一首

夏葛之  不絶使乃  不通<有>者  言下有如  念鶴鴨

夏葛の 絶えぬ使の よどめれば 事しもあるごと 思ひつるかも 

[なつくずの] たえぬつかひの よどめれば ことしもあるごと おもひつるかも

[左注]右坂上郎女者佐保大納言卿之女也 駿河麻呂此高市大卿之孫也 兩卿兄弟之家 女孫姑姪之族 是以題歌送答相問起居

右坂上郎女は佐保大納言卿の娘なり。駿河麻呂は高市大卿の孫なり。両卿は兄弟の家、女孫は姑姪の族なり。ここを以ちて歌を題し送り答へ、起居を相問ふ。
・・・・・・・・・
いつも絶えぬ使いが途絶え

何か起こったように思います
・・・・・・・・・


4 650;相聞,作者:大伴三依、恋愛

[題詞]大伴宿祢三依離復相歡歌一首
大伴三依、離れてまた逢ふを歓ぶる歌一首

吾妹兒者  常世國尓  住家<良>思  昔見従  變若益尓家利

我妹子は 常世の国に 住みけらし 昔見しより 変若ましにけり 

わぎもこは とこよのくにに すみけらし むかしみしより をちましにけり
・・・・・・・・・・・
我が愛しい人よ 

常春の国に住んでいたのでしょうか 

昔よりも若返られて
・・・・・・・・・・・・


4 651;相聞,作者:坂上郎女、枕詞

[題詞]大伴坂上郎女歌二首

久堅乃  天露霜  置二家里  宅有人毛  待戀奴濫

ひさかたの 天の露霜 置きにけり 家なる人も 待ち恋ひぬらむ 

[ひさかたの] あめのつゆしも おきにけり いへなるひとも まちこひぬらむ
・・・・・・・・・・・・・
はるか天上からの露霜が
 
地上に降りしきっています 

家の人も心配して待ち焦がれているでしょう
・・・・・・・・・・・・・
娘婿に与えた歌であろう。「人」は坂上郎女の娘、大嬢か二嬢。



4 652;相聞,作者:坂上郎女、比喩,諦念

[題詞](大伴坂上郎女歌二首)

玉主尓  珠者授而  勝且毛  枕与吾者  率二将宿

玉守に 玉は授けて かつがつも 枕と我れは いざふたり寝む 

たまもりに たまはさづけて かつがつも まくらとわれは いざふたりねむ
・・・・・・・・・・・・
お婿さまに娘を授け 

ともかくも

私は枕と一緒に寝ることにしましょう
・・・・・・・・・・・・

「玉守」は玉の番人。原文は「玉主」で、「たまぬし」と訓む本もある。娘を玉に、娘婿を玉守に喩えて言った。なお坂上郎女の娘は大嬢(おおおとめ)・二嬢(おとおとめ)の二人が知られ、その夫となったはそれぞれ大伴家持・大伴駿河麻呂である。



4 653;相聞,作者:大伴駿河麻呂、弁解

[題詞]大伴宿祢駿河麻呂歌三首


[原文] 情者  不忘物乎  <儻>  不見日數多  月曽經去来

心には 忘れぬものを たまさかに 見ぬ日さまねく 月ぞ経にける 

こころには わすれぬものを たまさかに みぬひさまねく つきぞへにける
・・・・・・・・・・
心では忘れてはいません
 
たまたま お会いしない日々が重なり 

月日が経ってしまいました
・・・・・・・・・・


4 654;相聞,作者:大伴駿河麻呂、恋愛

[題詞](大伴宿祢駿河麻呂歌三首)

相見者  月毛不經尓  戀云者  乎曽呂登吾乎  於毛保寒毳

相見ては 月も経なくに 恋ふと言はば をそろと我れを 思ほさむかも 

あひみては つきもへなくに こふといはば をそろとわれを おもほさむかも
・・・・・・・・・・・・
お会いしてからまだ月も経たないのに 

恋しいと言ったら 私を軽いと思いますか
・・・・・・・・・・・・


サ4 655;相聞,作者:大伴駿河麻呂、恋愛

[題詞](大伴宿祢駿河麻呂歌三首)

