ニキタマの万葉集

当て字の繭玉をほぐそう、枕詞で古代を解明しよう。

万葉集索引第十二巻

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2907

[題詞](正述心緒)

大夫之  <聡>神毛  今者無  戀之奴尓  吾者可死

ますらをの 聡き心も 今はなし 恋の奴に 吾れは死ぬべし 

ますらをの さときこころも いまはなし こひのやつこに われはしぬべし
・・・・・・・・・・・
おとこの中の漢たるその聡明な心も

今はその跡形もない情欲の奴僕になったか

俺は骨なしとして死んだも当然さ
・・・・・・・・・・・



2908

[題詞](正述心緒)

常如是  戀者辛苦  ○毛  心安目六  事計為与

常かくし 恋ふれば苦し しましくも 心休めむ 事計りせよ 

つねかくし こふればくるし しましくも こころやすめむ ことはかりせよ
・・・・・・・・・・・
巡る日々いつも眺めていたいが

恋は募るほど苦しいものよ

暫しでも忘れるはからいをたてて

心身を打ち込み砕け
・・・・・・・・・・・




2909

[題詞](正述心緒)

凡尓  吾之念者  人妻尓  有云妹尓  戀管有米也

おほろかに 吾れし思はば 人妻に ありといふ妹に 恋ひつつあらめや 

おほろかに われしおもはば ひとづまに ありといふいもに こひつつあらめや
・・・・・・・・・・・
いい加減な気持ちなど私にはないのだ

かりにも人妻と知りつつ思い続けている

この気持ちがどうして止められようか
・・・・・・・・・・・



2910人目,うわさ

[題詞](正述心緒)

心者  千重百重  思有杼  人目乎多見  妹尓不相可母

心には 千重に百重に 思へれど 人目を多み 妹に逢はぬかも 

こころには ちへにももへに おもへれど ひとめをおほみ いもにあはぬかも
・・・・・・・・・・・
心では百重にも恋しく思っているのに

人目が千重にも多くてあの娘に逢えない
・・・・・・・・・・・



2911人目,うわさ

[題詞](正述心緒)

人目多見  眼社忍礼  小毛  心中尓  吾念莫國

人目多み 目こそ忍ぶれ すくなくも 心のうちに 吾が思はなくに 

ひとめおほみ めこそしのぶれ すくなくも こころのうちに わがおもはなくに
・・・・・・・・・・・
人目が多すぎて避けても近づけず

心の内に忍んでなどではなく

逢いたいんだよ本当に
・・・・・・・・・・・



2912人目,うわさ

[題詞](正述心緒)

人見而  事害目不為  夢尓吾  今夜将至  屋戸閇勿勤

人の見て 言とがめせぬ 夢に吾れ 今夜至らむ 宿閉すなゆめ 

ひとのみて こととがめせぬ いめにわれ こよひいたらむ やどさすなゆめ
・・・・・・・・・・・
人目には見えないから咎められない

夢で今夜行くから

戸をけっして閉めてはいけないよ
・・・・・・・・・・・



2913

[題詞](正述心緒)

何時左右二  将生命曽  凡者  戀乍不有者  死上有

いつまでに 生かむ命ぞ おほかたは 恋ひつつあらずは 死なましものを 

いつまでに いかむいのちぞ おほかたは こひつつあらずは しなましものを
・・・・・・・・・・・
だいたい命には限りがあるのだから

こんな辛い片恋を続けるよりは

いいところで早めにさ

死んだほうがましだよまったく
・・・・・・・・・・・



2914遊仙窟

[題詞](正述心緒)

<愛>等  念吾妹乎  夢見而  起而探尓  無之不怜

愛しと 思ふ吾妹を 夢に見て 起きて探るに なきが寂しさ 

うつくしと おもふわぎもを いめにみて おきてさぐるに なきがさぶしさ
・・・・・・・・・・・
可愛くてたまらないで

いつも思うあの子の夢に見ていた

ふと目覚めて

思わずそのぬくもりを

傍らに手探りする寂しさよ
・・・・・・・・・・・



2915

[題詞](正述心緒)

