ニキタマの万葉集

当て字の繭玉をほぐそう、枕詞で古代を解明しよう。

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サ6 1009;雑歌,作者:聖武天皇,元正天皇,作者異伝,讃美,宴席,寿歌,祝い,天平8年11月

[題詞]冬十一月左大辨葛城王等賜姓橘氏之時御製歌一首
「冬十一月、左大弁葛城王たちが姓橘の氏を賜った時の聖武天皇の御歌一首」。
また、「この歌一首は太上天皇(元正天皇)の御歌なりといへり・・・」の付記もある。

橘者  實左倍花左倍  其葉左倍  枝尓霜雖降  益常葉之<樹>

橘は 実さへ花さへ その葉さへ 枝に霜降れど いや常葉の木 

たちばなは みさへはなさへ そのはさへ えにしもふれど いやとこはのき

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橘は実も花もその葉までも

枝に霜が降りても枯れ落ちるどころか

いよいよ栄える常緑の美しい木であるよ
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* 「さへ」は副助詞で、 〜までも。そのうえ〜まで
* 「降れ」は、ラ行四段活用動詞「降る」の已然形。
* 「ど」は、逆接の接続助詞。  降るが。
* 「いや(弥)」は副詞で、いよいよ。ますます。

【主な派生詩歌】
ことの葉の 実さへ花さへ 橘の これとさだめて にほふ宿かも
 (三条西実隆)
ことの葉の たねにもうつせ 橘の 実さへ花さへ あかぬにほひを
 (中院通勝)
山姫や 君がためにと 時わかぬ 実さへ花さへ さらにをりけん
 (中院通村)
枝にみちて かをるもあかぬ 立花は 実さへ花さへ 常盤にをみん
 (霊元院)
言の葉の 昔の風も 知るやいかに 実さへ花さへ 匂ふ橘
 (武者小路実陰)
鬼灯は 実も葉も殻も 紅葉かな
 (芭蕉)
<千人万首>より。
<第六巻個別へ> http://blogs.yahoo.co.jp/kairouwait08/33119685.html
6 1008;雑歌,作者:忌部黒麻呂,怨恨,待つ,宴席

[題詞]忌部首黒麻呂恨友し来歌一首
(*忌部首黒麻呂の、友の遅く来ることを恨むる歌一首)

山之葉尓  不知世經月乃  将出香常  我待君之  夜者更降管

山の端に いさよふ月の 出でむかと 我が待つ君が 夜はくたちつつ 

やまのはに いさよふつきの いでむかと わがまつきみが よはくたちつつ
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山の端をためらって離れぬ月のように 

もういらっしゃるかと吾が待つ君は

なかなか現れないまま夜は更けてゆくよ
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* 「くたち」降ち  動詞「くたつ」の連用形から。「くだち」とも、夜が更けて行く意。
* 「我が待つ君が」の後に「来まさぬ」などが略された形。


忌部黒麻呂 いんべのくろまろ 生没年未詳
天平宝字二年(758)八月、正六位上より従五位下。翌年十二月、首(おびと)より連(むらじ)に改姓。同六年正月、図書寮の内史局助に任ぜられる。万葉集に四首の歌を残す(6-1008、8-1556・1647、16-3848)。また16-3832の「忌部首」も黒麻呂か(万葉集古義)。
<第六巻個別へ> http://blogs.yahoo.co.jp/kairouwait08/33119701.html

万葉集 1007

6 1007;雑歌,作者:市原王、独り,悲哀、

[題詞]市原王悲獨子歌一首

言不問  木尚妹與兄  有云乎  直獨子尓  有之苦者

言問はぬ 木すら妹と兄と ありといふを ただ独り子に あるが苦しさ 

こととはぬ きすらいもとせと ありといふを ただひとりこに あるがくるしさ
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物を言わない木にすら姉妹や兄弟があるというのに

全くの独り子なのが辛いことよ
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* 「せ」
(1)女性から見て、同腹の男の兄弟をいう語。年上にも年下にもいう。
言問はぬ木すら妹と―とありといふをただ独り子にあるが苦しさ/万葉 1007
(2)女性が、自分の恋人や夫をいう語。
事しあらば小泊瀬(おはつせ)山の石城(いわき)にも隠らば共にな思ひ我が―/万葉 3806
(3)一般に、男性を親しんで呼ぶ称。
岩根踏み山越え野行き都辺に参ゐし我が―を/万葉 4116

