ニキタマの万葉集

当て字の繭玉をほぐそう、枕詞で古代を解明しよう。

万葉集索引第十八巻

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4116 天平感宝1年閏5月27日,作者:大伴家持,宴席,歓迎,帰任,久米広縄,高岡

[題詞]國掾久米朝臣廣縄以天平廿年附朝集使入京 其事畢而天平感寶元年閏五月廿七日還到本任 仍長官之舘設詩酒宴樂飲 於時主人守大伴宿祢家持作歌一首[并短歌]
(越中の國の掾久米朝臣広綱(くにノじょうくめあそみひろつな)天平20年付(748年過去1年の政状を記した朝集帳)をもって都に出張。翌年(天平感寶元年閏五月廿七日)畢(をは)て、国府に帰った折り、詩酒の宴を設けて歓迎会で國守大伴宿禰家持が作った歌1首と短歌。)

・・・・・・・・・・・・
於保支見能ー大君のーおほきみのー天皇陛下の
末支能末尓々々ー任きのまにまにーまきのまにまにー御任命のままに
等里毛知○ー取り持ちてーとりもちてー政務を担って 
都可布流久尓能ー仕ふる国のーつかふるくにのーお仕えするこの越の国の
年内能ー年の内のーとしのうちのー年内の
許登可多祢母知ー事かたね持ちーことかたねもちー政務報告書をまとめ持ち
多末保許能ー玉桙のー[たまほこの]ー
美知尓伊天多知ー道に出で立ちーみちにいでたちー長旅に出立し
伊波祢布美ー岩根踏みーいはねふみー岩を踏み
也末古衣野由支ー山越え野行きーやまこえのゆきー山を越え野を行き
弥夜故敝尓ー都辺にーみやこへにー都へと
末為之和我世乎ー参ゐし吾が背をーまゐしわがせをー参上された貴方を
安良多末乃ー[あらたまの]ー
等之由吉我弊理ー年行き返りーとしゆきがへりー年が改まり
月可佐祢ー月重ねーつきかさねー月を重ねて
美奴日佐末祢美ー見ぬ日さまねみーみぬひさまねみー逢わぬ日が(形容詞「さまねし」の語幹に接尾語「み」の付いたもの。)数が多いので。積もった
故敷流曽良ー恋ふるそらーこふるそらー恋しがる気
夜須久之安良祢波ー安くしあらねばーやすくしあらねばー落ち着かないので
保止々支須ー霍公鳥ーほととぎすが
支奈久五月能ー来鳴く五月のーきなくさつきのー来て鳴く五月の
安夜女具佐ーあやめぐさー菖蒲草や
余母疑可豆良伎ー蓬かづらきーよもぎかづらきー蓬を縵にして
左加美都伎ー酒みづきーさかみづきー酒に浸り
安蘇比奈具礼止ー遊びなぐれどーあそびなぐれどー宴に遊んで慰めたけれど
射水河ー射水川ーいみづかはー射水川は
雪消溢而ー雪消溢りてーゆきげはふりてー雪解け水が溢れ
逝水能ー行く水のーゆくみづのー行く水かさのように
伊夜末思尓乃未ーいや増しにのみーいやましにのみー恋しさは増すばかり
多豆我奈久ー鶴が鳴くー[たづがなくー鶴が鳴く
奈呉江能須氣能ー奈呉江の菅のーなごえのすげのー奈呉江の菅の
根毛己呂尓ーねもころに]ー根のように
於母比牟須保礼ー思ひ結ぼれーおもひむすぼれー思う心は絡み鬱々と
奈介伎都々ー嘆きつつーなげきつつー寂しい溜息を吐きつつ
安我末<川>君我ー吾が待つ君がーあがまつきみがーお帰りを待ち侘びていた
許登乎波里ー事終りーことをはりーようやく仕事を終えて
可敝利末可利天ー帰り罷りてーかへりまかりてー都から帰って来られ
夏野能ー夏の野のーなつのののー夏の野の
佐由里能波奈能ーさ百合の花のーさゆりのはなのー百合の花が咲くごとく
花咲尓ー花笑みにーはなゑみにー笑みこぼれるよう
々布夫尓恵美天ーにふぶに笑みてーにふぶにゑみてーにこにこと微笑み
阿波之多流ー逢はしたるーあはしたるー逢ってくださった
今日乎波自米○ー今日を始めてーけふをはじめてーこの今日からは
鏡奈須ー鏡なすー[かがみなす]ー
可久之都祢見牟ーかくし常見むーかくしつねみむー鏡で見るようにそのお姿と常に対面したい 
於毛我波利世須ー面変りせずーおもがはりせずー花やかな笑顔のままで見られるこの歓び
・・・・・・・・・・・・
 



