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3901 天平12年12月9日作者:大伴書持,追和,梅花宴 [題詞]追和<大>宰之時梅花新歌六首 [左注](右十二年十<二>月九日大伴宿祢<書>持作) 民布由都藝 芳流波吉多礼登 烏梅能芳奈 君尓之安良祢婆 遠<久>人毛奈之 みふゆつぎ はるはきたれど うめのはな きみにしあらねば をくひともなし ・・・・・・・・・・・
寒い冬に継いで春は来たが 待ち焦がれたこの梅の花を あなた様以外には お招きしてお見せする人はおりません ・・・・・・・・・・・ 3902 天平12年12月9日作者:大伴書持,追和,梅花宴 [題詞](追和<大>宰之時梅花新歌六首) 烏梅乃花 美夜万等之美尓 安里登母也 如此乃未君波 見礼登安可尓勢牟 うめのはな みやまとしみに ありともや かくのみきみは みれどあかにせむ ・・・・・・・・・・・
この梅の花こそ 山一面にすきまなく咲いたとしても あなたはやはり 見飽きることはないでしょう ・・・・・・・・・・・ * 「しみ‐に」〔副〕繁く。すきまなく。しみみに。 3903 天平12年12月9日,作者:大伴書持,追和,梅花宴 [題詞](追和<大>宰之時梅花新歌六首) [左注](右十二年十<二>月九日大伴宿祢<書>持作) 春雨尓 毛延之楊奈疑可 烏梅乃花 登母尓於久礼奴 常乃物能香聞 はるさめに もえしやなぎか うめのはな ともにおくれぬ つねのものかも ・・・・・・・・・・・
春雨に萌え出る柳か 梅の花と共に後れじと 誘い誘われるように芽吹く いつもながらの有様であることよ ・・・・・・・・・・・ 3904 天平12年12月9日,作者:大伴書持,追和,梅花宴 [題詞](追和<大>宰之時梅花新歌六首) [左注](右十二年十<二>月九日大伴宿祢<書>持作) 宇梅能花 伊都波乎良自等 伊登波祢登 佐吉乃盛波 乎思吉物奈利 うめのはな いつはをらじと いとはねど さきのさかりは をしきものなり ・・・・・・・・・・・
梅の花は折る時をこだわって 選り好みするわけではないが 咲きにおうまっ盛りの時には とりわけ折ってしまうのが惜しいものだ ・・・・・・・・・・・ 3905 天平12年12月9日,作者:大伴書持,追和,梅花宴 [題詞](追和<大>宰之時梅花新歌六首) [左注](右十二年十<二>月九日大伴宿祢<書>持作) 遊内乃 多努之吉庭尓 梅柳 乎理加謝思底<婆> 意毛比奈美可毛 あそぶうちの たのしきにはに うめやなぎ をりかざしてば おもひなみかも ・・・・・・・・・・・
梅や柳をかざして遊んだあとなら 心残りもなく もう散ってしまってもかまわない などとおっしゃるのだろうか ・・・・・・・・・・・ 3906 天平12年12月9日,作者:大伴書持,追和,梅花宴 [題詞](追和<大>宰之時梅花新歌六首) [左注]右十二年十<二>月九日大伴宿祢<書>持作 御苑布能 百木乃宇梅乃 落花之 安米尓登妣安我里 雪等敷里家牟 みそのふの ももきのうめの ちるはなし あめにとびあがり ゆきとふりけむ ・・・・・・・・・・・
大宰府の父上の御庭園の 百本もの梅の木の花が散り 天に舞い上がって 雪のように降ってきたのでしょう ・・・・・・・・・・・ 3907 天平13年2月,作者:境部老麻呂,京都,儀礼歌,寿歌,恭仁京 [題詞]讃三香原新都歌一首[并短歌] ・・・・・・・・・・・
山背乃ー山背のー[やましろの]ー山背の国の 久<邇>能美夜古波ー久迩の都はーくにのみやこはー久邇の都は 春佐礼播ー春さればーはるさればー春になると 花<咲>乎々理ー花咲きををりーはなさきををりー花が咲き繁り 秋<左>礼婆ー秋さればーあきさればー秋になると 黄葉尓保<比>ー黄葉にほひーもみちばにほひー黄葉が色美しく映え 於婆勢流ー帯ばせるー[おばせる]ー帯のようにめぐり流れる 泉河乃ー泉の川のーいづみのかはのー泉川の 可美都瀬尓ー上つ瀬にーかみつせにー上の瀬に 宇知橋和多之ー打橋渡しーうちはしわたしー板の懸け橋を渡し 余登瀬尓波ー淀瀬にはーよどせにはー淀瀬には 宇枳橋和多之ー浮橋渡しーうきはしわたしー浮橋を渡し 安里我欲比ーあり通ひー[ありがよひ]ーいつも通って 都加倍麻都良武ー仕へまつらむーつかへまつらむーお仕え申上げよう 万代麻弖尓ー万代までにーよろづよまでにー万代まで ・・・・・・・・・・・ 3908 天平13年2月,作者:境部老麻呂,木津川,枕詞,寿歌,儀礼歌,京都,恭仁京 [題詞](讃三香原新都歌一首[并短歌])反歌 楯並而 伊豆美乃河波乃 水緒多要受 都可倍麻都良牟 大宮所 [たたなめて] いづみのかはの みをたえず] つかへまつらむ おほみやところ ・・・・・・・・・・・
