万葉集索引第十九巻
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19 4197;作者:大伴家持,植物,留女女郎,家持妹,坂上大嬢,代作、天平勝宝2年4月,高岡 [題詞]贈京人歌二首 妹尓似 草等見之欲里 吾標之 野邊之山吹 誰可手乎里之 [左注](右為贈留女之女郎所誂家婦作也 [女郎者即大伴家持之妹]) きっと想い出させてくれる花だと
そう思って私が標しをつけておいたのです それを手折って 私を思い出して下さるなら幸せです 形見に残した山吹ですから 19 4198;作者:大伴家持,留女女郎,家持妹,坂上大嬢,代作、天平勝宝2年4月,恋情,悲別,高岡 [題詞](贈京人歌二首) 都礼母奈久 可礼尓之毛能登 人者雖云 不相日麻祢美 念曽吾為流 無情に離れて行かれてと
あなたは人に可哀想だと言われるけれど 逢えない日があまりに長くて 私の方だって辛い思いでいるのですよ * 「まね‐み」多─(形容詞「まねし」の語幹に「み」の付いたもの。度数が多いので。たびたびあるので。あまりに多いので。 大伴家持の妹の留女女郎(りうじょのいらつめ)に贈るために、大伴家持の妻、坂上大嬢(さかのうえのだいじょう)に頼まれて詠んだ歌。 大嬢が夫のもとへと、大伴家持の妹の留女女郎と別れて来ている。 4199;作者:大伴家持、天平勝宝2年4月12日,遊覧,氷見,土地讃美 [題詞]十二日遊覧布勢水海船泊於多<I>灣望<見>藤花各述懐作歌四首 藤奈美<乃> 影成海之 底清美 之都久石乎毛 珠等曽吾見流 ふぢなみの かげなすうみの そこきよみ しづくいしをも たまとぞわがみる 藤波が影を映す湖水は
底まで澄んで清らかだから 沈んだ小石までも 美しい藤色の珠のように 私には見えますよ <旅人> この歌の藤は、藤原氏を比喩しているという説がある。けど・・・・・ たくさんの花房が、風にゆれる様子から、「藤波」とうたわれる藤の花は、魅力的です。 黒木(黒木瞳の出身地)の藤は、ファンタスチック!酔ってしまいそう。 私は、藤の花として鑑賞したい。 家持は、天平勝宝 2年(740) 4月12日に、国庁の官人たちと、布勢の水海に遊覧した。 京官は、毎月 6・12・18・24・30日の、6の倍数日が休日だった。 地方官も、これに準じたらしい。 家持は、6日前の 4月 6日にも、下僚と布勢の水海に遊覧しているから。 藤の歌4首は、守(かみ)・次官(すけ)・判官(じょう)と官位の順によまれている。 梅花の宴も官位順によまれた。だから、わりと、きちんとした宴だったと思われます。 1♪藤波の 影なす海の 底清み 沈(しづ)く石をも 玉とそ我が見る (万葉集・巻19・4199) (藤波が 影を映す水海の 底が清いので 沈んでいる石も 玉とさえ私には見えた) 守大伴宿禰家持「影をうつす」というと、海と影は別物になるが、「影なす」といって、本来別物の海を、詩人家持は藤波にしてしまった。 藤波ではないのに、海底は清らかな水を透かして、いま藤波そのものだとうたう。 海底としての藤波は、海の波そのものとなる。 紫色の波の中で、その底に沈んでいる石をも、貴い玉と私は見る、とうたう。 紫色に酔ってしまいそうな美しい歌ですね。 2♪多祜(たこ)の浦の 底さへにほふ 藤波を 挿頭(かざ)して行かむ 見む人のため (4200) (多祜の浦の 底まで輝く 藤波を 髪に挿して帰ろう まだ見ていない人のために) 忌寸(くらのいみき)縄麻呂 縄麻呂は、去年の 5月、秦石竹(はたのいわたけ)邸の宴で、百合の花を詠み込んだ挨拶歌を、家持と 詠みかわしている。 家持の「藤波」「底」を受け、地上とともに海底までも美しく「にほふ」と受けた。 「挿頭し」は、本来、草木の生命力を身につける(感染)呪術だったが、梅花の宴の梅同様、風流・装飾になっている。 縄麻呂は、これを参加していない人に見せてあげよう、とうたう。 国庁の同僚や家族を、視野にいれている。 3♪いささかに 思ひて来しを 多祜の浦に 咲ける藤見て 一夜経ぬべし (万葉集・巻19・4201) (もうだめだろうと 思って来たが 多祜の浦に 咲いている藤を見て 一夜過したいほどだ)
