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東日本大震災から8年目となる今日・・・
テレビでは、大震災を振り返る特集が組まれています。
自分の生まれ故郷の茨城県も震度6の地震と津波で被害を受けました。
大震災があった2011年3月11日・・・
2ヶ月後の2011年5月22日に生まれ故郷行く事が出来て・・・
従妹に会い親戚の無事を確認したくて・・・
結果として親戚は皆無事でした。
南相馬の従妹夫婦は、津波で家を失って・・・
また親戚は避難生活で倒れ緊急入院・・・
でも結果として無事・・・
壊れた岸壁(茨城県ひたちなか市那珂湊漁港)
地割れ(那珂湊漁港)
津波痕跡の瓦礫(那珂湊漁港)
東日本大震災から1年半後の2012年11月23日、今でも「福島第一原発災害による帰宅困難区域」に指定されている福島県双葉郡浪江町の津島地区に入ってきました。
この時期だけ一時的に帰宅困難区域が緩和されたので・・・
Tokioのダッシュ村があった地域に・・・
立ち入り禁止の看板
浪江町津島地区
帰宅困難区域の為、見た目は静かな山里ですが
誰も住めない「死の山里」を撮った一コマです。
人は皆無で、野生動物や野鳥しか見かけませんでした。
福島第一原発の災害で住民が避難した後の集落です。
着の身着のまま避難して・・・
生活感が残りますが廃墟となった集落の現状です。
今現在の帰宅困難区域
福島県のHPから・・・
青丸が浪江町津島地区での撮影ポイントです。
今でも立ち入り規制があり、帰宅できない区域です。
福島第一原発爆発後の放射線積算推定量
原子力規制委員会HPから・・・
緑丸が撮影をしたポイント「浪江町津島地区」。
20mSvを越えた地域です。
もう8年経ちました。
生まれ故郷の茨城県は、殆どが復興しました。
でも見た目だけ・・・
農業や漁業は今でもダメージを受けています。
風評被害ですね。
福島県は茨城県より深刻の様です。
自分が撮影した浪江町、果たして復興できるのかな?
住民が帰る事が出来るのかな??
この目で見て体験した帰宅困難区域・・・
あと何十年すれば解除されるのかな?????
解除された頃、かつて住んでいた住民は戻ってくるのかな???
チェルノブイリ原発事故の今を見てみると、ものすごーく心配になります。
今の自分は被災地に直接支援できる環境ではないのですが・・・
でも福島県産や茨城県産、そして宮城県産と岩手県産・青森県産の農産物や魚介類を買っています。
少しでも復興の力になる為に・・・
被災者の皆さん、明日の夢・未来向かって生き抜いて!!!
自分自身の為に!!!
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2019年03月11日
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