4117 天平感宝1年閏5月27日,作者:大伴家持,宴席,歓迎,帰任,久米広縄,高岡

許序能秋 安比見之末尓末 今日見波 於毛夜目都良之 美夜古可多比等

去年の秋 相見しまにま 今日見れば 面やめづらし 都方人 

こぞのあき あひみしまにま けふみれば おもやめづらし みやこかたひと

・・・・・・・・・・・・
去年の秋にお目にかかったままで
しばらく見ないうちに
都から帰られて
久しぶりに今日お目にかかれば
まあ 何とすっかり見違えるばかりに 
都びとではありませんか
・・・・・・・・・・・・




4118 天平感宝1年閏5月27日,作者:大伴家持,宴席,歓迎,帰任,久米広縄,,高岡,恋情

[原文]可久之天母 安比見流毛<乃>乎 須久奈久母 年月經礼波 古非之家礼夜母

かくしても 相見るものを 少なくも 年月経れば 恋ひしけれやも 

かくしても あひみるものを すくなくも としつきふれば こひしけれやも

・・・・・・・・・・・・
こうしてまたお会いできると判っていても
会わない月日が経つものですから
いや大いに恋しいものでしたよ
・・・・・・・・・・・・

* 「少なくも」は、結句に反語・否定の形を取る動詞・形容詞などを伴い、「少なく〜したろうか、いや大いに〜したものだ」の意に。




4119 天平感宝1年,作者:大伴家持,恋情,高岡

[題詞]聞霍公鳥喧作歌一首

伊尓之敝欲 之<怒>比尓家礼婆 保等登藝須 奈久許恵伎吉弖 古非之吉物<乃>乎

いにしへよ 偲ひにければ 霍公鳥 鳴く声聞きて 恋しきものを 

いにしへよ しのひにければ ほととぎす なくこゑききて こひしきものを

・・・・・・・・・・・・
いにしへを恋ふる鳥と
古人が賞美して来たからか
ほととぎすの鳴く声を聞くと
懐古の心が思いやられ慕わしくなる
・・・・・・・・・・・・

Wikipedia
イメージ 1 * 古に恋ふる鳥かも弓絃葉の御井の上より鳴き渡り行く  弓削皇子



4120 天平感宝1年閏5月28日,作者:大伴家持,儲作,宴席,恋情,帰任,空想,高岡

[題詞]為向京之時見貴人<及>相美人飲宴之日述懐儲作歌二首
(京に向かはむ時に、貴人を見、また美人に逢ひて、飲宴せむ日のために、懐を述べて、儲けて<備えて>作る)

見麻久保里 於毛比之奈倍尓 賀都良賀氣 香具波之君乎 安比見都流賀母

見まく欲り 思ひしなへに かづらかけ かぐはし君を 相見つるかも 

みまくほり おもひしなへに かづらかげ かぐはしきみを あひみつるかも

・・・・・・・・・・・・
お顔を拝見したいと思っていたところ
縵を頭につけた
見るも美しい貴男に
拝顔することが出来ました
・・・・・・・・・・・・




4121 天平感宝1年閏5月28日,作者:大伴家持,高岡,恋情,儲作,宴席,帰任

[原文]朝参乃 伎美我須我多乎 美受比左尓 比奈尓之須米婆 安礼故非尓家里
[<一>云 波之吉与思 伊毛我須我多乎]

朝参の 君が姿を 見ず久に 鄙にし住めば 吾れ恋ひにけり 
[一云  はしきよし 妹が姿を]

