ニキタマの万葉集

当て字の繭玉をほぐそう、枕詞で古代を解明しよう。

万葉集索引第十二巻

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3079 序詞,恋,女歌

[題詞](寄物陳思)

海若之  奥津玉藻乃  靡将寐  早来座君  待者苦毛

わたつみの 沖つ玉藻の 靡き寝む 早来ませ君 待たば苦しも 

[わたつみの おきつたまもの なびきねむ] はやきませきみ またばくるしも
・・・・・・・・・・
大海原の沖合いに漂う玉藻のように

靡き寄り添いながら寝ましょう

すぐいらしてください  あなた 

これ以上待たせてわたしを苦しめないで
・・・・・・・・・・



3080 序詞,恋

[題詞](寄物陳思)

海若之  奥尓生有  縄<乗>乃  名者曽不告  戀者雖死

わたつみの 沖に生ひたる 縄海苔の 名はかつて告らじ 恋ひは死ぬとも 

[わたつみの おきにおひたる なはのりの] なはかつてのらじ こひはしねとも
・・・・・・・・・・
大海原の沖に生えている縄のりが

切れて絶えないようにように

あなたの名はだれにも告げますまい

恋い死ぬことがあっても
・・・・・・・・・・
* 「わたつみ」は、神の意味と、海そのものの意として捉える。



3081 序詞,恋

[題詞](寄物陳思)

玉緒乎  片緒尓搓而  緒乎弱弥  乱時尓  不戀有目八方

玉の緒を 片緒に縒りて 緒を弱み 乱るる時に 恋ひずあらめやも  

[たまのをを かたをによりて ををよわみ] みだるるときに こひずあらめやも
・・・・・・・・・・
縒り合わす別の糸がなければ

強い糸が出来ないように

片思いに心乱れて

あなたを恋せずにいられましょうか
・・・・・・・・・・
* 「片緒(糸)」は、2本の糸をより合わせて1本にするときの、その片方の糸。多く片思い、弱い、はかないの意をこめて使われる。



3082 女歌,枕詞,恋

[題詞](寄物陳思)

君尓不相  久成宿  玉緒之  長命之  惜雲無

君に逢はず 久しくなりぬ 玉の緒の 長き命の 惜しけくもなし 

きみにあはず ひさしくなりぬ [たまのをの] ながきいのちの をしけくもなし
・・・・・・・・・・
君知るや 逢わない時の長さを

こんな苦しい想いをするくらいなら

私は命も惜しいことはない
・・・・・・・・・・



3083 枕詞,恋

[題詞](寄物陳思)

戀事  益今者  玉緒之  絶而乱而  可死所念

恋ふること まされる今は 玉の緒の 絶えて乱れて 死ぬべく思ほゆ 

こふること まされるいまは [たまのをの] たえてみだれて しぬべくおもほゆ
・・・・・・・・・・
恋しくて恋しくて気が狂いそう

もう死んでしまいたいくらいですよ
・・・・・・・・・・
* 「玉の緒」は霊魂が宿るという信仰の一種の祭器であったらしい。
「タマ」という音が「魂」に通じる。「玉の緒」は、玉と玉を糸で繋いだもので、切れやすく、すぐにバラバラになってしまう。ここから「絶ゆ」「乱る」「継ぐ」などにかかり、玉を貫き通す紐の長いことから「長き」にかかる。
生命の意から「現し心」に、緒と同音であることから「惜し」にもかかる。 
また、「魂・寿命」が儚く短いものであることから「短い」意を持つ。



3084 序詞,恋

[題詞](寄物陳思)

海處女  潜取云  忘貝  代二毛不忘  妹之容儀者

海人娘子 潜き採るといふ 忘れ貝 世にも忘れじ 妹が姿は 

[あまをとめ かづきとるといふ わすれがひ] よにもわすれじ いもがすがたは
・・・・・・・・・・
忘れ貝は海人娘子が

潜水して採る二枚貝

浜辺でその貝殻の片方を拾うと

恋を忘れるそうな

でもねえ その貝殻が 

あの人を忘れさせてくれるかなぁ

後々の世までも

忘れることはないと思うけど
・・・・・・・・・・



3085 枕詞,恋

[題詞](寄物陳思)

