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中国長安から中央アジアに到る古道。
中国の絹がペルシャを経てローマで高値を呼んだことから19世紀ドイツの地理学者リヒトがシルクロードと名づけた。 しかし、この道の西の端は中国ではなかった。イランで作られた白瑠璃が別の場所で発見されたのだ。
この品は、カスピ海をかすめ、パミール高原を行き、タクラマカン砂漠ではサルとブタとカッパを連れた坊主とすれ違い,やがて教皇、長安を過ぎて陸路から海路となる。
シルクロードの果ては正倉院だったのだ。さらに、この品と同一のものが安閑天皇稜から発見されている。
シルクロードは羽曳野市まで続いていたのだ。
安閑天皇稜は近鉄南大阪線古市駅の南側にある。 この付近がシルクロードの西の端かも知れない等と想像しながら古墳巡りウオーキング。
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ロマンのある話ですねぇ^^
三蔵法師たちとすれ違ったとか夢がありすぎますやん^^
シルクロードの終点は正倉院と聞かされていたが安閑天皇稜かもしれませんね^^
2018/12/17(月) 午後 6:11
> 海さん
歴史って面白いですね〜〜〜(^O^)
2018/12/17(月) 午後 10:24