不念乎  思常云者  天地之  神祇毛知寒  邑礼左變

思はぬを 思ふと言はば 天地の 神も知らさむ 邑礼左変 

おもはぬを おもふといはば あめつちの かみもしらさむ ****
・・・・・・・・・・・・
思ってもいないのに 

思っていると言ったら

天地の神はお見通しです

たちどころに神罰が下るでしょう 
・・・・・・・・・・・・
* 「邑礼左変」について。
<国語篇七>より。
http://www.iris.dti.ne.jp/~muken/kokugo00.htm
<以下、記事転載>

『7[4-655]「邑礼左変」

不念乎 思常云者 天地之 神祇毛知寒 邑礼左変

思はぬを 思ふと言はば 天地の 神も知らさむ 邑礼左変

「邑礼左変」を通常の万葉仮名の読み方に従い、「おほれさかはり」と訓むこととします。 この「おほれさかはり」は、「オホレレ・タカハ・リ」で、
「突然やって来る・嵐(または恐ろしい罠)に・捕まってしまう(神罰を受ける)」(「オホレレ」の反復語尾が脱落して「オホレ」となった) の転訛と解します。 したがって、この歌は「(あなたを)思わないのに思うと言ったら、天地の神もお見通しであろう、たちどころに神罰が下る(に違いない。だから私は決して神罰を受けるようなことはしない。私があなたを思うのは神に誓って真のことなのだ)」の意と解します。』




4 656;相聞,作者:坂上郎女、恋情

[題詞]大伴坂上郎女歌六首

吾耳曽  君尓者戀流  吾背子之  戀云事波  言乃名具左曽

我れのみぞ 君には恋ふる 我が背子が 恋ふといふことは 言のなぐさぞ 

あれのみぞ きみにはこふる わがせこが こふといふことは ことのなぐさぞ
・・・・・・・・・・・・・・
わたしだけが一方的に貴方に恋しているの 

貴方が恋していると言うのは口先だけの慰めですよ
・・・・・・・・・・・・・・


サ4 657;相聞,作者:坂上郎女、煩悶,枕詞

[題詞](大伴坂上郎女歌六首)

不念常  日手師物乎  翼酢色之  變安寸  吾意可聞

思はじと 言ひてしものを はねず色の うつろひやすき 吾が心かも 

おもはじと いひてしものを はねずいろの うつろひやすき あがこころかも
・・・・・・・・・・
もう思わないと口に出したのに

はねずの花の色のように

変わりやすい私の心よ
・・・・・・・・・・
* 「思はじ」; 思わないようにしよう。
 「思は」は、ハ行四段活用動詞「思ふ」の未然形。
 「じ」は、打消意志の助動詞終止形。
* 「言ひてしものを」;言霊に誓って言ったのに
 「言ひ」は、ハ行四段活用動詞「言ふ」の連用形。
 「て」は、完了の助動詞「つ」の連用形。
 「し」は、過去の助動詞「き」の連体形。
 「ものを」[接助・終助]活用語の連体形に付く。1 愚痴・恨み・不平・不満・反駁(はんばく)などの気持ちを込めて、逆接の確定条件を表す。…のに。…けれども。
* 「はねず色」は、「朱華」と呼ばれた「薄紅色」。時代が経って、朱華と称するのではなく、中国の例にならって黄丹と呼ぶようになった。という説が有力。
* 「かも」は詠嘆の終助詞。



4 658;相聞,作者:坂上郎女、恋情

[題詞](大伴坂上郎女歌六首)

雖念  知僧裳無跡  知物乎  奈何幾許  吾戀渡

思へども 験もなしと 知るものを 何かここだく 我が恋ひわたる 

おもへども しるしもなしと しるものを なにかここだく あがこひわたる
・・・・・・・・・・・・
いくら恋しく思っても甲斐もないと

分かっているのに

どうして私は恋し続けているのだろう
・・・・・・・・・・・・


4 659;相聞,作者:坂上郎女、うわさ

[題詞](大伴坂上郎女歌六首)