朝影尓  吾身者成奴  玉蜻  髣髴所見而  徃之兒故尓

朝影に 吾が身はなりぬ 玉かぎる ほのかに見えて 去にし子ゆゑに 

あさかげに あがみはなりぬ [たまかぎる] ほのかにみえて いにしこゆゑに
・・・・・・・・・・
朝日の中の影ぼうし

私は細長く伸びた影ぼうし

僅かな間居てどこかへ去った娘を

思い詰めてる影ぼうし
・・・・・・・・・・



3086 恋

[題詞](寄物陳思)

中々二  人跡不在者  桑子尓毛  成益物乎  玉之緒<許>

なかなかに 人とあらずは 桑子にも ならましものを 玉の緒ばかり 

なかなかに ひととあらずは くはこにも ならましものを たまのをばかり
・・・・・・・・・・
かえって 人でないなら

蚕にでも生まれたらよかった

蚕が短い命だとしても

これほど恋が苦しいものなら
・・・・・・・・・・
* 「玉の緒」は、ここでは「短い間でも」「ほんのしばらくの間でも」の意。「桑子」は、桑を食べる蚕のこと。



サ3087 枕詞,序詞,奈良,恋

[題詞](寄物陳思)

真菅吉  宗我乃河原尓  鳴千鳥  間無吾背子  吾戀者

ま菅よし 宗我の川原に 鳴く千鳥 間なし吾が背子 吾が恋ふらくは 

[ますげよし] そがのかはらに なくちどり] まなしわがせこ あがこふらくは
・・・・・・・・・・
真菅が生える宗我の川原に鳴く千鳥のように

私も絶え間なく夫を恋い慕っています
・・・・・・・・・・
* ク語法  活用語に準体言詞「く」「らく」の付いた形をク語形(法)という。
 「く」は四段・ラ変の未然形、形容詞「−ケ」「−シケ」の未然形、助動詞「り」の未然形、「ず」「む」「けり」の未然形に付く。また「き」の連体形につく。
 「らく」は上一段の未然形と上二段・下二段・カ変・サ変およびに助動詞「しむ」「ゆ」「つ」「ぬ」などの終止形につく。
「く」「らく」は接続の仕方は異なるが「こと」という意味を表す点では同じである。普通上接の活用語を体言化する接尾語として扱われる。
「恋ふらく」なり「有らく」なりは一語の体言となる。(接尾語という品詞は存在しない)



3088 奈良,掛詞,序詞,恋

[題詞](寄物陳思)

戀衣  著<楢>乃山尓  鳴鳥之  間無<時無>  吾戀良苦者

恋衣 着奈良の山に 鳴く鳥の 間なく時なし 吾が恋ふらくは 

[こひごろも きならのやまに なくとりの] まなくときなし あがこふらくは
・・・・・・・・・・
愛しいあなた

私の恋する気持ちは

絶え間もなく

奈良の山に鳴く鳥の声よ
・・・・・・・・・・



サ3089 枕詞,序詞,奈良,恋

[題詞](寄物陳思)

遠津人  猟道之池尓  住鳥之  立毛居毛  君乎之曽念

遠つ人 狩道の池に 住む鳥の 立ちても居ても 君をしぞ思ふ 

[とほつひと] かりぢのいけに すむとりの] たちてもゐても きみをしぞおもふ
・・・・・・・・・・
猟道の池に住む鳥のように

立っていても座っていても

いつも一途に貴方だけを思い続けています
・・・・・・・・・・
* 「遠つ人」は、雁(猟)を言い出す枕詞。
* 「狩道の池」は奈良桜井の鹿路にある池。
* 「君」は人称名詞。
* 「を」は、対象の格助詞。
* 「し」は、強調の副助詞。
* 「ぞ」は、強調の係助詞。
* 「思ふ」は、ハ行四段活用動詞の連体形。(「ぞ」の結び)
  一途に貴方だけを思い続ける。




サ3090 序詞,うわさ,恋

[題詞](寄物陳思)

葦邊徃  鴨之羽音之  聲耳  聞管本名  戀度鴨

葦辺行く 鴨の羽音の 音のみに 聞きつつもとな 恋ひわたるかも 

[あしへゆく かものはおとの おとのみに] ききつつもとな こひわたるかも
・・・・・・・・・・
葦辺を飛んでゆく鴨の羽音のように

うわさだけ聞いて

お会いすることもできず

ただいたづらに

あなたを恋し続けるのでしょうか
・・・・・・・・・・
* 「もと‐な」[副]「もと」は根本の意。「な」は形容詞「無し」の語幹。  わけもなく。みだりに。
* 「音に聞く」は、うわさに聞く。
* 「わたる」は、動詞の連用形に付いて、 ずっと〜し続ける。
* 「かも」は詠嘆の終助詞。