てうさむの きみがすがたを みずひさに ひなにしすめば あれこひにけり[はしきよし いもがすがたを]

・・・・・・・・・・・・
朝堂に参勤なさる
貴男のお姿を久しく拝見することなく
長く鄙の地に住んでおりましたので
もう恋しくてなりませんでした
・・・・・・・・・・・・


4122 天平感宝1年6月1日,作者:大伴家持,雨乞い,寿歌,高岡

[題詞]天平感寶元年閏五月六日以来 起小旱 百姓田畝稍有<凋>色<也>  至于六月朔日 忽見雨雲之氣 仍作雲歌一首 [短歌一絶]
(天平感宝元年閏五月六日以来、小旱起こりて、百姓の田畝稍く凋める色あり。今六月朔日に至りて、忽ち雨雲の気を見つ。仍りて作る雲の歌一首 短歌一絶)

・・・・・・・・
須賣呂伎能ー天皇のーすめろきのー天皇の
之伎麻須久尓能ー敷きます国のーしきますくにのー治められるこの国の
安米能之多ー天の下ーあめのしたー天下中の
四方能美知尓波ー四方の道にはーよものみちにはー四方の諸地方において
宇麻乃都米ー馬の爪ーうまのつめー馬の蹄が
伊都久須伎波美ーい尽くす極みーいつくすきはみー擦り減り尽きる果ての地
布奈乃倍能ー舟舳のーふなのへのー船の舳先が
伊波都流麻泥尓ーい果つるまでにーいはつるまでにー至り着ける限界まで
伊尓之敝欲ーいにしへよー昔から
伊麻乃乎都頭尓ー今のをつづにーいまのをつづにー現在まで
万調ーよろづ つきー多くの貢物を
麻都流都可佐等ー奉るつかさとーまつるつかさとー奉る為の勤めとして
都久里多流ー作りたるーつくりたるー作った
曽能奈里波比乎ーその生業をーそのなりはひをー田畑の作物である農作業を
安米布良受ー雨降らずーあめふらずー雨が降らずに
日能可左奈礼婆ー日の重なればーひのかさなればー幾日も重なったので
宇恵之田毛ー植ゑし田もーうゑしたもー苗を植えた田も
麻吉之波多氣毛ー蒔きし畑もーまきしはたけもー種を蒔いた畑も
安佐其登尓ー朝ごとにーあさごとにー毎朝見るたびに 
之保美可礼由苦ーしぼみ枯れゆくーしぼみかれゆくーしぼんで枯れていく
曽乎見礼婆ーそを見ればーそをみればーそれを見るにつけ 
許己呂乎伊多美ー心を痛みーこころをいたみー心が辛くなり
弥騰里兒能ーみどり子のーみどりこのー小さな子が
知許布我其登久ー乳乞ふがごとくーちこふがごとくー乳を欲しがるように
安麻都美豆ー天つ水ーあまつみづー天から降る雨を
安布藝弖曽麻都ー仰ぎてぞ待つーあふぎてぞまつー乞い天を仰いで待ち望む
安之比奇能ー[あしひきの]ー
夜麻能多乎理尓ー山のたをりにーやまのたをりにー山の峠の辺に
許能見油流ーこの見ゆるーこのみゆるー見えている
安麻能之良久母ー天の白雲ーあまのしらくもー店空の白雲が
和多都美能ー海神のー[わたつみの]ー
於枳都美夜敝尓ー沖つ宮辺にーおきつみやへにー海の沖の宮のある辺まで(能登半島沖の舳倉島を指す)
多知和多里ー立ちわたりーたちわたりー行き渡り
等能具毛利安比弖ーとの曇りあひてーとのぐもりあひてー一面雲って
安米母多麻波祢ー雨も賜はねーあめもたまはねー雨を賜りたい
・・・・・・・・