泉の川の水脈の絶えないように 絶えることなく この大宮にお仕へ奉(まつ)り申し上げよう ・・・・・・・・・・・ 3909 天平13年4月2日,作者:大伴書持,贈答,大伴家持,恭仁京,京都 [題詞]詠霍公鳥歌二首 多知婆奈波 常花尓毛歟 保登等藝須 周無等来鳴者 伎可奴日奈家牟 たちばなは とこはなにもが ほととぎす すむときなかば きかぬひなけむ ・・・・・・・・・・・
橘が一年中咲いている花なら 霍公鳥が棲みついて その鳴き声をいつも聞けるのに ・・・・・・・・・・・ 3910 天平13年4月2日,作者:大伴書持,贈答,大伴家持,恭仁京,京都 [題詞](詠霍公鳥歌二首) [左注]右四月二日大伴宿祢書持従奈良宅贈兄家持 珠尓奴久 安布知乎宅尓 宇恵多良婆 夜麻霍公鳥 可礼受許武可聞 たまにぬく あふちをいへに うゑたらば やまほととぎす かれずこむかも ・・・・・・・・・・・
薬玉にして紐でつなぐ楝の その楝の木を家に植えたら 楝の花に誘われて 山ホトトギスが絶えることなく 来てくれるでしょうか ・・・・・・・・・・・ 橘と楝、共に香り高い花である。 香は一種の霊力の顕現とされ、霍公鳥を引き寄せると考えた。 橘は常世の国の樹木で、神霊が「たちあらわれる花」として信仰の対象であった。 楝もまた、邪気を払う霊力を持つとされ、菖蒲などと共に薬玉に用いられた。 ・
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万葉集索引第十七巻
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3931 作者:平群女郎,贈答,大伴家持,恋情,奈良,掛詞,悲別,女歌 [題詞]平群氏女郎贈越中守大伴宿祢家持歌十二首 [左注](右件十二首歌者時々寄便使来贈非在<一>度所送也)右の件の十二首の歌は、時々に使に寄せて来贈(おこ)せり。一度に送れるにはあらず 吉美尓餘里 吾名波須泥尓 多都多山 絶多流孤悲乃 之氣吉許呂可母 きみにより わがなはすでに たつたやま たえたるこひの しげきころかも ・・・・・・・・・・・・
あなたのせいで私の名はあまねく人に知られてしまいました それなのに恋は途絶えてしまったはずなのに しきりに恋心がつのり辛くする龍田山です ・・・・・・・・・・・・ * 「立つ」と懸詞になって、二人を隔てる暗喩として「絶え」を導く。名が立つ→龍田山(たつたやま)→絶えたる恋。 * 「すでに」は、少しも残るところなくすべてにわたるさま、完全にそうなるさまを表わす語。全く。すっかり。あまねく。 3932 作者:平群女郎,序詞,贈答,大伴家持,恋情,兵庫,女歌 [題詞](平群氏女郎贈越中守大伴宿祢家持歌十二首) 須麻比等乃 海邊都祢佐良受 夜久之保能 可良吉戀乎母 安礼波須流香物 すまひとの うみへつねさらず やくしほの からきこひをも あれはするかも ・・・・・・・・・・・・
須磨の海人が いつも海辺で焼いている塩が辛いように 私は辛い恋をしています ・・・・・・・・・・・・ * 郎女と女郎 (イラツメ) 「郎女」は大納言以上の大官(藤原氏・大伴氏・巨勢氏・石川氏など)高卿の子女であることであり、一方「女郎」は、(紀氏・笠氏・中臣氏)など、主として高卿には至らない五位以上の官吏氏族である。 いわば郎女・女郎の書き分けは、男性における卿(まへつきみ)(三位以上)・大夫(まへつきみ)(五位以上)の書き分けに相当している。 <記事転載[「家持歌日記」を読む 第一部11]より。> この女性の名は「平群氏出身の令嬢」を意味する。「女郎」は、もともと漢籍で教養ある権門の令嬢に対する敬称に用いられた語である。日本の上代文献ではこれを逆さまにした「郎女」との表記も見られるが、いずれもイラツメという古来の和語(高貴の出の女性に対する敬称)に宛てられた表記と見なされている。これは、景行紀の原注で「郎姫」の訓にイラツメが宛てられていることから推測された訓み方である。 万葉では郎女と女郎を明確に使い分けている。詳しく見ると、巻二に題詞で石川女郎とあるのを、左注では「字(あざな。通称のこと)曰山田郎女也」としているが、混乱はこの一箇所にしか見られない。