* 「いも」
(1)男性から見て、同腹の女のきょうだいをいう語。年上にも年下にもいう。 (2)男性が自分の恋人や妻をいう語。
旅にあれど夜は火灯し居る我(われ)を闇にや―が恋ひつつあるらむ/万葉 3669
(3)一般に、女性を親しんで呼ぶ称。女性からもいう。
風高く辺には吹けども―がため袖さへぬれて刈れる玉藻そ/万葉 782

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市原王 いちはらのおおきみ 生没年未詳
天智天皇五世の孫。安貴王の子。志貴皇子または川島皇子の曾孫。春日王の孫。光仁天皇の皇女、能登内親王(733〜781)を妻とし、五百井女王・五百枝王の二人の子をもうけた。大伴家持とは私的な宴も持つ。
<個別へ> http://blogs.yahoo.co.jp/kairouwait08/33119724.html

万葉集 1005・1006

6 1005;雑歌,作者:山部赤人、行幸,従駕,応詔,吉野,離宮,宮廷讃美,天平8年6月

[題詞]八年丙子夏六月幸于芳野離宮之時山<邊>宿祢赤人應詔作歌一首[并短歌]
((736)、聖武天皇 八年丙子(ひのえね)夏の六月に、芳野の離宮に幸(いでま)す時に、山部宿禰赤人、詔(みことのり)に応(こた)へて作る歌一首 并せて短歌)

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八隅知之ー[やすみしし] 
我大王之ー我が大君のーわがおほきみのー我らの大君
見給ー見したまふーめしたまふーがお治めになる
芳野宮者ー吉野の宮はーよしののみやはー吉野の離宮は
山高ー山高みーやまたかみー山が高いので
雲曽軽引ー雲ぞたなびくーくもぞたなびくー雲が棚引いている
河速弥ー川早みーかははやみー川の流れが速いので
湍之聲曽清寸ー瀬の音ぞ清きーせのおとぞきよきー瀬音がさやかである
神佐備而ー神さびてーかむさびてー山は神々しく
見者貴久ー見れば貴くーみればたふときー見るほどに貴く
宜名倍ーよろしなへーぴったりと心にかなって
見者清之ー見ればさやけしーみればさやけしー見るほどに清々しい
此山<乃>ーこの山のーこのやまのーこの山が
盡者耳社ー尽きばのみこそーつきばのみこそー尽きてなくなりでもしたら
此河乃ーこの川のーこのかはのーこの川が
絶者耳社ー絶えばのみこそーたえばのみこそー絶えてなくなりでもしたら
百師紀能ーももしきのー[ももしきの]
大宮所ー大宮所ーおほみやところー大宮所が
止時裳有目ーやむ時もあらめーやむときもあらめー廃止される時もあろう
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6 1006;雑歌,作者:山部赤人、行幸,従駕,応詔,吉野,離宮,讃美,天平8年6月

[題詞](八年丙子夏六月幸于芳野離宮之時山<邊>宿祢赤人應詔作歌一首[并短歌])反歌一首

自神代  芳野宮尓  蟻通  高所知者  山河乎吉三

神代より 吉野の宮に あり通ひ 高知らせるは 山川をよみ 

かむよより よしののみやに ありがよひ たかしらせるは やまかはをよみ
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神代の昔から吉野の離宮に通い続け
ここを営まれてきたのは
山と川が揃って素晴らしいからだ
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<第六巻個別へ> http://blogs.yahoo.co.jp/kairouwait08/33119774.html

万葉集 1004

6 1004;雑歌,作者:按作益人,佐為王、宴席,主人,もてなし,別れ,哀惜,奈良

[題詞]按作村主益人歌一首

不所念  来座君乎  <佐>保<川>乃  河蝦不令聞  還都流香聞

思ほえず 来ましし君を 佐保川の かはづ聞かせず 帰しつるかも 

おもほえず きまししきみを さほがはの かはづきかせず かへしつるかも

[左注]右内<匠>大属按作村主益人聊設<飲饌>以饗長官佐為王 未及日斜王既還歸 於時益人怜惜不Q之歸仍作此歌
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思いもかけず来られた
貴い上司を ろくに接待もできず
佐保川の蛙の声さえ聞いてもらえないまま
お帰ししてしまったなあ
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<個別へ> http://blogs.yahoo.co.jp/kairouwait08/33119836.html

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