3102 歌垣,枕詞,求婚拒否

[題詞](問答歌)

足千根乃  母之召名乎  雖白  路行人乎  孰跡知而可

たらちねの 母が呼ぶ名を 申さめど 道行く人を 誰れと知りてか 

[たらちねの] ははがよぶなを まをさめど みちゆくひとを たれとしりてか
・・・・・・・・・・・
素敵なあなたは ただの行きずりの人

母だけが呼ぶ私の名をお教えしたいけれども

通りすがりのあなたが誰かも知らずに

たとえ高貴なお方でも お教えできませんことよ
・・・・・・・・・・・



3103 女歌,恋,枕詞

[題詞](問答歌)

不相  然将有  玉<梓>之  使乎谷毛  待八金<手>六

逢はなくは しかもありなむ 玉梓の 使をだにも 待ちやかねてむ 

あはなくは しかもありなむ [たまづさの] つかひをだにも まちやかねてむ
・・・・・・・・・・・
逢えないのならそれはそれで忍びもしましょう

でも お便りを運ぶお使いさえも

待ちかねなければならないのでしょうか
・・・・・・・・・・・



3104 人目,うわさ,恋

[題詞](問答歌)

将相者  千遍雖念  蟻通  人眼乎多  戀乍衣居

逢はむとは 千度思へど あり通ふ 人目を多み 恋つつぞ居る 

あはむとは ちたびおもへど [ありがよふ] ひとめをおほみ こひつつぞをる
・・・・・・・・・・・
逢いたいと幾度思うか知れないが

蟻が行き来するように人目が多くて

逢いにも行けず

一人で恋い焦がれているんだよ
・・・・・・・・・・・



3105 人目,うわさ,恋

[題詞](問答歌)

人目太  直不相而  盖雲  吾戀死者  誰名将有裳

人目多み 直に逢はずて けだしくも 吾が恋ひ死なば 誰が名ならむも 

ひとめおほみ ただにあはずて けだしくも あがこひしなば たがなならむも
・・・・・・・・・・・
人目が多いからと

逢いに来てくれないままでは

私が恋い死にしたら

あなたの名がでて噂になるでしょう
・・・・・・・・・・・
* 「けだしく‐も」副詞「けだしく」+係助詞「も」から、
 1 (あとに推量または疑問の意味を表す語を伴って)
   おそらく。ひょっとしたら。
 2 (あとに仮定の意味を表す語を伴って)もしも。



3106 女歌,恋

[題詞](問答歌)

相見  欲為者  従君毛  吾曽益而  伊布可思美為也

相見まく 欲しきがためは 君よりも 吾れぞまさりて いふかしみする 

あひみまく ほしきがためは きみよりも われぞまさりて いふかしみする
・・・・・・・・・・・
逢いたい気持ちは

君よりも私の方が強いのに

訝しいことを言うものだね
・・・・・・・・・・・



3107 人目,うわさ,恋

[題詞](問答歌)

空蝉之  人目乎繁  不相而  年之經者  生跡毛奈思

うつせみの 人目を繁み 逢はずして 年の経ぬれば 生けりともなし 

[うつせみの] ひとめをしげみ あはずして としのへぬれば いけりともなし
・・・・・・・・・・・
心の中ではあの娘のことを強く思っているけれど

この世の人たちの目にふれないようにしながら

年を重ねることは

生きた心地もしないことだなぁ
・・・・・・・・・・・



3108 枕詞,人目,うわさ,恋

[題詞](問答歌)

空蝉之  人目繁者  夜干玉之  夜夢乎  次而所見欲

うつせみの 人目繁くは ぬばたまの 夜の夢にを 継ぎて見えこそ 

うつせみの ひとめしげくは [ぬばたまの] よるのいめにを つぎてみえこそ
・・・・・・・・・・・
この世の人たちの目にふれないように

夜の夢で絶えず逢いましょう 
・・・・・・・・・・・



3109 人目,うわさ,恋

[題詞](問答歌)

慇懃  憶吾妹乎  人言之  繁尓因而  不通比日可聞

ねもころに 思ふ吾妹を 人言の 繁きによりて 淀むころかも 

ねもころに おもふわぎもを ひとごとの しげきによりて よどむころかも
・・・・・・・・・・・
親密な間柄のわが妻になかなか逢えない

人目陰口が煩くて水が淀むようなこの頃であるよ
・・・・・・・・・・・
* 「ねもころ」[形動ナリ]「ねんごろ」の古形。
 「ねもごろ」とも。  [副]も同じ。
1 心がこもっているさま。親身であるさま。
 「―にとむらう」「―なもてなし」
2 親しいさま。特に、男女の仲が親密であるさま。
 「―な間柄」[名]1 親密になる ...