例えば家持と歌を贈答した紀女郎は常に女郎と表記され、大伴坂上郎女は常に郎女と称されている。郎女と表記されている人物に共通するのは、大納言以上の大官を輩出している勢力家(藤原氏・大伴氏・巨勢氏・石川氏など)の子女であることであり、一方女郎と表記された女性の出身は、紀氏・笠氏・中臣氏など、主として高卿には至らない五位以上の官吏を輩出している氏族である。いわば郎女・女郎の書き分けは、男性における卿(まへつきみ)(三位以上)・大夫(まへつきみ)(五位以上)の書き分けに相当するとも言える。但し同じ大伴氏でも大伴女郎との表記もあるが(巻四)、この女性はおそらく傍系の出身なのであろう。また、のちに触れるが、家持の妹は大納言旅人の娘であるにも拘わらず「留女之女郎」と称されている。これは、家持が自分より年少の親族について謙遜した表現を取ったものかと推測される。 ・・・・・ 3933 作者:平群女郎,贈答,大伴家持,恋情,恨,悲別,女歌 [題詞](平群氏女郎贈越中守大伴宿祢家持歌十二首) 阿里佐利底 能知毛相牟等 於母倍許曽 都由能伊乃知母 都藝都追和多礼 ありさりて のちもあはむと おもへこそ つゆのいのちも つぎつつわたれ ・・・・・・・・・・・・
時を経て後にもお逢いしようと思えばこそ 辛い恋にも 露のようにはかない命でも 辛うじて継なぎとめて暮らしているのです ・・・・・・・・・・・・ * 「ありさリて」は、比喩。 …のような。 3934 作者:平群女郎,贈答,大伴家持,恋情,悲別,女歌 [題詞](平群氏女郎贈越中守大伴宿祢家持歌十二首) 奈加奈可尓 之奈婆夜須家牟 伎美我目乎 美受比佐奈良婆 須敝奈可流倍思 なかなかに しなばやすけむ きみがめを みずひさならば すべなかるべし ・・・・・・・・・・・・
いっそのこと死んでしまえば楽でしょう ずっとあなたにお逢いできずに過ごすなら どうするすべもありませんから ・・・・・・・・・・・・ * <記事転載[「家持歌日記」を読む 第一部11]より。> 「君が目を見」の「目」は、人体の器官としての眼を言うのでなく、眼の力によって捉えられる光景――この場合恋人のすがた――を言っている。姿を目に映し取ることは、相手を所有することにほかならない。万葉には「君が目を欲(ほ)り」などの句もみえるが、単に逢いたいとか見たいとかいうより、相手を求める欲望をより生々しく感じさせる表現である。それが成就されないとき、絶望はより深いのである。 ・・・・・ 3935 作者:平群女郎,贈答,大伴家持,恋情,枕詞,人目,うわさ,女歌 [題詞](平群氏女郎贈越中守大伴宿祢家持歌十二首) 許母利奴能 之多由孤悲安麻里 志良奈美能 伊知之路久伊泥奴 比登乃師流倍久 こもりぬの したゆこひあまり しらなみの いちしろくいでぬ ひとのしるべく ・・・・・・・・・・・・
隠れ沼のようにひそやかな恋心が 思わず度を越えたように白波立ち はっきりおもてに出てしまいました 他人にそれと判るほどに ・・・・・・・・・・・・ 3936 作者:平群女郎,枕詞,贈答,悲別,恋情,大伴家持,女歌 [題詞](平群氏女郎贈越中守大伴宿祢家持歌十二首) 久佐麻久良 多妣尓之婆々々 可久能未也 伎美乎夜利都追 安我孤悲乎良牟 くさまくら たびにしばしば かくのみや きみをやりつつ あがこひをらむ ・・・・・・・・・・・・
こんなふうに貴方をたびたび旅に行かせてばかりで 私はいつも恋い焦がれているのですね ・・・・・・・・・・・・ * 天平十二年から十七年にかけて、関東行幸・恭仁遷都・紫香楽行幸・同遷都・難波遷都と、聖武天皇は目まぐるしく居処を遷していたため、家持もまた奈良を留守にすることが多かった。 3937 作者:平群女郎,枕詞,贈答,大伴家持,悲別,恋情,女歌 [題詞](平群氏女郎贈越中守大伴宿祢家持歌十二首) 草枕 多妣伊尓之伎美我 可敝里許牟 月日乎之良牟 須邊能思良難久 [くさまくら] たびいにしきみが かへりこむ つきひをしらむ すべのしらなく ・・・・・・・・・・・・
旅に去るあなたが 帰ってこられる日がいつなのか せめて知りたい でもわかる術のない私です ・・・・・・・・・・・・ 3938 作者:平群女郎,枕詞,贈答,大伴家持,恋情,悲別,女歌 [題詞](平群氏女郎贈越中守大伴宿祢家持歌十二首) 可久能未也 安我故非乎浪牟 奴婆多麻能 欲流乃比毛太尓 登吉佐氣受之○ かくのみや あがこひをらむ ぬばたまの よるのひもだに ときさけずして ・・・・・・・・・・・・
