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今日は仕事を休みました。
なんか仕事が薄くて・・・
遠い現場に行っても丸一日の仕事が無いし・・・
なので、今日は休みにして他の日に仕事を集中させました。
毎週日曜しか休めないので、たまには休んでもいいかな と思って(^^ゞ
9時半過ぎに嫁さんと二人、車で川越市(埼玉県)に向かいます。
嫁さんは半年ごとに受ける乳がん検診の日なので川越の病院に送り・・・
病院で嫁さんを下し、自分は目の前にある「喜多院」の駐車場に車を入れました。
2時間ほどカメラ片手に「小江戸川越」を撮ろうと思って・・・
「小江戸川越」と言うと、「蔵造りの街並み」や「時の鐘」、「喜多院」などの寺院、「川越祭り」を連想しますね。
そして、観光客のほぼ全員の目的が「小江戸川越」の古い街並み・・・
自分が2歳の頃から小学3年まで住んでいたのが「小江戸川越」。
勝手知れた川越の街・・・
なので、今日は観光客が訪れる「川越の古い街並み」には目もくれず、「昭和が色濃く残る路地裏」を撮る事にしました。
川越の本質を知るのには、観光地化した街並みより路地裏を狙わないと・・・
観光客も地元住民も目を向けない路地裏を撮らないと・・・
「昭和」を撮るので、カメラの設定を「白黒撮影モード」に固定します。
さて、喜多院の駐車場を10時半に出発。
歩いて路地裏を散策します。
まずは喜多院の「水屋」。
喜多院の「水屋」。
喜多院の境内では「菊祭り」が開催されています。
それと、今月(11月)1日から23日の間、
喜多院境内にある「仙波東照宮」(日本三大東照宮)が
特別公開されています。
普段は入れない拝殿の他に本殿も入れますよ。
参拝料は大人300円。
普段は仙波東照宮の参拝は出来ません。
(まれに拝殿の参拝が出来るときがありますが不定期)
仙波東照宮は、帰り間際に嫁さんと入りましょう。
喜多院を出て成田山別院を素通りし久保町の路地裏に入り込みます。
久保町の小さな神社。
久保町の路地裏。
思いっきり「昭和」の看板。
松江町2丁目の路地裏に入り込みます。
松江町2丁目の路地裏入り口・・・
松江町2丁目の路地裏。
松江町2丁目の路地裏を出ると、そこは「大正浪漫夢通り」!
松江町2丁目の路地裏(右奥の道)と
大正浪漫夢通り(手前の道)の交差点。
ここにも蔵造りがありますね。
大正浪漫夢通り。
大正時代の建物が多く並びます。
大正浪漫夢通りから蔵造りの街並みの通じる一番街に出ます。
一番街の通りには古いおもちゃ屋さんがあります。
おびつおもちゃ館。
自分が子供の頃良く通っていたおもちゃ屋さん。
もう40〜45年前(自分は今50才)に通っていたおもちゃ屋さんです。
よくプラモデルや夏休みの工作で使う
豆電球・バルサ板などを買い込んだモノでした。
その頃店に居たお爺ちゃんが優しくて・・・
今でも入る事がありますよ。
おびつおもちゃ館は、連繋寺の入り口にあるおもちゃ屋さん。
ここに居るのだから連繋寺に入り込まないと・・・
これが連繋寺。
今日は和服のお姉さんが居ました。
連繋寺の境内。
昔から(今でも)年配の方々が集まる場所です。
自分達の年代風で言うと「たまり場」ですね(^^ゞ
自分が子供の頃、ここで遊んだものでした。
この細道を歩いて連繋寺に行ったものです。
連繋寺境内の団子屋さん。
昔からあります。
連繋寺を出て、連繋町・仲町の路地裏を歩きます。
クリーニング屋さん。
仲町の路地裏に入り込みます。
仲町の路地裏の入り口にある蔵造り。
仲町にある鴉山神社。
本殿と川越祭りで使う山車の倉庫(左)。
鴉山神社本殿。
末広町1丁目の路地裏を歩きます。
末広町1丁目の路地裏の入り口。
妙養寺。
新河岸川の左岸を歩きます。
新河岸川の街並み。
(新河岸川左岸の歩道から上流方向を眺める)
新河岸川左岸の材木屋さん。
自分が子供の頃、空き地部分に駄菓子屋さんがありました。
10円玉を数枚握って、駄菓子を買いに来たものです。
スーパーカー消しゴムも買いましたね。
お店のお婆ちゃんが優しくて・・・
奥に見えるのが、1年から3年まで自分が通っていた小学校です。
ちなみに通っていた幼稚園は菓子屋横丁の裏手・・・
小学校は昔の面影が一切残っていません。
幼稚園は昔の面影が色濃く残っていますよ。
月吉町にある県営団地と市営団地に入ります。
自分が子供の頃住んでいたのが市営団地。
県営団地は昔の面影が残っていません。
市営団地の一部は、当時住んでいた頃の建物がそのまま残っています。
自分が住んでいた建物と同タイプの市営住宅。
自分が住んでいた場所は、この写真に写っていない右奥の方。
1棟だけ残っている、当時の市営団地と県営団地の4階建て・・・
左奥は建て替えられた市営団地、右奥が建て替えられた県営団地。
いやぁ、懐かしいですね。
自分が育った頃の建物が残っています。
住んでいた頃は、日曜日になると自転車に紙芝居を載せた
オジサンが、この団地に良く来ていました。
毎回水あめをオジサンから買い、
こねながら紙芝居を見たものです。
紙芝居が終わった時、
一番こねた子供はもう一本水あめをもらいました。
月吉町の路地裏に行きます。
住んでいた頃、この店でお米と手作り味噌を買ったものです。
確か米屋さんだったような・・・? この橋を渡った店でも良く買い物をしました。
何を買ったのかは覚えてませんが・・・
今は空き家???