3110 人目,うわさ,恋

[題詞](問答歌)

人言之  繁思有者  君毛吾毛  将絶常云而  相之物鴨

人言の 繁くしあらば 君も吾れも 絶えむと言ひて 逢ひしものかも 

ひとごとの しげくしあらば きみもあれも たえむといひて あひしものかも
・・・・・・・・・・・
人目陰口が煩くて逢えないという

あなたと私は切れ切れになると言いながら

いつも逢ってきたのかしら
・・・・・・・・・・・



3111 恋,女歌

[題詞](問答歌)

為便毛無  片戀乎為登  比日尓  吾可死者  夢所見哉

すべもなき 片恋をすと この頃に 吾が死ぬべきは 夢に見えきや 

すべもなき かたこひをすと このころに わがしぬべきは いめにみえきや
・・・・・・・・・・・
どうしようもなく恋ひ恋ふ私の片想い

その恋ゆえに死にそうになっているのに

あなたの夢にさえ現れないのでしょうか
・・・・・・・・・・・



3112 恋

[題詞](問答歌)

夢見而  衣乎取服  装束間尓  妹之使曽  先尓来

夢に見て 衣を取り着 装ふ間に 妹が使ぞ 先立ちにける 

いめにみて ころもをとりき よそふまに いもがつかひぞ さきだちにける
・・・・・・・・・・・
正に夢に見たからこそ

衣を取り出して身支度をしている時に

愛しいあなたからの使いが先に来たのですよ
・・・・・・・・・・・


3113 怨,恋

[題詞](問答歌)

在有而  後毛将相登  言耳乎  堅要管  相者無尓

ありありて 後も逢はむと 言のみを 堅く言ひつつ 逢ふとはなしに 

ありありて のちもあはむと ことのみを かたくいひつつ あふとはなしに
・・・・・・・・・・
ずっとこのままの状態でいて

後にも逢おうと言葉でかたく約束したのに

直接逢う事もなくなって
・・・・・・・・・・
* 動詞「あり」の連用形を重ねた「ありあり」+接続助詞「て」。
 ずっとこのままの状態でいて、 このまま生き長らえて。



3114 恋,うわさ,女歌

[題詞](問答歌)

極而  吾毛相登  思友  人之言社  繁君尓有

ありありて 吾れも逢はむと 思へども 人の言こそ 繁き君にあれ 

ありありて われもあはむと おもへども ひとのことこそ しげききみにあれ
・・・・・・・・・・
ずっとこのままでいて

私も逢おうと思うけれど

他の人から

とかく恋の噂の絶えないあなたですから
・・・・・・・・・・



3115 恋

[題詞](問答歌)

氣緒尓  言氣築之  妹尚乎  人妻有跡  聞者悲毛

息の緒に 吾が息づきし 妹すらを 人妻なりと 聞けば悲しも 

いきのをに わがいきづきし いもすらを ひとづまなりと きけばかなしも
・・・・・・・・・・
命のかぎり私は精一杯に息をしとめたよ

愛するひとが人妻だったなんて

そんなことを聞けば悲しくて
・・・・・・・・・・
* 「いき‐の‐お」息の緒    いのち。たまのお。魂。
 ふつう「息の緒に」の形で、命のかぎりの意に用いる。



3116 恋,慰め,女歌

[題詞](問答歌)

吾故尓  痛勿和備曽  後遂  不相登要之  言毛不有尓

吾がゆゑに いたくなわびそ 後つひに 逢はじと言ひし こともあらなくに 

わがゆゑに いたくなわびそ のちつひに あはじといひし こともあらなくに
・・・・・・・・・・
私のことでひどく哀しまないで

最後まであなたと会わないなんて

言ったことはありませんよ
・・・・・・・・・・



3117 恋

[題詞](問答歌)

