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6 984;雑歌,作者:豊前国娘子、大宅,題詠,恋情,相聞 [題詞]豊前<國>娘子月歌一首 [娘子字曰大宅姓氏未詳也] 雲隠 去方乎無跡 吾戀 月哉君之 欲見為流 月が雲に隠れてしまって
どこに行っているのか 早く出て来てほしい 私の思い慕うその月を 貴方も同じように 見たいとお思いでしょうか * 「無跡」は、「跡無」の倒置かな。
* 「を‐や」 [連語]《格助詞「を」+係助詞「や」》疑問を表す。…を…(だろう)か。 * 「離れ離れでいる二人」の情景かな・・・。 |
万葉集索引第六巻
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6 985;雑歌,作者:湯原王 [題詞]湯原王月歌二首 天尓座 月讀<壮>子 幣者将為 今夜乃長者 五百夜継許増 あめにます つくよみをとこ まひはせむ こよひのながさ いほよつぎこそ 天におられる月読のおのこさま
精一杯お供えをいたしましょう どうか今夜の長さを五百夜分も 継ぎ足してくださいませ いつまでも 美しい月かげのあなたを見ていたいのです * 湯原王は志貴皇子の子。秀歌を残している。
次の一首と共に女の立場で詠んで宴席に艶を添える。 * 「月読壮士」は月の神、月読命。 |
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6 986;雑歌,作者:湯原王 [題詞](湯原王月歌二首) 愛也思 不遠里乃 君来跡 大能備尓鴨 月之照有 [はしきやし] まちかきさとの きみこむと おほのびにかも つきのてりたる ま近い里にいるいとおしいあのお方が
やっと来てくださるというしるしね 遍く照りはえているお月さまが * 「おほのびに」、原文は「大能備尓」語義未詳ながら「あまねく」意かと。
* 「はしきやし」は、形容詞「はし(愛)」の連体形に、間投助詞「や」と強意の副助詞「し」の加わったもの。いとおしい。「きみ」にかかる。単に「ああ」とも。 * 「かも」終助詞「か」に、詠嘆の終助詞「も」のついたもの。疑問を含んだ詠嘆・感動に意を表す。体言または活用語の連体形を承ける。 「〜だろうか」「〜なのかなあ」。 * 疑問を含まない単なる詠嘆(感動)をあらわす。「〜なのだなあ」「〜ことだ」。平安時代には「かな」が多くなるが、和歌では「かも」も使われ続け、ことに万葉調歌人には好まれた。 * 「たる」 完了・断定の助動詞「たり」の連体形。接続は連用。 |
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6 987;雑歌,作者:藤原八束、題詠,恋情,相聞,比喩,奈良,枕詞 [題詞]藤原八束朝臣月歌一首 待難尓 余為月者 妹之著 三笠山尓 隠而有来 まちかてに わがするつきは [いもがきる] みかさのやまに こもりてありけり 私がこんなに待ちかねていた月は
(あの子が着る“笠”という) 御笠の山に隠っていたのだなあ * 「まち−かて−に」 【待ちかてに】(連語)待つことができないで。待ちかねて。「まちがてに」とも。
動詞「まつ」の連用形+可能の意を表す補助動詞「かつ」の未然形+打消の助動詞「ず」の上代の連用形「に」。 |
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6 988;雑歌,作者:市原王,安貴王、寿歌,父,儒教,永遠 [題詞]市原王宴祷父安貴王歌一首 市原王の宴に父安貴王を祷(ほ)く歌一首 春草者 後<波>落易 巌成 常磐尓座 貴吾君 はるくさは のちはうつろふ いはほなす ときはにいませ たふときあがきみ 春に萌え出る若草は美しいけれども
後になれば枯れてしまいます 大岩に根差した常盤のように おかわりなきようおいでください 尊い我が父君よ * <以下「市原王 千人万首」より転載。> 市原王 いちはらのおおきみ 生没年未詳 天智天皇五世の孫。安貴王の子。志貴皇子または川島皇子の曾孫。春日王の孫。光仁天皇の皇女、能登内親王(733〜781)を妻とし、五百井女王・五百枝王の二人の子をもうけた。大伴家持とは私的な宴で二度にわたり同席しており、親しい友人だったと推測される。 天平宝字七年(763)年正月、摂津大夫。同年四月、恵美押勝暗殺未遂事件で解任された佐伯今毛人の後任として造東大寺長官に再任される。同年五月、御執経所長官。 以後は史料に見えず、翌天平宝字八年正月には吉備真備が造東大寺司長官となっていることから、これ以前に引退または死去したかと推測される。 しかし年齢はおそらく四十代だったことを考えれば、何らかの科により官界から追放されたのではないかとも疑われる。恵美押勝の乱に連座したかとも考えられる。 万葉集に八首の歌を残す。佳作が多く、万葉後期の代表的歌人の一人に数えられる。<転載終了>
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