判官久米朝臣広縄(ひろつな)
広縄は、越前に転勤になった大伴池主の後任者。『万葉集』の筆録も引継ぎ、家持と歌を詠みかわした人。 布勢の藤の花も終わりがけだろうと思っていたが、あまりに美しいので、帰らずに、一夜を過してしまいそうだ、とうたう。
山辺赤人の
♪春の野に すみれ摘みにと 来しわれそ 野をなつかしみ 一夜寝にける (万葉集・巻8・1424)を思い出します。野の出身、赤人は、性に合わない「朝(ちょう)」での疲れを癒し、自然で本来的な「野」に解放感をおぼえている。 中国詩には、こうした官に倦み、閑寂の境を求める遊覧詩が多い。 広縄も、解放感をおぼえ、「泊ってしまえ」と、気持ちがはずんでる。 4♪藤波を 仮盧(かりほ)に造り 浦廻する 人とは知らに 海人とか見らむ(万葉集・巻19・4202) (藤波で 仮盧に造って 浦を見物してまわる人とは知らずに 海人だと見られているのではないか) 久米朝臣継麻呂 「一夜経ぬ」を受けて、「仮盧に造り」と受けた。 もちろん、本当に庵をつくるのではない。 藤波をかりの宿りとして寝るという風流ごころ。 藤波をめでて、一夜を泊ろうと決めて、遊覧している官人とは知らず、人々は、漁師と見るだろう、とうたう。 継麻呂は、官名のない下級官人(広嗣の家族かも?)だけど、柿本人麻呂の歌を知っていたらしい。<転載終了> 19 4200;作者:内蔵縄麻呂天平勝宝2年4月12日,遊覧,氷見、 [題詞](十二日遊覧布勢水海船泊於多<I>灣望<見>藤花各述懐作歌四首) 多○乃浦能 底左倍尓保布 藤奈美乎 加射之*将去 不見人之為 たこのうらの そこさへにほふ ふぢなみを かざしてゆかむ みぬひとのため 多胡の浦の水底にまでも
美しく映えている藤の花房を 髪に挿して行きましょう 見に来られなかった人たちに * 「匂ふ」は、美しい色に染まる。あざやかに色づく * 「藤波」は、藤の花房が風に波打ちなびくさま * 「挿頭す」は、草木の花や枝、造花などを髪や冠に飾ること * 「む」は、意志の助動詞 * 「見」は、マ行上一段活用動詞「見る」の未然形。 * 「ぬ」は、打消の助動詞「ず」の連体形。 見てない人 19 4201;作者:久米広縄、天平勝宝2年4月12日,氷見,遊覧,土地讃美 [題詞](十二日遊覧布勢水海船泊於多<I>灣望<見>藤花各述懐作歌四首) 伊佐左可尓 念而来之乎 多I乃浦尓 開流藤見而 一夜可經 いささかに おもひてこしを たこのうらに さけるふぢみて ひとよへぬべし それほどでもないだろうとやって来たが
多胡の浦を巡りみ崎に咲く藤を見ては 心魅せられる美しさに 一夜を明かさず日帰りはできませんね 19 4202;作者:久米継麻呂、天平勝宝2年4月12日,遊覧,氷見 [題詞](十二日遊覧布勢水海船泊於多<I>灣望<見>藤花各述懐作歌四首) 藤奈美乎 借廬尓造 灣廻為流 人等波不知尓 海部等可見良牟 ふぢなみを かりいほにつくり うらみする ひととはしらに あまとかみらむ 藤の花房を舟いっぱいにかざして
