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今日の午後、嫁さんと買い出しに出かけました。
行ってきたスーパーは、埼玉県のときがわ町にあるスーパー「ナカムラストア」と、毛呂山町にあるスーパー「ライフ」。
自宅を出て車でナカムラストアに向かった所・・・
自宅前の県道を走っていると、埼玉県ときがわ町に聳える 弓立山 から煙が上がっているではないですか
これは、山火事のようだ
弓立山の山火事範囲と撮影ポイント
ナカムラストアに向かいながらちょっと寄り道をして、弓立山の状況の確認をしてみました。
越生町の鹿下地区から弓立山を眺めると、煙の上がり方がやっぱり異常。
撮影ポイント(1)
越生町鹿下地区から見える 弓立山 の山火事状況。
やっぱり、これは山火事だ
消防車の出動はしていないし、ヘリによる消火活動もしていない
と言う事でさっそく119番通報
これが午後2時。
電話の向こうでは、「今、消防が急行しています。」との事。
でも、電話の対応がそっけないなぁ・・・
と言うか、もう通報を受けているんだよ! という対応・・・
何かなぁ・・・
119番通報の後、ときがわ町のナカムラストアまで移動します。
ここから見える弓立山、山火事が激しくなったのが見てとれます。
撮影ポイント(2)
ナカムラストアの駐車場にて・・・
煙が激しくなっています。
午後3時前になって防災ヘリによる消火活動が始まりました。
防災ヘリが消火に使う「水」は、どうやらときがわ町の雀川ダムから補給しているようです。
ヘリが給水するのに下降していく所を観察していたら、位置的にダムの様子。
防災ヘリの消火活動が始まった直後、弓立山の森林から激しい炎が上がりました。
山の上にある施設は、パラグライダーの発進地です。
(コンデジのデジタルズームを使ったので画質が悪いですが・・・)
炎が見えた時の弓立山
中腹に炎が見えてますね。 炎が見えなくなると、煙の激しさがピークに達しました。 ただ、消防の対応が遅すぎ
地元の人によると、午前中から燃えていたらしい。
昼ごろ、ときがわ町の防災無線で、住民に山火事の放送をした模様。
でも防災ヘリが消火活動を始めたのが、午後の3時前。
消防車が現地に急行していったのは、午後3時半頃・・・
2時頃通報した時、「今現地に向かっています」という話をしていた。
と言う事は、本当に今の時間まで消防は出動してなかったの
ナカムラストアでの買い物が終わり、毛呂山町のライフに向かいます。
ときがわ町役場を3時半に通過、この時ようやく消防車が現地に向かって急行していきました。
途中、道をそれて弓立山の麓 瀬戸元上地区 に行ってみました。
撮影ポイント(3)
弓立山麓の瀬戸元上地区。
ここから、弓立山の山火事状況を見てみると・・・
頂上付近で激しい炎が上がっているのが確認できます。
頂上の炎が見えますか?
山火事が発生している所は2カ所あるようです。
頂上直下から燃え広がり、この時点で頂上まで燃え広がった区域と、
右手の山麓から煙が上がっている所。
この2カ所から火が出たように見受けられます。
頂上を望遠で狙ってみると、頂上から上がる炎が確認できます。
これが、ときがわ町瀬戸元町地区と弓立山の山火事現場の位置関係です。
4時前、防災ヘリによる消火活動が行われている真っ最中
消火活動中の防災ヘリ。
山火事の延焼は一向に収まりません。
さて、遅くなるからライフに向かいましょう。
撮影ポイント(4)
大附地区入り口。
消防車が待機しています。
この後、ライフでの買い物が終わり帰宅します。
帰宅したのが5時過ぎ。
この時点では、防災ヘリによる消火活動が行われていました。
で、今ブログを書いているのが6時半。
自宅前のバス停から弓立山を眺めてみると、煙が濛々と上がっています。
というか、煙が麓に下りてきていますね。
延焼が麓まで行ったか、煙が風に流されて麓に下りたかはわかりません。
バス停から見た限りでは防災ヘリが見えません。
鎮火したのか、それとも夜間になるので消火活動を中止したのかわかりませんが・・・
追記・・・
7時前のニュースだと、この弓立山の山火事は鎮火していない様子。
まだ延焼を続けており、麓では避難命令が出たよです。
夜間は消火活動が出来ないから、明日の朝までにどの程度延焼が広がるのだろう?