このように私は恋い続けてばかりいるのでしょうか 夜だって紐の一本も解かないでいるのです ・・・・・・・・・・・・ * 衣の紐を解き放たずにいることは、恋人に対して貞操を守っている証し。 3939 作者:平群女郎,贈答,大伴家持,恋情,悲別,女歌 [題詞](平群氏女郎贈越中守大伴宿祢家持歌十二首) 佐刀知加久 伎美我奈里那婆 古非米也等 母登奈於毛比此 安連曽久夜思伎 さとちかく きみがなりなば こひめやと もとなおもひし あれぞくやしき ・・・・・・・・・・・・
あなたが近所にいられるようになったら 恋に苦しむこともあるまいと むやみに思い込んでいた自分が口惜しい ・・・・・・・・・・・・ * 天平十七年五月、都は五年ぶりに平城京に戻されたが、家持が佐保の家に落ち着いて間もなく、翌年七月には再び越中に旅立つことになったので、「恋ひめや」という思いも虚しい期待に終わってしまった。 3940 作者:平群女郎,贈答,大伴家持,恋情,女歌 [題詞](平群氏女郎贈越中守大伴宿祢家持歌十二首) 餘呂豆代尓 許己呂波刀氣○ 和我世古我 都美之<手>見都追 志乃備加祢都母 よろづよに こころはとけて わがせこが つみしてみつつ しのびかねつも ・・・・・・・・・・・・
永遠に続くかのように心を許しあって 愛しいあなたがわたしをつねった手 その手を思い返して見ていましたら もう偲びきれなくなりました ・・・・・・・・・・・・ * 「君」が「吾が背子」にかわっている。 ・
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3941作者:平群女郎,贈答,大伴家持,恋情,女歌 [題詞](平群氏女郎贈越中守大伴宿祢家持歌十二首) 鴬能 奈久々良多尓々 宇知波米○ 夜氣波之奴等母 伎美乎之麻多武 うぐひすの なくくらたにに うちはめて やけはしぬとも きみをしまたむ ・・・・・・・・・・・・
鴬が鳴き渡る暗い峡谷で 身を填め込まれ焼け死ぬようなことになっても 霊魂となって貴方をお待ちするでしょう ・・・・・・・・・・・・ * 「は・める」〔他マ下一〕は・む〔他マ下二〕落としこむ。投げ入れる。また、身を投げる。 「うち」は接頭強意。 3942 作者:平群女郎,贈答,恋情,恨,大伴家持,女歌 [題詞](平群氏女郎贈越中守大伴宿祢家持歌十二首) 麻都能波奈 花可受尓之毛 和我勢故我 於母敝良奈久尓 母登奈佐吉都追 まつのはな はなかずにしも わがせこが おもへらなくに もとなさきつつ ・・・・・・・・・・・・
私のことはまつの花 そんな花もあったかと貴方は思っていらっしゃる わけもなく咲きつづけているわたし ・・・・・・・・・・・・ 3943 天平18年8月7日,作者:大伴家持,宴席,大伴池主 [題詞]八月七日夜集于守大伴宿祢家持舘宴歌 秋田乃 穂牟伎見我○里 和我勢古我 布左多乎里家流 乎美奈敝之香物 あきのたの ほむきみがてり わがせこが ふさたをりける をみなへしかも ・・・・・・・・・・・・
秋の田の稲穂の出来を見ながら あなたが手折り束ねて来られたのですね この女郎花は ・・・・・・・・・・・・ * 「オミナエシ」は、「をみな善し」という、上代、女子に対する親愛の情をこめた語感あってか、「女郎花・おみなえし」「いらつめばな」「佳人部為」「美人部師」「娘子部四」「娘部志」「姫部思」などと記された。 稲の生育を調査するという仕事と対照的な雅な名称を持つオミナエシの贈り物に感激して歌にした。 3944 天平18年8月7日,作者:大伴池主,愛,宴席,大伴家持 [題詞](八月七日夜集于守大伴宿祢家持舘宴歌) 乎美奈敝之 左伎多流野邊乎 由伎米具利 吉美乎念出 多母登保里伎奴 をみなへし さきたるのへを ゆきめぐり きみをおもひで たもとほりきぬ ・・・・・・・・・・・・
女郎花が咲いている野を もとおりめぐっているうちに あなたのことを思い出して 回り道をしてしまいましたよ ・・・・・・・・・・・・ 3945 天平18年8月7日,作者:大伴池主,枕詞,宴席,大伴家持,高岡 [題詞](八月七日夜集于守大伴宿祢家持舘宴歌) 安吉能欲波 阿加登吉左牟之 思路多倍乃 妹之衣袖 伎牟餘之母我毛 あきのよは あかときさむし [しろたへの] いもがころもで きむよしもがも ・・・・・・・・・・・・