仮廬に仕立てるような私たちを見て 入江を遊覧する人々とは知らずに 釣りの漁師かと思うことでしょう * 「借廬」は、当座の宿り。実際に藤蔓で廬を編んだわけでなく、藤の花の下で休んだことを比喩的に言っている。 19 4203;作者:久米広縄、天平勝宝2年4月12日,枕詞,氷見,みやげ,遊覧 [題詞]恨霍公鳥不喧歌一首 家尓去而 奈尓乎将語 安之比奇能 山霍公鳥 一音毛奈家 いへにゆきて なにをかたらむ [あしひきの] やまほととぎす ひとこゑもなけ 家へ帰ったとき家人に何と語ろう
ほととぎすよ一声でも鳴いてくれ 19 4204;作者:恵行、天平勝宝2年4月12日,氷見,遊覧 [題詞]見攀折保寶葉歌二首 吾勢故我 捧而持流 保寶我之婆 安多可毛似加 青盖 わがせこが ささげてもてる ほほがしは あたかもにるか あをききぬがさ [左注]講師僧恵行■「国師・講師」は、東大寺派の僧侶で、華厳経などの普及のため、任命された地方僧官。 親愛なる貴方が捧げ持つほほがしわの葉は
まことに青いきぬがさのようですよ 19 4205;作者:大伴家持、天平勝宝2年4月12日,遊覧,氷見 [題詞](見攀折保寶葉歌二首) 皇神祖之 遠御代三世波 射布折 酒飲等伊布曽 此保寶我之波 すめろきの とほみよみよは いしきをり きのみきといふぞ このほほがしは 遠い天皇の御代御代には
葉を広げて折り 盃の代わりにして 神酒を飲んだという このほほがしわで 19 4206;作者:大伴家持、天平勝宝2年4月12日,氷見,道行き,遊覧 [題詞]還時濱上仰見月光歌一首 之夫多尓乎 指而吾行 此濱尓 月夜安伎*牟 馬之末時停息 しぶたにを さしてわがゆく このはまに つくよあきてむ うましましとめ 渋谿の崎をめざして行くこの浜で
月夜のすばらしい景色を心ゆくまで味わおう さあ皆さん 馬をしばらく停めたまえ |
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19 4207;作者:大伴家持、天平勝宝2年4月22日,贈答,久米広縄,恋情 [題詞]廿二日贈判官久米朝臣廣縄霍公鳥怨恨歌一首[并短歌] 二十二日、判官久米朝臣廣縄に贈る霍公鳥の怨恨の歌一首 并せて短歌 此間尓之○ーここにしてーこの国守館から
曽我比尓所見ーそがひに見ゆるーそがひにみゆるー裏手に見える 和我勢故我ー吾が背子がーわがせこがー親愛なる 垣都能谿尓ー垣内の谷にーかきつのたににー貴方の屋敷内の谷では 安氣左礼婆ー明けさればーあけさればー朝明けには 榛之狭枝尓ー榛のさ枝にーはりのさえだにー榛の木の枝で 暮左礼婆ー夕さればーゆふさればー夕暮れれば 藤之繁美尓ー藤の繁みにーふぢのしげみにー藤の繁みで 遥々尓ーはろはろにー遥かに 鳴霍公鳥ー鳴く霍公鳥ーなくほととぎすーほととぎすが鳴いているでしょう 吾屋戸能ー吾が宿のーわがやどのー吾が家の 殖木橘ー植木橘ーうゑきたちばなー植木のの橘には 花尓知流ー花に散るーはなにちるーまだ花が散る 時乎麻<太>之美ー時をまだしみーときをまだしみー時期でないため 伎奈加奈久ー来鳴かなくーきなかなくー鳴きに来ません 曽許波不怨ーそこは恨みずーそこはうらみずーそれは恨まない 之可礼杼毛ーしかれどもーとしても 谷可多頭伎○ー谷片付きてーたにかたづきてー谷方に近くに 家居有ー家居れるーいへをれるー住んでいられる 君之聞都々ー君が聞きつつーきみがききつつー貴方が鳴き声を聞きながら 追氣奈久毛宇之ー告げなくも憂しーつげなくもうしー告げ知らせて下さらないのは 無情な話です 19 4208;作者:大伴家持、天平勝宝2年4月22日,贈答,久米広縄,怨恨,恋情 [題詞](廿二日贈判官久米朝臣廣縄霍公鳥怨恨歌一首[并短歌])反歌一首 吾幾許 麻○騰来不鳴 霍公鳥 比等里聞都追 不告君可母 私がこれほどまで待ち焦がれているのに
