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なんだか 一昔も二昔も昔の様な話ですね、いきなり個人と言うか武装集団がやってきて
占拠独立を宣言した上に今度は停戦を呼びかけると・・ 国連の長が「平和的解決を」と言うがマレーシア政府は無条件降伏をと当然です。 マレーシアもとんだ迷惑で、フィリピン政府だって迷惑でしょうに・・。 以下AFPBBより 3月7日 AFP】マレーシア・ボルネオ(Borneo)島サバ(Sabah)州の農村に同州の領有を主張するフィリピン人武装集団が立てこもっている事件で、武装集団の指導者でスルタン(イスラム王侯)を自称するジャマルル・キラム3世(Jamalul Kiram III)は7日、停戦を宣言した。マレーシア側にも応じるよう呼び掛けたが、マレーシア政府は拒否した。 キラム3世(Jamalul Kiram III)はフィリピン・マニラ(Manila)で代理人を通じ、7日午後0時30分(日本時間午後1時30分)から一方的な停戦を実施すると宣言。武装集団が「戦闘行為を停止して現在の地にとどまり、これ以上は占拠地を拡大しない」と述べた。国連(UN)の潘基文(パン・キムン、Ban Ki-moon)事務総長が6日に出した平和的解決を求める声明に応じたものだという。 サバ州では、キラム3世がサバ州の領有権を主張して送り込んだ推定100〜300人の武装集団が村を3週間にわたって占拠しており、治安の悪化に懸念が広がっている。マレーシア側は投降を求めていたが、武装集団側が拒否しため、5日からマレーシア軍が陸と空からの掃討作戦を開始していた。 しかし、マレーシア政府は同日、停戦を拒否。同国のアフマド・ザヒド・ハミディ(Ahmad Zahid Hamidi)国防相は「一方的な停戦宣言は受け入れない。無条件降伏だけだ」とマイクロブログのツイッター(Twitter)で述べた。 |
インドシナ半島
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バングラディッシュでイスラム教徒による仏教徒の街への襲撃が有った様だ、かつてはイスラム教徒ヒンズー教との間で対立も有った様ですが、仏教とイスラムの間の対立は初めてと言い、AFPBBのニュースでは
ネットにコーランを冒涜した写真がUPされたからではないかと言う様な事が書いて有ります。 バングラはイスラムの国、国民の殆どはイスラム教徒。 事件の有ったチッタゴン(事件の起きた街はRAMUと言う)はバングラディッシュの一番東で、ミャンマーと隣接し、少し前にミャンマーの西のラカイン州という所でやはりイスラム教徒と仏教徒の間で対立が有りました この辺りで一体何が起きているのでしょうか? そして今まで無かったはずのイスラムと仏教の対立は何故起きているのでしょうか? |
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この図解を見るとなるほど、モザイクの様な状況・・ミャンマーは多民族国家だと言うのが良くわかりますね。
(できれば宗教分布図もあれば良いなとは思いますが・・) ビルマ族は仏教徒、少数民族も仏教徒も多い様ですが、イスラム教徒や古くからの独自の宗教そしてキリスト教・・・西部ではイスラムも ああ、東側のその他ってワ族などでしょうか? 黄金の三角地帯ですよね・・昔はアヘンの栽培がおこなわれていたと言う・・・うん関係ないけど。(言いたかっただけです) 以下AFPBBより 【8月1日 AFP】ミャンマーの最大野党・国民民主連盟(National League for Democracy、NLD)を率いるアウン・サン・スー・チー(Aung San Suu Kyi)氏は25日、首都ネピドー(Naypyidaw)の国会で初めて発言し、国内の少数民族の権利を守る新法制定を訴えた。図は、ミャンマー国内の主な民族グループの分布を示したもの。(c)AFP 確かに軍事政権による少数民族弾圧は良い物では無く、非難されるべきものです。 そうなった事の一因に植民地時代の少数民族を優遇してきた事も有るのかも知れませんね 戦争中もビルマ族はどちらかと言うと植民地支配からの独立を願っていた彼らの中には日本軍を歓迎する者も 多かった様ですが、少数民族はどちらかと言えばイギリス寄りだったとか・・・。 (不勉強であまり良くわかっていませんが・・) 蛇足 分布図を見ながら地図を見ていました・・ずっと西に行くとインドとの国境・・・山の中に聞いた事のある名前の 街を見つけました あんなところを攻めに行くのは本当に難義な事だったでしょう・・しかも補給も無しだとか・・。 |
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資源の宝庫・・だからこその戦い。
ひすい、金、木材 ミャンマー北部 カチン州を巡る戦いでこの地域は危険も多いと言われる ひすいに関して言えば所謂現在 jedaite と呼ばれる硬玉はこのミャンマー北部 後は 日本の糸魚川近辺でしか 見つかっていない。 それ以外は軟玉 ネフライト と呼ばれるものだが・・どちらも「翡翠」だ。 カチンに住む者たちは「この資源による利益はミャンマー南部で使われるこちらに回ってこない」と言う 南北の格差、少数民族・インド・・中國・この地域の根は深いのだろう。 一部AFPBBより ■「これは資源戦争だ」 カチン州での迫害や避難民などについての報告書を最近執筆した国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチ(Human Rights Watch、HRW)のコンサルタント、マシュー・スミス(Matthew Smith)氏は、「紛争地域では数百万ドル規模のプロジェクトが複数進められている。紛争にかかわるすべての当事者が、この戦争の帰結に経済的な利害を抱えている。中国こそが、誰も話したがらない重要な問題だ」と語る。 カチン州では現在、ミャンマー西部ラカイン(Rakhine)州からカチンの武装勢力が実効支配する地域を通って、中国の雲南(Yunnan)省へとガスと原油2本のパイプラインを建設するプロジェクトが進められている。 カチンの天然資源については、ミャンマー政府と親密な関係を持つ中国企業や地元実業家らが政府から権利を獲得したとの臆測も上がっており、また中国に電力を供給するための水力発電施設をカチン州に建設する計画も複数立ち上がっている。 「これは資源戦争だ。カチンの富を支配するための戦争だ」とHkawng氏は語り、「カチンの住民にはほとんど利益が回ってこない上、この(資源)戦争で苦しめられている」と続けた。 たしかに中國にとってもこの辺りは経済的利益に重大な場所なのでしょう・・・ そして中国のチベット自治区とインドとアルナチャルプラディシュと言う場所を巡りインドと中国の領土権争いがあり そのもっとも東はミャンマーのカチン州に繋がる。 |
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「発信地:ネピドー」でおや?と思った、ネピドーって??
調べてみるとミャンマーの今の首都はヤンゴンから2006年に今の政権によりこのネピドーに遷都。 アンダマン海に面したヤンゴンからもっと内陸のマンダレー州のネピドーに移っていたのですね。 ヤンゴンは一時期ラングーンとも呼ばれていましたね・・英国の力が強かった時代の話。 ネピドーに移った理由は色々謂われていますが。。。外国や他の少数民族との戦争に陥った時の防衛や 選挙の為だとか・・良くわかりませんが・・ そういえば2008年にサイクロンで海に面した都市などが 凄く被害に遭ったりもしてます。 軍事政権による独裁を強める為と言うのはいささか偏っているのではないかな?と思ったりもしますが・・。 ああ・・そういえば 記事の話はアウンサン・スー・チー氏が下院に初出席したと言う話ですね。 AFPBBより一部抜粋 「スー・チー氏の議会参加により、同氏が四半世紀近く続けてきた民主化運動は新たな局面を迎える。」 ふぅん。 |