越中の地では秋の夜明け頃ひとしお冷え込みます いとしい人の衣をまとえる手立てが欲しいことです ・・・・・・・・・・・・ * 「妹が衣手着」は、自分と恋人(妻)の脱いだ衣を纏い、その衣の下で、肌を合わせて寝ること。 3946 天平18年8月7日,作者:大伴池主,宴席,高岡 [題詞](八月七日夜集于守大伴宿祢家持舘宴歌) 保登等藝須 奈伎C須疑尓之 乎加備可良 秋風吹奴 余之母安良奈久尓 ほととぎす なきてすぎにし をかびから あきかぜふきぬ よしもあらなくに ・・・・・・・・・・・・
ほととぎすが鳴いて飛び去った丘の辺りから もう冷たい秋風が吹いてきた いとしい人の衣をまとえる手立がないというのに ・・・・・・・・・・・・ 3947天平18年8月7日,作者:大伴家持,宴席,枕詞,高岡 [題詞](八月七日夜集于守大伴宿祢家持舘宴歌) 家佐能安佐氣 秋風左牟之 登保都比等 加里我来鳴牟 等伎知可美香物 けさのあさけ あきかぜさむし [とほつひと] かりがきなかむ ときちかみかも ・・・・・・・・・・・・
今朝も明け方は秋風が寒かった 雁が鳴いて来る時が近のだろう ・・・・・・・・・・・・ * 「とお‐つ‐ひと」遠つ人 [枕] 1 遠くにいる人を待つ意から、「松」「松浦(まつら)(=地名)」にかかる。 2 雁(かり)は遠くから来るので、「雁」「猟路(かりぢ)(=地名)」にかかる。 * 「遠つ人」の「つ」は現代語の「の」で、「遠くの人」。 * 「近み」の「み」は接尾語で、原因理由を表します。 * 「かも」は感動詠嘆の終助詞。 3948 天平18年8月7日,作者:大伴家持,恋愛,宴席,枕詞,高岡 [題詞](八月七日夜集于守大伴宿祢家持舘宴歌) 安麻射加流 比奈尓月歴奴 之可礼登毛 由比○之紐乎 登伎毛安氣奈久尓 「あまざかる」 ひなにつきへぬ しかれども ゆひてしひもを ときもあけなくに ・・・・・・・・・・・・
都から遠い高岡にやって来て随分月を経たが 妻が結んでくれた下着の紐は解いてはいない ・・・・・・・・・・・・ <記事転載[山本 瞳美「現代の結婚指輪のルーツを探る]より。> (1)紐を解くことは性関係を持つことの象徴である(1516、3427) (2)紐を見ることで自分を思い出してもらいたいとの気持ちが込められる(4405) (3)紐を結んでもらった相手以外の人に紐を解かせることは浮気を意味する(3427) (4)紐が自然に解けると結んでくれた相手から想われているとする俗信があった(4427) (5)紐を結んだまま操を守っていれば相手と再会できると信じられていた(1516、2973) 紐にはこのような男女の想い、意味が込められているのであるが、紐に関しての私見を述べると、紐は解く為に結ぶといえるのではないだろうか。現代の指輪に於いてはこのような行為(再会した時に互いの指輪をはずすこと)は特にないが指輪をしていることではめてくれた相手に想いを馳せるという様な役割を果たしているという点では紐と同様であるし(紐はなかなか他人の目に触れないということがあるが)指輪をはめることで他人へ自分には特定の相手がいるというアピールをすることは遠回しではあるが操を守ることに繋がると言っては過言であろうか。これが正しければ逆に指輪をはずしておいて相手がいないふりをすることは浮気をする意志があるということだろう。 五首の歌全てが(特定の相手と再会する時まで不貞をはたらかないことを誓い合い紐を結び、)またその相手と紐を解く事を前提として詠まれていることからもそれは言えるのではないかと考えるのである。 ・・・・・・ 3949 天平18年8月7日,作者:大伴池主,枕詞,恋愛,宴席,高岡 [題詞](八月七日夜集于守大伴宿祢家持舘宴歌) 安麻射加流 比奈尓安流和礼乎 宇多我多毛 比<母>登吉佐氣○ 於毛保須良米也 [あまざかる] ひなにあるわれを うたがたも ひもときさけて おもほすらめや ・・・・・・・・・・・・
都から遠く離れた地にいる私たちを 都の奥方たちも一心に慕っておられることでしょうよ かりそめも紐を解くなどと思うでしょうか ・・・・・・・・・・・・ * 「うたがた‐も」[副]平安時代以後「うたかたも」とも。 1 必ず。きっと。 2 (打消しや反語の表現を伴って)決して。 3950 天平18年8月7日,作者:大伴家持,恋愛,望郷,宴席,高岡 [題詞](八月七日夜集于守大伴宿祢家持舘宴歌) 伊敝尓之底 由比弖師比毛乎 登吉佐氣受 念意緒 多礼賀思良牟母 いへにして ゆひてしひもを ときさけず おもふこころを たれかしらむも ・・・・・・・・・・・・
家を旅立つ時妻が結んでくれた紐を 解き放たずに思っている その気持ちを妻に告げたいことなど 誰も知ってはくれまいよ ・・・・・・・・・・・・ |