鳴きに来ないほととぎすを 貴方は独り占めして聞いて 私には教えて下さらないのですね 19 4209;作者:久米広縄,大伴家持、天平勝宝2年4月23日,贈答 [題詞]詠霍公鳥歌一首[并短歌] 多尓知可久ー谷近くーたにちかくー谷近くの
伊敝波乎礼騰母ー家は居れどもーいへはをれどもー家に住んではいますが 許太加久○ー木高くてーこだかくてー木が高く 佐刀波安礼騰母ー里はあれどもーさとはあれどもー繁る里ではありますが 保登等藝須ー霍公鳥ーほととぎすーほととぎすは 伊麻太伎奈加受ーいまだ来鳴かずーいまだきなかずーまだ鳴きに来ません 奈久許恵乎ー鳴く声をーなくこゑをー鳴き声を 伎可麻久保理登ー聞かまく欲りとーきかまくほりとー聞きたいと 安志多尓波ー朝にはーあしたにはー朝には 可度尓伊○多知ー門に出で立ちーかどにいでたちー門のところに出て佇み 由布敝尓波ー夕にはーゆふへにはー夕方には 多尓乎美和多之ー谷を見渡しーたにをみわたしー谷を見渡して 古布礼騰毛ー恋ふれどもーこふれどもー恋い待ちしていますが 比等己恵太尓母ー一声だにもーひとこゑだにもー一声さえ 伊麻太伎己要受ーいまだ聞こえずーいまだきこえずーまだ聞くことができません 19 4210;作者:久米広縄,大伴家持、天平勝宝2年4月23日 贈答,枕詞 [題詞](詠霍公鳥歌一首[并短歌]) 敷治奈美乃 志氣里波須疑奴 安志比紀乃 夜麻保登等藝須 奈騰可伎奈賀奴 ふぢなみの しげりはすぎぬ [あしひきの] やまほととぎす などかきなかぬ 藤の花の盛りは過ぎてしまったのに
山のほととぎすは 何故 来て鳴かないのでしょうか 19 4211;作者:大伴家持,追同,田辺福麻呂,高橋虫麻呂、天平勝宝2年5月6日,依興,物語,兎原娘子,高岡 [題詞]追同處女墓歌一首[并短歌] 古尓ー古にーいにしへにー遠い昔に
有家流和射乃ーありけるわざのーあった出来事の 久須婆之伎ーくすばしきー神秘不可思議なこととして 事跡言継ー事と言ひ継ぐーことといひつぐー 言い伝えられる話 知努乎登古ー智渟壮士ーちぬをとこー血沼壮士 宇奈比<壮>子乃ー 菟原壮士のーうなひをとこのー菟原壮士の 宇都勢美能ーうつせみのー現世での 名乎競争<登>ー名を争ふとーなをあらそふとー名誉を争うのだと 玉剋ー[たまきはる] 壽毛須底弖ー命も捨ててーいのちもすててー命も顧みず 相争尓ー争ひにーあらそひにー競い合って 嬬問為家留ー妻問ひしけるーつまどひしけるー求婚した ○嬬等之ー処女らがーをとめらがー葦屋少女の 聞者悲左ー聞けば悲しさーきけばかなしさー聞く話の何と悲しいことか 春花乃ー春花のー[はるはなの]ー春の花のように 尓太要盛而ーにほえ栄えてーにほえさかえてー 美しく栄え 秋葉之ー秋の葉のー[あきのはの]ー秋の葉のように 尓保比尓照有ーにほひに照れるーにほひにてれるー赤々と映える 惜ー 惜しきーあたらしきー貴重な 身之壮尚ー身の盛りすらーみのさかりすらー女の身の盛りであるのに 大夫之ー大夫のーますらをのー言い寄った男の 語勞美ー言いたはしみーこといたはしみー言葉を心に重く受けるあまり 父母尓ー父母にーちちははにー両親に 啓別而ー申し別れてーまをしわかれてー別れを告げ 離家ー家離りーいへざかりー家を去って 海邊尓出立ー海辺に出で立ちーうみへにいでたちー海辺に佇み 朝暮尓ー朝夕にーあさよひにー朝夕に 満来潮之ー満ち来る潮のーみちくるしほのー満ちてくる潮の 八隔浪尓ー八重波にーやへなみにー幾重にも寄せて来る波に 靡珠藻乃ー靡く玉藻のーなびくたまものーなびく玉藻の 節間毛ー節の間もーふしのまもー節の間ほどのわずかな 