大附地区には集落があるし・・・
桃木地区にも集落がある・・・
これは大変な事になったみたい。
出火原因は何かな?
自然出火?
それとも不審火?
火遊び?
再追記
Yahooニュースで弓立山の山火事がアップされました。
埼玉・ときがわ町で山火事 あちこちから煙と炎
テレビ朝日系(ANN) 5月5日(日)18時44分配信
埼玉県ときがわ町の弓立山で火災が発生しました。 5日正午すぎ、ときがわ町にある弓立山の東斜面で火事がありました。現在も消防やヘリコプターによる
消火活動が行われていますが、燃え続けています。けが人がいるという情報は今のところ入っていません。.
最終更新:5月5日(日)20時3分 これが、ニュースの内容です。
今の時間(8時半)、自宅前のバス停から双眼鏡で観察してみると、弓立山のパラグライダー滑走場に消防車が待機しているようです。
赤い回転灯が確認できます。
炎は確認できません。
そして9時過ぎの今、ヘリが弓立山に向かって飛んでいきました。
夜間もヘリでの消火活動を始めたようです。
夜間の飛行は危険なのでしょうが、消火活動は続行のようです。
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震災・災害
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詳細
コメント(18)
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今日、大震災から丸2年です。
震災後から断続的に被災地に入っていました。
復興の状況もこの目で見てきました。
国がノロマだから、じれったいですねぇ・・・
↓
生まれ故郷の茨城県、東北3県よりは被害規模が小さいですが復興が始まったばかり。
陸前高田・気仙沼・女川・南三陸(家族で東北旅行をしてきた所)は壊滅したままで、ニュースを見ても復興が始まったばかり。
牡鹿半島の小渕浜地区(宮城県石巻市)も壊滅したまま。
ここの復興支援で「小渕浜ふるさとプロジェクト」の会員になって・・・
福島の原発事故の被災地域は、朽ちていく山里だった。
浪江町の山村
原発事故で全村避難をしているため誰も住んでいません
廃村です
朽ち果てていく過程にある山村です
この地区は、昨年一時的に「帰宅困難地域」から「居住制限区域」に変更なりました。
「居住制限区域」になった事で立ち入りは可能ですが、相変わらず住むことが出来ません。
その浪江町のこの山村は来月から再度「帰宅困難地域」になり立ち入りが出来なくなります。
ますます浪江町は復興が進まなくなりました。
今回決まった避難地域の見直し内容
双葉町が全滅。
浪江町も8割が全滅。
大熊町は5割、富岡町は2割が全滅ですね。
原発災害は、タマランです。
でも、自民党は「原発再開」を目指しています。
本当にそれでいいのか?
国民の意思を完全に無視していいのか?
原発推進派は、自民党と大企業だけ・・・
本当にそれでいいのか?
自分の生まれ故郷にある「JCO」。
ここで起きた「臨界事故」。
この教訓が生かされていない。
この時、核の火を消しに行った作業員が、被曝してどうなったのか。
自民党と大企業は分かっているのかな?
被曝した作業員が、どんな姿になって亡くなったのか分かっているのかな?
被曝した作業員の画像のリンクを、あえて貼ります。
ただし、リンクの写真、あまりにも惨い写真です。
オカルト映画が嫌いな人は見ないで、リンクを押さないで!