妹登曰者  無礼恐  然為蟹  懸巻欲  言尓有鴨

妹と言はば なめし畏し しかすがに 懸けまく欲しき 言にあるかも 

いもといはば なめしかしこし しかすがに かけまくほしき ことにあるかも
・・・・・・・・・・・
彼女を恋人と呼んだら

無作法であるしもったいない

そうはいうもの

言葉に出してそう言ってみたいことよ
・・・・・・・・・・・
* 「いも」妹
1 男が女を親しんでいう語。主として妻・恋人をさす。⇔兄(せ)。 
2 男の側から姉または妹をよぶ語。
* 「なめ・し」無礼し [形ク] 無礼である。無作法である。 
* 「しか‐す‐がに」然すがに; そうはいうものの。そうではあるが。  「しか」副詞。
 「す」サ変動詞。
 「がに」接続助詞。


2916

[題詞](正述心緒)

玉勝間  相登云者  誰有香  相有時左倍  面隠為

玉かつま 逢はむと言ふは 誰れなるか 逢へる時さへ 面隠しする 

[たまかつま] あはむといふは たれなるか あへるときさへ おもかくしする
・・・・・・・・・・・
逢おうといったのは一体誰す

せっかく逢ったのに顔を隠したりして
・・・・・・・・・・・



2917

[題詞](正述心緒)

寤香  妹之来座有  夢可毛  吾香惑流  戀之繁尓

うつつにか 妹が来ませる 夢にかも 吾れか惑へる 恋の繁きに 

うつつにか いもがきませる いめにかも われかまとへる こひのしげきに
・・・・・・・・・・・
うつつのはず

妻が来たのは夢だったってか

激しい恋の衝撃に私は戸惑うばかり
・・・・・・・・・・・



2918

[題詞](正述心緒)

大方者  何鴨将戀  言擧不為  妹尓依宿牟  年者近<綬>

おほかたは 何かも恋ひむ 言挙げせず 妹に寄り寝む 年は近きを 

おほかたは なにかもこひむ ことあげせず いもによりねむ としはちかきを
・・・・・・・・・・・
いつも恋心を感じれば

それと語らなくとも添い寝する

今のうちみたいな気もして
・・・・・・・・・・・

http://blogs.yahoo.co.jp/kairouwait08/26492245.html


2919 羈旅

[題詞](正述心緒)

二為而  結之紐乎  一為而  吾者解不見  直相及者

ふたりして 結びし紐を ひとりして 吾れは解きみじ 直に逢ふまでは 

ふたりして むすびしひもを ひとりして あれはときみじ ただにあふまでは


・・・・・・・・・・
一夜を共にあかし 翌朝二人で結んだ下着の紐は

一人の時にわたしは勝手に解きはしない

またじかに逢うその時まで
・・・・・・・・・・

* 「して」は、サ変動「為(す)」の連用形「し」に、接助「て」が付いたもの。使役の助動詞と共に用い、そのことをする人を指す。また、行う人の数などをあらわす。
* 「じ」は、「む」の意の打消し、推量を表す。活用語の未然形につく。ここでは「見」。「べし」に対する「まじ」に似るが、確信生は「まじ」より劣る。

<サ>http://blogs.yahoo.co.jp/kairouwait08/29266441.html


2920

[題詞](正述心緒)

終命  此者不念  唯毛  妹尓不相  言乎之曽念

終へむ命 ここは思はず ただしくも 妹に逢はざる ことをしぞ思ふ 

をへむいのち ここはおもはず ただしくも いもにあはざる ことをしぞおもふ

・・・・・・・・・・
死ぬかもしれない

などと今は思わない

ただ 愛する人に逢えないこと

そのことを辛く思う
・・・・・・・・・・




2921 女歌

[題詞](正述心緒)

幼婦者  同情  須臾  止時毛無久  将見等曽念

たわや女は 同じ心に しましくも やむ時もなく 見てむとぞ思ふ 

たわやめは おやじこころに しましくも やむときもなく みてむとぞおもふ

・・・・・・・・・・
まだ幼い女ですが

こころはあなたと同じです

しばしも止むときなく

お逢いしたいと思っています
・・・・・・・・・・

* 「たわや‐め」手弱女;「たわや」は「撓(たわ)」に接尾語「や」の付いたもの。「手弱」は当て字。  しなやか・なよなよ、とした女性。


2922 女歌

[題詞](正述心緒)

