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8 1457;春相聞,藤原広嗣,作者:娘子,和歌,贈答 [題詞]娘子和歌一首 此花乃 一与能裏波 百種乃 言持不勝而 所折家良受也 このはなの ひとよのうちは ももくさの ことまちかねて をらえけらずや この花の一枝は
貴方の言うたくさんの 言葉の重さに耐えかねて 折れてしまったのではありませんか |
万葉集索引第八巻
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8 1458;春相聞,作者:厚見王,久米女郎,贈答,比喩,心変わり [題詞]厚見王贈久米女郎歌一首 室戸在 櫻花者 今毛香聞 松風疾 地尓落良武 やどにある さくらのはなは いまもかも まつかぜはやみ つちにちるらむ あなたの庭の桜の花は
今頃は松風がひどく吹くので 地面に散っているだろうか |
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8 1459;春相聞,作者:久米女郎,贈答,厚見王 [題詞]久米女郎報贈歌一首 世間毛 常尓師不有者 室戸尓有 櫻花乃 不所比日可聞 よのなかも つねにしあらねば やどにある さくらのはなの ちれるころかも この世の中も無常ですから
わが庭の桜の花も いまは散りはてるころかも知れません |
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8 1418;春雑歌,作者:志貴皇子,喜び [題詞]志貴皇子懽御歌一首 石激 垂見之上乃 左和良妣乃 毛要出春尓 成来鴨 [いはばしる] たるみのうへの さわらびの もえいづるはるに なりにけるかも 岩底を見せて雪解けの水が流れる小さな滝のほとり
やわらかに蕨が芽吹いているよ ああ 春になったのだなあ * 「志貴皇子」は、天智天皇の皇子で光仁天皇の父。
「この歌は、志貴皇子の他の御歌同様、歌調が明朗・直線的であって、しかも平板に堕ちることなく、細かい顫動(せんどう)を伴いつつ荘重なる一首となっているのである。御よろこびの心が即ち、『さ蕨の萌え出づる春になりにけるかも』という一気に歌いあげられた句に象徴せられているのであり、小滝のほとりの蕨に主眼をとどめられたのは、感覚が極めて新鮮だからである。この『けるかも』と一気に詠みくだされたのも、容易なるが如くにして決して容易なわざではない」斉藤茂吉 |
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8 1419;春雑歌,作者:鏡王女,慕情,奈良,斑鳩町,枕詞 [題詞]鏡王女歌一首 神奈備乃 伊波瀬乃社之 喚子鳥 痛莫鳴 吾戀益 [かむなびの] いはせのもりの よぶこどり いたくななきそ あがこひまさる 神なびの伊波瀬の杜の呼子鳥よ
そんなに鳴かないで 悲しい恋心が増して わたしは心が締めつけられる * 「鏡王女(かがみのおおきみ)」は、鏡王の娘で額田王の姉に当たり、はじめ天智天皇の寵愛を受け、後に藤原鎌足の正妻となった。
神奈備は飛鳥の神奈備ではなく竜田の神奈備で、その南方に伊波瀬の森がある。 * よぶこ‐どり 【呼子鳥】
《鳴き声が人を呼ぶように聞こえるところから》古今伝授の三鳥の一。カッコウといわれるが、ほかにウグイス・ホトトギス・ツツドリなどの説がある。
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