門立而  戸毛閇而有乎  何處従鹿  妹之入来而  夢所見鶴

門立てて 戸も閉したるを いづくゆか 妹が入り来て 夢に見えつる 

かどたてて ともさしてあるを いづくゆか いもがいりきて いめにみえつる
・・・・・・・・・・
門を閉じて戸締りもしたのに

どこからか愛人が部屋の中に

入って来る夢を見てしまう
・・・・・・・・・・
* 「妹」…いも…恋人…愛人…妻




3118 恋,女歌

[題詞](問答歌)

門立而  戸者雖闔  盗人之  穿穴従  入而所見牟

門立てて 戸は閉したれど 盗人の 穿れる穴より 入りて見えけむ 

かどたてて とはさしたれど ぬすびとの ほれるあなより いりてみえけむ
・・・・・・・・・・
門を閉じ戸締りもしたのでしょうが

私は盗人が掘った穴にもぐって

あなたを見ていたのですよ
・・・・・・・・・・
* 「けむ」 過去の助動詞「き」の未然形の古形「け」+推量の助動詞「む」から活用語の連用形に付く。
過去の事実についての推量を表す。…ただろう。…だったろう。




3119 恋

[題詞](問答歌)

従明日者  戀乍将<去>  今夕弾  速初夜従  綏解吾妹

明日よりは 恋ひつつ行かむ 今夜だに 早く宵より 紐解け吾妹 

あすよりは こひつつゆかむ こよひだに はやくよひより ひもとけわぎも
・・・・・・・・・・
明日になればおまえを恋つつの旅立ちなんだ

だからまだ早いけれど今宵ばかりは

ひもを解いてさあ思いっきり抱き合おう 
・・・・・・・・・・



3120 女歌,恋

[題詞](問答歌)

今更  将寐哉我背子  荒田<夜>之  全夜毛不落  夢所見欲

今さらに 寝めや吾が背子 新夜の 一夜もおちず 夢に見えこそ 

いまさらに ねめやわがせこ あらたよの ひとよもおちず いめにみえこそ
・・・・・・・・・・
今さら抱き合ってもあなたは明け方には行ってしまう

夜毎ひと晩も絶やさず夢に出てきてよね
・・・・・・・・・・



3121 女歌,恋

[題詞](問答歌)

吾<勢>子之  使乎待跡  笠不著  出乍曽見之  雨零尓

吾が背子が 使を待つと 笠も着ず 出でつつぞ見し 雨の降らくに 

わがせこが つかひをまつと かさもきず いでつつぞみし あめのふらくに
・・・・・・・・・・
愛する人からの連絡を待って

雨具も無しで

外で見てたの雨が降る中を
・・・・・・・・・・



3122 人目,うわさ,恋

[題詞](問答歌)

無心  雨尓毛有鹿  人目守  乏妹尓  今日谷相<乎>

心なき 雨にもあるか 人目守り 乏しき妹に 今日だに逢はむを 

こころなき あめにもあるか ひとめもり ともしきいもに けふだにあはむを
・・・・・・・・・・
心無い雨であることよ

人目を避けてめったに逢えないあの娘に

きょうこそ逢おうというのに
・・・・・・・・・・


3123 枕詞,恋

[題詞](問答歌)

直獨  宿杼宿不得而  白細  袖乎笠尓著  沾乍曽来

ただひとり 寝れど寝かねて 白栲の 袖を笠に着 濡れつつぞ来し 

ただひとり ぬれどねかねて しろたへの そでをかさにき ぬれつつぞこし
・・・・・・・・・・
独り寝がどうしても出来なくて

袖を笠にして難渋したけど

雨に濡れながら飛んできたよ
・・・・・・・・・・


3136 恋,望郷

[題詞](羇旅發思)

客在而  戀者辛苦  何時毛  京行而  君之目乎将見

旅にありて 恋ふれば苦し いつしかも 都に行きて 君が目を見む 

たびにありて こふればくるし いつしかも みやこにゆきて きみがめをみむ
・・・・・・・・
旅にいてあなたを思う恋は苦しいものです

早く都に帰ってあなたの瞳を見たいのです
・・・・・・・・
* 「いつしかも」何時しかも;いつになったら。代名詞「いつ」に、強めの副助詞「し」、疑問の係助詞「か」+「も」。 過去・未来の不定の時を表す。どの時かに。



3137 恋,望郷

[題詞](羇旅發思)