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3971 天平19年3月3日,作者:大伴家持,贈答,大伴池主,,書簡,枕詞,恋情,悲嘆,高岡 [題詞] 夜麻扶枳能 之氣美<登>i久々 鴬能 許恵乎聞良牟 伎美波登母之毛 やまぶきの しげみとびくく うぐひすの こゑをきくらむ きみはともしも ・・・・・・・・・・・・・
山吹の茂みを飛びくぐる鴬の声を 聞いてらっしゃるでしょうあなたがうらやましいですよ ・・・・・・・・・・・・・ 3972 天平19年3月3日,作者:大伴家持,贈答,大伴池主,,書簡,恋情,悲嘆,高岡 [題詞] 伊泥多々武 知加良乎奈美等 許母里為弖 伎弥尓故布流尓 許己呂度母奈思 いでたたむ ちからをなみと こもりゐて きみにこふるに こころどもなし ・・・・・・・・・・・・・
立って出かけて行く力がないので家に籠もったままでいて 貴方に逢いたいと思うと もう心の在り処も失ってしまいます ・・・・・・・・・・・・・ * 「恋う」 思い慕う。愛する。懐かしく思う。 3973 天平19年3月5日,作者:大伴池主,贈答,枕詞,高岡,遊覧,大伴家持,書簡 [題詞] 昨日述短懐今朝汗耳目ー昨日短懐を述べ今朝耳目を汗(けが)すー昨日は拙い思いを申し述べ今朝また卑書で貴兄の耳と目を汚すことをお許しください 更承賜書且奉不次ー更に賜書を承り且つ不次を奉るーさらにお便りを賜りまた乱文を差し上げる次第にございます 死罪々々ー死罪謹言ー恐縮至極 不遺下賎頻恵徳音ー下賎を遺(わす)れず頻りに徳音を恵むー小生のような下賎の者をもお忘れなくしきりに御書をお恵み下さいました 英<霊>星氣逸調過人ー英霊星気あり逸調人に過るー貴兄の文才は星の如く輝き歌の調べは群を抜いておられます 智水仁山既ヒ琳瑯之光彩ー智水仁山は既に琳瑯の光彩を{褞}(つつ)みー山河の如き偉大な才は美玉の光彩を内に包み 潘江陸海自坐詩書之廊廟ー潘江陸海は自らに詩書の廊廟に坐すー潘江(六朝の文人潘岳の文才を大河に喩える)・陸海(同じく陸機の文才を海に喩える)に比すべき才はもとより文芸の殿堂に至っておられます 騁思非常託情有理ー思を非常に騁せ心を有理に託(よ)せー詩想は非凡に駆け心情は道理に委ね 七歩成章數篇満紙ー七歩章を成し数篇紙に満つー七歩歩く間に詩文を成したちまち数編の詩が紙を満たします 巧遣愁人之重患ー巧みに愁人の重患を遣りー愁いに沈む人の重い患いも巧みに晴らし 能除戀者之積思ー能く恋者の積思を除くー恋する者の積もる思いもよく除いて下さいます 山柿歌泉比此如蔑ー山柿の歌泉は此に比ぶれば蔑(な)きが如しー山柿の歌泉もこれに比べれば無きに等しい 彫龍筆海粲然得看矣ー彫龍の筆海は粲然として看るを得たり矣ー龍を彫る如き筆で描かれた詩は燦然と輝いて目を見張られますー 方知僕之有幸也ー方に僕(わ)が幸(さきはひ)有るを知りぬー(そのような詩文を贈られた)小生はなんと幸せ者か身に染みてわかりました 敬和歌其詞云ー敬みて和ふる歌其の詞に云はくー謹んでお答えする歌、その歌と申しますのは ・・・・・・・・・・・・・
憶保枳美能ー大君のーおほきみのー天皇陛下のご 弥許等可之古美ー命畏みーみことかしこみー命令を畏れ謹んで 安之比奇能ー[あしひきの]ー 夜麻野佐<波>良受ー山野さはらずーやまのさはらずー山も野も障害とせずに行き 安麻射可流ー天離るー[あまざかる]ー 比奈毛乎佐牟流ー鄙も治むるーひなもをさむるー都から天遠く離れた地方を治める 麻須良袁夜ー大夫やーますらをやーますらおの貴方が 奈邇可母能毛布ーなにか物思ふーなにかものもふー何をお悩みになるのでしょう 安乎尓余之ー[あをによし]ー 奈良治伎可欲布ー奈良道来通ふーならぢきかよふー奈良道を行き来する 多麻豆佐能ー玉梓のー[たまづさの]ー 都可比多要米也ー使絶えめやーつかひたえめやー使者が絶えることなどございましょうか 己母理古非ー隠り恋ひーこもりこひー家に籠もって恋いしがり 伊枳豆伎和多利ー息づきわたりーいきづきわたりー嘆息しつつ 之多毛比<尓>ー下思にーしたもひにー面には出さず 奈氣可布和賀勢ー嘆かふ吾が背ーなげかふわがせー悲嘆にくれなさる親愛なる友よ 伊尓之敝由ーいにしへゆー昔から 伊比都藝久良之ー言ひ継ぎくらしーいひつぎくらしー言い伝えられて来ましたように 餘乃奈加波ー世間はーよのなかはー現世とは 可受奈枳毛能曽ー数なきものぞーかずなきものぞー果敢ないものにございます 奈具佐牟流ー慰むるーなぐさむるー気休め 