4123 天平感宝1年6月1日,作者:大伴家持,雨乞い,寿歌,高岡

許能美由流 久毛保妣許里弖 等能具毛理 安米毛布良奴可 <己許>呂太良比尓

この見ゆる 雲ほびこりて との曇り 雨も降らぬか 心足らひに 

このみゆる くもほびこりて とのくもり あめもふらぬか こころだらひに

・・・・・・・・
今見えている雲がはびこって
空一面に曇り
雨が降らないだろうか
心行くまで
・・・・・・・・




4124 天平感宝1年6月4日,作者:大伴家持,雨乞い,寿歌,賀歌,高岡

[題詞]賀雨落歌一首

和我保里之 安米波布里伎奴 可久之安良<婆> 許登安氣世受杼母 登思波佐可延牟
吾が欲りし 雨は降り来ぬ かくしあらば 言挙げせずとも 年は栄えむ 

わがほりし あめはふりきぬ かくしあらば ことあげせずとも としはさかえむ

・・・・・・・・
待ち望んでいた雨が降ってきた
これならもう
神に申し立てしなくとも
秋の稔りは豊かになるだろう
・・・・・・・・




4125 天平感宝1年7月7日,作者:大伴家持,七夕,寿歌,高岡

[題詞]七夕歌一首[并短歌]


・・・・・・・・
安麻泥良須ー天照らすーあまでらすー天照らす
可未能御代欲里ー神の御代よりーかみのみよよりー大神の古き御代から
夜洲能河波ー安の川ーやすのかはー安の河を
奈加尓敝太弖々ー中に隔ててーなかにへだててー中に隔てて
牟可比太知ー向ひ立ちーむかひたちー互いに向かい立ち
蘇泥布利可波之ー袖振り交しーそでふりかはしー袖を振り交わし
伊吉能乎尓ー息の緒にーいきのをにー精魂も尽きんばかりに
奈氣加須古良ー嘆かす子らーなげかすこらー嘆息している恋人たち
和多里母理ー渡り守ーわたりもりー渡し守は
布祢毛麻宇氣受ー舟も設けずーふねもまうけずー船の用意もしてくれず
波之太尓母ー橋だにもーはしだにもー橋さえも
和多之弖安良波ー渡してあらばーわたしてあらばー渡してあれば
曽<乃>倍由母ーその上ゆもーそのへゆもーその上を
伊由伎和多良之ーい行き渡らしーいゆきわたらしー通い渡って行かれ
多豆佐波利ー携はりーたづさはりー寄り添って
宇奈我既里為弖ーうながけり居てーうながけりゐてー首に手を回し合い
於<毛>保之吉ー思ほしきーおもほしきー思いの 
許登母加多良比ー言も語らひーこともかたらひーたけを語り合い
<奈>具左牟流ー慰むるーなぐさむるー辛さを紛らす
許己呂波安良牟乎ー心はあらむをーこころはあらむをー心持ちになれように
奈尓之可母ー何しかもーなにしかもー何ということだろうか
安吉尓之安良祢波ー秋にしあらねばーあきにしあらねばー秋でなければ
許等騰比能ー言どひのーことどひのー言葉を交わすことさえ
等毛之伎古良ー乏しき子らーともしきこらー適わぬ恋人たち
宇都世美能ーうつせみのー現世の
代人和礼<毛>ー世の人吾れもーよのひとわれもー人間である我らも
許己<乎>之母ーここをしもーこれを何とも
安夜尓久須之弥ーあやにくすしみーなんとも不思議に神秘なこととして
徃更ー行きかはるーゆきかはるー行き代わる
年<乃>波其登尓ー年のはごとにーとしのはごとにー年度ごとに
安麻<乃>波良ー天の原ーあまのはらー天空を
布里左氣見都追ー振り放け見つつーふりさけみつつー振り仰いでは
伊比都藝尓須礼ー言ひ継ぎにすれーいひつぎにすれー語り継いできたのだ
・・・・・・・・