遠有者  光儀者不所見  如常  妹之咲者  面影為而

遠くあれば 姿は見えず 常のごと 妹が笑まひは 面影にして 

とほくあれば すがたはみえず つねのごと いもがゑまひは おもかげにして
・・・・・・・・
遠くにいるので姿は見えないが

いつもいつも妻の微笑む面影が浮かぶ
・・・・・・・・
* 「常のごと」; いつものように、いつもいつも。
* 「にして」;断定の助動詞「なり」の連用形+接続助詞「して」。
  …であって。




3138 恋,望郷

[題詞](羇旅發思)

年毛不歴  反来甞跡  朝影尓  将待妹之  面影所見

年も経ず 帰り来なむと 朝影に 待つらむ妹し 面影に見ゆ 

としもへず かへりこなむと [あさかげに] まつらむいもし おもかげにみゆ
・・・・・・・・
一年も経たずに 

赴任先から帰るはずなのにと

朝蔭のように痩せ細って

私の帰郷を待つ妻の姿が目に浮かぶ
・・・・・・・・



3139 枕詞,恋,望郷

[題詞](羇旅發思)

玉桙之  道尓出立  別来之  日従于念  忘時無

玉桙の 道に出で立ち 別れ来し 日より思ふに 忘る時なし 

[たまほこの] みちにいでたち わかれこし ひよりおもふに わするときなし
・・・・・・・・
都への旅装束で道に出て

古里の妻と別れて来た

その日から毎日妻を思い

忘れる時はない
・・・・・・・・



3140 恋,遊行女婦,望郷

[題詞](羇旅發思)

波之寸八師  志賀在戀尓毛  有之鴨  君所遺而  戀敷念者

[はしきやし] しかある恋にも ありしかも 君に後れて 恋しき思へば 

はしきやし しかあるこひに ありしかも きみにおくれて こほしきおもへば
・・・・・・・・
いとおしいなんて

恋だなんていえないことなのに

あなたが旅立ってしまってから

恋しいなんて思う

割り切れなくてどうかしてるわ
・・・・・・・・



3141 枕詞,恋,遊行女婦

[題詞](羇旅發思)

草枕  客之悲  有苗尓  妹乎相見而  後将戀可聞

草枕 旅の悲しく あるなへに 妹を相見て 後恋ひむかも 

[くさまくら] たびのかなしく あるなへに いもをあひみて のちこひむかも
・・・・・・・・
一人旅が空しくもあるのは

行きずりの出会いで一夜を過ごし

また旅に出て恋に気づくからだ
・・・・・・・・



3142 恋,望郷

[題詞](羇旅發思)

國遠  直不相  夢谷  吾尓所見社  相日左右二

国遠み 直には逢はず 夢にだに 吾れに見えこそ 逢はむ日までに 

くにとほみ ただにはあはず いめにだに われにみえこそ あはむひまでに
・・・・・・・・
故郷は遠く

もう直には逢えない

せめて夢に見たい

再び逢うだろう日まで
・・・・・・・・



3143 恋,望郷

[題詞](羇旅發思)

如是将戀  物跡知者  吾妹兒尓  言問麻思乎  今之悔毛

かく恋ひむ ものと知りせば 吾妹子に 言問はましを 今し悔しも 

かくこひむ ものとしりせば わぎもこに こととはましを いましくやしも
・・・・・・・・
こんなに恋していたのなら

何故もっと話をしておかなかったのか

そうしたら この旅空もこんなに辛くはなかったろうに
・・・・・・・・
* 「問はましものを"」の 「まし」は反実仮想の助動詞「まし」の連体形。
 様子を尋ねもするだろうに



3144 枕詞,恋,望郷

[題詞](羇旅發思)

客夜之  久成者  左丹頬合  紐開不離  戀流比日

旅の夜の 久しくなれば さ丹つらふ 紐解き放けず 恋ふるこのころ 

たびのよの ひさしくなれば [さにつらふ] ひもときさけず こふるこのころ
・・・・・・・・
旅の夜が長くなれば

行きずりのひとに

衣の紐を解くわけにもいかず

郷里の妻が恋しくてならないこの頃であるよ
・・・・・・・・



3145 枕詞,恋,望郷

[題詞](羇旅發思)