夕去者 於君将相跡 念許<増> 日之晩毛 れ有家礼

夕さらば 君に逢はむと 思へこそ 日の暮るらくも 嬉しくありけれ 

ゆふさらば きみにあはむと おもへこそ ひのくるらくも うれしくありけれ

・・・・・・・・・・
夕方になるとあなたに逢えると思うからこそ

日が暮れるのがいつも嬉しい

でも あなたはなかなか来てくださらない
・・・・・・・・・・




2923 うわさ,女歌

[題詞](正述心緒)

直今日毛  君尓波相目跡  人言乎  繁不相而  戀度鴨

ただ今日も 君には逢はめど 人言を 繁み逢はずて 恋ひわたるかも 

ただけふも きみにはあはめど ひとごとを しげみあはずて こひわたるかも

・・・・・・・・・・
今日だってあなたにお逢いしたいけれど

人の勝手な噂が激しくて

私は一人っきりで 

あなたに恋い続けています
・・・・・・・・・・



2924 女歌

[題詞](正述心緒)

世間尓  戀将繁跡  不念者  君之手本乎  不枕夜毛有寸
世の中に 恋繁けむと 思はねば 君が手本を まかぬ夜もありき 

よのなかに こひしげけむと おもはねば きみがたもとを まかぬよもありき

・・・・・・・・・・
世の中は恋がしきりにできるとは

思っていなかったのに

逢えた頃になぜ毎晩逢わなかったのだろう
・・・・・・・・・・

* 「けむ」は、過去の助動詞「き」の未然形の古形「け」+推量の助動詞「む」ー 活用語の連用形に付く。 過去の事実についての推量を表す。…ただろう。



2925 女歌,戯歌

[題詞](正述心緒)

緑兒之  為社乳母者  求云  乳飲哉君之  於毛求覧

みどり子の ためこそ乳母は 求むと言へ 乳飲めや君が 乳母求むらむ 

みどりこの ためこそおもは もとむといへ ちのめやきみが おももとむらむ

・・・・・・・・・・
幼児に乳をあたえる乳母を求めるとおっしゃりながら

あなたが乳を飲むような幼児なのでしょうか

私は年上のおばあちゃんなのに

私に愛を求められるなんて
・・・・・・・・・・




2926 戯歌

[題詞](正述心緒)

悔毛 老尓来鴨 我背子之 求流乳母尓 行益物乎

悔しくも 老いにけるかも 我が背子が 求むる乳母に 行かましものを 

くやしくも おいにけるかも わがせこが もとむるおもに ゆかましものを

・・・・・・・・・・
老いてしまったのが悔しい

若ければあなたの求める乳母として参りますのに
・・・・・・・・・・




2927

[題詞](正述心緒)

浦觸而  可例西袖○  又巻者  過西戀<以>  乱今可聞

うらぶれて 離れにし袖を またまかば 過ぎにし恋い 乱れ来むかも 

うらぶれて かれにしそでを またまかば すぎにしこひい みだれこむかも

・・・・・・・・・・
悲しみに沈んで裂けてしまったあの人の袖を

またどうにか巻いたら

あの過ぎてしまった恋が

乱れ込んで来ないだろうか
・・・・・・・・・・




2928

[題詞](正述心緒)

各寺師  人死為良思  妹尓戀  日異羸沼  人丹不所知

おのがじし 人死にすらし 妹に恋ひ 日に異に痩せぬ 人に知らえず 

おのがじし ひとしにすらし いもにこひ ひにけにやせぬ ひとにしらえず

・・・・・・・・・・
それぞれに

人は死んでいくらしい

女に恋して日増しに痩せて

相手には恋していることも知られない

人は恋のために命を削るのか

それぞれに
・・・・・・・・・・




2929 女歌

[題詞](正述心緒)

夕々  吾立待尓  若雲  君不来益者  應辛苦

宵々に 吾が立ち待つに けだしくも 君来まさずは 苦しかるべし 

よひよひに わがたちまつに けだしくも きみきまさずは くるしかるべし

・・・・・・・・・・
毎夜毎夜わたしは立ちんぼうで待ってます

もしもあなたがお出でにならなかったら

ああ 思っただけでも苦しいことです
・・・・・・・・・・

* 「けだしく‐も」副詞「けだしく」+係助詞「も」
1 (あとに推量または疑問の意味を表す語を伴って)おそらく。ひょっとしたら。
2 (あとに仮定の意味を表す語を伴って)もしも。



2930 女歌

[題詞](正述心緒)