4126 天平感宝1年7月7日,作者:大伴家持,七夕,寿歌,高岡

[題詞](七夕歌一首[并短歌])反歌二首

安麻能我波 々志和多世良波 曽能倍由母 伊和多良佐牟乎 安吉尓安良受得物

天の川 橋渡せらば その上ゆも い渡らさむを 秋にあらずとも 

あまのがは はしわたせらば そのへゆも いわたらさむを あきにあらずとも

・・・・・・・・
天の川に橋が渡してあったなら
その上を通って渡れるのに
たとえその秋ではなくとも
・・・・・・・・




4127 天平感宝1年7月7日,作者:大伴家持,七夕,寿歌,高岡

夜須能河波 許牟可比太知弖 等之<乃>古非 氣奈我伎古良河 都麻度比能欲曽

安の川こ 向ひ立ちて 年の恋 日長き子らが 妻どひの夜ぞ 

やすのかは こむかひたちて としのこひ けながきこらが つまどひのよぞ

・・・・・・・・
安の河を挟んで向かい立ち
一年の恋に
長い日々を耐えてきた恋人同士が
やっと今夜は共に過ごせるのだよ
・・・・・・・・




4128 天平勝宝1年11月12日,作者:大伴池主,贈答,大伴家持,書簡,枕詞,戯歌,高岡

[題詞]

久佐麻久良 多比<乃>於伎奈等 於母保之天 波里曽多麻敝流 奴波牟物能毛賀

草枕 旅の翁と 思ほして 針ぞ賜へる 縫はむ物もが 

[くさまくら] たびのおきなと おもほして はりぞたまへる ぬはむものもが

・・・・・・・・
草を枕の旅の翁とお思いになってか
針を頂戴しました
せっかく針をくださるのなら
この上は縫う物が欲しいものです
・・・・・・・・




4129 天平勝宝1年11月12日,作者:大伴池主,大伴家持,贈答,書簡,戯歌,高岡

芳理夫久路 等利安宜麻敝尓於吉 可邊佐倍波 於能等母於能夜 宇良毛都藝多利

針袋 取り上げ前に置き 返さへば おのともおのや 裏も継ぎたり 

はりぶくろ とりあげまへにおき かへさへば おのともおのや うらもつぎたり

・・・・・・・・
いただきました縫い針袋を
取り出して目の前に置き
ひっくり返してみたら
何とまあご丁寧に
裏にまで凝った裏地が継いでありました
・・・・・・・・



4130 天平勝宝1年11月12日,作者:大伴池主,贈答,大伴家持,書簡,戯歌,高岡

波利夫久路 應婢都々氣奈我良 佐刀其等邇 天良佐比安流氣騰 比等毛登賀米授

針袋 帯び続けながら 里ごとに 照らさひ歩けど 人もとがめず 

はりぶくろ おびつつけながら さとごとに てらさひあるけど ひともとがめず

・・・・・・・・
針袋をずっと腰につけて
訪れる里を歩いてみましたが
誰も旅の翁とは
見てくれませんでした
・・・・・・・・

* 「ながら」は、そのままの状態を維持することをあらわす。「〜したままで」「〜ながら」。
 維持・逆接の接続助詞で、体言、副詞、活用語の連用形などに付く。
* 元来は連体助詞「な」と形式名詞「から」が結び付いたもので、体言に付いて副詞句を作るのが最も古い用法であったろうという。「神ながら」(神であるままに)、「露ながら」(露もそのまま)など。
* 「照らさひ」誇示する。みせびらかす。
* 「とがめず」は、「とがむ」の未然形に打消の「ず」。心にとめない。 



4131 天平勝宝1年11月12日,作者:大伴池主,贈答,大伴家持,書簡,戯歌,高岡

等里我奈久 安豆麻乎佐之天 布佐倍之尓 由可牟<等>於毛倍騰 与之母佐祢奈之

鶏が鳴く 東をさして ふさへしに 行かむと思へど よしもさねなし 

[とりがなく] あづまをさして ふさへしに ゆかむとおもへど よしもさねなし

・・・・・・・・
東国へ向かって
針袋にふさわしい長旅に
出ようかと思いますが
よい口実も全く見つかりません
・・・・・・・・

* ふさ・う【相応う】[動ア五(ハ四)]1 よくつりあう。似合う。
  「ふさへしに」語義不詳。


4132 作者:大伴池主,贈答,書簡,大伴家持,戯歌,高岡

[題詞]更来贈歌二首
/ 依迎驛使事今月十五日到来部下加賀郡境 面蔭<見>射水之郷戀緒結深海之村 身異胡馬心悲北風 乗月徘徊曽無所為 稍開来<封>其辞[云<々>]者 先所奉書返畏度疑歟 僕作嘱羅且悩使君 夫乞水得酒従来能口 論時合理何題強吏乎 尋誦針袋詠詞泉酌不渇 抱膝獨咲能ニ旅愁 陶然遣日何慮何思 短筆不宣 / 勝寶元年十二月十五日 徴物下司 / 謹上 不伏使君 [記室] / 別奉[云々]歌二首

