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23日、長年つきあいがあった親しい友人が急逝。自分では心が許せる数少ない本当の友とのあまりに急な別れに心に大きな風穴が開いてしまった。
23日と言えば長野市では恒例のえびす講煙火大会。晩秋の澄み切った夜空を1万発の花火が彩る。いつもなら打ち上げ現場近くまで行って写真を撮るはずが今年は何となく気がのらず、家でテレビのライブ中継を見ていた。丁度そんな頃に友人は息を引き取った。
何と言うことか。翌日用事があって友人の会社へ電話をして事務員さんから聞いて初めて訃報にふれた。
自分は炬燵で温まりながら花火を見ていた時に友人は苦しんで最期の時を向かえていたのだ。
考えてみれば11月の始めに顔を見ただけでその後会社へ言っても休んでいた。
ここ数年、肺が石灰化するという珍しい病気にかかりここ2年ほどはいつも酸素を携帯していた。
自分はもう30年も難病認定されていたが、友人は桃太郎のように”気は優しくて力持ち”を地で逝いくような男だった。それなのにこうもアッサリと逝ってしまうとは。
昨日は友人宅でお通夜、今日の告別式で最期の別れをしてきたが、簡単に気持ちの整理が付かない。
自分も友人も30才そこそこで会社を興しやってきた。時には家族にも話すことができないような事も友人とは共有できお互いに助け合ってやってきたのに。ある意味では友人は我家のカミサンより自分の仕事のことは知っていた。30年以上そんな事をしてずっと付き合ってきた友人の代わりはいない。
自分の中では大きな財産を失ってしまった。24日の午後、25日とそんな中で仕事をやっていたがふと時間ができると思うことは友人の事。何故こんなにアッサリと逝ってしまったのか。俺はこれから誰に愚痴を聞いて貰ったら良いのだ?
今日午後に告別式に行ってきた。奥さんと長男が立って参列者に挨拶をしていたが自分がお焼香を終えて挨拶に近寄った途端に顔がくしゃくしゃになってもう互いに言葉が出ない。ただ手を握って顔を見て涙を流すだけ。気がきいた慰めの言葉は出なかった。情けない。こんな時に何か慰めの言葉も掛けられないのか。
そんなことがあってここ数日ブログの投稿もする気になれずお休みしてしまった。
ここでこんな私事を書くのもどうかと思ったが、あまりいつまでも鬱状態で居てももし友人が見たら鼻先で笑うだろう。ブログで区切りをつけよう。彼の事を忘れることは絶対ない。でももう普通に戻ろう。
今までのように明るく自分のペースで生活しよう。彼が見ているだろうから。
明日からいつもの調子に戻りブログも新規な投稿を始めよう。
今日は私的なことで写真はありません。明日から投稿をします。又お付き合い願いして下さいね。
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