生代尓  戀云物乎  相不見者  戀中尓毛  吾曽苦寸

生ける世に 恋といふものを 相見ねば 恋のうちにも 我れぞ苦しき 

いけるよに こひといふものを あひみねば こひのうちにも われぞくるしき

・・・・・・・・・・
生きたこの世で恋というものに

私は出会ったことはなかったけれど

これが恋なら私の恋が一番苦しいと思う
・・・・・・・・・・



2942 女歌

[題詞](正述心緒)

吾兄子尓  戀跡二四有四  小兒之  夜哭乎為乍  宿不勝苦者

吾が背子に 恋ふとにしあらし みどり子の 夜泣きをしつつ 寐ねかてなくは 

わがせこに こふとにしあらし みどりこの よなきをしつつ いねかてなくは
・・・・・・・・・・
父親に甘えられたらと

赤子が夜泣きして

眠れないみたい

居てあやして欲しい

わたしも眠りに就けません
・・・・・・・・・・



2943 怨,戯歌

[題詞](正述心緒)

吾命之  長欲家口  偽乎  好為人乎  執許乎

吾が命の 長く欲しけく 偽りを よくする人を 捕ふばかりを 

わがいのちの ながくほしけく いつはりを よくするひとを とらふばかりを
・・・・・・・・・・
吾が命が長くあって欲しいと願い求める

そんな偽り上手ないい人を捕まえられればなあ 
・・・・・・・・・・



2944 うわさ

[題詞](正述心緒)

人言  繁跡妹  不相  情裏  戀比日

人言を 繁みと妹に 逢はずして 心のうちに 恋ふるこのころ 

ひとごとを しげみといもに あはずして こころのうちに こふるこのころ
・・・・・・・・・・
中傷が鬱陶しいので

妻とは会わずにいるが

心の中で思わない時はない
・・・・・・・・・・



2945 枕詞,女歌

[題詞](正述心緒)

玉<梓>之  君之使乎  待之夜乃  名凝其今毛  不宿夜乃大寸

玉梓の 君が使を 待ちし夜の なごりぞ今も 寐ねぬ夜の多き 

[たまづさの] きみがつかひを まちしよの なごりぞいまも いねぬよのおほき
・・・・・・・・・・
あなたからの便りを待つ夜の

その使者の気配を心待ちしながら

いつまでも眠れない

そんな夜がとても多い
・・・・・・・・・・



2946 枕詞

[題詞](正述心緒)

玉桙之  道尓行相而  外目耳毛  見者吉子乎  何時鹿将待

玉桙の 道に行き逢ひて 外目にも 見ればよき子を いつとか待たむ 

たまほこの みちにゆきあひて よそめにも みればよきこを いつとかまたむ
・・・・・・・・・・
通う道でよく出会う

見るほどによい子

妻となる日はいつになるのだろう

待っていられないなあ
・・・・・・・・・・



2947 作者:柿本人麻呂歌集,異伝,うわさ

[題詞](正述心緒)

念西  餘西鹿齒  為便乎無美  吾者五十日手寸  應忌鬼尾

思ひにし あまりにしかば すべをなみ 吾れは言ひてき 忌むべきものを 

おもひにし あまりにしかば すべをなみ われはいひてき いむべきものを
・・・・・・・・・・
思いにあまって堪えかねて

どうしようもなく

言ってしまった

口にしてはならない相手の名を
・・・・・・・・・・
* 「忌むべきもの」:言ってはならないこと。ここでは相手の名を言うこと。



2947S1 異伝,うわさ,人目

[題詞](正述心緒)或本歌曰

門出而  吾反側乎  人見<監>可毛 [一云 無乏 出行 家當見]

門に出でて 吾が臥い伏すを 人見けむかも  [一云 すべをなみ 出でてぞ行きし 家のあたり見に] 

かどにいでて わがこいふすを ひとみけむかも [すべをなみ いでてぞゆきし いへのあたりみに]
・・・・・・・・・・
門前に臥い伏す私を

人はなんと見るだろう
・・・・・・・・・・



2947S2 作者:柿本人麻呂歌集,枕詞,人目,異伝

[題詞](正述心緒)柿本朝臣人麻呂歌集云

尓保鳥之  奈<津>柴<比>来乎  人見鴨

にほ鳥の なづさひ来しを 人見けむかも 

にほどりの なづさひこしを ひとみけむかも
・・・・・・・・・・
冬の池にすむにほ鳥が

慣れ親しんで来たのだなあと

人は見るだろうか
・・・・・・・・・・



2948

[題詞](正述心緒)