(駅使を迎える任務によって、今月十五日、管内の加賀郡の越中国境に到来しました。貴君のおられる射水の里を瞼に想い浮かべ、ここ深見の村で恋しさに心ふさがれております。わが身は北方の胡馬でもありませんのに、心は北風を慕って悲しみに沈みます。月明かりに誘われて近隣を徘徊しましても、たえて心を慰めるすべもありません。頂戴したお便りをおもむろに開き見ましたところ、その文にしかじかとありましたので、先だって差し上げた書簡、却って誤解を招くところありましたかと、恐懼する次第です。小生、薄絹を所望などし、またもや国守殿を煩わせました。そもそも「水を望んで酒を得る」のは、もとより幸運と申すべきもの。時宜を弁え道理を存じておりましたなら、どうして暴吏などと記したでしょうか(愚かな故の過ちとお許し下さい)。さて、頂いた針袋のお歌を口吟みますれば、詩情は泉の如く汲めども尽きません。膝を抱いてひそかに笑みを洩らし、旅の愁いも晴れました。お蔭様で、陶然たる思いで今日一日をやり過ごすことが出来ました次第、もはや何の思い悩みなどありましょうか。乱筆、不備。
勝宝元年十二月十五日 物乞いした卑しい下役人より
不伏の国守様 御許 に謹んでたてまつる 
別に奏上すること、云々 及び歌二首)

<出典・転載元[大伴家持全集訳注編 Vol.2 水垣 久 編訳]より。>


多々佐尓毛 可尓母与己佐母 夜都故等曽 安礼<波>安利家流 奴之能等<乃>度尓

縦さにも かにも横さも 奴とぞ 吾れはありける 主の殿戸に 

たたさにも かにもよこさも やつことぞ あれはありける ぬしのとのどに

縦の立場の身分はあなたはかみ(守)私は掾(副官)
身分を離れて歌詠みとしても私は弟子
いずれにしても私はあなた様の家来でありました

* 「かにも」[副]「かにかくに」を強めた語。とにかく。いずれにせよ。


4133 作者:大伴池主,贈答,書簡,大伴家持,戯歌,高岡

波里夫久路 己礼波多婆利奴 須理夫久路 伊麻波衣天之可 於吉奈佐備勢牟

針袋 これは賜りぬ すり袋 今は得てしか 翁さびせむ 

はりぶくろ これはたばりぬ すりぶくろ いまはえてしか おきなさびせむ

針袋 これは確かに頂戴しました
次は すり袋が頂きたいものです
いかにも年寄りじみて振る舞えます 

* 「翁」というにはまだ遠い年齢ですよと拘っている。



4134 作者:大伴家持,宴席,題詠,恋愛,文芸

[題詞]宴席詠雪月梅花歌一首

由吉<乃>宇倍尓 天礼流都久欲尓 烏梅能播奈 乎<理>天於久良牟 波之伎故毛我母

雪の上に 照れる月夜に 梅の花 折りて送らむ はしき子もがも 

ゆきのうへに てれるつくよに うめのはな をりておくらむ はしきこもがも

雪に月が照り映えるこんな夜は
梅の花を折って贈ってあげる
かわいいあの娘がいたらいいのに




4135 作者:大伴家持,恋愛,宴席,秦石竹

和我勢故我 許登等流奈倍尓 都祢比登<乃> 伊布奈宜吉思毛 伊夜之伎麻須毛

吾が背子が 琴取るなへに 常人の 言ふ嘆きしも いやしき増すも 

わがせこが こととるなへに つねひとの いふなげきしも いやしきますも

あなたが琴を手に奏でるにつれて
よく言われる感嘆の吐息というのが
しきりに増してまいります

* 「しきます」は、〔自サ四〕しきりに加わる。増し続ける。



4136 作者:大伴家持,枕詞,寿歌,賀歌,高岡,宴席

[題詞]

