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今日、午前中長男と二人で高校の学校説明会に行っていきました。
埼玉県内で一番古い、そいて県内一伝統のある工業高校。
今年受験生の長男、第一志望の工業高校です(長男は小学校の時から、この工業高校に入るのを目標に頑張ってきました。 成績的には川越南高校に簡単に入れるレベル。 それでも工業高校に入りたい長男です)。
そして自分の母校の工業高校・・・
電気科を受験する予定。
小さい時から電気が好きで、電子工作をしたりラジオをつくったり、4ビットマイコンのプログラムを組んだり・・・
こんな事をしながら中学生になりました。
となると、工業高校の電気科に進学したいのは当たり前の事。
なので、今日工業高校電気科の学校説明会に行った次第。
昨年の中2の時は、工業高校にアポをとり自分と長男の二人だけで学校見学もさせてもらいました。
自分の母校なのでアポをとるのは簡単ですし、長男の為です。
それに工業祭(工業高校文化祭)にも5回ほど行っています。
それも長男が工業高校に入学するために・・・
午後1時半に帰宅。
遅めのお昼を食べ、嫁さんと二人買い出しに行きます。
買い物から帰ってきてノンビリしていると・・・
日差しが出てきました。
夕焼けが見れるかな?
と思ったので、マウンテンバイクに乗って里山の田んぼに出向きました。
比企地域にある 鳩山町の熊井地区。
ここの田んぼにチャリを止めてデジカメを構えて夕焼けを待ちます。
6時半を過ぎたあたりから写真を撮り始めます。
6時半(日没30分前)の田んぼと奥武蔵の山々
そして輝く雲
6時35分頃の奥武蔵の山々と、燃えてきた雲
6時40分頃の田植え直後の稲と夕焼け
ストロボを発光させてみました
6時40分頃の奥武蔵の山々と夕焼け
6時40分過ぎ、テレビ局?の人達が自分の所に来ました。
「こんにちは。 ちょっとお邪魔しますね。」と入ってきたTVカメラマン。
自分は「こんにちは。 今日はちょっといい夕焼けが見れないかもしれませんよ。」と返事をして迎えました。
自分の横でTVカメラをセットしています。
TVカメラマンさんと、助手さん、音声さんの3人で雲が素晴らしく燃える夕焼けを待っているようです。
自分が夕日を撮っている横にTVカメラを構えたTVクルー
音声さんは車にマイクを取に行っています
どこのTV局の人かな?
鳩山にTVカメラが入るなんて無い事
そして、ここの田んぼで夕日を狙うなんてもっと無い事
素晴らしい夕日を狙ってチャンスを待っています
自分がここで夕日を狙っていたから、いいポイントと思いワンボックスカーから降りてきたようです
自分はTVクルーの人達が夕焼けを待っている間にも撮影を続行します。
彼らが来た後に撮った夕日がコレ。
↓
空全体が素晴らしく燃える事はありませんでした
でもこの様な夕焼けを撮ることが出来ました
TVクルーの人達は、結局カメラを回すことはしません。
「日没まであと10分くらいですね」と自分がTVクルーの人達に話しかけましたが、結局撮ることをしませんでした。
そして7時前に撤収をしてしまいました。
「すみません、お邪魔しました」と言い残して・・・
TVカメラ撤収後に自分が撮ったのがコレ。
↓
夜の訪れ
今日、自分が撮った夕日(夕焼け)はこんな感じです。
でもTVクルーの人達は撮りませんでした。
自分が見て「素晴らしい」と思って撮った夕焼けの雲。
TVクルーの人も見ていたはず。
でも撮っていません。