己等母安良牟等ーこともあらむとーにもなろうかと 佐刀○等能ー里人のーさとびとのー里の者が 安礼邇都具良久ー吾れに告ぐらくーあれにつぐらくー私に告げて曰く 夜麻備尓波ー山びにはーやまびにはー山辺では 佐久良婆奈知利ー桜花散りーさくらばなちりー桜の花が散り 可保等利能ー貌鳥のーかほどりのー郭公が 麻奈久之婆奈久ー間なくしば鳴くーまなくしばなくー絶えずしきりに鳴いています 春野尓ー春の野にーはるののにー春の野に 須美礼乎都牟<等>ーすみれを摘むとーすみれをつむとー菫を摘もうと 之路多倍乃ー白栲のー[しろたへの]ー 蘇泥乎利可敝之ー袖折り返しーそでをりかへしー真っ白な袖を折り返し 久礼奈為能ー紅のー[くれなゐの]ー 安可毛須蘇妣伎ー赤裳裾引きーあかもすそびきー紅の裳の裾を引き 乎登賣良<波>ー娘子らはーをとめらはー乙女たちは 於毛比美太礼弖ー思ひ乱れてーおもひみだれてー心を乱して 伎美麻都等ー君待つとーきみまつとー貴方を待つとて 宇良呉悲須奈理ーうら恋すなりーうらごひすなりー心の内に恋しています 己許呂具志ー心ぐしーこころぐしー心が晴れずうっとうしい。せつなく苦しい 伊謝美尓由加奈ーいざ見に行かなーいざみにゆかなーさあ見に行きましょう 許等波多奈由比ーことはたなゆひー◇ことはたなゆひ 事は・たな(しっかりと)・結ひ(約束して)の意かという。万葉集の原文は「許等波多奈由比」。『万葉集略解』の宣長説では「由比」を「思礼」の誤りと見てコトハタナシレと訓み、「さやうに心得たまへ」の意とする。 ・・・・・・・・・・・・・ 3974 天平19年3月5日,作者:大伴池主,贈答,大伴家持,恋情,遊覧,書簡,高岡 [題詞] 夜麻夫枳波 比尓々々佐伎奴 宇流波之等 安我毛布伎美波 思久々々於毛保由 やまぶきは ひにひにさきぬ うるはしと あがもふきみは しくしくおもほゆ ・・・・・・・・・・・・・
山吹の花が日ごとに美しく咲いていきます そのように麗しい貴方のことがしきりに思われます ・・・・・・・・・・・・・ 3975 天平19年3月5日,作者:大伴池主,贈答,大伴家持,恋情,遊覧,書簡,高岡 [題詞] 和賀勢故邇 古非須敝奈賀利 安之可伎能 保可尓奈氣加布 安礼之可奈思母 わがせこに こひすべながり あしかきの ほかになげかふ あれしかなしも ・・・・・・・・・・・・・
親愛なる貴方が恋しくてならず 蘆垣で隔てたように 他所ながら嘆き続けている私が 悲しくてやりきれません ・・・・・・・・・・・・・ 3976 天平19年3月5日,作者:大伴家持,贈答,大伴池主,書簡,病気,恨,憧憬,恋情,高岡 [題詞]短歌<二首> 佐家理等母 之良受之安良婆 母太毛安良牟 己能夜万夫吉乎 美勢追都母等奈 さけりとも しらずしあらば もだもあらむ このやまぶきを みせつつもとな ・・・・・・・・・・・・・
咲いたと知らずにいたら黙ってもいたろうに 貴方ときたらこの美しい山吹をむやみに見せてくださって ・・・・・・・・・・・・・ 3977 天平19年3月5日,作者:大伴家持,贈答,大伴池主,病気,恋情,高岡,書簡,孤独 [題詞](短歌<二首>) 安之可伎能 保加尓母伎美我 余里多々志 孤悲家礼許<曽>婆 伊米尓見要家礼 あしかきの ほかにもきみが よりたたし こひけれこそば いめにみえけれ ・・・・・・・・・・・・・
葦垣の外に貴方が寄り立って 私を恋い慕って下さったからこそ 貴方が夢に現れたのでした ・・・・・・・・・・・・・ |
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3978天平19年3月20日,作者:大伴家持,望郷,恋情,悲別,枕詞,高岡 [題詞]述戀緒歌一首[并短歌] ・・・・・・・・・・・・・
妹毛吾毛ー妹も吾れもーいももあれもー妻も私も 許己呂波於夜自ー心は同じーこころはおやじー思いは同じである 多具敝礼登ーたぐへれどーたぐへれどー寄り添っていても 伊夜奈都可之久ーいやなつかしくーますます慕わしく 相見<婆>ー相見ればーあひみればー床に入れば 登許波都波奈尓ー常初花にーとこはつはなにーいつも初花のように新鮮で 情具之ー心ぐしーこころぐしーせつなく苦しい気詰まりもなく 眼具之毛奈之尓ーめぐしもなしにー気がかりで見苦しい思いも無しに 波思家夜之ーはしけやしー愛しい 安我於久豆麻ー吾が奥妻ーあがおくづまーわが心の奥の妻よ 大王能ー大君のーおほきみのー陛下の 美許登加之古美ー命畏みーみことかしこみーご命令を畏れ謹んで 