安之比奇能 夜麻能許奴礼能 保与等<理>天 可射之都良久波 知等世保久等曽

あしひきの 山の木末の ほよ取りて かざしつらくは 千年寿くとぞ 

[あしひきの] やまのこぬれの ほよとりて かざしつらくは ちとせほくとぞ

山に生えていた木の梢から
やどりぎを取って髪に挿したのは
皆々の千年の長寿を祝してのことです

* 「ほよ」寄生。  ヤドリギの古名。



18 4137 作者:大伴家持,宴席,久米広縄,賀歌,寿歌,高岡

[題詞]<判>官久米朝臣廣縄之舘宴歌一首

牟都奇多都 波流能波自米尓 可久之都追 安比之恵美天婆 等枳自家米也母

正月立つ 春の初めに かくしつつ 相し笑みてば 時じけめやも 

むつきたつ はるのはじめに かくしつつ あひしゑみてば ときじけめやも

正月に替わる初春にあって
こうして相集って頬笑みあっているのですから
まことに時節柄ふさわしいことではありませんか

* 「時じけ」は形容詞「時じ」の未然形。「時じ」は、時を定めない・季節外れの、などの意。
* 「やも」は強い否定を伴う反語で、「時じけめやも」は、「時節はずれであろうか、いや全く時節に相応しいことである」
<個別へ>http://blogs.yahoo.co.jp/kairouwait08/31925067.html
<再掲載>http://blogs.yahoo.co.jp/kairouwait08/31925067.html



4138 作者:大伴家持,砺波,宴席,多治比部北里

[題詞]

夜夫奈美能 佐刀尓夜度可里 波流佐米尓 許母理都追牟等 伊母尓都宜都夜

薮波の 里に宿借り 春雨に 隠りつつむと 妹に告げつや 

やぶなみの さとにやどかり はるさめに こもりつつむと いもにつげつや

藪波の里で宿借り
春雨に降りこめられていると
妻に告げてくれましたか 春雨よ

* 「墾田」は、礪波郡石栗にあった橘奈良麻呂の墾田など。
* 「多治比部北里」は伝未詳。
18 4137 天平勝宝2年1月5日,作者:大伴家持,年紀,宴席,久米広縄,賀歌,寿歌,富山,高岡

[題詞]<判>官久米朝臣廣縄之舘宴歌一首

[原文]牟都奇多都 波流能波自米尓 可久之都追 安比之恵美天婆 等枳自母

[左注]同月五日守大伴宿祢家持作之

正月立つ 春の初めに かくしつつ 相し笑みてば 時じけめやも 

[仮名]
むつきたつ はるのはじめに かくしつつ あひしゑみてば ときじけめやも

正月に替わる初春にあって
こうして相集って頬笑みあっているのですから
まことに時節柄ふさわしいことではありませんか

* 「時じけ」は形容詞「時じ」の未然形。「時じ」は、時を定めない・季節外れの、などの意。
* 「やも」は強い否定を伴う反語で、「時じけめやも」は、「時節はずれであろうか、いや全く時節に相応しいことである」
18 4138 作者:天平勝宝2年2月18日,作者:大伴家持,年紀,地名,砺波,富山,宴席,多治比部北里

[題詞]縁檢察墾田地事宿礪波郡主帳多治比部北里之家 于時忽起風雨不得辞去作歌一首

[左注]二月十八日守大伴宿祢家持作

[原文]
夜夫奈美能 佐刀尓夜度可里 波流佐米尓 許母理都追牟等 伊母尓都宜都夜

やぶなみの,さとにやどかり,はるさめに,こもりつつむと,いもにつげつや

[訓読]
薮波の 里に宿借り 春雨に 隠りつつむと 妹に告げつや 

藪波の里で宿借り
春雨に降りこめられていると
妻に告げてくれましたか 春雨よ

* 「墾田」は、礪波郡石栗にあった橘奈良麻呂の墾田など。
* 「多治比部北里」は伝未詳。

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