吾妹兒之  阿<乎>偲良志  草枕  旅之丸寐尓  下紐解

吾妹子し 吾を偲ふらし 草枕 旅のまろ寝に 下紐解けぬ 

わぎもこし あをしのふらし [くさまくら] たびのまろねに したびもとけぬ
・・・・・・・・
妻が家で私を偲んでいるらしい

旅で丸寝をしていると

下着の紐がほどけてしまう
・・・・・・・・
* 「まろ寝」 衣服は昼の格好のまま眠ること。



3146 枕詞,恋,望郷

[題詞](羇旅發思)

草枕  旅之衣  紐解  所念鴨  此年比者

草枕 旅の衣の 紐解けて 思ほゆるかも この年ころは 

[くさまくら] たびのころもの ひもとけて おもほゆるかも このとしころは
・・・・・・・・
旅装束の下着の紐が解ける

郷里の妻が私に会いたがっているからだ

この頃は特に妻を思う
・・・・・・・・



3147 枕詞,望郷,恋

[題詞](羇旅發思)

草枕  客之紐解  家之妹志  吾乎待不得而  歎良霜

草枕 旅の紐解く 家の妹し 吾を待ちかねて 嘆かふらしも 

[くさまくら] たびのひもとく いへのいもし わをまちかねて なげかふらしも
・・・・・・・・
旅装束の紐がほどけるのは

郷里の妻が私の帰郷を待ちかねて

泣き嘆いているからに違いない
・・・・・・・・


3160 序詞,遊行女婦,恋

[題詞](羇旅發思)

奥浪  邊浪之来依  貞浦乃  此左太過而  後将戀鴨

沖つ波 辺波の来寄る 佐太の浦の このさだ過ぎて 後恋ひむかも 

[おきつなみ へなみのきよる さだのうらの] このさだすぎて のちこひむかも
・・・・・・・・・・
沖波が寄せる佐太の浦ではないが

恋愛沙汰の盛りの年齢を過ぎても

のちもなお こうも恋し続けるものか
・・・・・・・・・・



3161 枕詞,遊行女婦

[題詞](羇旅發思)

在千方  在名草目而  行目友  家有妹伊  将欝悒

在千潟 あり慰めて 行かめども 家なる妹い いふかしみせむ 

[ありちがた] ありなぐさめて ゆかめども いへなるいもい いふかしみせむ
・・・・・・・・・・
在千潟のようにあなたと一緒にあり続け

気持ちを慰めて行きたいが

家の女房が不審に思うだろうから
・・・・・・・・・・
* 一夜妻と別れる男の言い訳の歌。



3162 枕詞,恋,望郷

[題詞](羇旅發思)

水咫衝石  心盡而  念鴨  此間毛本名  夢西所見

みをつくし 心尽して 思へかも ここにももとな 夢にし見ゆる 
[みをつくし] こころつくして おもへかも ここにももとな いめにしみゆる
・・・・・・・・・・
身を尽くし 心を尽くし

旅の私を思っているからだろうなあ

しきりと妻の夢を見ることであるよ
・・・・・・・・・・
* 「みをつくし(澪標)」:海や川に立てならべ水路をあらわす杭。
「みをつくし」から「心尽くし」を。



3163 恋,望郷

[題詞](羇旅發思)

吾妹兒尓  觸者無二  荒礒廻尓  吾衣手者  所<沾>可母

吾妹子に 触るとはなしに 荒礒廻に 吾が衣手は 濡れにけるかも 

わぎもこに ふるとはなしに ありそみに わがころもでは ぬれにけるかも
・・・・・・・・・・
妻に触れるほどには近寄らないのに

荒波の打ち寄せる海岸で

私の衣は濡れてしまった
・・・・・・・・・・



3164 室津,兵庫県,金ヶ崎,君島,望郷,恋,掛詞

[題詞](羇旅發思)

室之浦之  湍戸之埼有  鳴嶋之  礒越浪尓  所<沾>可聞

室の浦の 瀬戸の崎なる 鳴島の 磯越す波に 濡れにけるかも 

むろのうらの せとのさきなる [なきしまの] いそこす[なみに ぬれ]にけるかも
・・・・・・・・・・
室の浦の瀬戸の崎にある鳴島の

磯越す波に濡れてしまったよ

涙かしぶきか事なきか妻
・・・・・・・・・・



サ3165 枕詞,福岡県,北九州市,戸畑,序詞,恋,望郷

[題詞](羇旅發思)