明日者  其門将去  出而見与  戀有容儀  數知兼

明日の日は その門行かむ 出でて見よ 恋ひたる姿 あまたしるけむ 

あすのひは そのかどゆかむ いでてみよ こひたるすがた あまたしるけむ
・・・・・・・・・・
明日はあなたの家の門に行く

出て見たらわかるはずだよ

恋いやつれた姿の私の思いが

世間にも知れ渡るなあ きっと
・・・・・・・・・・



2949 女歌

[題詞](正述心緒)

得田價異  心欝悒  事計  吉為吾兄子  相有時谷

うたて異に 心いぶせし 事計り よくせ我が背子 逢へる時だに 

うたてけに こころいぶせし ことはかり よくせわがせこ あへるときだに
・・・・・・・・・・
ほんとうに心がなごみませんわ

なにか楽しい計画でも立てられないのかしら

せめ逢えるその時だけでも
・・・・・・・・・・



2950

[題詞](正述心緒)

吾妹子之  夜戸出乃光儀  見而之従 情空有  地者雖踐

我妹子が 夜戸出の姿 見てしより 心空なり 地は踏めども 

わぎもこが よとでのすがた みてしより こころそらなり つちはふめども
・・・・・・・・・・
妻がこそこそと夜に外出する姿を

偶然見てしまった

それからというもの私の気持ちは上の空で

足は地につかなくない
・・・・・・・・・・



2951 桜井,奈良県,歌垣

[題詞](正述心緒)

海石榴市之  八十衢尓  立平之  結紐乎  解巻惜毛

海石榴市の 八十の街に 立ち平し 結びし紐を 解かまく惜しも 

つばいちの やそのちまたに たちならし むすびしひもを とかまくをしも
・・・・・・・・・・
海石榴市の幾つもに別れ交わる辻道に立って

夜通し踊った歌垣で

契って結びあった紐を解くのはとても惜しい

腕に結んだあの人だけの紐だから
・・・・・・・・・・
<海石榴(つばき)は山茶花(さざんか)のこと。
市は山人たちが、山茶花の杖をついて来て鎮魂していく所でもあり、昔は市で結婚が行われたと伝えられている。他国の男女どうしが一夜を共にし、別れるときに結んでくれた紐を、解くのが惜しいと歌っている。>
* 海石榴市(つばいち):奈良県桜井市金屋付近にあった古代の大規模な市場。主な街道がこの地で交わっていた。
* 「ま‐く」推量の助動詞「む」のク語法。上代語》…だろうこと。…しようとすること。




2952 枕詞,女歌

[題詞](正述心緒)

吾<齡>之  衰去者  白細布之  袖乃<狎>尓思  君乎母准其念

吾が命の 衰へぬれば 白栲の 袖のなれにし 君をしぞ思ふ 

わがいのちの おとろへぬれば [しろたへの] そでのなれにし きみをしぞおもふ
・・・・・・・・・・
歳を重ねて衰えても

むかし交わした袖をみて

長年なれ親しんだあなたを

今も思い出されてなりません
・・・・・・・・・・


2953 枕詞,不安

[題詞](正述心緒)

戀君  吾哭<涕>  白妙  袖兼所漬  為便母奈之

君に恋ひ 吾が泣く涙 白栲の 袖さへ漬ちて せむすべもなし 

きみにこひ わがなくなみた [しろたへの] そでさへひちて せむすべもなし
・・・・・・・・・・・
あなたに恋い焦がれて泣く涙は

袖さえぐっしょりと濡れ通って

どうしようもありません
・・・・・・・・・・・



2954 枕詞,不安

[題詞](正述心緒)

従今者  不相跡為也  白妙之  我衣袖之  干時毛奈吉

今よりは 逢はじとすれや 白栲の 我が衣手の 干る時もなき 

いまよりは あはじとすれや [しろたへの] わがころもでの ひるときもなき
・・・・・・・・・・・
今からは一切逢わないと

決めているわけでもないのでしょうが

逢えないと不安で

着物の袖はあなた恋しの涙で

乾くひまもありません
・・・・・・・・・・・



2955 女歌

[題詞](正述心緒)

