|
16 3889 [題詞](怕物歌三首)畏怖の対象となる物(霊・鬼)の歌。 人魂乃佐青有<公>之但獨相有之雨夜<乃>葉非左思所念 [ひとたまの]さをなるきみがただひとりあへりしあまよの******* ・・・・・・・・・・・・・
雨夜の中でまっ青な顔の 四天王寺の青面金剛童子そっくりの 独りっきりの君に出逢って 震えあがって夢中で逃げまどってしまったよ ・・・・・・・・・・・・・ * 「さ」は、接頭語で、名詞・動詞・形容詞の上について、語調を整え、語彙を強める。 * 「人魂乃 佐青有君」は、四天王寺庚申堂の青面金剛童子。 * 【左思所念】あれこれと思いめぐらす。 * 「葉非左思所念」は、「はひさししねむ」・「はひさしおもほゆ」か。 * 「は」は、移動する方角を示す、上代東国方言。・・へ。 あれこれと思いめぐらせず。思い乱れて動き回る。 ・・・・・・・ * 以下<国語篇(その七)>より転載。 『「はひさししねむ」は、「ハ・ヒタ・チ・チネイネイ・ムフ」 HA-HITA-TI-TINEINEI-MUHU (ha=what!,breathe;hita=move convulsively or spasmodically;ti=throw,cast;tineinei=unsettled,ready to move,confused;muhu=grope,feel after,push one's way through bushes etc.) 「何と・ぶるぶると震えが・来て・混乱して・手探りで歩き回った(ことよ)」 (「チネイネイ」の反復語尾が脱落して「チネイ」から「シネ」と、「ムフ」のH音が脱落して「ム」となった) の転訛と解します。』 ・・・・・・・ * 「さ‐し」【左思】Yahoo百科事典より。 (250?―305?) 中国、西晋(せいしん)の文人。字(あざな)は太冲(たいちゅう)。斉(せい)国臨(りんし)(山東省臨県)の出身。家柄低く容貌(ようぼう)醜かったため文学に精力を傾ける。妹芬(ふん)が武帝の貴嬪(きひん)となったため都の洛陽(らくよう)に移る。ここで10年の歳月を費やして「三都(さんと)の賦(ふ)」をつくる。時の名士たちがその序や注釈をつくって賞揚したため、上流社会は競って伝写した。そのために洛陽の紙価が高騰したという。この賦は漢の班固(はんこ)の「両都の賦」、張衡(ちょうこう)の「西京の賦」「東京の賦」「南都の賦」と同じく、主客の問答に託して蜀(しょく)、呉(ご)、魏(ぎ)の都の壮観を誇示したもの。 (この歌への関わり略。) 怕物謌三首
集歌3887 天尓有哉神樂良能小野尓茅草苅々々波可尓鶉乎立毛
「魄」は「親魄(ニギタマ)」と云う熟語で、その熟語「親魄」は死亡した人物が丁寧に祀られ世に害を為さない穏やかな霊魂の意で用いられている。集歌3888 奥國領君之染屋形黄染乃屋形神之門涙 集歌3889 人魂乃佐青有君之但獨相有之雨夜葉非左思所念 「蒼白なもの」は、人かもしれず、物の怪、鬼かもしれず、怖がらせの洒落かもしれず、子の三首は面白い。 <再訂正記事へ>http://blogs.yahoo.co.jp/kairouwait08/33521301.html |
万葉集索引第十六巻
[ リスト | 詳細 ]