阿之比奇能ー[あしひきの]ー 夜麻古要奴由伎ー山越え野行きーやまこえぬゆきー山を越え野を過ぎ 安麻射加流ー天離るー[あまざかる]ー 比奈乎左米尓等ー鄙治めにとーひなをさめにとー都から空遠く隔たった地方を治めるため 別来之ー別れ来しーわかれこしー別れてきた 曽乃日乃伎波美ーその日の極みーそのひのきはみーその日を最後 荒璞能ー[あらたまの]ー 登之由吉我敝利ー年行き返りーとしゆきがへりー年が改まり 春花<乃>ー春花のーはるはなのー春の花が 宇都呂布麻泥尓ーうつろふまでにー散る季節になるまで 相見祢婆ー相見ねばーあひみねばー共寝することが出来ないので 伊多母須敝奈美ーいたもすべなみー何とも致し方がなく 之伎多倍能ー敷栲のー[しきたへの]ー 蘇泥可敝之都追ー袖返しつつーそでかへしつつー袖を折り返しながら 宿夜於知受ー寝る夜おちずーぬるよおちずー寝る夜毎に 伊米尓波見礼登ー夢には見れどーいめにはみれどー夢に見るけれど 宇都追尓之ーうつつにしー現実に 多太尓安良祢婆ー直にあらねばーただにあらねばーじかに躰を触れるわけではないから 孤悲之家口ー恋しけくーこひしけくー恋しさは 知敝尓都母里奴ー千重に積もりぬーちへにつもりぬー千重に積もった 近<在>者ー近くあらばーちかくあらばー近くにいるのなら 加敝利尓太仁母ー帰りにだにもーかへりにだにもーちょっと帰るだけでも 宇知由吉○ーうち行きてーうちゆきてー都へ行って 妹我多麻久良ー妹が手枕ーいもがたまくらー妻と手枕を 佐之加倍○ーさし交へてーさしかへてー差し交わして 祢天蒙許万思乎ー寝ても来ましをーねてもこましをー寝て来ようものを 多麻保己乃ー玉桙のー[たまほこの]ー 路波之騰保久ー道はし遠くーみちはしとほくーなにしろ道は遠く 關左閇尓ー関さへにーせきさへにー間には関さえ 敝奈里○安礼許曽ーへなりてあれこそー隔てているのだから 与思恵夜之ー[よしゑやし]ー ままよ 餘志播安良武曽ーよしはあらむぞー手立てはあるはずだ 霍公鳥ーほととぎすー霍公鳥が 来鳴牟都奇尓ー来鳴かむ月にーきなかむつきにー来て鳴く四月に 伊都之加母ーいつしかもー(副詞「いつしか」に、係助詞「も」のついたもの)いつか 波夜久奈里那牟ー早くなりなむーはやくなりなむー早くならないものか 宇乃花能ー卯の花のーうのはなのー卯の花が 尓保敝流山乎ーにほへる山をーにほへるやまをー咲きにおう山を 余曽能未母ーよそのみもーよそ目にばかり 布里佐氣見都追ー振り放け見つつーふりさけみつつー眺めやりつつ 淡海路尓ー近江道にーあふみぢにー近江道に 伊由伎能里多知ーい行き乗り立ちーいゆきのりたちー足を踏み入れ 青丹吉ー[あをによし]ー 奈良乃吾家尓ー奈良の吾家にーならのわぎへにー奈良の吾が家で 奴要鳥能ーぬえ鳥のー[ぬえどりの]ー 宇良奈氣之都追ーうら泣けしつつーうらなけしつつーぬえ鳥のようにしのび泣きながら 思多戀尓ー下恋にーしたごひにー〕(「した」は心の意)面には出さず 於毛比宇良夫礼ー思ひうらぶれーおもひうらぶれー恋しさに打ちひしがれて 可度尓多知ー門に立ちーかどにたちー門先に立っては 由布氣刀比都追ー夕占問ひつつーゆふけとひつつーいつ逢えるかと夕占で占ったりしつつ 吾乎麻都等ー吾を待つとーわをまつとー私を待ち焦がれて 奈須良牟妹乎ー寝すらむ妹をーなすらむいもをー寝ているだろう妻に 安比○早見牟ー逢ひてはや見むーあひてはやみむー早く逢いたいそして共寝しよう ・・・・・・・・・・・・・ 3979 天平19年3月20日,作者:大伴家持,望郷,恋情,悲別,枕詞,高岡 [題詞](述戀緒歌一首[并短歌]) 安良多麻<乃> 登之可敝流麻泥 安比見祢婆 許己呂毛之努尓 於母保由流香 あらたまの としかへるまで あひみねば こころもしのに おもほゆるかも ・・・・・・・・・・・・・
年が改まるまで共寝しなかったので 心もうちしおれるばかりに妻が恋しく思えることだ ・・・・・・・・・・・・・ * 「相見る」は、単に顔を合わせる意から、性交渉のまで含む。ここでは妻の肌身を恋い慕っていることを強調。 3980 天平19年3月20日,作者:大伴家持,枕詞,望郷,恋情,悲別,高岡 [題詞](述戀緒歌一首[并短歌]) 奴婆多麻乃 伊米尓<波>母等奈 安比見礼騰 多太尓安良祢婆 孤悲夜麻受家里 ぬばたまの いめにはもとな あひみれど ただにあらねば こひやまずけり ・・・・・・・・・・・・・
夜の夢ではやたらと逢っているが じかに触れるわけではないのだから 恋しさは止みはしなかった ・・・・・・・・・・・・・ |