惜命乎ー惜しき命をーをしきいのちをー惜しい乙女の命を 露霜之ー露霜のー[つゆしもの]ー露霜のように 過麻之尓家礼ー過ぎましにけれーすぎましにけれー消し去ってしまわれたという 奥墓乎ー奥城をーおくつきをー墓を 此間定而ーここと定めてーこことさだめてーここに定めて 後代之ー後の世のーのちのよのー後世 聞継人毛ー聞き継ぐ人もーききつぐひともーこの話を聞き継ぐ人々に 伊也遠尓ーいや遠にーいやとほにーさらに永く 思努比尓勢餘等ー偲ひにせよとーしのひにせよとー思いを寄せるようにと 黄楊小櫛ー黄楊小櫛ーつげをぐしー黄楊で作った櫛を 之賀左志家良之ーしか刺しけらしーしかさしけらしーその塚に挿し込んだのであろう 生而靡有ー生ひて靡けりーおひてなびけりー根付いて黄楊の木に生育ち葉が風に靡いている 「葦屋處女の墓を過ぐる時作れる歌」(09/1801〜1803田邊福麻呂歌集出)、「菟原處女の墓を見る歌」(09/1809〜1811高橋虫麻呂歌集中出)を指す。 家持は虚構の物語伝説として見る立場で作歌している。 倭建命が走水の瀬戸を渡りかねたとき弟橘比売が海神に生贄入水して助け、のち櫛が流れ着いたという神話も混成か。 19 4212;作者:大伴家持,追同,田辺福麻呂,高橋虫麻呂、天平勝宝2年5月6日,依興,兎原娘子,物語 [題詞](追同處女墓歌一首[并短歌]) 乎等女等之 後<乃>表跡 黄楊小櫛 生更生而 靡家良思母 をとめらが のちのしるしと つげをぐし おひかはりおひて なびきけらしも 兎原娘子の言い伝えを永く遺すしるしとして
黄楊の小櫛が木に生え変わって伸び栄え 風に靡いているのだ ☆ 「靡きけらしも」のケラシは回想・詠嘆の助動詞ケリと推量の助動詞ラシの連語。過去の推量、またはケリと同様詠嘆を表す。 ☆ 「興に依けて」は、福麻呂や虫麻呂の歌を読んで受けた感興から歌作したことを指す。 19 4213;作者:大伴家持,丹比家、天平勝宝2年5月,高岡,序詞,望郷,贈答 安由乎疾 奈呉<乃>浦廻尓 与須流浪 伊夜千重之伎尓 戀<度>可母 あゆをいたみ なごのうらみに よするなみ いやちへしきに こひわたるかも 東風が激しいので
奈呉の浦に寄せる波が ますます重なってくるように 頻りと都恋しさに襲われながら 毎日を過ごしています |
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19 4214;作者:大伴家持、天平勝宝2年5月27日,挽歌,枕詞,悲別,哀悼,藤原久須麻呂母,贈答,高岡 [題詞]挽歌一首[并短歌] [左注](右大伴宿祢家持弔聟南右大臣家藤原二郎之喪慈母患也 五月廿七日) 天地之ー天地のーあめつちのー天地の
初時従ー初めの時ゆーはじめのときゆー創成の時から 宇都曽美能ーうつそみのーこの世の 八十伴男者ー八十伴の男はーやそとものをはーすべての朝廷に仕える男子は 大王尓ー大君にーおほきみにー天皇陛下に 麻都呂布物跡ーまつろふものとー服従するものであると 定有ー定まれるーさだまれるー定められた 官尓之在者ー官にしあればーつかさにしあればー役割なのであるから 天皇之ー大君のーおほきみのー陛下 命恐ー命畏みーみことかしこみーのご命令を畏れ謹んで 夷放ー鄙離るーひなざかるー都を遠く離れた 國乎治等ー国を治むとーくにををさむとー国を治めると 足日木ー[あしひきの] 山河阻ー山川へだてーやまかはへだてーはるか山河を隔て 風雲尓ー風雲にーかぜくもにー風や雲が 言者雖通ー言は通へどーことはかよへどー往き来するように便りを交わすことはあるものの 正不遇ー直に逢はずーただにあはずーじかに逢うことはできず 