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奈良県生駒郡斑鳩町の藤ノ木古墳は、飛鳥時代の古墳と考えられています。現在は、地名を古墳名にしてい
ますが、かつては「陵山」(みささぎやま)と呼んだらしい。 玄室内から大量に出土した土師器、須恵器から古墳
時代後期、6世紀第4四半期の円墳であると推定されています。この時期に畿内では前方後円墳の造営は、終
わりに近づいていました。発掘調査結果から直径48メートル、高さ約9メートルの円墳であるとされています。
前園実知雄(奈良芸術短期大学教授)や白石太一郎(奈良大学教授)は、2人の被葬者が「日本書紀が記す587
年6月の暗殺時期と一致することなどから、聖徳太子の叔父で蘇我馬子に暗殺された穴穂部皇子と、宣化天皇
の皇子ともされる宅部皇子の可能性が高いと論じています。一方、井沢元彦は副葬品や埋葬の様子から「元々
穴穂部皇子の陵墓であった所に同母弟崇峻天皇が合葬された」との説を主張しています。日本の古墳の源流は
騎馬民族の王の塚ではないかとする説もあります。日本では王の墓に殉葬は見られないといい、書記には殉葬
の代わりに埴輪を立てたと書かれています。卑弥呼の墓は不明で発掘されてはいないので魏志倭人伝の記述
が本当かどうか判断はできません。奈良県桜井市箸中にある前方後円墳の箸墓古墳を卑弥呼の墓だとする説
がありますが、古墳内の調査ができませんので本当の所は不明です。現在は宮内庁により第7代孝霊天皇の皇
女、倭迹迹日百襲姫命大市墓(やまとととひももそひめのみことおおいちのはか)として管理されていて研究者
や国民の墳丘への立ち入りは禁止されています。藤ノ木古墳は法隆寺の西300m程のところで大和盆地の斑鳩
町にあります。斑鳩(イカル)とは鳩とスズメの中間ぐらいの鳥のことで昔はたくさんいたらしい。スズメ目アトリ科
の小鳥。全長20センチメートルほど。体は灰褐色で、頭・顔・翼・尾は紺色。日本各地の山林に一年中見られ、
澄んだ美しい声でさえずるという。
○写真は藤ノ木古墳と箸墓古墳 (Wikipediaより)
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初めまして、この記事にトラバさせていただきました。
2010/4/16(金) 午後 3:39 [ sas**a105 ]
>Sasadaさん、TBをありがとうございました。
早速、お伺いさせていただきます。
2010/4/16(金) 午後 8:24 [ kaku ]