夢可登  情班  月數<多>  干西君之  事之通者

夢かと 心惑ひぬ 月まねく 離れにし君が 言の通へば 

いめかと こころまどひぬ つきまねく かれにしきみが ことのかよへば
・・・・・・・・・・・
夢でないかと心が戸惑いました

幾月も離れて通ってこないあなたの便りに
・・・・・・・・・・・




2956 枕詞,女歌

[題詞](正述心緒)

未玉之  年月兼而  烏玉乃  夢尓所見  君之容儀者

あらたまの 年月かねて ぬばたまの 夢に見えけり 君が姿は 

[あらたまの] としつきかねて [ぬばたまの] いめにみえけり きみがすがたは
・・・・・・・・・・・
新年を迎えて新たに思うの

恋に生きた長い年月

望みが続くように祈ったら

夢に見えましたあなたのお姿
・・・・・・・・・・・



2957

[題詞](正述心緒)

従今者  雖戀妹尓  将相<哉>母  床邊不離  夢<尓>所見乞

今よりは 恋ふとも妹に 逢はめやも 床の辺去らず 夢に見えこそ 

いまよりは こふともいもに あはめやも とこのへさらず いめにみえこそ
・・・・・・・・・・・
今からはいくら恋いしくても

おまえに逢えはしない

せめてわたしの枕辺にいつもいてくれ

思うだけの愛しい恋人よ
・・・・・・・・・・・



2958 異伝,人目,うわさ

[題詞](正述心緒)

人見而  言害目不為  夢谷  不止見与  我戀将息

人の見て 言とがめせぬ 夢にだに やまず見えこそ 我が恋やまむ 

ひとのみて こととがめせぬ いめにだに やまずみえこそ あがこひやまむ
・・・・・・・・・・・
人が見ても咎め立てはされない

夢のなかに

絶えず姿を見せてくれ

わたしの恋の苦しみも
 
それで少しはおさまるだろうから
・・・・・・・・・・・


2958S 異伝,人目,うわさ

[題詞](正述心緒)或本歌頭云

人目多  直者不相

人目多み 直には逢はず 

ひとめおほみ ただにはあはず,,,
・・・・・・・・・・・
人目が多すぎる

いまは逢いには行けない
・・・・・・・・・・・



2959

[題詞](正述心緒)

現者  言絶有  夢谷  嗣而所見与  直相左右二

うつつには 言も絶えたり 夢にだに 継ぎて見えこそ 直に逢ふまでに 

うつつには こともたえたり いめにだに つぎてみえこそ ただにあふまでに
・・・・・・・・・・・
現実には連絡も途絶えて噂さえ聞かない

夢にだけでも絶えずお顔を見せてよ

じかに逢うまで
・・・・・・・・・・・



2960

[題詞](正述心緒)

虚蝉之  宇都思情毛  吾者無  妹乎不相見而  年之經去者

うつせみの 現し心も 吾れはなし 妹を相見ずて 年の経ぬれば 

うつせみの うつしごころも われはなし いもをあひみずて としのへぬれば
・・・・・・・・・・・
自分がこの世に生きているという気がしない

妻と会えぬままこんなに年月が経ってしまっては
・・・・・・・・・・・



サ2961

[題詞](正述心緒)

虚蝉之  常辞登  雖念  継而之聞者  心遮焉

うつせみの 常のことばと 思へども 継ぎてし聞けば 心惑ひぬ 

[うつせみの] つねのことばと おもへども つぎてしきけば こころまどひぬ
・・・・・・・・・・・
空蝉言とわかっていても

好きです・愛してますなんて

何度も聞かされると

変に心がとまどう
・・・・・・・・・・・
* 「ことば」は、万葉時代「こと」と云う方が多い。
* 「空蝉の言葉」は、ありきたりの内容の無い言葉。=「つねのことば」。
* 「つねの」は、並みの。
* 「と」引用。決まり文句。
* 「ども」「ど・ども」 接続助詞 逆接既定条件。活用語の已然形に付いて、逆接の既定条件を示す。「〜けれど」「〜けれども」「〜であっても」などの意。「ど」と「ども」の意味は全く同じ。
* 「継ぎて」何度も何度も。
* 「し」 副助詞。種々の語を承け、それを強く指示して強調する。
* 「聞け」動詞「聞く」の已然形。
* 「ば」は仮定条件(もし〜ならば)・既定条件(すでに〜なので)の両方に用いられる。
* 「遮」は、「まどひぬ」惑う。いぶせ・し=いとわしい、うっとうしい。
* 「焉・ぬ」は強調の助辞。