日之累者ー日の重なればーひのかさなればーそのような日々が重なれば 思戀ー思ひ恋ひーおもひこひー恋しい思いに 氣衝居尓ー息づき居るにーいきづきをるにー喘ぐような気持ちでいたところ 玉桙之ー玉桙のー[たまほこの] 道来人之ー道来る人のーみちくるひとのー遠路を来た使いの者が 傳言尓ー伝て言にーつてことにー伝言として 吾尓語良久ー我れに語らくーわれにかたらくー私に語ったことには 波之伎餘之ー[はしきよし]ー親愛なる 君者比来ー君はこのころーきみはこのころー君がこの頃 宇良佐備弖ー[うらさびて] 嘆息伊麻須ー嘆かひいますーなげかひいますー悲嘆に暮れておられると 世間之ー世間のーよのなかのー世の中は Q家口都良家苦ー憂けく辛けくーうけくつらけくー何と憂鬱で辛いことか 開花毛ー咲く花もーさくはなもー咲く花も 時尓宇都呂布ー時にうつろふーときにうつろふー時が来れば色褪せる 宇都勢美毛ーうつせみもー現世の人間も <无>常阿里家利ー常なくありけりーつねなくありけりー不滅ではあり得ない 足千根之ー[たらちねの] 御母之命ー母の命ーみははのみことー尊い母上様が 何如可毛ー何しかもーなにしかもーどうしたことか 時之波将有乎ー時しはあらむをーときしはあらむをーよりによって 真鏡ーまそ鏡ー[まそかがみ]澄んだ鏡のように 見礼杼母不飽ー見れども飽かずーみれどもあかずー見飽きない 珠緒之ー玉の緒のー[たまのをの]ー妙齢の 惜盛尓ー惜しき盛りにーをしきさかりにー盛りの時に 立霧之ー立つ霧のー[たつきりの]ー霧が 失去如久ー失せぬるごとくーうせぬるごとくー消え失せるように 置露之ー置く露のー[おくつゆの]ー露が 消去之如ー消ぬるがごとくーけぬるがごとくー消え果てるように 玉藻成ー玉藻なすー[たまもなす]ー玉藻さながら 靡許伊臥ー靡き臥い伏しーなびきこいふしーぐったりと床に臥し 逝水之ー行く水のー[ゆくみづの]ー流れ去る水のように 留不得常ー留めかねつとーとどめかねつとー引き留められなかった 枉言哉ーたはことかー狂言を 人之云都流ー人の言ひつるーひとのいひつるー人が口走ったのだろうか 逆言乎ーおよづれかー惑わせ言を 人之告都流ー人の告げつるーひとのつげつるー人が言い触らしたのだろうか 梓<弓>ー梓弓ー[あづさゆみ]ー梓弓の <弦>爪夜音之ー爪引く夜音のーつまびくよおとのー弦(つる)を爪弾いて立てる音の 遠音尓毛ー遠音にもーとほおとにもーその音が夜遠くから聞こえるように 聞者悲弥ー聞けば悲しみーきけばかなしみー かすかに耳に触れただけで悲しく 庭多豆水ー[にはたづみ] 流涕ー流るる涙ーながるるなみたー溢れ出る涙を 留可祢都母ー留めかねつもーとどめかねつもー留めることができなかった * 「君」は家持の妹婿、藤原継縄(つぐただ)を指す。 * 「御母(異訓ミハハ・ミオモ・オモなど)」は、継縄の母、路真人虫麻呂女(みちのまひとむしまろのむすめ)。 * 「梓弓爪引く夜音」は、宮廷警備の武士が夜、除魔のため梓弓の弦を爪弾いて立てる音。 * 「天地の」から「息づき居るに」までは、家持自身の近況を伝える言葉。人麻呂などの儀式的・公的な挽歌との違いが際立つ。 19 4215;作者:大伴家持、天平勝宝2年5月27日、挽歌,悲別,哀悼,藤原久須麻呂母,贈答,高岡 [題詞](挽歌一首[并短歌])反歌二首 遠音毛 君之痛念跡 聞都礼婆 哭耳所泣 相念吾者 [左注]右大伴宿祢家持弔聟南右大臣家藤原二郎之喪慈母患也 五月廿七日 (右、大伴宿禰家持、聟の南右大臣家の藤原二郎(なかちこ)が慈母(じも)を 喪へる患(うれ)ひを弔ふ。五月二十七日) 遠い噂に
