歴史教育を考える

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聞いた話だが最近の歴史の授業では 高句麗(こうくり)を「コグリョ」新羅(しらぎ)を「シルラ」

そして百済(くだら/ひゃくさい)を「ペクチェ」と読ませていると聞いた・・・本当だろうか?

仮に一番上の二つはそれでもよかろうが(なまっただけの様ですし) 百済は日本語でも「クダラ」とは
読めない訳で・・その様に読むことに日本の国の歴史として意味が有るんじゃないのか?

後新羅(シラギ)だって羅と言う字で「ギ」とは普通は読みません。なんらの意図が有ってそういう風に
読んでいたのでは無いだろうか?

この様な現在の国に合わせた読み方をしていたら、古代日本と古代朝鮮との繋がりが分からなくなってしまう
のではないか?高校生ぐらいの世界史や東アジア史等ならば百済をペクチェと呼んだとしても構わないかもしれないが、小学校や中学校の歴史でそれをやってしまうと日本の国の積み重ねてきた歴史や朝鮮半島との
歴史を隔だつ事になりはしないだろうか?

そこまで現地読みするなら唐や清だって現地読みするとか。

いっそほかの国も現地読みするべきですね

オランダはネーザーランド イギリスはグレートブリテンおよび北部アイルランド連邦王国と呼ばないといけません

オーストリアもエスターライヒって呼べばカンガルーの国と間違えることも無いでしょう。

(何故かドイツは現地読みがドイチュラントなので現地読みが日本語になってるんだよねん)

そしてそんなに向こうの読み方で読んでほしいなら日本の事もにっぽんまたは「にほん」と呼んでもらわないと
いけませんンね!


冗談ですけど
そういえば高句麗は中国も主張していたので、Gaojuliと振り仮名も必要ですね。

島原の乱とオランダ

困った顔

「ニュースサイトの転載」はサービス終了になりました。

昔小学校の授業で島原の乱の事を習った事が有る・・まぁ今からん十年前なので 幕府→悪 抑圧される農民(生かさず殺さず的な・・・)→良 と言う図式の授業だった。

島原の乱は戦国の世が終わり徳川の太平の時代に入る初めの頃に起こった戦いなのは知っての通り。

その動乱の最中、幕府から支援を受けて島原に大砲を向けたのが当時日本が開国していたオランダだった。
「同じキリスト教徒なのに酷いなあ・・オランダ人って」とか「彼らはドライなんだよ儲けとか・・」みたいな
話が教室で出たわけですが・・・。

なるほど、記事を読むともう一つの面が見えてきましたね、支配者スペイン(ハプスブルグ)と抑圧されていた
ネザーランド(オランダ)

プロテスタントで有ったオランダ人に取ればカソリック系の島原の乱はまた違う勢力なのだろうな。


それかすべてではないし、他の国にも自分の利益や何かも有るので、色々な面から見なければいけませんね。




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