豫  人事繁  如是有者  四恵也吾背子  奥裳何如荒海藻

あらかじめ 人言繁し かくしあらば しゑや我が背子 奥もいかにあらめ 

あらかじめ ひとごとしげし かくしあらば しゑやわがせこ おくもいかにあらめ
・・・・・・・・・・・
もう人の噂が飛び交っている 

こんな様子だと あなた

この先どうなるのでしょうか
・・・・・・・・・・・


4 660;相聞,作者:坂上郎女、うわさ

[題詞](大伴坂上郎女歌六首)

汝乎与吾乎  人曽離奈流  乞吾君  人之中言  聞起名湯目

汝をと我を 人ぞ離くなる いで我が君 人の中言 聞きこすなゆめ 

なをとあを ひとぞさくなる いであがきみ ひとのなかごと ききこすなゆめ
・・・・・・・・・・・・・
あなたと私の仲を人が引離そうとしています 

さああなた ゆめゆめ人の中傷を聞かないで
・・・・・・・・・・・・・
 

4 661;相聞,作者:坂上郎女、恋情

[題詞](大伴坂上郎女歌六首)

戀々而  相有時谷  愛寸  事盡手四 長常念者

恋ひ恋ひて 逢へる時だに うるはしき 言尽してよ 長くと思はば 

こひこひて あへるときだに うるはしき ことつくしてよ ながくとおもはば
・・・・・・・・・・・
恋して恋してやっと逢えた時くらい

美しい情愛の言葉を言い尽して下さいな

二人の仲がいつまでもと思うなら 
・・・・・・・・・・・
4 662;相聞,作者:市原王、恋情,三重県,夢、序詞
[題詞]市原王歌一首


[原文]網兒之山 五百重隠有 佐堤乃埼 左手蝿師子之 夢二四所見

網児の山 五百重隠せる 佐堤の崎 さで延へし子が 夢にし見ゆる 

[あごのやま いほへかくせる さでのさき] さではへしこが いめにしみゆる
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
網児の山が幾重にも隠している佐堤の崎で

さで網を広げて漁をしていた

あの海人の娘が夢に見えるよ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

* 「網児の山」「佐堤の崎」いずれも所在未詳(三重県志摩半島の地名か)* 「小網はえし子」は、網をのばして漁業をする海女。
* 第三句までは「小網(さで)」を導く序とも。



市原王 いちはらのおおきみ 生没年未詳

天智天皇五世の孫。安貴王の子。志貴皇子または川島皇子の曾孫。春日王の孫。光仁天皇の皇女、能登内親王(733〜781)を妻とし、五百井女王・五百枝王の二人の子をもうけた。

大伴家持とは私的な宴で二度にわたり同席しており、親しい友人だったと推測される。

初め写経舎人として出仕し、
天平十一年(739)頃には写経舎人らの監督官的立場にあったかと思われる。間もなく造金光明寺造仏長官(後の造東大寺司長官)に任ぜられ、大仏造営の最高監督官を務めた。
同二十年、造東大寺司が設置されると、知事に就任する。
天平感宝に改元後の同年四月十四日、聖武天皇の東大寺行幸に際し従五位上に昇叙される。
天平勝宝二年十二月九日、孝謙天皇は藤原仲麻呂を派遣して造東大寺司官人に叙位を行ったが、この時市原王(玄蕃頭兼造東大寺司長官)は正五位下に昇叙された。
天平勝宝八年(756)、治部大輔に就任し、正四位下に昇叙される。
天平宝字七年(763)年正月、摂津大夫。
同年四月、恵美押勝暗殺未遂事件で解任された佐伯今毛人の後任として造東大寺長官に再任される。
同年五月、御執経所長官(造東大寺長官に同じか。大日本古文書)。以後は史料に見えず、
翌天平宝字八年正月には吉備真備が造東大寺司長官となっていることから、これ以前に引退または死去したかと推測される。
しかし年齢はおそらく四十代だったことを考えれば、何らかの科により官界から追放されたのではないかとも疑われる。
恵美押勝の乱に連座したかとも考えられる。
万葉集に八首の歌を残す。佳作が多く、万葉後期の代表的歌人の一人に数えられる。以下には八首全てを掲載する。
(千人万首)