君の嘆き聞いて 声あげて泣くばかりである 思い合う仲の私は 19 4216;作者:大伴家持 [題詞]((挽歌一首[并短歌])反歌二首) 世間之 <无>常事者 知良牟乎 情盡莫 大夫尓之C よのなか つねなきことは しるらむを こころつくすな ますらをにして この世は無常であるとご存知のはず
心一途に嘆きなさるな 朝廷に仕える男子なのだから |
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19 4217;作者:大伴家持、天平勝宝2年5月,序詞,恋情,鬱屈,高岡 [題詞]霖雨へ日作歌一首 宇能花乎 令腐霖雨之 始水<邇> 縁木積成 将因兒毛我母 [うのはなを くたすながめの みづはなに] よるこつみなす よらむこもがも 卯の花を腐さらす長雨に
流れる水に押されて岸辺に寄ってくる木屑のように 私に寄り付いて思いを寄せてくれる娘さんがいたらなぁ * 「霖雨」は三日以上も降り続く雨。 * 「ミヅハナ」は水端、大雨による出水の先端。 * 「腐(くた)す」 腐らせる。 * 「長雨(ながめ)」 毎日のように降り続く雨。「眺め」に掛かる。 * 「始水(はなみづ)」 出水の先端。 * 「木屑(こつみ)なす」 木のくずのように、おびただしい数のたとえ。* 「・・もがも」 あったらいいのに。 19 4218;作者:大伴家持、天平勝宝2年5月,恋情,序詞,高岡 [題詞]見漁夫火光歌一首 鮪衝等 海人之燭有 伊射里火之 保尓可将出 吾之下念乎 [しびつくと あまのともせる いざりひの] ほにかいださむ わがしたもひを 鮪漁で銛を突くために漁師が灯す漁火のように
はっきりと知れるように外に出してしまおうか 私の秘めたる恋心を 19 4219;作者:大伴家持、天平勝宝2年6月15日 [題詞] 吾屋戸之 芽子開尓家理 秋風之 将吹乎待者 伊等遠弥可母 わがやどの はぎさきにけり あきかぜの ふかむをまたば いととほみかも 私の庭の萩がもう咲きましたよ
秋風の吹くのを待つまが遠くて 待ちきれなくて咲いたのでしょうか 19 4220;作者:坂上郎女,坂上大嬢 [題詞]従京師来贈歌一首[并短歌] 天平勝宝2年,年紀,,贈答,枕詞,恋情 和多都民能ー海神のー[わたつみの]ー 可味能美許等乃ー神の命のーかみのみことのー海の神様が 美久之宜尓ーみ櫛笥にーみくしげにー手箱に 多久波比於伎Cー貯ひ置きてーたくはひおきてーしまっておき 伊都久等布ー斎くとふー[いつくとふ]ー大切にするという 多麻尓末佐里Cー玉にまさりてーたまにまさりてー真珠にもまさって 於毛敝里之ー思へりしーおもへりしー愛しく思っていた 安我故尓波安礼騰ー我が子にはあれどーあがこにはあれどー我が子だけれど 宇都世美乃ー[うつせみの]ー 与能許等和利等ー世の理とーよのことわりとー現世の道理であるからと 麻須良乎能ー大夫のーますらをのー 官人の 比伎能麻尓麻仁ー引きのまにまにーひきのまにまにー夫殿の誘いのままに 之奈謝可流ー[しなざかる]ー 古之地乎左之Cー越道をさしてーこしぢをさしてー遠い越の国をめざして 波布都多能ー延ふ蔦のー[はふつたの]ー蔦が別れ別れに伸びてゆくように 和可礼尓之欲理ー別れにしよりーわかれにしよりー旅立ち別れてから 於吉都奈美ー沖つ波ー[おきつなみ]ー沖の波がうねるように 等乎牟麻欲妣伎ーとをむ眉引きーとをむまよびきー撓む美しい眉が 於保夫祢能ー大船のー[おほぶねの]ー大船に乗っているかの如く 由久良々々々耳ーゆくらゆくらにーゆらゆらと 於毛可宜尓ー面影にーおもかげにー面影に 毛得奈民延都々ーもとな見えつつーもとなみえつつー見えて仕方ありません 可久古非婆ーかく恋ひばーかくこひばーこのように恋しがっていたら 意伊豆久安我未ー老いづく我が身ーおいづくあがみー老境に至ったわが身 氣太志安倍牟可母ーけだし堪へむかもーけだしあへむかもー果たして堪え切れるでしょうか 19 4221;作者:坂上郎女,坂上大嬢、天平勝宝2年,贈答,枕詞,恋情 [題詞](従京師来贈歌一首[并短歌])反歌一首 可久婆可里 古<非>之久志安良婆 末蘇可我美 弥奴比等吉奈久 安良麻之母能乎 かくばかり こひしくしあらば [まそかがみ] みぬひときなく あらましものを これほどまでに