原爆投下後の被爆者と同じ状態です。
まずJCO建屋から・・・
↓
昨年のJCO
さすがにブログに画像を貼る訳にいかないのでリンクを貼りました。
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東日本大震災・・・
来週月曜日で2年が経ちます。
大震災が起きる数年前、家族で東北旅行をした時に立ち寄った牡鹿半島の小渕浜地区(宮城県石巻市)。
ここは地震と津波で壊滅。
でも、今は力強く復興を始めているようです。
壊滅した小渕浜の漁港 (震災前の写真)
漁が盛んにおこなわれていました
自分達が泊まった 漁師の民宿あたご荘
港では漁が再開されています。
あたご荘の復旧も始まりました。
↓
小渕浜の状況(小渕浜通信HP) : http://www.kobuchihama.com/
先日、自分はここ小渕浜の「小渕浜ふるさとプロジェクト」の会員になり、復興を願う事にしました。
会員証
小渕浜復興支援感謝Tシャツ
今の自分には直接的な支援ができません。
それでも出来る所からの支援はしていかないと。
ここ小渕浜は、自分も嫁さんも子供達も大好きだった漁村。
早い復興を願っています。
大震災直後、生まれ故郷の茨城県日立市・東海村・ひたちなか市・大洗町に入ってきました。
生まれ故郷だから、この2年間断続的に足を運んでいます。
この2年、復興が足踏み状態。
とてもじれったいですね。
震災直後のひたちなか市の那珂湊漁港
破壊した岸壁
昨年、ようやく復旧工事が本格化したようです
クレーンが入って岸壁撤去が完了していました
震災直後の那珂川河口
津波被害がそのまま残っています
今は瓦礫が撤去されていますが、よくよく見ると震災の痕跡は残っていました
震災から1年後の日立市 河原子地区
防波堤は津波で破壊されたまま
昨年暮れ、この津波で破壊された防波堤の瓦礫は撤去され、応急処置がされていました
震災から1年後の河原子漁港
昨年の暮れには、この漁港も修繕が完了してました(本工事か仮復旧かは分かりませんが)
日立市の墓地
今年、この墓地に墓参りに行ってきましたが、墓石がずれたままのお墓が残っています
福島県の復興状況は・・・
昨年暮れに行ってきた。
居住規制区域にある浪江町は、福島第一原発の影響で廃墟と化したまま。
浪江町全町民が避難したままです。
除染作業も行われていません。
数十年単位で住む事は出来ないのかも・・・
全町民が帰町できるのは、いつの事か・・・
今でも立ち入りが規制されている浪江町
荒廃がすすむ山村
だれも住んでいません
廃墟と化した集落
原発事故が起きる前は、静かな山村だったのだけど・・・
隣町の飯館村も全村避難中。
ここも居住規制区域。
住むことが出来ません。
廃墟と化した飯館村の集落
荒廃が進んでいます ただ、主要道路の県道12号線と村役場周辺は、除染作業が始まっています。
でも、ここに住むことが出来るのはいつになるのか・・・
南相馬市では復旧作業が進んでいます。
津波被害の区域
更地になっています
ただ、ここ南相馬市でも南部は居住規制区域。
この区域は震災直後の状態のままです。
今でも。
津波被害で、破壊された家・瓦礫・車などがそのまま放置されている状態。
この2年間、原発被害地域は何も変わっていません。
震災当時のまま。
廃墟となって朽ち果てていく町村。
原発被害地域以外は、ようやっと復興が始まった所。
遅すぎます。
南相馬市・飯館村・浪江町の状況は、昨年暮れの時と変わっていない と先日南相馬でボランティアをしてきた山仲間が言ってました。
そうそう、原発と言えばこの様な動画(原子力防災専門官向け資料)を作っていた 独立行政法人・原子力安全基盤機構、および、国。
↓
メルトダウンをするような最悪の事態に至った場合でも住民の方々に安全・安心して頂ける よう日々訓練し対策をとっています・・・
と言ってるが、結果としてはこの有様。
原子力防災専門官向け資料を作って満足してしまった結果・・・
満足した上に分かったつもりになって対策をしなかった国と電力会社・・・
これ、どう考えても「殺人未遂」だよね、国と東電は。
場合によっては、国と東電の国民に対する「テロ」だよね。
自分はそう思いますよ。 |
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今日、デジカメの写真を整理していました。
シノゴ(大判カメラ)のフィルムと共に出版社に持ち込む写真をチョイスしようと思って・・・
直近の5年分ほど・・・
その中で、4年ほど前に訪れた陸前高田と牡鹿半島の写真を見てて。
今ここはどんな状況? と思ってネットを見たら「小渕浜通信」が目に飛び込んできました。
小渕浜・・・
家族4人で東北旅行をした時立ち寄った漁村。
「古き良き日本」という雰囲気が残っている漁村。
ここの小渕浜にある「漁師の民宿 あたご荘」に泊まってくつろいで、漁港を満喫し・・・
そんな思い出がよみがえってきました。
あたご荘の位置(小渕浜地区) ⇒ http://www.mapfan.com/m.cgi?MAP=E141.28.22.9N38.19.13.1&ZM=9
いい漁村だったのですよね。
いずれはシノゴを持ち込んで、小渕浜の漁村を撮ってこようと思っていたのだけど・・・
でも東日本大震災で、震度6強?の地震と大津波で壊滅・・・
あたご荘はかろうじて残りましたが、今はボランティアの基地となっいるようです。
Google Earthに「宮城県石巻市小渕浜カント」を入れると震災後の航空写真が見れます。
小渕浜通信で「小渕浜ふるさとプロジェクト」を行っているのを知り、早速プロジェクト支援の為に「会費」を振り込みました。
そして「小渕浜復興支援感謝Tシャツ」も購入。
大好きな小渕浜。
支援をしないと!