万葉集 4 663;相聞,作者:安都年足(あとのとしたり)、恋情,序詞

[題詞]安<都>宿祢年足歌一首

佐穂度  吾家之上二  鳴鳥之 音夏可思吉 愛妻之兒

佐保渡り 我家の上に 鳴く鳥の 声なつかしき はしき妻の子 

[さほわたり わぎへのうへに なくとりの] こゑなつかしき はしきつまのこ
・・・・・・・・・・・
佐保のみ空に鳥鳴けば

心をみたす妻の面影
・・・・・・・・・・・
* 佐保は、現在の奈良市法蓮町〜法華寺町あたりとか。

* 「なつかしき」は、心ひかれる意。


万葉集 4 664;相聞,作者:大伴像見、枕詞,恋情

[題詞]大伴宿祢像見(かたみ)歌一首

石上  零十方雨二  将關哉  妹似相武登  言義之鬼尾

石上 降るとも雨に つつま(さはら)めや 妹に逢はむと 言ひてしものを 

[いそのかみ] ふるともあめに つつま(さはら)めや いもにあはむと いひてしものを
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どんな雨にも妨げられようか 

あの子に会うと 約束したのだから
・・・・・・・・・・・・・・・・
* 「石上」は「降る」「古る」「振る」を言い出す枕詞。
* 「つつむ・さはる」障む・る[動マ四]病気になる。また、災難にあう。
* 「さはらめや」;妨げられようか、いやありません。
 「さはら」は、ラ行四段活用「さはる」の未然形。
 「め」は、推量の助動詞「む」の連体形。
 「や」は、反語の係助詞。阻まれることがありましょうか。
石上(いそのかみ)は、奈良県天理市の石上神宮(いそのかみじんぐう)周辺から西の広い地域をさし、布留(ふる)は、石上の中でも、石上神宮周辺を言う。現在は、天理市布留町となっている。

石上(いそのかみ)神社が鎮座する大和国布留(ふる)一帯(奈良県天理市石上)の地名で、地名の「ふる」(3-422。ーふるの山なる杉群の思ひすぐべき君ならなくに)、同音の「降る・振る・旧る」(4-664。ー降るとも雨につつまめや妹にあはむと言ひてしものを)にかかる枕詞とされる。

 この「いそのかみ」は、

「イト・ノ・カミ」は「征服した・(敵から分捕ったもの)の・戦利品(戦利品を所蔵している倉庫。その倉庫がある神社。その神社がある地域)」 の転訛と解される。


万葉集 4 665;相聞,作者:安倍蟲麻呂

[題詞]安倍朝臣蟲麻呂歌一首

向座而  雖見不飽  吾妹子二  立離徃六  田付不知毛

向ひ居て 見れども飽かぬ 我妹子に 立ち別れ行かむ たづき知らずも 

むかひゐて みれどもあかぬ わぎもこに たちわかれゆかむ たづきしらずも

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いつまで見つめ合っても

飽きることはない愛しい人 

生きながら別れるなんて

もうどうしていいか分りません
・・・・・・・・・・・・・・・・
☆ 生木を裂くみたいだなあ。


 み空行く 雲も使と 人は言へど 家づと(土産)遣らむ たづき知らずも
  大伴家持   

 世間の 繁き假廬に 住み住みて 至らむ國の たづき知らずも
  作者未詳  


万葉集 4 666;相聞,作者:坂上郎女、恋情

[題詞]大伴坂上郎女歌二首

不相見者  幾久毛  不有國  幾許吾者  戀乍裳荒鹿

相見ぬは 幾久さにも あらなくに ここだく我れは 恋ひつつもあるか 

あひみぬは いくひささにも あらなくに ここだくあれは こひつつもあるか

[左注](右大伴坂上郎女之母石川内命婦与安<陪>朝臣蟲満之母安曇外命婦同居姉妹 同氣之親焉 縁此郎女蟲満相見不踈相談既密 聊作戯歌以為問答也)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
逢わない日がそれほど久しい間でもないのに