恋しい思いをするのだったら 真澄鏡のように いつもいつもそばに置いて 眺めているのでしたよ * 娘をその夫のもとに行かせた後 五十路の身に 津々と募る母の侘わびしさ * 「あらまし」…であろう。…でありたい。 動詞「あり」に推量の助動詞「まし」の付いたもの、仮想・推量・期待等、話し手の意志、希望などを表明する。 19 4222;作者:久米広縄、天平勝宝2年9月3日,年紀,,宴席,高岡 [題詞]九月三日宴歌二首 許能之具礼 伊多久奈布里曽 和藝毛故尓 美勢牟我多米尓 母美知等里○牟 このしぐれ いたくなふりそ わぎもこに みせむがために もみちとりてむ この時雨よ
あまりひどく降らないでくれ 愛しい妻に見せるため 黄葉狩りに行きたいのだから 19 4223;作者:大伴家持、天平勝宝2年9月3日,枕詞,高岡 [題詞](九月三日宴歌二首) 安乎尓与之 奈良比等美牟登 和我世故我 之米家牟毛美知 都知尓於知米也毛 [あをによし] ならひとみむと わがせこが しめけむもみち つちにおちめやも 奈良のその方に見せようと
親愛なる友が標を結った黄葉です 散ってしまうことなどありましょうか 4224;作者:光明皇后、天平勝宝2年10月5日,伝承,誦詠,河辺東人,吉野,古歌,高岡 [題詞] 朝霧之 多奈引田為尓 鳴鴈乎 留得哉 吾屋戸能波義 あさぎりの たなびくたゐに なくかりを とどめえむかも わがやどのはぎ [左注]右一首歌者幸於芳野離宮之時藤原皇后御作 但年月未審詳 十月五日河邊朝臣東人傳誦云尓 <右の一首の歌は、吉野の宮に幸せる時、藤原皇后(光明皇后)御作せり。但し年月は 未だ審詳(つばひ)らかならず 十月五日に河邊朝臣東人伝へ誦むとしかいふ>「藤原皇后」は、天平勝宝二年当時は、正しくは皇太后。「河邊朝臣東人」は、06/0979左注に、藤原八束の使として山上憶良を見舞った旨見える。 朝霧のたなびく田に鳴いている雁を
留めておくことができるかな 吾が庭の萩は 19 4225;作者:大伴家持、天平勝宝2年10月16日,枕詞,餞別,旅立ち,秦石竹,高岡 [題詞] 足日木之 山黄葉尓 四頭久相而 将落山道乎 公之超麻久 [あしひきの] やまのもみちに しづくあひて ちらむやまぢを きみがこえまく [左注]右一首同月十六日餞之朝集使少目秦伊美吉石竹時守大伴宿祢家持作之 (右一首、同月十六日、朝集使少目秦忌寸石竹を餞せし時に、守大伴宿禰家持作る) 山のもみじ葉が
時雨のしずくと一緒に散る山道を あなたは越えて行くのですね 19 4226;作者:大伴家持、天平勝宝2年12月,高岡 [題詞]雪日作歌一首 此雪之 消遺時尓 去来歸奈 山橘之 實光毛将見 このゆきの けのこるときに いざゆかな やまたちばなの みのてるもみむ [左注]右一首十二月大伴宿祢家持作之 この白雪がまだ消え残っている間に
さあ行こう 山橘の実が赤く照り映えているのが見たい * 「山橘」はヤブコウジのことという。薮柑子は山林の陰地に自生する常緑低木で、柑橘類の橘とは全く別種の植物。冬に赤い実を付ける。
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