2962 枕詞

[題詞](正述心緒)

白<細>之  袖不數而<宿>  烏玉之  今夜者<早毛>  明<者>将開

白栲の 袖離れて寝る ぬばたまの 今夜は早も 明けば明けなむ 

[しろたへの] そでかれてぬる [ぬばたまの] こよひははやも あけばあけなむ
・・・・・・・・・・・
袖を交わして寝られない

独り寝の夜など

早く明けてしまえばいい

恋しいあの子と離れて独り寝する夜は
・・・・・・・・・・・


2963 枕詞

[題詞](正述心緒)

白細之  手本寛久  人之宿  味宿者不寐哉  戀将渡

白栲の 手本ゆたけく 人の寝る 味寐は寝ずや 恋ひわたりなむ 

[しろたへの] たもとゆたけく ひとのぬる うまいはねずや こひわたりなむ
・・・・・・・・・・・
人は手枕を交わしあって幸せに寝ているのに

わたしは独り寝の恋に悩みながら過ごすのか
・・・・・・・・・・・


寄物陳思



2964 女歌,衣

[題詞]寄物陳思

如是耳  在家流君乎  衣尓有者  下毛将著跡  <吾>念有家留

かくのみに ありける君を 衣にあらば 下にも着むと 吾が思へりける 

かくのみに ありけるきみを きぬにあらば したにもきむと わがおもへりける
・・・・・・・・・・・
このようにお慕いするあなた

好きで好きでたまらないから

人目につかないように  あなたを

いつも大事な赤絹下着にして

着ているでしょう わたしは
・・・・・・・・・・・



2965 女歌,怨,序詞,衣

[題詞](寄物陳思)

橡之  袷衣  裏尓為者  吾将強八方  君之不来座

橡の 袷の衣 裏にせば 我れ強ひめやも 君が来まさぬ 

[つるはみの あはせのころも うらにせば] われしひめやも きみがきまさぬ
・・・・・・・・・・・
橡染めの袷の着物を裏返すようですね

もう無理に逢いたいとは言いません

愛情が失せて来ないのなら
・・・・・・・・・・・



サ2966 衣,序詞

[題詞](寄物陳思)

紅  薄染衣  淺尓  相見之人尓  戀比日可聞

紅の 薄染め衣 浅らかに 相見し人に 恋ふるころかも 

[くれなゐの うすそめころも あさらかに] あひみしひとに こふるころかも
・・・・・・・・・・・
紅に染めた衣の色が薄いように

ほんの行きずりに遊んだ女だが

なぜか恋しく思われる今日このごろであるよ
・・・・・・・・・・・
* 「薄染め」は、染め色の名。
* 「浅らか」は、形容動詞連用形。 薄いさま。浅いさま。
* 「し」は過去の助動詞「き」の連体形。
* 「かも」は詠嘆の終助詞。




2967 形見,衣

[題詞](寄物陳思)

年之經者  見管偲登  妹之言思  衣乃<縫>目  見者哀裳

年の経ば 見つつ偲へと 妹が言ひし 衣の縫目 見れば悲しも 

としのへば みつつしのへと いもがいひし ころものぬひめ みればかなしも
・・・・・・・・・・・
年を経て再び見れば懐かしいでしょうと言った妻

古着の縫い目を見れば亡き妻が偲ばれて悲しい
・・・・・・・・・・・



2968 衣,序詞

[題詞](寄物陳思)

橡之  一重衣  裏毛無  将有兒故  戀渡可聞

橡の 一重の衣 うらもなく あるらむ子ゆゑ 恋ひわたるかも 

[つるはみの ひとへのころも うらもなく] あるらむこゆゑ こひわたるかも
・・・・・・・・・・・
橡染の一重の衣に裏地がないように

あの娘の心も純真だから

よけいに恋しい
・・・・・・・・・・・



2969 衣,枕詞

[題詞](寄物陳思)

解衣之  念乱而  雖戀  何之故其跡  問人毛無

解き衣の 思ひ乱れて 恋ふれども 何のゆゑぞと 問ふ人もなし 

[とききぬの] おもひみだれて こふれども なにのゆゑぞと とふひともなし
・・・・・・・・・・・
解き衣のように私の心は思いに乱れる

恋しても恋しても

どうしても私の元に通う人はいない
・・・・・・・・・・・



サ2970 衣,序詞

[題詞](寄物陳思)