彼らにとっては、これを撮って放映しても見る側に感動を与える事は出来ないと判断したのだと思います。
自分みたいにシノゴ(大判カメラ)をメインで撮るスチールカメラマン(と言ってもアマチュアですが)には、作品になる夕焼けでも、放映する側としては見る人に感動を与えるには物足りない夕焼けだったのでしょう。
テレビを見る側としては、真っ赤に燃えた素晴らしい夕焼けを見たいものね。
そう考えるとTVカメラマンは、スチールカメラマンより大変な仕事なんだなぁ・・・ と思いました。
それにしても、彼らTVカメラマン達は、よくこの鳩山に来てくれました。
ここにTVカメラが入るなんて無い事。
でも入ってくれました。
と言う事は、少なくても彼らには 素晴らしい夕焼けが見れる里山(農村) と写ったのでしょう。
結果としては撮ることが出来なかったのですが。
でも、時期を見てまた来てくれるかも知れません。
ここ鳩山の自然が残されている限り・・・
ここ比企地域の住民として、ありがたい事です。 |
キャンプ・サイクリング・散歩
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一昨日出版社に出向いた自分。
この時もらった宿題。
その宿題をこなす為に、この夏は新潟県の里山に何度も足を運ぶことになった自分。
シノゴでの撮影となるので日帰りは出来ないでしょう。
毎回宿泊することになりそうです。
2日間(もしくは3日)かけて、日の出直後から日没後まで撮影に追われそうだし(日の出・日没の撮影は幻想的な風景が現れたらの話だけど・・・)。
日中は日没の時間まで、農村の撮影に没頭しなければなりません。
こんな状態では日帰りは体力的・精神的にもキツイ。
さて、宿泊が必要となると・・・
毎回宿を探すのは、金銭的に大変。
ビジネスホテルでさえ、1泊5000円以上かかるし。
それに、里山があるド田舎にはビジネスホテルは無いよね。
民宿に泊まっても7000円はかかってしまう。
それも毎回払うと宿泊代がバカにならない。
ついでに、アチコチ動き回って撮るので、宿泊する民宿を前もって予約することもできない。
それなら、テントを持ち込んだらいいのかな・・・?
とも考えてみた。
まずはキャンプ場やオートキャンプ場に泊まったとしたら・・・
キャンプ場のチェックインは13時から17時の間が大半。
17時を過ぎてのチェックインはできない(17時を越えるとドタキャン扱いになってしまう)。
自分は日没の時間まで撮影しているから、キャンプ場のチェックインには間に合わない。
なので、キャンプ場も使えない(先月撮影旅行でキャンプ場が使えたのは、無料キャンプ場がタマタマ空いていたから、夏休みに重なると、混んでダメだろうなぁ)。
キャンプ場以外でテントを張れるところはほとんど無いし・・・
となると車中泊しか残っていないじゃん(*_*)
自分の愛車はビッグホーン。
車中泊には向かない四駆。
荷室に寝ようとしても、奥行き1m50cmしかないから、足を延ばして寝れない。
足を延ばして寝ないと翌日疲れが残る・・・
ビッグホーンで車中泊しても、翌日に疲れが残らないように足を延ばして寝る事は出来ないものだろうか・・・
昨夜はそんな事を考えていました。
今朝、目が覚めた時頭の中にある案が浮かびました。
それは、ビッグホーンを簡易キャンピングカーに改造する と言う案。
これはいい案だ。
キャンピングカーなら足を延ばしてぐっすり寝れるよね。
それなら、さっそくビッグホーンを簡易キャンピングカーに改造しよう!
