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いつも近所の散歩ばかりなので今日は少し足を延ばした。
まずは近所の道の駅。
道の駅内を歩いて一周したが1300歩しかなかった。
次は二色の浜で散歩。ここでは4000歩。
お腹が空いたので、AAさんのお店で遅い昼食をとっておしまい・・・。
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今日は暖かそうだと思ってバイクを引っ張り出して港へ向かった。
しかし、午前中は思ったほど暖かくない。
浜寺公園で休憩。ここも去年の台風の影響が色濃く残っていて倒木が目立つ。
さあ、行こうかと思って後輪タイヤを見たら!!
釘が刺さっている。深いのか? うっかり抜いたらシュ〜〜〜って空気が抜けたら困る。
今日はパンク修理の道具を積んでいなかった。
これはまずい。そのままUターン。
自宅近所まで戻り、開いていた自転車屋さんで止まった。
「すんません、パンク修理できますか?」
「今日は忙しくて1時間ほど待ってもらわないと・・」
「それが微妙で、パンクしてるかどうかわからないんです。ほんでから・・・」
と色々言うと、煩い客と思ったのか仕事の手をとめて一かパチかで釘を抜いてくれた。
そして石鹸水を穴に振りかけて・・
「セーフみたいやね。釘が短くて曲がっていたからOKみたいですよ」
と一件落着。
手数料は無し。この店はずっと以前にも車椅子のムシゴムの交換に行ったら無償で対処してくれた。
近いうちに手土産を持ってお礼に伺うことにする。
中途半端な時間になったので、今度は自転車に乗って運動する。
ジムに通う余裕はないので、ただで運動できる歩きと自転車で河川敷を彷徨う。
今日も近所の石川河川敷を走る。春は近いように思えた。
ん?? 男性がうづくまって何かを見ている。好奇心旺盛な私は自転車を止めてみてみると、ヌートリアの子供が5匹いた。
3匹は人を見て警戒して隠れるが、2匹は全く平気で、すぐ近くまで行っても一心不乱に地面をほじくって草の根?らしきものを食べている。
という一日だった。
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長居公園の駐車場は3か所あるが曜日によって、それぞれ値段が異なる。
地下駐車場は30分200円で、平日最大料金は400円。 (土日祝30分300円で一日最大2000円) 中央駐車場は30分200円で、平日最大料金は1000円。 (土日祝30分300円で一日最大2000円) 南駐車場は30分200円で、平日最大料金300円。 (土日祝30分300円で一日最大2000円) 等々の説明がある。ようわからん? 丸一日駐車する時は場所を考える必要がありそうだ。 単車は一日300円の駐輪料金。しかし、300円を惜しんだ私は押して歩いた。 乗り入れは禁止だが、押して歩く分には問題ないみたいだ。 あちこちに公園の出入り口があるが、バイクを押して出入りする幅は充分にある。 長居公園一周は2813メートルという中途半端な距離に設定されている。 なんでやねん? 実は15周すると42.195キロメートルになることから本格的に長距離走に取り組む人が多く利用しているらしい。 ハーフやら何やら・・トレーニングしやすいらしい。 若いころから走るのが苦手だった私は全く利用しようとは思わない。 仕事では一日に山道を30キロ歩かされたり、夜中に叩き起こされて10キロ走らされたり、大雨の中で何時間も泳がされたりと、運動音痴の私には『走る等』は厳しく辛い思い出しか無い。 走るとか、歩くとかは苦手なので今は月に50キロ程度しか散歩いていない。 そして、今日は、ただ歩くのではなくバイク用の分厚い冬仕様の姿で、小さいとはいえ単車を押して広い園内を歩いた・・半長靴で・・・。疲れた〜〜〜 スタジアムにはユースホステルもある。ちょっと休憩したくなったのが情けない。
元気な頃の体力に戻りたい (^_^;) |
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公園入口に梅林が『見ごろ』と書かれていたので入る。
駐車場無料、入園も無料。
昨年は2月19日に行ったが、まだまだ咲いていなかったことを思えば今年は暖かいのだろうか。
そう言えば、去年何回もエアコンの室外機が霜がついてストップしたのに今年は一回も無い。
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今日のお散歩は道明寺。
公式ホームページには「御朱印は18日と25日のご開帳日に致します」と書いてある。菅原道真公が刻まれた国宝十一面観世音菩薩像を見たい場合は、この御開帳の日に行かねばならない。拝観料は500円で時間は9時から16時まで。
この十一面観世音菩薩像を御本尊とする古義真言宗 蓮土山「道明寺」は尼寺と言うが、今まで尼さんを見たことがない。
今はこじんまりしたお寺だが、戦国時代に焼失する前は広い境内に五重塔、金堂など七堂伽藍の立派な寺だったらしい。
当時は「土師寺」と呼ばれていたそうだが、道明寺一帯は、「土師の里」と呼ばれ、土師氏が本拠地としていた所で、その名がついたとされる。
土師氏の先祖は野見宿祢で、天皇の命により当麻蹶速と相撲をとって腰骨を踏み折って殺し当麻蹶速の領地を与えられたという。恐ろしい相撲もあったものだが、これが相撲の始まり? 土師氏とは?と思って調べると大王の葬儀の際に墳墓に入れる埴輪を作っていた一族で、後も皇族の葬儀を担当していたらしいが、桓武天皇の時代にいくつかの名に分かれ改姓していったという。
その中から後に菅原道真公が現れることになるが、改姓の事情、桓武天皇との関わりなど実に興味深い話が多い。
そんな土師寺から道明寺へとなっていく気の遠くなるような壮大な歴史を秘めた寺だった。
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