桃花褐  淺等乃衣  淺尓  念而妹尓  将相物香裳

桃染めの 浅らの衣 浅らかに 思ひて妹に 逢はむものかも 

[ももそめの あさらのころも あさらかに] おもひていもに あはむものかも
・・・・・・・・・・・
桃色に染めた淡色の衣のような

そんな軽い気持ちだけで

あなたに逢っているのではありません
・・・・・・・・・・・
* 「桃染め」は、うすい紅色。
* 「浅ら」は名詞。色の淡いさま。
* 「浅らかに」は、形容動詞で思慮の足りないさま。 
* 「む」は意志の助動詞。
* 「ものかも」は、形式名詞「もの」に詠嘆の終助詞「かも」付いたもので、疑問ないし反語の意味を表す。




サ2971 枕詞,序詞,衣

[題詞](寄物陳思)

大王之  塩焼海部乃  藤衣  穢者雖為  弥希将見毛

大君の 塩焼く海人の 藤衣 なれはすれども いやめづらしも 

[おほきみの しほやくあまの [ふぢころも] なれはすれども いやめづらしも
・・・・・・・・・・・
天皇に献上する塩を焼く海女の藤布の衣

着慣れればよいものなのだろう
・・・・・
着慣れた藤衣のような古女房は 少し強いけれども良いものなのさ
・・・・・・・・・・・
* 「ふぢ‐ごろも」藤衣
・藤づるの皮の繊維で織った粗末な衣服。
・序詞として用いて、織り目が粗い意から「間遠に」に、衣のなれる意から「馴れる」に、衣を織るの同音から「折れる」にそれぞれかかる。
* 「いやめづらしも」ひとしお心ひかれる、面白い。




2972 衣,序詞,女歌,不安

[題詞](寄物陳思)

赤帛之  純裏衣  長欲  我念君之  不所見比者鴨

赤絹の 純裏の衣 長く欲り 我が思ふ君が 見えぬころかも 

[あかきぬの ひたうらのきぬ ながくほり] あがおもふきみが みえぬころかも
・・・・・・・・・・・
光沢豊かな赤絹(モミ)のついた胴裏の衣みたいに

長い間いつも欲しいと願う

そのように思い慕うあなた様はいらっしゃいません この頃
・・・・・・・・・・・



2973 枕詞,後朝,紐

[題詞](寄物陳思)

真玉就  越乞兼而  結鶴  言下紐之  <所>解日有米也

真玉つく をちこち兼ねて 結びつる 吾が下紐の 解くる日あらめや 

[またまつく] をちこちかねて むすびつる わがしたびもの とくるひあらめや
・・・・・・・・・・・
将来と現在を結びつけるように

私の下着の紐が解ける日があるのでしょうか

こうして今朝は結び合っても
・・・・・・・・・・・



2974 帯

[題詞](寄物陳思)

紫  帶之結毛  解毛不見  本名也妹尓  戀度南

紫の 帯の結びも 解きもみず もとなや妹に 恋ひわたりなむ 

むらさきの おびのむすびも ときもみず もとなやいもに こひわたりなむ
・・・・・・・・・・・
紫染めの帯の結び目を解くこともなく

みだりにあの娘に片思いするだけだなあ
・・・・・
むらさき染めの帯の結び目さえ解くこともなく

ただ  いたずらにあの子に恋ひ焦がれることになるのか
・・・・・・・・・・・



サ2975 紐

[題詞](寄物陳思)

高麗錦  紐之結毛  解不放  齊而待杼  驗無可聞

高麗錦 紐の結びも 解き放けず 斎ひて待てど 験なきかも 

[こまにしき] ひものむすびも ときさけず いはひてまてど しるしなきかも
・・・・・・・・・・・
貞操を守り紐の結び目を解かずに

斎って待っているのに

夫が私の元に来る験はない 

どうなっているのかしら  あなた
・・・・・・・・・・・
* 「高麗錦」 高麗の錦で作った紐。高麗風の高級で美しい紐。
紐の結び目を解かずに固く操を守り待っているのに「験なきかも」と、その効果が無いことを悲しんでいる女の歌。


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