愛車のビッグホーン
これがビッグホーンの室内
運転席と助手席はレカロのスポーツシートなのでフルフラットにはなりません
セカンドシートもフラットにはならず・・・
荷物室は全長が足らず寝るのには不向き・・・ 朝一で材料を買いにカインズホームに出向きます。
ラック用の鉄素材と材木を買い込みます。
そして、午後は自宅でラック素材と材木の加工に入ります。
これが加工した材料
木材は加工せずそのまま使います
ラック用鉄素材は加工して足場にします
これが加工した足場
左が荷物室用の足場、右がセカンドシート用の足場
金鋸で切り出して作りました
この金鋸での切り出しだけで4時間・・・
手が痛い・・・
手がパンパンに張っている・・・
その割りには組み立ては1時間で完了・・・
この切り出す時間は何とかならんものか・・・
金鋸って切れないものだなぁ・・・
鋸の歯も2回交換したし・・・
さて、組み込みが終わった足場を車内にセットしてみます。
まずは運転席側のセカンドシートの背もたれを倒します。
そして、セカンドシートの足元に、先ほど組み立てた足場をセットします。
次に荷物室にも、組み込んだ足場をセットします。
これらの足場の上に、木材の板を置きます。
これで、ビッグホーン用の簡易ベッドの出来上がり。
このベッドを設置した事でビッグホーンが簡易キャンピングカーに生まれ変わったことになります。
このベッド、幅が50cm、長さが1m80cmあります。
大人一人が余裕で寝れる寸法です。
このベッドを設置した荷物室、ベッド左側にはシノゴのカメラ機材を収めるスペース。
簡易ベッドの下には、ガソリンコンロやコッヘル・フライパン・水・食器などのキャンプ用品や着替えなどを収めるスペースとなります。
簡易ベッドが出来たことで、テント類の持ち込みは無くなります。
簡易ベッドに登山用エアマットを置いたところ
そして、登山用のシュラフ(寝袋)を置いてみました
寝袋に入ってみると・・・
十二分に寝る事ができそうです。
今回の撮影旅行は真夏なので、登山用シュラフは持ち込まず、
オートキャンプ用のシュラフを持ち込みます
登山用はマミー型なので、暑い夏には不向き
オートキャンプ用は封筒型なので、暑い夜は全部を開いて掛布団にすることが出来る・・・
これが夏のキャンプでの強み
助手席から簡易ベッドを眺めるとこんな感じ・・・
運転席側のセカンドシートを覗くとこんな感じ・・・
さて、これでビッグホーンの簡易キャンピングカー改造は完了です。
明日は、カインズホームに出向いてカーテンを買ってきます。
窓にカーテンが無いと、外から覗きこまれるし・・・
それに外が見えると落ち着いて寝ることが出来ない・・・
この簡易ベッドの設置には2分、取り外しも2分。
撮影旅行に行くときはベッドを設置して簡易キャンピングカーに、自宅に居る時はノーマルのビッグホーンに戻ります。
簡易キャンピングカーになったビッグホーン、これなら、時間を気にせず撮影に没頭できます。
宿の時間を気にすることもないし、キャンプ場のチェックインを気にすることもない。
遅くなって真っ暗になってからテント設営もしなくていい。
ただ車が止まれる静かなスペースがあれば十分。
この夏の新潟撮影旅行は、車内泊をして何度も足を運ぶことになるでしょう。
宿泊代はタダ。
食費だけがかかるのみ。
このベッドも1万円で製作できたし。
カーテンも数千円で買えるでしょう。
↓
結果として安上がりになります。
この夏泊まるところは山の中の林道にしようかな・・・
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自分が住んでいる埼玉の比企地域は、午後から雨。
なので、こんな曲を聴いてみる・・・
ジリオラ・チンクエッティが歌う 「 la pioggia 」 (雨)。
自分が大好き歌。
この大好きな歌を、日本のオペラユニット(アーティスト)がカバーすると・・・
こちらも、自分が大好きなオペラユニット(アーティスト)「エキセントリック・オペラ」が歌う「 la pioggia 」 (雨)。
日本で活躍後、日本を離れヨーロッパで活躍。