霍公鳥  飛幡之浦尓  敷浪乃  屡君乎  将見因毛鴨

霍公鳥 飛幡の浦に しく波の しくしく君を 見むよしもがも 

[ほととぎす] とばたのうらに しくなみの] しくしくきみを みむよしもがも
・・・・・・・・・・
ホトトギス飛ぶ飛幡の浦に

絶え間なく寄せては返す波のように

君に逢える手だてはないものか
・・・・・・・・・・
* 「しくしく」[副]動詞「し(頻)く」を重ねたものから、絶え間なく。しきりに。
* 「敷浪」は「次々と寄せてくる波」。
* 「よし」は「方法・手段」。
* 「もがな」は希望の終助詞。 「〜があったらなあ。〜があればなあ」




3166 北陸,石川,富山,恋,遊行女婦

[題詞](羇旅發思)

吾妹兒乎  外耳哉将見  越懈乃  子難<懈>乃  嶋楢名君

吾妹子を 外のみや見む 越の海の 子難の海の 島ならなくに 

わぎもこを よそのみやみむ こしのうみの こがたのうみの しまならなくに
・・・・・・・・・・
吾がい抱いたひとを

外ながらに見るしかない

越の子難海の島ではないのに
・・・・・・・・・・



3167 序詞,うわさ,恋

[題詞](羇旅發思)

浪間従  雲位尓所見  粟嶋之  不相物故  吾尓所依兒等

波の間ゆ 雲居に見ゆる 粟島の 逢はぬものゆゑ 吾に寄そる子ら 

[なみのまゆ くもゐにみゆる あはしまの] あはぬものゆゑ わによそるこら
・・・・・・・・・・
波間の空に見える淡路島の会わじではないが

一度も会ったこともないのに

私と深い仲という噂を立てられた娘よ

逢ったら本当に靡くかもしれませんよ
・・・・・・・・・・



3168 枕詞,和歌の浦,和歌山,序詞,恋,望郷

[題詞](羇旅發思)

衣袖之  真若之浦之  愛子地  間無時無  吾戀钁

衣手の 真若の浦の 真砂地 間なく時なし 吾が恋ふらくは 

[ころもでの まわかのうらの まなごつち] まなくときなし あがこふらくは
・・・・・・・・・・
真若の浦の真砂の地でも

絶え間なく恋する吾が心
・・・・・・・・・・



3169 能登,石川,遊行女婦,誘い歌

[題詞](羇旅發思)

能登海尓  釣為海部之  射去火之  光尓伊徃  月待香光

能登の海に 釣する海人の 漁り火の 光りにいませ 月待ちがてり 

[のとのうみに つりするあまの いざりひの] ひかりにいませ つきまちがてり
・・・・・・・・・・
能登の海で釣りをする漁師の漁り火ではありませんが

淡い光のなかにおいでなさい

いまかいまかとお待ちしたあなた

月を眺めながらお待ちしたあなたさまよ
・・・・・・・・・・
* 「がてり」は、「がてら」の音変化とも。
[接助]動詞、および動詞型活用語の連用形に付いて、ある事柄をするときに、それを機会に他の事柄をもする意を表す。…のついでに。…かたがた。…しながら、その一方で。 
[副助](多く動作性の意をもつ名詞に付く)…のついでに。…を兼ねて。…かたがた。




3170 福岡,序詞,恋,望郷

[題詞](羇旅發思)

思香乃白水郎乃  <釣>為燭有  射去火之  髣髴妹乎  将見因毛欲得

志賀の海人の 釣りし燭せる 漁り火の ほのかに妹を 見むよしもがも 

[しかのあまの つりしともせる いざりひの] ほのかにいもを みむよしもがも
・・・・・・・・・・
志賀島の漁師が

釣りのおりに灯す漁火に

仄かにでも妻を

見るだてがほしい
・・・・・・・・・・



3171 大阪,序詞,恋,望郷

[題詞](羇旅發思)

難波方  水手出船之  遥々  別来礼杼  忘金津毛

難波潟 漕ぎ出る舟の はろはろに 別れ来ぬれど 忘れかねつも 

[なにはがた こぎづるふねの はろはろに] わかれきぬれど わすれかねつも
・・・・・・・・・・
難波潟から漕ぎ出した舟は

はるばると旅路を行く

郷里の妻と別れて来たが

寸時も忘れることはない
・・・・・・・・・・
* 「はろはろに」遥遥に。 (副) はるかに。はるばると。

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