震災前の小渕浜の写真を載せておきます(100枚ほどある中から厳選して・・・)。
もう無くなってしまった景色です。
でも、今現在復旧作業が進んでいる。
復興に向かって・・・
震災前の小渕浜を忘れないために。
新しい小渕浜に生まれ変わる事を願って!
小渕浜の漁港
(夜景の対岸の明かり、石巻の工業地帯と松島基地周辺です)
漁師の民宿 あたご荘 |
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今日は、一日かけてお墓参りをしてきました。
子供達を連れて3人で・・・
嫁さんは年末の大掃除で留守番。
長男は受験生なのでお墓参りをしてご先祖様に応援してもらわないと。
次男は元気な所を見せて喜んでもらう・・・
嫁さんの家系のお墓は近くにあるので気軽にお墓参りができます。
自分の家系のお墓は千葉と茨城なので、一日かけてのお墓参りとなります。
なので、年に数回しかお墓参りが出来ません。
今日は、3人で自分の方のお墓参りをしてきました。
普段は自分一人で墓参りしますが、たまには子供達も連れてご先祖様に喜んでもらわないと。
そのついでに、生まれ故郷の復興も見て、子供達に原子力の実態も教える事にしました。
朝8時半に自宅を出発します。
鶴ヶ島ICから関越道に乗り、外環道を経由して常磐道に入ります。
流山ICを下りて親父の方のお墓に向かいます。
途中、スーパーで花と線香の買い出し・・・
花4束、線香4束、日本酒(爺ちゃん・叔父さん用)、羊羹(婆ちゃん用)を買い込みました
そして流山(千葉)のお墓に入ります。
子供達2人がお墓を水で清め花を供えました。
そして日本酒と羊羹も供えて・・・
最後に線香をあげます。
で、3人で合掌・・・
ご先祖様は喜んでくれたかな
というより、子供達が大はしゃぎでギャグをやってるから、ご先祖様は大笑いだったかも
流山を後にして、柏ICから再度常磐道に乗ります。
日立中央ICで下りて、日立(茨城)のお袋の方のお墓に到着。
こちらでも、子供達が水で清め、日本酒・羊羹を供えお線香をあげました。
そして、これまた3人で合掌・・・
ここでも、子供達がはしゃいでギャグをやっています。
ご先祖様は大笑いで腹が痛くなったのじゃないかな・・・
日立のお墓、9月は墓地の復旧工事をしていましたが、今は完了しています。
でも、ずれた墓石、倒れた石灯籠、割れた墓石は残っています。
お寺の屋根瓦も割れたまま・・・
震災の復旧は、まだ完了していません。
9月の茨城の復興状況
↓
お墓を出てマクドナルドでお昼にします。
お昼の後、1999年9月30日に発生した「臨界事故」を起こした東海村の JCO に向かいます。
臨界事故を起こしたJCO建屋
このJCO建屋を子供達に見せて、臨界事故について説明しました。
この臨界事故で、「核の火」を消しに行った作業員が放射能を浴びて亡くなったことを話しました。
それと、自分の叔父さん達が被爆した事も教えました。
つぎに訪れたのが 日本原子力発電の東海原発。
東海原発
右の四角い建屋が東海第一原発(一号機)、左の四角い建屋が東海第二原発(二号機)
第一原発は廃炉になっていて、只今撤去作業中です
東海第一原発は、日本初の商業用原発です
この原発が成功したから、今の原発達があるのですよね
第二原発は3.11大震災の時自動停止し、冷温停止状態にあります
そして今は点検中・・・
再稼働があるのかどうか、自民党次第・・・
これが東海第二原発(二号機)