こんなにも私は恋い焦れていますよ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


万葉集 4 667;相聞,作者:坂上郎女、引き留め

[題詞](大伴坂上郎女歌二首)

戀々而  相有物乎  月四有者  夜波隠良武  須臾羽蟻待

恋ひ恋ひて 逢ひたるものを 月しあれば 夜は隠るらむ しましはあり待て 

こひこひて あひたるものを つきしあれば よはこもるらむ しましはありまて

[左注]右大伴坂上郎女之母石川内命婦与安<陪>朝臣蟲満之母安曇外命婦同居姉妹 同氣之親焉 縁此郎女蟲満相見不踈相談既密 聊作戯歌以為問答也
(右、大伴坂上郎女の母石川内命婦と安倍朝臣虫満の母安雲外命婦とは、同居の姉妹、同気の親なり。
これによりて郎女と虫満と相見ること疎からず、相談ふこと既に密なり。聊か戯れの歌を作りて問答をなすなり。)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
恋して恋してやっとお逢いできたものを

月が出ているのでまだ夜は深いわ

もうちょっとだけこのままでいてくださいな
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
* 「恋」; 逢っていない時に恋しく思う状態のこと。


4 668;相聞,作者:厚見王、恋情

[題詞]厚見王歌一首

朝尓日尓  色付山乃  白雲之  可思過  君尓不有國

朝に日に 色づく山の 白雲の 思ひ過ぐべき 君にあらなくに 

[あさにけに いろづくやまの しらくもの] おもひすぐべき きみにあらなくに
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
朝ごと日ごと、紅葉する山にかかる白雲 

その雲のように過ぎて忘れてしまうような 

そんなあなたではありません
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


4 669;相聞,作者:春日王、序詞,うわさ

[題詞]春日王歌一首 [志貴皇子之子母曰多紀皇女也]

足引之  山橘乃  色丹出<与>  語言継而  相事毛将有

あしひきの 山橘の 色に出でよ 語らひ継ぎて 逢ふこともあらむ 

[あしひきの] やまたちばなの いろにいでよ かたらひつぎて あふこともあらむ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
山橘の赤い実のように、思いをはっきりと顔に出しなさいよ

そうすれば、(人に)語り継がれて

きっと会えることもあるでしょう
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


4 670;相聞,作者:湯原王、勧誘、枕詞

[題詞]湯原王歌一首

月讀之  光二来益  足疾乃  山<寸>隔而  不遠國

月読の 光りに来ませ あしひきの 山きへなりて 遠からなくに 

[つくよみの] ひかりにきませ [あしひきの] やまきへなりて とほからなくに
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
月の光をたよりにおいでなさいな

あなたと私は 山を隔てるほど遠いわけではないのです
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


4 671;相聞,湯原王

[題詞](湯原王歌一首)和歌一首 [不審作者]
      和する歌一首  作者を審らかにせず

月讀之  光者清  雖照有  惑情  不堪念

月読の 光りは清く 照らせれど 惑へる心 思ひあへなくに 

[つくよみの] ひかりはきよく てらせれど まとへるこころ おもひあへなくに
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
月の光は清らかに照り輝いているけれど 

恋に惑う心に決心がつきません
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


4 672;相聞,作者:安倍蟲麻呂、恋情,枕詞

[題詞]安倍朝臣蟲麻呂歌一首

倭文手纒  數二毛不有  壽持  奈何幾許  吾戀渡

しつたまき 数にもあらぬ 命もて 何かここだく 我が恋ひわたる 

[しつたまき] かずにもあらぬ いのちもて なにかここだく あがこひわたる
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
倭文織の腕輪のように 物の数でもない命ながら

何故にこれほどまでに 恋いしつづけるのだろう
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
* 「倭文手纒しつたまき」 「君」を讃美する枕詞とした。
  倭文手纏は倭文 (しず) で作った手に巻くもの。
  身分の低い者が着用したので、暗喩型。


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