エキセントリック・オペラのアルバムCDは全部網羅した自分。
この中で一番好きな曲の一つ。
日本が生んだ オペラユニット (オペラ歌手によるユニット)。
こんな曲を聴きながら里山の雨を撮ってきた・・・
雨が降る 里山の田んぼ(棚田) |

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今日は日中いろいろ雑用をしていました。
プー太郎になって5日。
もとの会社に出向いて退職書類を受け取り、自分の後継者への指導をして・・・
嫁さんの疲れが取れないので病院にも行って・・・
長男の北辰テストの申し込みもして、買い出しもして・・・
これだけで丸一日使ってしまいました。
明日はハローワークと銀行に行って、諸々の手続きをしてこないと・・・
そんなこんなで夕方4時。
気分転換をしたくなったので、自宅周辺の里山をサイクリングしてきました。
マウンテンバイクに乗り、カメラザックを背負って。
田んぼから里山の中に伸びる作業道(というか獣道・・・?)を走りこんで、大自然を満喫。
こんな事をする自分はやはり野生オヤジ・・・
幼稚園入園前からはぐくんできた 野生児 がいまだに抜けていません(^^ゞ
この時からの野生児が進化して、山男になり、キャンプを楽しみ、サイクリングもしている。
そして、写真を撮るようになってからは農村に生活する場所を見つけ・・・
ついでに漁村にものめり込み・・・
そんな自分が撮った写真はこんなモノです。
↓
田舎(故郷)に残る村社。
村社の境内に咲いていたアジサイ
畑には見事に実った麦が・・・
その麦畑にたたずむお地蔵様 |
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今日は、朝7時32分の金環日食を見た後、嫁さんを車に乗せて病院に向かいました。
嫁さんの検査結果を聞くために。
10時前に埼玉の川越にある病院で嫁さんを下し、自分は車を春日局で有名な「喜多院」近くの駐車場に止めます。
ここから川越城の「本丸御殿」まで散歩。
本丸御殿近くには、知る人ぞ知る有名な神社があります。
それは「三芳野神社」。
なぜ有名か・・・
それは、これを聞けば納得してくれるかな?
↓
この三芳野神社、童謡「とおりゃんせ」の細道はこの三芳野神社の参道(が一部の細道)です。
これが三芳野神社。
今でも残る「とおりゃんせ」の参道が、自分が立っている参道です。
三芳野神社の本殿。
この三芳野神社は、川越城本丸御殿の南東方向にあり、歩いて2分くらいで着きます。
この三芳野神社の裏は、初雁球場となっています。
嫁さんの病院が終わる時間がもう間もなく。
ここから小江戸川越のシンボル「時の鐘」まで、またもや散歩。
小江戸川越のシンボル「時の鐘」
観光客が多く、蔵造りの上部と時の鐘を望遠で狙いました。
観光客が写ると邪魔なので。
望遠を使ったのは、時の鐘の形を崩さないためと、遠近の圧縮効果を狙うためです。
さて、嫁さんから携帯に電話がかかってきました。
ということで、病院に戻ります。
検査結果は良好。
でも引き続き半年ごとの検査を受け、悪化する兆しを逃さないようにする と言う事でした。
という検査を、もう十数年続けているのですが・・・
喜多院の駐車場に戻り、車で帰宅します。
午後、ポカッと時間が開いたので、チャリで里山を巡ってきました。
里山の田んぼには水が入っています。
もう間もなく田植えが始まるでしょう。
奥ではトラクターが忙しく働いていました。
畑には、ネギ坊主が・・・
こうやって切り取ると、結構可愛いかも。
ここは、昭和の時代の故郷を残す畑です。
今年は耕していないのが気になりますが・・・
もう農作物を作らないのかな?
この地区は高齢化が進んで、農作業をやめる人たちが多いとか・・・
里山の一角に残る「村の鎮守様」。
自分が住む埼玉の比企地域には、このような鎮守様が数多く残っています。
昭和の面影が残る貴重な鎮守様。
この鎮守様をこのまま子供達の世代に残したいですね。
そして夕方・・・
自宅裏のいつもの丘から夕焼けを望みました。
奥武蔵の笠山と夕日。
今日の夕焼雲。 |