子供達には、茨城県東海村には原発(日本原子力発電)と、原研(日本原子力研究開発機構 http://www.jaea.go.jp/)、JCOなどの原子力施設が集中して居る事を教えました。
そして日本の原子力は、ここ東海村が発祥の地であることも教えました。
子供達は福島第一原発の事故しか認識していません(当然ですが)。
自分達が住んでいる関東に「原子力発祥の地」があり、現実に臨界事故があったことを認識したようです。
知識としてJCO臨界事故は知ってましたが、自宅がある関東に、それも高速で2時間で行ける所にある事を初めて知ったようです。
東海第二原発は震災時自動停止ができ安定した冷温停止が保たれています。
でもこれが福島みたいに、チェルノブイリみたいになったらどうなったか、埼玉・東京にも住めない事がありうる という事を認識したようです。
それ以上に、自分の叔父さんたちが臨界事故で被爆した という事、身近な人が被ばくしたという事を改めて認識したようです。
そして自分の生まれ故郷は、原子力の脅威にさらされている という事を教える事ができた と思います。
原子力の施設を見せた後、ひたち海浜公園 を経由して、阿字ヶ浦 の海岸に行きます。
ここで、子供達は1時間ほど海で遊びました。
阿字ヶ浦の砂浜で遊ぶ子供達
(煙が上がっている煙突は常陸那珂火力発電所 原発が止まってフル稼働中・・・)
波打ち際で遊ぶ長男
貝や石を探す次男
ピンボケだけど・・・
砂浜にあった石には、貝の化石が入っていました(赤枠の中)
子供達が遊んでいる最中、阿字ヶ浦周辺の復興状況を見てみました。
今年9月に訪れた時の阿字ヶ浦の車道
この道の今は・・・
復旧作業が完了していました
でも、信号から向こう側の道は・・・
今でも復旧作業中です
そして・・・
店舗も復旧作業中です(震度6の地震と津波のダブルパンチを受けた店舗)
復旧作業をおこなわれている と思えば・・・
一方では・・・
こちらの民宿は、復旧を諦め廃業になってしまいました
砂浜では・・・
復旧に向けて測量を海の中で行っています
ご苦労様です
脱帽! ですね
砂浜を見てみると・・・
駐車場から砂浜に下りるのには、この「階段」を下ります
この「階段」も津波で半分も砂に埋もれました
その埋もれるのが酷い所は・・・
津波のよって運ばれた砂
駐車場と砂浜をつなぐ「階段」が完全に埋もれました
愛車ビッグホーンを止めた駐車場の砂浜です
この砂浜の沖合は・・・
津波によってテトラポットで作られた波けしブロックが壊れたまま・・・
阿字ヶ浦 の海岸の今はこんな感じです。
ようやく「復興の手」が届いてきた感じ。
でも、まだまだ復興とは言えません。
これが生まれ故郷の復興状況です。
この復興が遅れている阿字ヶ浦にも月が昇ってきます。
阿字ヶ浦の海(太平洋)に昇る月
4時を過ぎたので家路に着きます。
大洗ICから東水戸道路に乗り、北関東道を経由し東北道に入ります。
加須ICで下り裏道を走り帰宅。
7時半に着きました。
走ったのが460km。
これが、今日のお墓参りと、子供達に教える震災の現状です。
そうそう、皆さん一つお願いがあります。
それは、被災した茨城も忘れないでほしい という事です。
東日本大震災は、福島・宮城・岩手ばかり注目されています。
当然の事ですが。
一番被害を受けた地域ですからね。
津波と原発事故で・・・
でも 茨城は忘れらている という気がするのです。
確かに東北3県に比べれば被害は小さいです。
でもボランティアは東北3県に集中しました。
茨城には目もくれない・・・
そう感じてきました。
なので、茨城も忘れないでほしい |