六軒町2丁目の路地裏を歩きます。
古い木造の建物。
今は介護関係の施設???
さて連繋寺に再度入り込み、連繋町の路地裏に行ってみます。
連繋町の路地裏。
連繋町の路地裏にある昔の「日活映画館」。
この日活映画館は、以前「仮面ライダーW」の事務所
という設定で撮影に使われました。
右奥のマンションが、仮面ライダーW(ダブル)が
居る街「風都」(ふうと)です。
↓
12時半になりました。
自分のスマホに嫁さんからメールが入ってきました。
「今、会計が終わる」・・・
ということで、歩いて病院に向きます。
ここからだと5分ほど・・・
嫁さんと合流して、再度連繋町の路地裏に入り込みます。
お腹が減ったので、川越名物でB級グルメの「川越太麺焼きそば」を食べるとしましょう。
川越太麺焼きそばの老舗「まことや」に入ります。
川越太麺焼きそばの老舗「まことや」。
自分達二人が頼んだ、太麺焼きそばの新メニュー、
太麺オム焼きそばの「小江戸ぉむ」。
太麺焼きそばの上にオムレツ風卵焼きが乗ったモノ・・・
結構あっさりしていて美味しかったですよ。
「小江戸ぉむ」を食べる嫁さん。
嫁さんも初めて食べる「小江戸ぉむ」に大満足!!
さて、喜多院の駐車場に戻ります。
と言いながらも、喜多院に入り込み菊祭りを見て・・・
そして「仙波東照宮」を参拝します。
日本三大東照宮の一つが、川越にある「仙波東照宮」です。
徳川家康公が祭ってあります。
今年は徳川家康公400年なので、拝殿と本殿を特別に公開されています。
今月1日から23日までの間だけの限定公開です。
普段は非公開・・・
非公開といいながらも、稀に公開(不定期)されることがあります。
今回は写真を撮っていません。
曇っているので東照宮の色が奇麗に再現(写真上で)されないので・・・
なので、以前不定期に公開された時の写真をアップしておきます。
仙波東照宮拝殿。
拝殿から望む本殿。
仙波東照宮本殿。
仙波東照宮拝殿を守る狛犬。
仙波東照宮の石灯篭。
前参拝したときの仙波東照宮。
↓
童歌に「あんたがたどこさ」がありますね。
熊本県の肥後の手毬歌とされています。
でも今の研究では、肥後ではなく小江戸川越の手毬歌
という説が有力になったとか・・・
肥後の人が肥後の人に「あんたはどこの人?」とは聞かないし・・・
肥後が何処にあるのか とも聞かないし・・・
歌の途中から「仙波山には狸がおってさ」と言う歌詞、
仙波山は、仙波東照宮があるこの場所が仙波山。
そして狸とは、祭られている徳川家康の事らしい。
家康は生前「たぬき」と呼ばれてましたから。
肥後には仙波山は無いらしい。
仙波川はあるのだとか・・・
川越が肥後に陥落して、肥後が川越を監視している・・・
江戸末期から明治にかけての時代変化を歌ったモノ という説が
有力になってきた というのが今の学説だそうです。
歌詞が肥後の方言ではなく関東の方言との指摘もあるのだとか・・・
確かに歌を聞いてみると、肥後ではなく陥落した川越を守る
小江戸の町民達の必死さが歌われているような気になりました。
小江戸川越発祥の童謡には「とおりゃんせ」があります。
川越城本丸御殿の近くにある「三芳野神社」が
「とおりゃんせ」の発祥地です。
↓
今日尋ねた所を、大雑把に地図に書き込みました。
こんな感じの 昭和残る 「 小江戸川越の路地裏 」 散策と懐かしい思い出とB級グルメ でした。
おしまい!!
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2015年11月17日
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